コウが歩む道の始まり10
ここまでのあらすじ
クエスがコウの希望だった転移門設置を条件付きで認めた。
コウとしては転移門の設置に目途がついたことはこの上ない幸運だった。
短期間で都市サイズにまで発展させるためには、他には絶対にない売りが必要だ。
しかも安全とか言う不確かな売りではなく誰もが否定できない圧倒的な売り、それこそが転移門だったのだ。
一番大切な目的を達成したコウは満足していが、クエスとしてはまだ不十分だと考える。
都市化を目指すというのはそんな単純なきっかけだけで成しえるものではない。
例えば貴族たちが新規の都市を作り上げる時にはもっと多額のお金をぶち込む。
もちろんお金だけではない。人材や技術だってかなりの量投入してようやく可能性が出てくるものなのだ。
町や村に転移門1つ作るだけで都市化するのであれば、どの国もそんなに苦労したりはしない。
安易にしか思えないコウの思考だったが、せっかくの愛弟子の発案を出来るだけ成就させようとクエスはさらに援助を提案した。
「ねぇ、今コウはどれくらいの資金を持ってるの?」
「えーっと、3千万ルピくらい…だったよな?」
はっきりと把握していないのか、コウは後ろにいるエニメットの方を見て疑問形で答える。
「はい。盗賊の討伐で得た報酬などだけで考えれば、そのくらいになります」
「あー、そう言えばエクストリムを発展させるために1億ルピほどおまけで渡していたわよね?あれも遠慮なく使っていいわよ。
というか、エクストリムを発展させるための資金、まだ余ってるでしょ?それも遠慮なく使いなさい」
「えっ、いや、それはアイリーシア家からのお金なので…さすがに使えませんよ」
「コウ様、そちらの額でしたら合わせて4億ルピほどは…」
「いやわかってるよ。一応俺が別管理で保管しているんだし…。これはあくまでエクストリムを発展させるために師匠から預かった資金です。
アイリーシア家に返却するのが筋であって…」
「確かにコウの言う通りなんだけど、ぶっちゃけテレダインス家から違約金がっつり搾り取ったし、そんなに気にしなくていいのよ。
コウを規定外で追い出したんだし、最初の約束通りコウを追放した時点で投資していた約7億の倍額、きっちりと回収したんだから」
7億の倍額、つまり初期投資として用意した10億を超える14億ルピを支払わせたのである。
テレダインス家としては減額をお願いしたのだが、クエスが強く迫るとテレダインス家の保護家であり一門のトップであるエレファシナ家が
これ以上クエスに事情を探られないためにも代わりに払ってくれたのだ。
その分クエス側もお金を受け取ったことで、他の一門のことにあまり首を突っ込むわけにはいかなくなったのだが。
なんにせよ投資した以上の金額を回収できたのであれば、コウも遠慮しなくていいのかなと思ってしまう。
「それに、転移門が出来れば色々なものを購入できるわ。資金は潤沢なほど打てる手は多くなる。
さっきのような荒事をやるくらいの覚悟はあるんでしょ。だったら使える手はいくらでも持っておくべきよ」
「まぁ…そうですね。だったら、お言葉に甘えさせていただきます」
「そうそう、それでいいのよ。ルルーを追求する手を失ったのは痛かったけど、コウが遠慮なく資金を使える理由になったのなら悪くない手打ちだったわね」
ルルーの名前が出たことでコウはあの時のことを思い出した。
自分をはめようとした挙句、ルーデンリアの王城内で武器を抜き迫ってきたあの時。
当主の立場がどれほどのものか理解し始めたコウとしては、これ以上触れるべきではない一件だと思ってはいるものの
彼女のたくらみによりエクストリムの住民たちが大変な目に合ったことを知っている以上、いつかは一発かましてやりたいという気持ちがわいてくる。
そんな奥底に沸いたコウの感情を鋭く感じ取ったクエスは、不思議そうにしながらもコウに尋ねた。
「ん、何かあったの?もしかしてルルーと…」
クエスの問いに対してコウは言葉を詰まらせる。
クエスやボサツが知らないということは、あの場に居たもう1人の偉そうな人が公にしていないということ。
であればコウの側から積極的に発信するのは悪手と言える。
ここで話せばルルーに軽く反撃できるかもしれないが、その分反感を買って中立地帯での活動を妨害されかねない。
相手が大きければ大きい程、中途半端な力で反撃したところでこちらが手痛い反撃に合うだけだとコウは学習していた。
だがしばらく考え込んだことで、2人ともコウが何か知っているのではと察し始める。
そのことに気づいたコウは慌てて否定した。
「いや、ルルー様とは特に何もなかったですよ。あー、追放された時女王様と一緒にいたので、つい思い出したくらいで…」
事実を混ぜつつこの話は流そうと試みたが、目の前の2人はそんなに甘い相手ではない。
