断罪会議6
ここまでのあらすじ
コウを罠にかけ追放し、さらに自分の元に置こうとしたルルーの悪事が暴かれ、クエスたちはルルーを処刑すべきだと主張した。
このままでは本当に処刑されかねないと予見したのか、ルルーは態度を一変させる。
いくらプライドのある彼女といえども、さすがに命には代えられない。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってよ。私が悪かったことは認めるわ。だけど処刑はやりすぎでしょ?
ちゃんと彼に謝罪もするし、お詫びだってするわ。クエスたちがあまりに隠すから、コウって子の存在が気になって少し調べたかっただけよ。
こんな馬鹿げたこと二度としないし、今連合内で揉め事になっても敵を利するだけでしょ?ね?」
周囲の者たちもまだ悩んでいる途中だったので、ルルーの嘆願がぎりぎり耳に届く。
それなりの罰は必要だが処刑まではする必要がないのでは…、そんな雰囲気が広がっていく中でもクエストボサツは主張を曲げない。
「こうしたことを平気でやる奴を残しておけば、近い未来、闇の国と再度戦う際に必ず災いの種になるわ」
「最初から謝罪であればまだしも、本当に殺されかねないとわかってから一転して謝罪する者を、反省しているとは思えないです」
クエスとボサツの頑なな姿勢に、同じ融和派でそれぞれが所属する一門の当主が何とか説得しようと動き出す。
一時的な停戦状態になったとはいえ、あくまで一時的。
新しい当主を迎えある程度お互いの考えが読めるようになるまでにはかなりの時間が必要になる。
戦時は緊急で対応しなければならないことが多く、新しい当主を立てることもまたそれなりのリスクになるのだ。
「クエス、必要以上の混乱はこちらも避けたい。厳しい条件付きで構わない。ルルーを当主から外すのはこちらも避けられないのか?」
「そうは言っても、これ以上のことをまたやらかさない保証はないわよね?当主は国ではなく連合全体を考えるのが仕事のはず。なのにこの体たらくなのよ?」
「わかっている。だが女王様もここに居る他の者も、これ以上誤った選択はとらないはずだ。この先、敢えてルルーの悪さに乗っかるものなどいないと思えないか?」
「ここのメンツはそうかもしれないけど、部下はそうもいかないでしょ?それとも部下にまでそう思わせるとなれば、洗いざらい経緯を公表したうえで当主を止めてもらわないと。
当主ですら首を挿げ替えられるとわかれば、やろうって奴もいなくなるでしょ」
当主を突如処刑すれば、エレファシナ家の率いる一門が内部でガタガタになりかねない。
だったらいっそ首を挿げ替えた方がましという主張に、ボルティスも提示できる良い案がなく苦々しく思う。
「ボサツ、いくら停戦したと言っても今はほぼ戦時に近いの。あまり過激な手段だと敵を利することになりかねないと思わない?」
「その点は懸念しています。ですがルルーは今回の件を必死に隠匿しようと動いていました。現にコウの記憶を見せられなければ、そのままになっていははずです。
これを考慮すれば、反省程度で再発防止ができるとは思えないのです」
「確かにそうよね。でも、あまり追い詰めすぎると弟子のコウにも火の粉が降りかかるかもしれないわ。当主の急な交代を極秘裏に誰も興味を持たせずに、ってのはあまりに無理じゃない?」
そのリスクは2人とも最初から理解していた。
だからこそ、当主でさえ処刑されたんだぞという形に持っていきたかったのである。
だが場の空気は徐々に妥協点を探る方向へと進み始めた。
クエスもボサツも押し切れないことを理解し始め、処罰の内容変更を余儀なくされる。
2人が相当厳しい点までもっていきたいと悩む中、ルルーの相談役である教育係のエリオスが突然席を立ちクエストボサツの前にまでくると、跪き苦しく絞り出すような声で懇願し始めた。
「私の仕えるルルー様が行った行為は…到底許されるものではないと理解しております。ですが、どうか、これを最大の反省の機会となるような処罰にとどめていただけないでしょうか。
当主の座を一時的に外れるような範囲まででしたら、我がエレファシナ家は反省を持って受け入れるつもりです。
もちろんその程度で許されるほど簡単な話でないことは理解しているつもりです。なので半分は私の命をもって罰したとしていただけないでしょうか?
