メルルとの談笑
これまでのあらすじ
中級貴族を滅ぼしたクエスたちは様々な理由で捜索対象となっていた。
半年ぶりに再開したクエスたちとルバールは家の再興話を聞き、以前の守護者メルルの元へ行くことにする。
監視部隊の者たちは丁重にクエスたちを扱い案内する。
案内されながらクエスたちは聞かされたが、周囲には護衛が100名近くも配置されていた。
特にルバールは要注意人物として見張られていたらしく、ルバールが追っ手をまくような行動をとったことから
広範囲に気づかれない形で大量の兵士が配置されたらしい。
その話を聞いて呆れたクエスはルバールを小突いたが、ルバールは
「結果的に手間が省けたということで」
と笑いつつも軽く頭を下げていた。
ミントはその様子を見て、ちょっとだけ昔を思い出し懐かしい気分になる。
ルバールとミントはあの惨事から一度も会っておらず、この日再開したものの気持ちの整理がつかなかった。
そしてクエスが小突くのを見て自分も、とミントもルバールを小突いているうちに2人の間にあったぎこちなさも消えていった。
一方、ルバールやその他数名を重要人物として監視させていたメルルは、この日クエスと面会している可能性が高いという一報を受け大いに喜んだ。
この半年間、メルルは元アイリーシア家の重要人物たちに直接聞き取りするが、既知の情報しか話してくれず
仕方なく彼らを監視させるも、全く動く様子がなく落胆した日々が続いた。
これは相当警戒されているなと思い、監視人数を減らしつつも要所を抑えて質を上げ、わずかなチャンスをも見逃すまいと兵たちに指示してきた。
そして今回、ついにその努力が実を結んだ形となった。
クエスがいる可能性の報告を受け、メルルは全ての仕事をキャンセルし対応を急いだ。
クエスが宙属性持ちなのは知っていたので、テレポート類を使った包囲の脱出にも気を付けつつ、あらかじめ決めていた作戦通り半径500m内に大量に兵を配置した。
もちろん全兵士、武器を持たず私服のままメルルの親書を持ち説得する構えだった。
更にメルルはバカスの不満をぶちまける言動や行動を度々耳に入れていたので、
もしクエスたちを連れてくる場合は護衛付きで速やかに案内するように準備していた。
この万全の対応の結果、そのまま何事もなく都市の中心の転送ゲートまで護送でき、クエスたちはフィラビット家の別宅の屋敷へと案内された。
クエスたちはフィラビット家が治める4都市のうちの首都フィラビスにある、メルルの別荘の近くの転送門へと飛んだ。
転送後もそのまま兵士たちが周囲を固めながら先導し、クエスとミント、そしてすぐ後ろにルバールが素直に兵士たちに続いて歩く。
別荘の門から入ると一面に緑の芝生が広がる。奥の建物に向かって一直線に石のタイルが敷かれている。
奥の建物は2階建てだが、正面から見て左右にとても長く大きな建物であることを伺わせる。
少しだけ石タイルの上を歩くと、右側に芝生の上に日差しを避ける傘のついた大きめの丸テーブルが置かれていて、奥には一人の女性が座っているのが見える。
兵士たちはそのテーブルの方へ案内すると、しばらくして先導していた兵士たちが頭を下げて離れていく。
同時にずっと周囲に囲んでいた護衛の者たちも立ち去っていく。
クエスとミントは軽く警戒態勢を取りつつそのテーブルへと進んだ。
「本当に久しぶりね、クエス、ミント」
その声は2人の姉妹には懐かしい声だった。
2人がアイリーシア家の王女として過ごしている頃、何度となく聞いた声。
その声が懐かしい記憶を呼び起こし、次第に警戒心を薄めていく。
「お久しぶりです。このような形とはいえ、お会いできて本当にうれしいです」
クエスは深々と頭を下げる。
「お、お久しぶりです」
ミントも頭を下げるが少しぎこちない。
ルバールは呼ばれていないためか話すことはなかったが、2人から一歩引いた後ろで深々と頭を下げる。
クエスはアイリーシア家が存命だった頃公式の場も度々こなしていたが
ミントは当時14歳で公式の場など経験する機会がほとんどなく、こういった場での挨拶にあまり慣れていなかったのだ。