コウの態度から既に確信に近いものを感じたのか、見逃すつもりはないと鋭い視線を向ける。
まずったと思いコウは視線を逸らすが、それが余計に興味を引いてしまった。
「コウ、話なさい。あのバカのやったことで何かあるなら、きっちりと追及させておかないとダメ。
あいつは助けてもらったとか恩を感じるようなタイプじゃないんだから」
「クエスの言う通りです。今や私たちだけでなく複数の当主と女王様もコウの味方です。コウには指一本、紙切れ一つ届かせないようにするので大丈夫です。
むしろ放置することの方が危険な状況に陥りやすいです」
2人の発言にコウが迷う。
その態度でまだ表に出ていないやらかしがあることを2人は確信した。
コウの周囲もこれは大ごとだと思いながらも、味方が多いことを聞き、心配よりも興味の方が勝る。
そんな雰囲気を嫌でも感じてしまったコウは、雰囲気に押し出されるような形で渋々黒いモニターを出した。
コウは黙ったままアイテムボックスから小さな黒い欠片を取り出し、モニターの側面につけて目の前に作り出した小さな風の板に乗せる。
そして全員が見えるように風の板を壁際まで移動させた。
すぐさまメイネアスが近くに置いてあった数個の黒いモニターをくっつけて画面を大きくする。
あまり大々的に見せたかったわけではないコウは渋い表情になるが、師匠たちの手前止めることはできずその行動を見守るしかなかった。
結果、9倍の大きさになった大画面に映像が映し出される。
場所は、しっかりした造りの豪華な廊下。
コウ側の者たちはそれがどこなのかわからなかったが、この場に居るクエスとボサツはよく見る光景だったのですぐに場所を理解した。
そこはルーデンリア王城内の謁見の間から少し離れた場所、映像の進行方向から考えると女王と会って追放処分を受けた後だというのがすぐにわかる。
そしてその直後、クエスらには聞きなれた声が聞こえてきた。
『ちょっと待ちなさい、コウとかいう小僧。あなたはいったい何を考えているの?』
よもや聞き間違えることのない声、コウがその声に反応して振り向いたのでルルー本人のものであることが確認できた。
ここでさらに良くないことが起きると予見できたのだろう、クエスとボサツの表情が怒りの方へと傾き、軽い殺気にコウを含めたこの場の全員が思わずのけぞった。
だが2人はそれを気にすることなくモニターから視線を外さない。
『申し訳ありませんが、ルルー様の申し出を受けることはできません』
『今都市長を辞める方が迷惑かけているじゃない。別にあなたをクエスから取り上げたりはしないわ』
多少引っかかるところがあるものの、大きな問題とまでは言えない会話が続く。
が、絶対にこれだけでは終わらないと確信している2人は、モニターを凝視し続けていた。
コウとルルーがもめるとわかったからだろうか。
映像でコウを先導していたと思われる兵士たちが、ルルーにその場を任せようと立ち去っていった。
そしてルルーの態度が徐々に露骨になる。
『この小僧…ずいぶん言いたい放題言うけど、あんたの罰はこの国からの追放、つまり連合内からの追放よ。
準貴族であれば許可なく連合の支配地域を出た時点で貴族位ははく奪、つまりあんたはただの傭兵崩れになるってことなのよ?本当にわかっているの?』
『覚悟はしております。すべて自分の甘さから出た結果ですから』
発言を聞き逃さないためか言葉を発することはなかったが、クエスが拳を強く握りしめる。
『何と言われましても、拾っていただいた恩があるのでこれ以上迷惑はかけられません。
それと、今回の件をルルー様が画策したこと、誰かに話すつもりもありませんので』
コウのこの時の言葉は誰が見ても虎の尾を踏む発言だった。
びっくりしたシーラが思わずコウの方を見る。
当主に対して明らかな挑発。一歩間違えば叩き切られてもおかしくない発言だからだ。
そしてルルーからは予想通りの言葉が飛んできた。
『あんた、公の場で私を侮辱するなんて…この場で殺してやろうか』
抜かれる武器、それを何とか回避するコウ。
少し楽しんでいるかのような表情と共に、ルルーの攻撃が徐々に鋭くなっていく。
終には障壁を貫かれコウは傷を負った。
頭にきたのか思わず立ち上がろうとするマナの肩をコウが抑えて、マナの目を見ながら首を振る。
怒りと悔しさをにじませるマナだったが、これはあくまでコウの記憶から抽出した過去の映像。
ここで怒鳴ったりモニターを破壊したところで何の意味もない。
傷を受けたことでコウが降伏すると発言しルルーにも笑みが浮かぶ。
だがすぐに兵士たちがその場に駆け付けた。
その一団の先頭にいる人物を見て、思わずボサツが言葉を漏らす。
「ギース…」
近衛兵長のギースがルルーとコウの間に入ることで何とかその騒ぎは収まった。