教え子の不始末は教育係であった私の不始末。この身をいかようにも処断してくださいませ」
エリオスの言葉にクエスたちは表情を変えない。
ルルーは1人残された席で両手を強く握りしめるものの、それを止めることはできなかった。
これはルルーの身を守りたいがための行動ではなく、エレファシナ家の名誉を守りたいがための行動だとわかったからだ。
最高会議の場で処刑や解任指令を出すと決定すれば、連合全体に報告が行き、5つの国をまとめ1つのグループを形成・指揮しているエレファシナ家の土台が揺らぐ。
あくまでルルーの未熟さが故の結果であり自分の教育が至らなかったせいだと主張すれば、反省と成長の機会が与えられる…これなら着地点として悪くない。
これならば他の当主たちは納得する範囲であり、当主たちが強硬な姿勢のクエスたちを説得できる範囲だとエリオスは判断した。
そんな場の空気をうまく読んだエリオスの即断は見事だったとしか言いようがなかった。
さすがのクエスもこれに反発しがたく、その隙をついて女王が話を進める。
「2人とも、これなら良い妥協点じゃないかしら。もちろんルルーにも処罰は必要だけど、二度と同じことをさせないという点においては良い着地点だと思うわよ」
女王が向けた視線の先、ルルーはうずくまるように目の前の机に視線を落とし、涙をこらえて震えていた。
それを見て2人は念話で軽くやり取りをすると、ここまでかと思い軽く息を吐いて発言する。
「エリオスの言い分は理解したわ。教育が十分でないのなら、教育係のせいと言えなくはないわね。彼の処刑の件は一門内でどう取り扱うか関与するつもりはないから」
「代わりにルルー様には100日の間、最高会議の場での発言権無しと、そのことを一門の各国家のトップに伝えることを求めます」
エリオスの処刑を公開しないことで彼の立場を尊重しつつ、ルルーにはきっちりとその地位にひびを入れることを要求する2人。
だけどあくまで一門内に限定しておき、エリオスの求める形にも配慮を示した形だ。
この情報が一門内に公開されることによって、エリオス亡き後でも内部でルルーに対して次はないぞという情報を共有できる。
大事な相談役が犠牲になってしまったが、2人からの要求が妥協しつつもきっちりと釘を刺しておく処罰に切り替わった。
「寛大な対応、ありがとう…ございます」
伏したまま感謝するエリオスにクエスたちは少し不満そうだった。
互いに不満はあるものの、ようやく見いだせた妥協点。
再びもめ始める前に決着させるため、場をまとめようと女王が発言する。
「何とか両者の妥協点が見いだせたようでよかったわ。考えが変わらぬうちに話をまとめましょう」
連合が分裂するような最悪の結末は避けられた。
後はこの場で全会一致を取ればこの件は終了、となるはずのタイミングでボサツが女王に尋ねる。
「ところで女王様、この件に関して知らなかったというのは本当ですか?」
「えっ、そうよ。この件を知っていたらさすがにルルーを厳しく追及していたわ」
「しらを切っている…ようには見えないです。クエス、お願いします」
「ええ。じゃ、続きを見せるわ」
何の話か分からないまま女王がぽかんとしている間に、一旦止められていた映像が動き出した。
コウが傷つけられたところで止まっていたため、ルルー以外の出席者は皆彼女が自制したことでこの場が収まったのだと思っていたのだ。
だがルルーの攻撃はその場にやってきたギースによって止められていた。
しかもコウの視点でもはっきりと『この件を女王に報告する』と語っている。
この映像を見ていた女王は、頭の中が一気に混乱した。
が、ボサツの無言の怒りを感じすぐに弁明に転じる。
「聞いてないわよ、こんな報告。本当よ。すぐにギースを呼んで!私はこんな報告受けてないわ!」
やや取り乱しながらも立ち上がり、報告に関してはきっぱりと否定する女王。
その態度を見て嘘ではないと思ったクエスはグンに念話を送る。
(外にギースがいるはずなので、呼んできてもらえない?)