(正確には身を隠している間、結構練習はしていたのだが実経験をする機会がなかった)
「ミントは本当に大きくなったわね。クエスはだいぶ雰囲気が変わったわね・・二人とも苦労したのでしょう?」
優しく微笑むメルル。
メルルがミントと最後にあったのは13歳の頃。
その時は既に魔法使いになっていたが今のミントは19歳の肉体にまで成長している。
クエスの雰囲気も様変わりしていた。
メルルがアイリーシア家のクエスとして会っていた頃は、少しおどおどとした気の弱い17歳らしい少女だった。
それが今では、笑顔を向けていてもどこか警戒している雰囲気をを感じさせる歴戦の魔法使いといった20代の肉体年齢の女性だ。
2人ともただ時が過ぎただけではなく、相当な経験をしてきたことを伺わせる変化だった。
その変化を感じてメルルは少しだけ悲く、また申し訳ない気分になった。
それは何もしてあげれなかった自分の無力さを感じた結果なのかもしれない。
メルルはアイリーシア家の滅亡を止めるどころか、その後の結果報告でしか知ることが出来なかった。
大変親しい関係を築いていたにもかかわらずだ。
「メルル様?その、よろしいですか?」
クエスの一言により、メルルは我に返った。
再開を懐かしんだり過去を悔やんでと思いにふけっている場合ではない状況だった。
「ええ、ごめんなさい。懐かしさと悔しさと・・いろいろと浮かんできて、ね」
目を伏して謝罪するようなメルルを見てクエスは驚くと共に、自分が直ぐに家の再興や処遇に関して話そうとしたことを少し申し訳なく思った。
以前は自分たちの家の守護者であった中級貴族の家長、メルル・フィラビットは今回の再会を喜び懐かしんでいたのだ。
それと同時に大きな後悔と申し訳なさも伝わってくる。
それに引き換えクエスは自分たちのことを気遣ってくれていたメルルに対して余裕がなさ過ぎた態度だった。
いくらやらかして捜索される身とはいえ、もう少し気を落ち着かせた方がよかったかなとクエスは思い直す。
「メルル様、その、せっかちに話をしようとして・・ごめんなさい」
クエスのその態度を見てメルルは以前の純粋でおどおどした少女の面影を見たような気がした。
そして少しホッと胸をなでおろす。
少なくとも貴族全体を恨むような、手の付けられない魔法使いにはなっていないことが分かったからだ。
懐かしい思い出話が進んでいるうちに、立ち話もなんだからと兵士たちが丸テーブルと椅子を用意していくれていた。
促されて、クエスとミント、ルバールが席に着き、丸テーブルのメルルの対面に座る。
飲み物と焼き菓子が出され気持ちも腹も満たされてきたのか、場の雰囲気が穏やかになっていく。
最初の緊張感が自然と消えていき、打ち解けた雰囲気になったところでメルルが本題に入る。
「さて、アイリーシア家の再興のお話、もちろん気になるのよね?」
メルルのの一言に飲み物や菓子を持つ手が止まり3人とも無言で肯定する。
「安心してね、今のところ家の再興は確定の動きよ。私も進言させていただいたんだけど、光の女王様も多くの上級貴族様もほぼ了承しているわ」
3人とも驚くとともに、安心したような顔になる。
正直そこまで了承されてるとは思っていなかった。
が多くのという言葉に気づき、クエスとミントはすぐ冷静な表情に戻った。
「納得していない貴族がいるということ、ですか?」
ミントの質問に「ええ」とメルルが短く答える。
「バルードエルス家の守護家に当たるライノセラス家、でしょうか?」
クエスの質問には頷いて返答するメルル。
「そうね。バカス様は大変怒っていたそうで・・でも他の上級貴族様はすべて賛同されているとは聞いています。議決になれば問題なさそうだけど」
「まぁ、潰しちゃったのはバルードエルスの守護家だもんねぇ」
そういいながら、どうしようもないなと言わんばかりにミントはテーブルに顔を伏せ両手を伸ばす。
「そうね」
「ですなぁ」
すっかり安心しきっているのか自由過ぎるミントの態度に呆れながらも、クエスとルバールも相槌を打つ。
