栄える町と衰退する町9
ここまでのあらすじ
コウとサンディゴはオクタスタウンへと到着し、ギルド側にこの町の主要メンバーと話す場を設けてもらうよう依頼した。
◆◇
ギルドの2階にある一室。普通の傭兵たちはこの部屋には入れない。
ここはこの町の主要傭兵団である4つの傭兵団のリーダー格しか入室を認められていない特別な部屋だ。
町の政治面は町長のいる町役場が担い、町の軍事面は傭兵ギルドのギルド長とその4名が決定していると言っても過言ではない。
町には都市から派遣された兵士がいるが、戦力としてはその辺にいる傭兵たちとさほど変わりはなく数も少数。
あくまで都市が認可した町であることを示すために存在しているのであり、基本的には戦力として数えられていない。
そのため町を脅かす魔物や盗賊たちの対応には傭兵であたることになり、この部屋で大まかな方針を決定してきた。
そして本日早朝、ギルド長代理である副ギルド長ドゴスタが臨時の招集をかけ、彼らをこの部屋に呼び出したのである。
この町の治安を預かる『星の一振り』のリーダーシグルスは、息を切らしてギルドへとやってきて2階へ上がり、勢いよく扉を開いた。
「やぁ、悪かったね。突然の呼び出しにすぐに都合がつかなくってさ」
部屋の中にはドゴスタと、ドミンゴス、ニニキータが座っていた。
空いている席は2つ。シグルスは少し不思議そうにもう一つの空席を見ながらいつもの席に腰を下ろした。
するとドミンゴスが挨拶代わりに軽くツッコミを入れてくる。
「こんな場には遅れずに来るシグルスにしちゃ珍しいな」
「急に呼び出されたら仕方ないだろ。というか、ニニキータが遅れずに来てる方が珍しくない?」
「今日は大きな話だと思って遅れず来ただけ」
「いっつも重要な話をしてると思うんだけどなぁ~」
シグルスのからかうような言葉に彼女は少しムッとしながらも無視する。
そんな雰囲気を楽しみながら、シグルスは1つだけ空いている空席を見た。
「んー、ボルトネックが遅いってのは珍しいねぇ」
「あそこは良く出張ってるから、リーダーが不在なんだろ」
「まぁ、そこはドミンゴスのいう通りなんだけど、民への誓いって全員が真面目じゃん。代理の幹部連中ですら遅れてくるなんてめったにないのにねぇ。
ここんところ流星の願いの仕切る町によく行ってるらしいし、変な悪癖でもうつされたんじゃ…」
そこまで言いかけたところで部屋の扉が開いた。
やっと来たかと思いドゴスタ以外の3人が振り返ると、そこには流星の願いのコウが立っていた。
「失礼する。流星の願いのコウだ。召集をお願いしたが、全員来ているようでよかったよ」
そう言いながら遠慮なく入ってきた彼の後ろには、民への誓いの幹部であるサンディゴが等間隔の距離を保ったまま歩いている。
「お、おい。コウはもうこの町の主要傭兵団じゃないはずだろ!」
「そう邪険にしないでくれ。今回は報告者としてゲスト参加なんだから」
通常であれば何か対応すべきことが起きた時、情報を持ってきた傭兵はギルド側で聞き取りを受け、ギルド長に報告書が上がってからこうした会議が開かれる。
だから相当緊急の案件でない限り、報告者や当事者をこの部屋に入れることはない。
たとえ緊急の案件だったとしても、その場合は招集時に概要の説明が付属しているのだが、今回はそうしたものはなかった。
それなのにコウは堂々と入ってきたので、ルールに五月蠅いシグルスが即座に噛みついたのだ。
コウに諭されたシグルスはギルド長に抗議の視線を向けるが相手にされない。
どうこうできず苛ついていると、コウの後ろを付いてくるサンディゴが目に入った。
お前も何か言えと言わんばかりのシグルスの非難めいた視線に彼は特に反応することなく、まるで付き従っているかのようにコウと距離を保っていた。
ドミンゴスは何事かと不審がり、シグルスは少し苛ついた態度を見せる中、コウは残っていた1つの席に座った。