(了解した)
先ほどからかなり厳しくやり合う状況に精神をすり減らしていたグンは、これ幸いと言わんばかりにすぐ会議室の外へ出る。
一瞬だけだが殺伐としたあの空気から解放され、グンはほっと胸をなでおろす。
クエスが怒り散らした会議は今まで何度経験があるが、今日のはそれまでの物とは完全に別格だった。
明らかな殺意がクエスとボサツからルルーへと向けられており、動き出す者がいれば命懸けで止めなければならないと、グンはずっと気を張っていたのだ。
そんな開放気分もほんの束の間、さっさと役目を果たし戻らなければならない。
会議室に繋がる唯一の廊下の先に警備責任者として立っていたギースを見つけ、やや同情的な視線を向けつつ声をかけた。
「ギース殿、会議室内にきてくれ」
「ん?予想通り中でトラブルか!」
一瞬答えに困ったグンだったが、詳しく話し過ぎて逃げられてもかなわない。
ここはひとまずギースを会議室内に確実に連れていくことにする。
「女王様がお呼びだ。すぐに来て欲しい」
「わかった。お前たち、ここの警備を任せておく。もし合図があればすぐに会議室内に来るんだ、いいな」
「はっ!」
部下たちのはっきりした返事に気を良くしつつ、ギースはグンに連れられ会議室に入った。
会議室に入るや否や、この場の異様な空気にギースは思わず身構えて盾を取り出す。
出席者の面々がこの連合の最高峰だけあって即武器を取り出さなかったことはさすがと言えるが、そんな異様な状況の中、女王がギースを睨んでいることに本人も気がついた。
恐る恐る盾を収納し、ゆっくりと近づいてから片膝をつき女王に尋ねる。
「お呼びでしょうか…」
「ええ、呼んだわよ!」
拳を机に叩きつけ、あからさまに怒っている女王。
周囲の当主たちからも視線は厳しく、背後にいるクエスとボサツからは殺気に近いものを感じる。
「いっ、いったい…何事でしょうか…」
この会議で何が話し合われているのかわからないギースは、周りの雰囲気から何かを追及されているように感じ、恐る恐る女王に尋ねた。
「クエス、さっきの部分を映像に出して頂戴」
指示を受けたクエスは一旦ギースに冷たい視線を向けつつ映像をスタートさせる。
そこにはまさか出てこないと思っていた映像が流され、映像が終わる頃にはギースの鎧の内側が汗でびっしょりと濡れていた。
「これはどういうことよ!」
「こ、これは…その…」
「私に報告すると言っている映像の人物は…誰・な・の!!」
机を叩きながら訪ねる女王。
誰の目から見ても苛ついているのがわかる。
「わ、私で、ございます…」
「じゃあ、なんで、この私に報告していないの!」
「それは…ちょうど大きな作戦の時期と被っており…」
「だったら少し遅れてでも報告しなさい!あなたが報告しなかったことでここまで大きな問題になったのよ!!」
「申し訳ありません、女王様」
「…処分は追って下すわ。しばらく自宅で謹慎してなさい」
「…わかり、ました」
肩を落とし力なく会議室を出て行くギース。
彼と女王の間での問題はルーデンリア光国内で完結する話になるので、他の当主たちは特に触れなかった。
女王直轄の扱いとなるクエスやボサツは触れることのできる範囲だが、ここは女王に任せた形になる。
クエスたちから見れば、今回ギースが女王に報告していたとしてもコウは意地になって連合から出て行った可能性が高く、ギースをそこまで罰したいという気持ちはなかった。
女王もクエスたちの態度を見てある程度察しており、この場でさっさと謹慎を言い渡したのである。
「ふぅ」
女王はかなり疲れた様子でため息をつく。
これで一応は問題に方が付いた。
全てにもやもやを残した形にはなったが、それでも連合としてのまとまりに亀裂を入れずに済ませただけでも良しとすべき結果だった。
「今日の議題は…以上でいいのよね?」
「はい、以上です」
クエスは表情を崩すことなく答える。
「エレファシナ家は、処刑の報告と一門の各貴族たちへの今回の説明、並びに伝えられた側の了解の印をこちらに提出するように。
そして最初に話した兵士たちによる魔物討伐の機会増加を各一門にお願いするわ。あと、闇の国の想定兵力を増やしたことによる今後の戦略会議を今後開きます。
今回の緊急会議は以上よ。解散!」
重苦しい会議は、こうしてようやく終わりへとたどり着いた。
クエスとボサツ、そしてグンの3名がさっさと会議室を出て行く中、当主たちは誰も腰を上げようとしなかった。
今話も読んでいただきありがとうございます。
世の中、場の流れと落としどころが大事なのです。
今話も読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等ありましたらご指摘いただけると助かります。
次話は1/26(水)更新予定です。 では。




