コウが歩む道の始まり9
ここまでのあらすじ
コウがこの村に残って発展に寄与することをクエスが認めた。
なんとなくコウが中立地帯でやっていくのを認める雰囲気になった時、それを阻止するかのようにボサツが厳しい表情でコウに質問する。
「クエスは認めたようですが、私はまだ認めてないです」
少し気の緩んでいたコウは再び真剣な表情に戻してボサツの方を見た。
「正直私はコウがここで村を発展させることには反対です。コウは連合においても貴重な人材。
ここでその貴重な人材を使うのであれば具体的な成果を求めます」
「はい。ですので、俺はここを都市にまで発展させ連合の防衛網に寄与したいと思っています」
「確かにそれは具体的な成果と言えます。ですが、どのような方法でこの村を発展させるのかが知りたいのです。
近況を聞いたところ、千人程の規模にまでは大きくなるそうですが、それ以上は目処が立っていないことも聞いています。
コウたちが盗賊を潰して回った結果、各村での安全が確保できてしまったため、こちらへの合流を渋っている村が多いそうですね。
都市を目標とするにしても、達成が10年後、20年後などと言われては困ります。それではコウという貴重な人材の無駄遣いだと言わざるを得ないです」
「まっ、言われてみればそうね。少なくとも半年後までに…そうね、3千人規模は欲しいかしら」
「妥当な数字だと思います。コウはクエスの言った直近の目標3千人を達成する計画を発表してください。
その見込みがないようでしたら、私はコウを連れて帰るつもりです」
ボサツは事前にきっちりとメルボンドたちから情報収集していたようで、コウが悩んでいた痛いところを的確についてきた。
盗賊がこの一帯からほとんどいなくなったことで、各村ではコウに感謝するとともに安全性が向上した。
盗賊への上納金などもなくなり各村の生活も良くなっている。
まだ魔物の脅威は残っているが、それに関しても脅威度を下げる対策が行われていた。
村に常駐する傭兵団と、コウと対立気味の村人たちを救う勢力「民への誓い」が中心となって魔物討伐に精を出している。
普段は盗賊たちと睨み合いつつ被害を最小化する方針の彼らだったが、その盗賊が消えていく中、自分たちの役割を対魔物へとシフトしてきたのだ。
そのため各村ではコウたちに合流するよりも、自分たちの村を大きくして自分たちの利益を最大化しようという動きが強くなってきたのである。
もちろん、多数の魔法使いが常駐して農業や畜産などを支援しているコウが指導する村の方が、将来性も高く移動に前向きな村もあるのだが
点在する半数以上の村ではこのまま自分たちでやっていけると主張し、コウたちの誘いを断っていたのだ。
危険な盗賊たちを排除したことで、逆にコウたちの計画が上手く行かなくなっているのが現状なのである。
これに関しては検討中となっており、具体的な対策はまだ決まっていない。
一番痛いところを突かれたコウは、視線を下に落とし悩んでいる様子を見せる。
ボサツの言っていることは決して無理難題の嫌がらせではない。
都市をつくるという大きすぎる目標を掲げるのであれば、せめて最初のステップをクリアするくらいの方針くらい立てておく必要がある。
連合の防衛網に寄与すると言えば悪くはない話だが、絵に描いた餅であれば話にならない。
いったん休戦となったが、将来連合の主力の一角となるコウをこのような場所においておくのであれば
それ相応の目的とその道筋を示さねばボサツだけでなく多くの関係者が納得しないのだ。
両隣にいるマナとシーラも何とか助け船を出したかったが、良い案が浮かばないのか表情は暗い。
そんな中コウはしばらく視線を落としたまま悩み続けたが、覚悟を決めた表情になり顔をあげた。
「ボサツ師匠、考えていた案があります。これでは不十分と判断されたら、遠慮なくそう指摘してください」
その言葉にボサツは本心とは反しながらも、少しだけ心が躍った。
「ええ、聞かせてください」
ボサツの言葉を受け、コウは迷うことなく話を始めた。
コウの提示した案にボサツもクエスも思わず信じられないといった表情を返した。
その計画はとても従来のコウからは出てくるような案ではなかったからだ。
だがそれは今の状況でしか使えない案であり、決してこの場で思いついた突発的なものではないことを伺わせる。
全て話終わった後もコウは真剣な表情を崩さない。そこにはそれなりの覚悟が垣間見える。
側にいるシーラやマナも表情は厳しいが受け入れるといった雰囲気で、メルボンドやメイネアスもコウの案に覚悟をもって同意するといった様子を見せていた。
ボサツはコウの案を聞いて、自分が追い詰めてしまったのかとも考え言葉に詰まる。
それを見たクエスはコウに優しく話しかけた。
「コウ。それは…確かに3千人という目標を達成する点では有効な手よ。だけど、それは今までのコウの考えに反するんじゃないの?