そこは民への誓いの出席者が座る指定席。代理であるはずのサンディゴは黙ってコウの席の後ろに立ったままで、なぜか抗議する素振りすら見せない。
シグルスはそんなコウの傍若無人な態度に対して、さすがに怒りをあらわにする。
「おい!そこは民への誓いの席だ。ゲストで来たのなら席くらい守れ!大体サンディゴも何やってるんだ。こういうのはちゃんと抗議するべきだろ」
ニニキータは何となく状況を把握したのか、納得したかのように黙っている。
そんな状況を見てギルド長であるドゴスタは重く静かに指示を出した。
「シグルス、今は騒ぐな。とりあえず報告を聞こう。それと、そうした態度をとる理由もな」
それを聞いたシグルスはコウを睨むが、コウは少し余裕のある笑みを浮かべると背もたれに寄り掛かり口を開いた。
「礼儀知らずの態度は謝罪する。だがここに座らないとサンディゴが困ってしまうからな」
コウのいった意味が分からずシグルスが困惑する。
さっさと話を始めたいドゴスタは、そんな彼を無視して進めるようコウに促す。
「あんたの指示でこの場を開いたんだ。さっさと報告に移ってくれ」
「わかった。すぐに報告させてもらう」
その言葉にドミンゴスとニニキータは真剣な表情でコウを見る。
シグルスはまだ苛ついているらしく、コウの方を見ようとはしないまでも耳だけは傾けていた。
「昨日の話だが、俺たち流星の願いと民への誓いが町の外で衝突した。
と言ってもそこはボルトネックの計らいで全面衝突は回避され、リーダー同士の対決で白黒を決めることになった」
「おいおい、それじゃお前の勝ち確定じゃないか」
思わずツッコミを入れて来たシグルスを無視してコウは話を続ける。
「勝利したのは俺で、戦いの結果ボルトネックは死亡。率いていた村民団の約半数はうちの傘下となった。
残っていたメンバーの中でも戦闘寄りの者が多く俺たちのところに来たので、村民団や民への誓いはかなり弱体化したことになる。
そしてこのエリアにあった最後の村も俺たちの町に合流した。これで村民団の活動目的の半分はなくなったというわけだ」
ボルトネックが死んだことに大きな衝撃を受け、聞いていた者たちはその後の話があまり耳に入ってこなかった。
時には協力し合う関係、時にはライバル関係だったボルトネックの死は、少なからず彼らに時代が動いたことを実感させていた。
そんな雰囲気を察しつつもコウは話を続ける。
「民への誓いが今後どうするのかまでは知らないが、今回の集まりに関しては俺が話す内容を既に伝えてある。そして来る必要がないことも。
今、民への誓いは混乱状態だからな。まずは今後の方針を先に決めた方がいいとも付け加えておいた。まぁ、大きなお世話なんだろうけど…。
ただ何も知らせずに呼ばれて参加し、自分たちが壊滅したという情報を俺の口から聞かされたら、この場が荒れかねないからな」
「コウ様、少しよろしいですか?」
「あぁ…いいけど」
サンディゴが突如割り込んできたのでコウは驚きながらも発言を許可する。
「おそらく民への誓いは残った村民団のメンバーを吸収する形で人数と体裁だけは保つことになります」
「…事前に決まっていた、というわけか」
「はい。とはいえ、いざそうなったら揉めずにってのは難しそうですが…」
コウとサンディゴが話し終えると、部屋は静まり返ってしまった。
さすがにシグルスもこの状況ではいつもの陽気な対応など出来なかったようだ。
「報告は以上か?」
ギルド長の声が静かになった部屋に響く。
「報告は、以上です」
そう告げるとギルド長はただ頷くだけだった。
気が重いなと思いつつもコウは次の話に移ろうとした時だった。
こぶしを握り締めたシグルスがコウの方を見ることなく尋ねてくる。
「なぜ、ボルトネックを殺した。お前なら…もっとうまくやれたはずだろう!」
「説得は試みたよ。だが彼の意志がとてつもなく固かった。まさに命懸けと言わんばかりの雰囲気だった。俺に人の心をひっくり返すほどの力はない…だから…」
