栄える町と衰退する町12
ここまでのあらすじ
コウとシーラがついに一線を越えた。
朝、コウはいつものように起きると隣にシーラが寝ていることに気づいた。
ここまでだったら時々あることなのだが、今日の彼女はいつもと違う。
彼女は肩から胸付近まで服どころか下着すら着ている様子はなく、昨日何をしたのか思い出すには十分な光景だった。
「ああ、そっか…俺…」
酔っていたことではっきりとは覚えていない初体験になってしまったが、それでもコウはもう童貞じゃないのだと思いなんだかうれしくなる。
そんなにやけ顔で隣を見ると心地よさそうに寝ているシーラに気づき、さっきまでのにやけ顔が優しい笑顔に変わる。
一生をかけて守るからなとコウは心の中で誓った。
あまりに心地よさそうに寝ているので、コウは顔にかかった髪をどかすように触れる。
するとすぐにシーラが目を覚ました。
寝ている時でも近くにある魔力パターンが誰なのか無意識で感じ取ることができ、知らない魔力パターンを感じて目を覚ます魔法使いは多い。
師であるコウなら安心して眠っていられたのだろうが、さすがに触れられると警戒心が上がるのが目を覚ましたようだった。
「師匠?」
ベッドの中で転がるようにして振り返るシーラ。
「起こしてしまって悪いな。でもそろそろ起きないと朝食の時間になる」
昨日は遅くまで2人で盛っていたことでシーラは少し眠そうにしていた。
コウも何と言い出していいのか戸惑っていたが、ここはできるだけ自然にと思いつつ無理して声をかける。
「えっと…昨日は…ああ……その、ありがとう」
「いっ、いえ。私こそ…ありがとうございます。最初の頃の私を知っていたから、てっきり昨日も断られるんじゃないかと思っていました」
最後の方はあまり言いたくなかったのか声が小さくなる。
そんな不安を一蹴したくなり、コウは笑顔で話しかける。
「今のシーラの気持ちには以前のような家の為ってのはなくなっているだろ。真っ直ぐに俺のことを見てくれているし、俺もその思いに少しは答えないとな…って思ってさ。
それに、色々と教えてもらって…助かったよ。その、酔っててあまり覚えていないけど…」
今度は恥ずかしいのかコウの声が小さくなっていく。
そんなコウの態度をシーラは笑って受け入れた。
「ふふっ。だったらまた、最初から教えないといけないですね」
これにはコウもかなり恥ずかしくなって思わず視線を逸らす。
「でさ、ちょっと聞きにくいんだが…昨日は4回目までは覚えているんだけど…」
「その後酔った上に疲れていたみたいで、果てた後にちょっと休むと言ってそのまま眠られましたよ」
「……申し訳ない」
「そ、そんなことないですよ。ようやく最初の一歩が踏み出せて、すごく…うれしいです」
「…まぁ、俺も…」
まだ初々しさが残っていてぎこちない2人だったが、布団の中ではいつの間にかお互い求めるかのように手を握っており、互いに信頼してることを示していた。
「あっ、えっと、師匠…」
「ん?」
「その、マナにだけど…」
「ああ。今日の事を敢えて言ったりはしないよ。マナは先越されたとかで悔しがりそうだけど、こればっかりは流れなんだしさ。
あんまり悔しそうにするのなら、ちゃんと俺からフォローしておくから」
コウは2人が弟子になった時の事を思い出していた。
別の目的があったとはいえ、あの時は1番弟子になろうとマナが急いで申請書を出しに行った。
そのことを考えると順番にはこだわりそうだし、昨日のことを言ったら彼女が不貞腐れるだろうと考えたのだ。
だがシーラの反応は違っていた。
「いや、そうじゃなくて…マナ、こうした経験ないらしいので…昨日の夜の経験を生かして、ちゃんとリードしてあげてくださいね」
「……えっ、マジ?」
「そう、らしいですよ。私に嘘つく理由なんてないと思いますし」
「いや、あー……昨日の経験って…酔ってたんですけど…まいったなぁ」
それを聞いて小さく笑うシーラ。
それに対してコウは困りつつも何とかするしかないかと戸惑っていた。
「覚えていないのですか?でしたら、また勉強し直しですね」
小悪魔的な笑みを見せながらシーラは嬉しそうに話す。
「まっ、まぁ、それは置いといて…違うな。また近日中にでも…いや、できるだけ早く………で、そろそろ朝食に行かないと」
頷くシーラはコウに背を向けてベッドから立ち上がると一瞬で服を着た。
アイテムボックスの魔道具には2種類ある。
アイテムボックスとの入り口を作るだけの魔道具と、アイテムボックスから入り口を通さずに直接自分の周囲に物を出し入れできる魔道具だ。
後者のは特に高級品で、ここではコウとシーラとマナだけが持っている。
後者の場合であれば、瞬時に服を着替えることも出来るし、瞬時に服を消して脱ぐこともできる。