あなたは村人たちとの距離を縮め、共に頑張ってきたはず。正直に言って今の案はそれと真逆ともいえるわ」
「俺の方針は、仲間を大切にし、この村を都市にまで発展させるめどをつけ、俺を信じてくれる村人たちを出来るだけ豊かにする。
この順番通りの優先度で案を考えたまでです。良い手ではないですが、方針には反していません」
確かに反してはいない。反してはいないが、コウ自身苦渋の決断だったことは容易に想像がつく。
クエスが言葉に迷っていると、ようやく考えがまとまったボサツはコウに話しかけた。
「その案であれば、第一目標は達成可能だと思います。コウの覚悟は理解しました。
ですが、どうしてそこまで覚悟を決めたのか…教えて欲しいです」
「それは最初に説明したと思います。俺は今まで師匠達や属する貴族家、関係者の方々に大変お世話になってきました。
この中立地帯で何とかやっていけているのも、すべて俺をここまで育ててくれた皆様のおかげだと思っています。
であれば、追放されたきっかけを自分で作ってしまった今回くらい、何とか自分の力で戻るきっかけを作りたいんです。
もちろんすべて自分の力でというほど俺に力がないのは理解しています。でも、せめて方針だけでも立てて自分で責任を果たしたいんです。
そうやって連合に戻れれば、俺は何ら恥じることなく師匠たちの隣に立ち、共に戦えると思うんです。身勝手なことを言っている自覚はありますが、どうかわがままを…お許しください」
コウの覚悟を聞き、後ろの2人が最初に行動を共にする覚悟を決めた。
続いて両隣に座るマナとシーラも真剣な表情で認めて欲しいとボサツを見る。
ボサツにとってコウは本当に愛着の湧く優れた弟子だった。
その才能で教えたことを吸収し、なんでもやってみようと挑戦し、自分の作り出した魔法をも受け継いでくれそうな、この上ない大切な弟子だった。
その彼がようやく自分で立ち上がり何かを成そうとしているのを見て、ここだけは手を放そうと覚悟を決める。
昔は多くの弟子を育てたボサツだったが、目の前で自力で立ち上がろうとする弟子は初めてだった。
手放す惜しさと自分で立とうとする姿に目を潤ませながら、ボサツはコウの真剣な表情を今一度確認する。
「わかりました。ここまで案と覚悟を見せられて…それでも反対しては師匠失格です。参りました。
優秀過ぎる弟子もここまで来ると、少し考えものです」
ボサツの言葉にいまいちピンとこないのか、コウはどう反応していいのか困っていた。
そんなコウの様子を見て、ボサツも少し感動が薄れ笑みがこぼれる。
「まぁ、これじゃ認めるしかないわね。女王には適当に報告しとけばいいでしょ」
「ええ、もともとはあの人がやらかした事です。別に私たちがしりぬぐいをする必要などないのです」
「あはは、確かにそうよねー」
「えっと、それでいいんですかね?」
「それをコウが聞く?」
「えぇ。コウが私たちにそう決めさせたのですよ」
さっきまでの重苦しい雰囲気が一気に消え去り、ようやく場が明るくなる。
2人の師匠が認めたことで、このままコウが村の発展を指導することとなった。
「さて、そうと決まれば、私たちのやるべきことはこの村の発展の手助けね」
「はい。とはいえここに長期滞在はさすがにできません。そもそもそういうことをすればコウの手柄ではなくなってしまいます」
「まぁね。うーん……あ、そう言えばさっき条件次第って言ってたわよね?」
クエスが興味深そうにメルボンドに尋ねた。
「はい。ですがそれはコウ様が出していた案です」
メルボンドはあくまでコウの案としてクエスに注目させる。
ここではコウが一番上の存在、コウがそれを選択すれば確かにコウの案だなとクエスは納得した。
「師匠、折り入ってお願いがあります。小さくてもいいので、この村に転移門を設置して欲しいんです。
この村ではかなり質のいい魔石が取れます。ですが、その魔石を売ろうにも転移門がなくては移動コストが半端じゃなくて…」
この村で取れる食料を始め、農産物や魔石を売ろうにも村や町から都市へ運ぶには運搬費がかかる。
盗賊がほとんどいなくなったとはいえ、町や村間を移動するには魔物がいて護衛の傭兵が必要となる。
そうやってようやく都市へと運んで売却したとしても、そこから転移門を使用する費用が上乗せされるとなれば得られる利益が薄くなるのは必然。
この村に転移門があればそれらのコストが一気に不要になり、その分村人たちも豊かになるというわけだ。
だが転移門の運用には安全性が最重要視される。
たとえ付近に闇の軍の姿がないとはいえ、盗賊たちが村を占領し悪用すれば、都市内に盗賊たちがなだれ込む可能性だってある。
その不安要素を消し去るためにも、コウはここら一帯の盗賊たちを早く壊滅させようと奮闘していた。
自分が中立地帯に居続ければきっと師匠たちが訪ねに来る。