「お前はこの町の一角である傭兵団のリーダーを殺した。それがどういうことなのかわからないようだな!この町全体に喧嘩を売ったんだぞ!」
真面目なボルトネックと少しお調子者ながらもルールには厳しいシグルス。
気の合う2人だったのだろう。正面からコウに対して喧嘩を売るには実力差が大きすぎるからか、町全体を持ち出してコウに対峙しようとする。
コウだって殺すつもりなんてなかったからか、罪悪感もあり返す言葉に詰まる。
そんな様子を見て後ろに立つサンディゴがシグルスに答えた。
「ボルトネックは今回の作戦時にすべて覚悟していた。あいつは…はなっから死ぬつもりであの場に向かったんだ。
だからその後の動きもスムーズなんだ。みんな…覚悟できてたからな…」
サンディゴの言葉にさすがのシグルスも気勢が削がれる。
「あの場で分裂し流星の願いに加わる前から…村民団の内部は既にバラバラだった。おそらく誰かさんのせいだろうが、それはまぁいいや。
だけどここまで残った手前、今更堂々と離れるほど強い意志を示すのも気が引ける。戦闘面で活躍するメンバーが抜けても、その分盗賊が減ってなんとかなっていたからなぁ。
考えは違ってもそれなりの情があったから、なかなか動けなかったんだ。だからと言って一緒に行動したところで意思も目標もバラバラ。そのままやっていたって、いつかは破綻するのが目に見えている。
だから節目が必要だったんだ。リーダーが変われば、それを機にメンバーが離れるってのはよくある話だ。あいつは…その機会を作ったのさ」
「なるほど…だからあんな覚悟で……俺の話も聞かないわけだ。ちっ、全体をもっと丸め込むように動いていればな…」
「それは無理っすよ。俺は賛同してますが、コウ様のやり方は全員がついていけるやり方じゃない」
コウもさすがに返す言葉が見つからず軽くうつむいたまま黙ってしまう。
そのやり取りを聞いたシグルスも視線を逸らし、それ以上食って掛かることはなかった。
「で、この集まりはこれで終わりか?」
黙って聞いていたドミンゴスがようやく口を開く。
それを聞いたコウは静かに首を横に振った。
「それでだ。こうなった以上俺たちも事を早めなくてはならなくなった」
シグルスは何の話だと眉間にしわを寄せる。
「確認したい。ドミンゴス、いつなら行動に移せる?」
それを聞いたドミンゴスはにやりと笑う。なるほど、と言わんばかりの表情だった。
「急だな。まぁ、こっちは半月ありゃー何とかなる」
「そうか、ではニニキータの方はどうだ?さすがに急となるとそれなりの時間は必要だろう」
「無茶ぶりだし当然だ。二月…いや、一月半はないと困る」
ちょいと不満そうにしながらも、ニニキータも時期を答える。
この場の流れから置いていかれているシグルスは、いったい何の話だとただただ困惑するしかなかった。
「ギルド長、そういうことだ。おそらく二月後には忙しくなり迷惑をかけると思うが…よろしく頼む」
「ふぅーーっ、仕方ない。どうせいつかはこうなるのなら、どっちかっつーと早え方がまだ気が楽だ」
「悪いな」
「悪いと思っているならやるな」
ギルド長の言葉にコウは笑って見せる。それはやめるつもりはないという意思表示でもあった。
だが話についていけないシグルスはその状況に困惑する。
その困惑には大きな流れに自分だけが置いていかれているという漠然と感じた不安が入り混じっていた。
今話も読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等ありましたらご指摘いただけると助かります。
前話は3か所、ご指摘ありがとうございました。
気に入っていただけたら、評価やブクマ、感想など頂けるとうれしいです。
次話は7/13(水)更新予定です。
今話はほぼ1日で書いて修正まで…最近帰ったらすぐ寝る生活が続きなかなか時間が取れない。。
では。