「では、一緒に行きましょうか」
「ああ」
昨晩の思い出に少し浸りながら、2人は手をつないで部屋を出た。
大広間には流星の願いの主要メンバーが全員揃っており、コウとシーラが2人来るのを待っていた。
「悪い、少し遅くなった」
「もうエニメットも準備できています。どうぞ席へ」
エニメットを除く全員が既に座っていたが、彼女は自分の席の近くで立って待っている。
主人であるコウより先には座らないという彼女なりの矜持なのだろう。
そのことを突っ込むと何度も聞かされた身分の話が始まるので、コウは彼女に軽く笑顔を向けてから席に座った。
さて食事だと思った矢先、コウの隣に座ったマナが間髪を容れずに話しかけてくる。
「昨日はシーラと一緒に寝てたの?」
マナの突然の鋭い質問にも、コウは動揺することなく予定していた言葉を返す。
「ああ。大きなことが起こるまで先だと思っていたのに、急に目の前のことになったからな…ちょっと相談に乗ってもらってて」
さすがに皆がいる場所。いくらマナには見抜かれてたなと思ったコウも、昨晩のシーラとの熱い夜の事については漏らさなかった。
マナはすぐに悟ったのかじーっとコウの方を見つめていたが、うれしそうに見つめ返すコウを見てそれ以上は触れず引き下がった。
ただしっかりと次は自分の事だとアピールをして。
「じゃ、今度は私だね」
「ああ」
敢えて具体的な話はせずにコウが答えると、すぐに朝食が始まった。
今日の夕方には盗賊退治から村の吸収にまで関わった傭兵たちとの祝賀…というより慰労会のようなものが開催される。
これからはオクタスタウンに他のエリアにと忙しさを増すので、こうした息抜きを挿むことで一区切りつけるのである。
これを見た今まで関わらなかった傭兵たちも、次は参加したいと協力してくれるようになるので案外意義のある慰労会となっている。
少額ではあるが、論功行賞みたいなものも開催されるので楽しみにしている傭兵団も多かったりするのだ。
「準備は順調に進んでいますので、コウ様は本日くらいゆっくりされた方がいいかと思います」
「メルボンドに言われたのなら…大人しくそうしておくか。久しぶり魔法の自主練に精を出すとするよ。そういやマナやシーラは時間ある?
良かったら軽く連携とか試しておかないか?」
「うん、ちょっとやることがあるから終わったら行くー」
「私も少ししたら向かいますので、師匠だけ先にウォームアップしておいてください」
「りょーかい」
今すぐ取り組まなければならない大きな問題もないということで、久しぶりほぼ報告のない朝食会となった。
食事が終わるとコウはすぐに練習場となっている隣の敷地に出ていく。
エニメットとユユネネ、それにエンデリンやナイガイが協力してお皿などを片付け、マナは席を立ちソファーに寝転がる。
コウが部屋からいなくなり完全に扉が閉まってから1分ほど経った頃、一部のメンバーが席に再び集まった。
集まったのは、マナ・シーラ・メルボンド・メイネアス・エニメットの初期幹部。
メルボンドが魔道具を取り出し机の中央に置くと、<静寂の結界>が発生し、テーブル一体と周囲との音が隔絶された。
その様子を見て近くにいたノットリスやモンネーネも慌ててその付近から退散する。
周囲から人がいなくなったことでメルボンドが口を開いた。
「シーラ殿、昨日はコウ様のフォロー、ありがとうございます」
「いえ、思ったほどではなかったので私も安心しました」
「で、ついに本番までいったの?」
ド直球に質問するマナにメイネアスは呆れた表情を見せたが、当の本人であるシーラは少し恥ずかしそうに頷いた。
「えぇー!マジ?やっとだね、シーラ。じゃ、じゃ、次は私の番でいい?どう?」
「んー…それが酔った勢いってこともあって教えたこともあまり覚えていないそうで…」
「えぇー」
今度は一気にテンションが下がるマナ。
「ごめん。でも次はマナの番だから」
「……んー」
結構真剣に悩んでいる様子のマナ。
普段ならすぐにでも飛びつくはずのマナが悩むのを見て、エニメットはそれを不思議そうに見ていた。
「じゃ、もう1回…師匠にちゃんと教えといて」
「えっ!?あ、うん。…今度はちゃんと教えておくね」
2人の話が違う方向に走るものだから、一区切りのをつけるようにメルボンドが咳払いをした。
「んんっ。まぁ、どちらにしてもコウ様が1歩を踏み出してくれたことは喜ばしいことです。この件に関しては外部からも突かれていましたから…。
ですが今はそれよりも昨日の様子を聞かせてください」
「はい。やはり師匠は悩んでいるようでした。あれだけ何度も決心して作戦を進めると言ってましたけど、やはり現実が目の前に近づいてくると思うところがあるようです」
「仕方ないよー。師匠は今までそういうことに縁がなかったんでしょ?