その時に環境を整えておけば、転移門の設置も可能ではないかとコウは考えていたのだ。
転移門の話をコウが切り出したことで、ようやくクエスもここまでのコウの行動がそのためだと気づいた。
「なるほどね。ずいぶんと盗賊退治に精を出しているので、てっきり英雄と呼ばれたいのかと勘違いしていたわ。
確かに安全性を確保すれば転移門の設置も出来なくはない。
でも、さすがに村規模の防衛力しかない場所に転移門を設置するとなると…安易に首を縦に振るわけにはいかないわね」
いくらコウのためとはいえ、こればかりには簡単に同意できないとクエスも厳しい態度をとる。
コウがいれば防衛力に問題はないが、彼が常に村にいるとは限らないので安易に防衛力として換算するわけにはいかないのだ。
コウもある程度予想をしていたが、クエスの厳しい態度に残念な表情を見せた。
転移門は非常に便利な魔道具であると同時に、諸刃の剣ともなり得るもの。
都市は堅固な外壁を築くことで、魔物などの外敵や悪さをする盗賊たちを簡単に入れないようにしている。
反面問題ない商人たちの貿易を阻害しないように、転移門を使って物資の取引を活発化させている。
あくまで転移門は互いに安全な場所にあるからこそ、簡単なチェックで物や人の行き来を許可できるのである。
そのネットワークの中に危険な場所を1か所でも作ってしまうと、ネットワーク内全体が危険にさらされてしまうのだ。
「まぁ、でも、今回はコウのたっての頼み。ちょっと時間はかかるけど、その無理難題、叶えてあげるわよ」
「で、出来るんですか?」
「もちろん。コウが家に迷惑をかけずに連合に戻る方法を考えたのに、私が出来ない出来ないって言って邪魔したんじゃ格好がつかないでしょ?」
これだけ便利な転移門という存在。常に安全な場所にだけ設置するというのでは、その有効性を使い切っているとは言えない。
つまり、危険な場所にも転移門は設置してあるのだ。
例えば各都市から相当離れた場所に偵察や強襲などで人を送り込みたいとき、リスクをとって転移門を設置しておけば、即座に敵の裏を取れたりと便利ではある。
だがその転移門を一般的なネットワークにつなげてしまうとリスクが大きすぎる。
そのためそうした危険な場所に設置してある転移門は、他のネットワークからは独立させ特定の転移門からしか飛べないように設定してあるのだ。
転移門とは遠く離れた2つの一定の範囲を瞬時に入れ替える設置型の魔道具。
その効果を発揮するためには互いの座標だけでなく、範囲の規格も統一する必要がある。
逆に言えば座標を登録せず規格すら変えてしまえば、多少いじろうとも他のネットワークに接続するのは困難になるのだ。
「じゃ、じゃあ…」
「まぁまぁ、待ちなさい。さっきも言ったけど、不可能じゃないけど簡単には設置を許可できない。だから条件を3つ付けるわ。
まずはここを町の規模にまで成長させること。さすがに村に設置するのは議論を呼び過ぎるからね。
あと、接続先をうちのアイリーシア商会に設置する特別な転移門にしか許可しない。最後に、生命反応や魔力反応のあるものは特定の人物しか飛ばせないようにする。
これに同意するなら、設置してあげるわよ」
普通は都市クラスにしか設置できないものを、この程度の条件で可能にしてもらえるのであれば安いものだ。
コウは飛びつくように笑顔で頷く。
「ちなみに転移を許可するのは、私たちとコウと共に中立地帯へやってきたメンバー、それとコウが追加申請した大事な部下、商人くらいに限定させてもらうわ」
つまり、村人たちを避難させるためには使わせないということだ。
今までのコウであればここで難色を示しただろうが、先ほど村をさらに発展させる案を提案した今のコウであれば、同意するだろうとクエスは判断した。
そしてその判断通り、村人たちを逃がすことに使えないとわかった上でコウは同意する。
これで周囲からの評価、つまりは自分の価値をコウ自身が理解したとクエスは考えた。
はっきり言ってコウは素体百万人よりも、その辺の傭兵千人よりも価値がある存在だ。
だからこそ、コウとそのお気に入りくらいはいつでも避難できるよう許可するがピンチの時は村人たちを捨てること、それがクエスの示した意図だった。
コウがそれを理解した上で同意したことで、クエスとしても十分に目的を達成できた良い取引となった。
今話も読んでいただきありがとうございます。
もぅね、いっぱいいっぱいです。
が、頑張って更新していきます。
誤字脱字等ありましたらご指摘いただけると助かります。
感想などなど頂けるとうれしいです。
次話は10/31(日)更新予定……といきたいですが、前日ワクチン接種なので隊長と相談させてください。
無理な場合は、簡単なお知らせを活動報告に書きます。
では。