その時コウが大事にしたくないと発言をしたことで、ギースも穏便に場を治められた。
だが次の言葉を聞いたことで、クエスとボサツのターゲットがルルーから変更されることになる。
『コウ…アイリーシア…あぁ、もしかしてクエス様の弟子の』
『あっ、はい』
『ふーむ、ならばこの件は女王様にも報告させてもらう。ルルー様、よろしいですな』
不満そうにするルルーだったが、とりあえず納得した様子を見せる。そこで映像は終わった。
マナはやや不満そうだったが、他の者たちは貴族社会ではやむを得ない事とも感じており、怒りよりも自分たちの力のなさを悔やんでいた。
だがクエスたちは仕方のない部分もあるとは微塵も思わず、この場で怒りをぶちまけ始めた。
「ちっ、あの女王、このことを知っておきながら何も言わないなんて…。マジであの場で一発ぶん殴っておくべきだったわ」
「クエス、戻って最高会議の招集をかけましょう。これはもはや黙っては置けません。
ここまでやらかしたルルーを始め、この事態を見ても行動しなかったギースや女王までも告発すべきです」
「そうね。こういった連中がいたんじゃおちおち前線にも出られないし、徹底的に締め上げましょ。
でも、二光のグンが同意する?3人揃わなきゃ私達じゃ会議招集できないでしょ。女王を一気に締め上げた方が早そうだけど」
「いえ、少なくともこの件をもみ消した人物が3人います。コウがこの動画をアイリーシア家に残さなかったことで向こうも油断してますが、組まれて他に手を回されると厄介。
事前相談のできない会議の場で一気に叩く方が上策です。グンは私が無理にでも賛同させます。いくつか手があるから任せて」
「そう、そこまで言うならボサツに任せるわ。だがここでヒートアップしても仕方がないし、少し落ち着きましょ」
「そう…ですね。少し熱くなりすぎたかもしれないです」
クエスが指摘したことでボサツの肩から力が抜ける。
ボサツの口調がさっきまでの早口からようやくいつものペースに戻り、周囲もほっとした。
落ち着いたとはいえ、明らかに物騒な話をしていたのは事実。
コウはそこまでしたら2人の立場が危うくなるのではと心配し始める。
「その…怒ってもらえるのはうれしいんですけど…あまり過激な争いごとには…」
「これはコウだけの問題じゃないの。戦時中、後方は余計なトラブルを起こさないようにしなきゃいけないのよ。
こんなことを裏でやられてたんじゃ、全体の士気にもかかわる話だから気にしなくていいわ」
「後方はただ指揮するだけでなく、前線の者たちが安心して帰って来られる場を維持するのも仕事の内です。
戦時中にこんなことをしていたのでは、誰も戦場に赴かなくなるのです。思ったより深刻な問題なのです、これは」
「は、はい…」
疑問に思いつつも、師匠たちの言うことであればとコウはとりあえず納得する。
実際言っていることに大きな間違いはないのだが、多少過激すぎる対応を取ろうとしているのもまた事実である。
だが、明らかに怒っている2人を止めることなど、先ほど納得してしまったコウ以外にできる者はいない。
そしてもう1人、かなり怒っている人物が口を開いた。
「本当に許せない!こいつはいつかボコボコにしてやる!!」
「ちょっ、マナ。さすがにそれを外で言うなよ…気持ちは、まぁ、うれしいが…」
「マナはいいこと言うわね。まぁ、今回は代わりに私たちがボコボコにしてくるわ。ちゃんと結果は教えてあげるから」
「落ち着いているシーラとちゃんと感情を出してくるマナ、コウは良い弟子を育てています」
クエスはマナを褒め、ボサツはしっかりとシーラの事にも触れる。
コウにしてみれば師匠たちから与えられた弟子、という感情がまだ少し残っていたが
さっきのボサツの言葉で弟子が褒められて純粋にうれしかった。
「2人ともいい娘なんだから、ちゃんと大切にしてあげないとダメよ?」
「も、もちろん大切にしています。2人は俺の最も大切な…弟子なんですから」
「でしたら、そろそろ甥や姪の顔も見たいと思うのですが」
「いや、ボサツ師匠…それはっ、まっ、まぁ…それは…」
困惑するコウにクエスがクスッと笑うと、ようやく場の空気が明るくなった。
今話も読んでいただきありがとうございます。
直近、更新が途絶えてしまい誠に申し訳ありません。
ワクチンの副作用甘く見ておりました。。1回目は何ともなかったのになぁ。
誤字脱字等ありましたらご指摘いただけると助かります。
私は観光関連で働いていますので、現在忙しさがやばいことになっています。
更新ペースを3日に1階に戻す予定が少し遅くなりそうで申し訳ないですが
今後ともよろしくお願いいたします。
次話更新は11/6(土)にさせてください。
余裕があれば前日更新するかもしれませんが……。では。




