コウが歩む道の始まり13
ここまでのあらすじ
クエスとボサツはようやくコウと再会し、今後の方針を話し合った。
長かった話も終わり、コウの無事と今後の方針を確認できたクエスとボサツはすぐにルーデンリアへ戻ることになった。
一応解任されているとはいえ、あくまで中立地帯へ向かうための建前みたいなもの。
中立地帯に長々と滞在して話が広く伝わってしまうと、それはそれで問題になりかねない。
それに2人にはやることも出来た。
コウが確かな評価を得た上で連合へ戻ってくるためのサポートと、コウを追放したきっかけを作ったルルーを問い詰めることだ。
特に後者は関与しているのが明らかな証拠をコウが提示してくれたことが大きい。
普通の貴族や準貴族であれば、このような当主に対して明らかに不利になる証拠をこんな簡単には提供してくれない。
当主とは数カ国をまとめ上げている国のトップ。その影響力はグループ全体に及び、それを馬鹿にする行為はグループ全体を馬鹿にする行為となる。
そんな人物を追い落とすような証拠をばらまいてしまえば、各国・各貴族たちから報復を受ける可能性があるからだ。
コウも多少の報復を考え迷ってはいたが、そこはクエスたちへの信頼が勝ったと言える。
「まさかこんなに有益な情報ばかり手に入るとは思わなかったわ。優秀な弟子がいると、本当に助かるわね」
村の外まで見送りに来たコウにクエスはあらためて感謝を述べ持ち上げる。
「い、いえ、俺が出来ることは…これくらいですから」
照れつつも遠慮がちな発言をするコウ。
普通の貴族であれば自分の功績を誇らしげにするものだが、相変わらずな態度にクエスとボサツは安心する。
「無理は決してしないことです。コウは生きているだけでも大きな価値があることを、ちゃんと自覚するのです」
「わかりました、ボサツ師匠。それに、まだ何一つ育ててもらった恩を返していませんから…御二人のお役に立てるまで、この命を無駄にする気はありません」
微妙に思いがずれておりボサツは困った顔をするが、コウがうれしそうに答えるのを見るとこれ以上言葉を付け加える気にはなれなかった。
「あと、師匠に頂いた魔法書、今度会う時には1つくらい使えるようになって見せます!」
「わかりました。ですが私としては、使えるようにだけでなく、さらなる工夫も期待しています。
コウの実力と好奇心が私の想像を超えてくれると期待しています」
少し意地悪っぽくさらに課題を上乗せするボサツに、コウの表情も少し渋くなる。
だがどこかやる気を感じる笑顔も漏れており、才能と好奇心の両方を併せ持った一面が垣間見える。
その好奇心こそがこの中立地帯での活動につながったと考えると、自分の元へと強く引き戻したいという思いもあきらめざるを得ない。
コウの好奇心を否定してしまえば、彼を自分が否定してきた凡庸な魔法使いたちと同じにしてしまう恐れを感じたからだ。
そんなやり取りの中にボサツの思いを理解したのか、妹であるシーラは少し申し訳なさそうにしながらボサツに対して会釈する。
マナはさらに先へ進もうとするコウの背中を見つめ、自分ももっと先へと進みたいと思い始めていた。
「じゃ、私たちは行くわ。リーダーとして、しっかりやりなさいよ。あと、転移門はできるだけ早く準備するから、そっちも早く町に昇格できる人数にしておきなさい。
あ、そうそう。人数が揃えば昇格に関してはこっちから手を回しておくわ」
「?」
中立地帯で村の昇格に手を回しておくという意味の分からない言葉にコウは首をかしげる。
情報はおそらくメルボンドたちからクエスたちの元へと伝わるのだろうが、コウはそもそも町への昇格の本質を全く理解していなかった。
人数さえ揃えば直に町として認識される、くらいにしか考えていなかった。
だがコウの疑問に触れることなく2人は出発の準備にかかる。
「では、名残惜しいですが出発です」
「そうね」
ボサツが風の板を作り出しそれに乗る。
その時コウが先ほどの事を思い出した。
「あっ、師匠、ちょっと待ってください。さっき話した1年半って、結局何だったんですか?」
その質問にクエスとボサツの動きが止まった。
あくまで3人だけの時の話なので、一緒に見送りに来たマナ達は何のことかわからずぽかんとしている。
「えっと…まずい質問でした?」
「いやいいのよ、別に。しょうがないわね、誤魔化すのはあまり好きじゃないし今話しておくわ」
仕方ないと言わんばかりの態度でクエスが話を始めた。
「今から1年半程経った頃、コウだけは必ず連合に戻って来なさい。その分コウがいろいろとやりやすいように手を回すから」
一応お願いとも取れる表現だったが、ほぼ命令と言っていい内容にコウは困惑する。
コウは戻れと言われればすべてを投げ出してでも光の連合に戻る覚悟を決めていた。
自分が将来を期待されて良い環境で育て上げられていたことを、この中立地帯に来たことで強く実感していた。
傭兵たちに話を聞けば、出てくる話は画一化された兵器のような道具としての訓練ばかり。
どんなに鈍感だったとしてもそんな話を聞けば、自分が相当特別扱いを受けていたことくらい理解できる。
だからこそコウは、クエスたちが戻ってくれと言えば素直に従うつもりだったのだ。
それがここに居ることを認められたことで安心したら、突然中立地帯に居られる期間が決まっていると言われる。
なぜ先に言ってくれなかったのか、それは自分のためなのか他の目的のためなのか、頭の中で答えの出ない疑問がぐるぐると回る。
「コウ、先に言わなかったことは申し訳なかったと思っています。期間が決まればそれだけコウは無茶をすると思っていたからです。