別に敵対してるわけでもない傭兵たちに多くの犠牲が出るっぽい作戦は初なんだし、誰だって初めては不安になるって」
「ですが経験してもらわなければなりません。一光様も三光様も、おそらくこの経験をさせるために無理に連れ帰らなかったのですから」
メルボンドの言葉に全員納得なのか、誰もが真剣な表情で頷く。
普通であればコウ程の才能を持つものをこんな中立地帯に放り出したままにするわけがない。
いくら光の連合に近い場所とはいえ、闇の連合からの人物が接触してくる可能性だってあるし、強力な魔物に殺されるリスクだってある。
傭兵たちだって束で襲って来れば必ず無事で切り抜けられるという保証もない。
保険として周囲に密偵が放たれてはいるが、それでもリスクがあることには変わりない。
そのリスクを負ってまでもここにコウを置いたままにするのは、もちろん連合に対する負の印象を払しょくする狙いもあるが、それだけではないことくらいここに居るメンバーはわかっていた。
ここでしか得られない貴重な経験、しかも実力のある貴族として、光の連合全体に期待される存在として経験させておきたい事。
それは傭兵たちとの関わりなどではなく、普段何気に接していた者の死などを経験させるためだと全員が推測していた。
戦争になれば怖気づく者もいるが、自分や周囲にいた者たちが殺されたり、自分の環境を奪われる窮地に立たされればある程度は奮起する。
だが仲間や親しい者の死によって心が壊れてしまう者だっている。
そういったことを徐々に経験できる環境というものは早々作れるものじゃない。
そうした悲劇は、ほとんどの者が突然味わうことになる。
だがこの状況は、そうしたことを少しずつ経験するにはとても適していた。
しかも今進めることは犠牲者無しに、不幸になる者無しに、ってのは絶対に不可能な作戦。
オクタスタウンの併合話を聞いたときに、クエスとボサツの目が鋭く光ったことにコウは気づけなかったが、周囲の者たちは何となくその真の目的を察していたのである。
「でも昨日話をした感じでは、恐怖や迷いを押さえこめていました。今のところは大丈夫です」
その話にエニメットが遠慮がちに手を上げる。
「ですが、今後この作戦の終わりが近づくにつれ、コウ様に再び大きな不安が襲うのではないでしょうか?」
「まー、考えられるよねー。でも、ある程度であれば私たちが支えていくし大丈夫だと思うよ」
「んー……そうですよね」
ここで今まで黙っていたメイネアスが口を開く。
「今のところは問題ないとはいえ、ここでコウ様が心を壊してしまっては、私たちが一光様たちに殺されかねないわ。
コウ様のためにも、私たち自身のためにも、ここからはできるだけ二重のチェックをした方がいいと思うけど」
「…確かに。メイネアスの言い分には納得です。コウ様に関わることなので甘い見立てをする者はいないと思いますが、万が一の可能性を減らすことは大事です。
コウ様の心情が不安定になったことに気づいた者は、別の者にも見てもらい二重チェックで判断することにしましょう。異論は?」
「ありません」
「ないよ。絶対それがいい」
「私もありません」
「もちろん私も賛成」
「では、そのように。もし2人でも判断に迷う場合は全員に即連絡を。万が一心が壊れそうであれば、すべての計画を投げ出してでも連合にお帰り頂くということで。
その場合酷く恨まれるでしょうが、それがコウ様の為でもあります。多少の傷であれば心を強くするきっかけにもなりますが、ここは安全策寄りで行きましょう」
しばし沈黙した後、メルボンドのまとめに全員が再び首を立てに振った。
今話も読んでいただきありがとうございます。
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次話は7/25(月)更新予定です。
では。