それだけコウはこの村に情熱をかけていることがわかりましたので…」
「………」
「ちゃんと話すと、1年半後コウには2年間ルーデンリアに来て欲しいのよ。もちろんその間もこの村の運営はここにいる者たちに任せていいわ。
ただ、1年半後にはコウも魔法使いになって6年目になるでしょ。だからね…」
6年目という言葉を聞いてもコウはピンとこない。
ただクエスの言葉には2年だけルーデンリアに行って、その後はこの村に戻ってもいいというニュアンスにも聞こえる。
どう反応していいのかわからないでいると、後ろにいたシーラが突然大きな声をあげた。
「あっ!もしかして…師匠を、コウ師匠を上級魔法学校に行かせるんですか?」
「そうよ」
「そうです」
シーラの質問に対して、2人は少し申し訳なさそうに答える。
「えっ、学校……あぁ!!」
そこまで言われてコウは思い出した。
この世界に来た直後、ボサツからこの世界の常識を学んでいた頃、魔法使いになるための学校があり、光の連合の魔法使いのほとんどはその魔法学校を通して魔法を学ぶということを教わっていた。
が、コウは下級魔法学校に行くことはなくクエスとボサツ自ら指導すると言われたのでそのことをすっかり忘れていたのだ。
下級魔法学校は魔法使いになって1年未満の者たちが3年間通う場所。
そして中級魔法学校は下級を卒業した者たちが3年間通う場所。
中級を卒業すると、一般的な魔法使いは兵士などになる。その頃はまだ16歳という若さだが、中級魔法学校を卒業した以上、一人前と認められる。
上級魔法学校は少し特別で一定水準の才能がある者だけしか通うことが出来ず、貴族の子供たちがそこでさらなる魔法の鍛錬を積む場所だ。
士官候補生専用の学校とまではいかないが、上級に通うことで集団ではなく個の戦いを本格的に学べる。
また、一定の兵員をまとめる立場につくことが多いことから、指揮官としての観点から色々な物事を学ぶ場所にもなる。
魔法学校には通わないと最初に言われたことで自分とは無縁の場所だと思い、コウの頭の中では魔法学校など別世界の存在として扱われていた。
地球で高校三年生だったコウは今更再び学校に通いたいという気持ちもなく、将来を期待された貴族たちの輪の中に今更入ることになる点もあまりうれしくはない。
貴族の中にもいい奴はそこそこいるが、性格に難ありの人物も決して少なくない。
そう言った環境に放り込まれることはコウとしてもあまり歓迎したくはなかった。
「まぁ、嫌そうな顔はすると思っていたけど…コウはこれから光の連合のエースとなり私たちと一緒に戦ってくれるんでしょ?
だったらせめて同年代に少しは知り合いがいた方がいいわ。コウのすばらしさを周りに伝える存在がね。それに学校で好成績を収めれば箔もつくわよ」
「今回私たちがいない間、思ったよりもコウの味方をしてくれる者が少ないことがわかりました。
私たちは上の方を味方にすることはできますが、コウの同年代を味方にすることは難しいです。同年代と言っても周りは貴族の子、王子や王女もいます。
そこで顔見知りになっておき、コウの実力を知らしめておくことは、将来少なからずコウの力にもなるはずです」
「ま、まぁ…そうですけど…」
「2年間の学校を終えたら、またここに戻ってきてもいいわよ。もちろんここが戦争になっていなかったらだけど。
それまでの1年半で部下を育て方向性を固めておきなさい。頭であるコウが抜けるだけで瓦解する組織じゃ、長期を見据えた都市の新設なんてもともと話にならないわ。
わりかし優秀なのをつけているんだから、部下を信じることもリーダーであるコウの役目よ」
コウはいいように言いくるめられている感はあったが、言っていることに間違いはないとも感じていた。
戦争ともなれば長い間都市を空けることもある。
転移門の設置もそう遠くないし、序盤の大事な時期にはちゃんと関われるし、学校に行くことの大切さも理解できた。
だが、マナやシーラ、エニメットと離れ離れになるのはかなりの寂しさを感じる。
そう思った時、コウは自分がその3人にかなり依存していることに気づいた。
どんな時でも常に側にいてくれるとは限らない。
優秀な部下であれば一方面を任せ、自分のそばからしばらくいなくなるなどの状況だってあり得る。
常に一緒に居られるわけじゃない、2年間も離れていたら他の男にとられるかもしれない。
この村の発展、3人との関係、時間が限られてしまったからこそやらなければならないことがはっきりと見えてきた。
「わかりました。1年半後はルーデンリアへ行きます。その分、この大切な時間でやるべきことをやってみせます」
コウの真剣な眼差しに、クエスは一体何のスイッチが入ったのかピンとこなかったが、ボサツは何となく察したのか嬉しそうに笑顔を見せた。
「ちゃんとした下地があってこそ任せられるものです。そうした部分も実地で学んでもらえたらうれしいです」
「はい、頑張ります」
「まぁ、やる気になったのなら杞憂だったわね。さっ、ボサツ。私たちも帰ってやるべきことをやりましょう」
「ええ。転移門が出来た時には1度来ると思いますが、コウも…元気で」
「はいっ」
コウは返事と同時に光の連合で一般的な敬意の示し方である、利き腕と逆の腕をこぶしを軽く握り胸の下に当てる。
それを見て安心したのか、クエスとボサツはコウたちの統治する村を後にした。
今話も読んでいただきありがとうございます。
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次話は11/19(金)更新予定です。 では。