この状況だと、クエスたちの家の再興が議決で通ったとしても、上級貴族のバカスに睨まれるのは避けられず、手放しで歓迎すべき状況ではない。
今後かなりの嫌がらせを受けることが容易に想像できるからだ。
だがクエスはふと思う、なんで自分たちのような大罪を犯した者が無罪どころか家まで再興されるのにほぼ賛成されているのだろう。
通常の裁定では絶対にありえない内容だ。
普通に考えれば罠だろうけど、メルルに会う段階ならまだ逃げきれると判断した上でここまで来たのだが
実際に会ってみると、昔と変わらず自分たちを大切にしてくれるメルルが大掛かりな嘘で自分たちをだましてるとは思えない。
クエスはメルルが言ったことの裏付けが欲しくなり
恐る恐る、自分たちの家の復興が決まった理由をメルルに尋ねることにした。
「その、聞きにくい事なんですが・・今回どうして無罪だけでなく家の再興という話にまでなっているのでしょうか?」
「あ、そうよね。それは光の女王様があなたたちの力をぜひ光の連合のために活かしたいと思ったからなのよ。今回中級貴族が一つ消えたでしょ。
それなのにそれを成せる力を持ったあなたたちと対立してしまっては、連合にとってトータルで見るとマイナスだらけじゃない?それでは闇に利する結果にしかならないという意見になったからよ」
クエスの疑問にうれしそうに答えたメルル。
その答えではいまいち納得しかねたが、心から喜んでいそうなメルルを見て、今はそれ以上は考えないようにする。
クエスはこの時点ではまだ裏があるのではないかと内心では疑っていた。
「まぁ、私も力及ばずながらアイリーシア家の再興を示唆すれば、あなたたちも光の連合に忠義を示すと進言したんですけどね。
なのでおふたりが家の再興に興味を示さなかったら今直ぐ帰るように告げるところだったのですよ」
クエスとミントはメルルの言葉に驚きつつも多大な感謝を感じると共に、メルル本人に対して敬意を抱いた。
家の再興は土台無理だとアイリーシア家の自分たちは諦めていたのに、守護者であるメルルは今でも何とかならないものかと隙を伺い対応してくれていたのだ。
しかも場合によっては自分たちを逃がすことまで考えてくれているとは
メルルの言葉にクエスたちは心から感謝と敬意を抱いた。
「家の再興は悲願でしたが、無理だとも思っていました。この度はどんなに礼を尽くしたとしても、尽くしきれません」
「姉といつも家を再興できればと思っていたけど、正直私たちだけでは手がありませんでした。この度は本当に感謝致します」
二人の姉妹が立ち上がり深々と頭を下げているの見てルバールもあわてて立ち上がり、深く頭を下げた。
「いいのよ、いいの。私の方こそごめんなさいね。あの時はなんとかあなたたちを探してすぐにでもアイリーシア家を立ち上げ直そうとしていたのに、力足らずで都市まで奪われて・・」
罪滅ぼしなんだからと言って慌てるメルル。
その対応を見てクエスたちは、これからはこの方に恩を返していこう、そう心の中で誓った。
「それで、聞きにくいことを聞くんだけど・・その、エリスちゃんは・・どうしたの?」
メルルはよくアイリーシア家を訪れていたので、エリスのことも当然よく知っている。
最初は警戒してこの場には呼んでいないだけと思っていたが、クエスたちが一向にエリスのことを語らないので不思議に思ったのだ。
ちなみにエリスが犠牲になって精神だけ転生したのを知っているのは、現状クエスとミントだけだ。
クエスたちはルバールにも言っていない。
ルバールはエリスのことをずっと疑問に思っていたのだが、何となく雰囲気で察したのか問いただすことができずにいた。
実はあの事件当時、エリスの命を犠牲にして放たれたあの周囲、半径200mを凍らせ砕き破壊しつくした凍結の威力は
その後も3日程継続し、調査隊がその範囲に入るだけで凍りついていくため
誰一人すぐには近付くことが出来ず、3姉妹の生存どころか王族全員や兵士に至るまで、その時の状況がまともに調査できなかった。
3日後には効果が切れその範囲にも入ることが出来たものの、すべてが凍った後破壊された上に残っていた魔力は霧散し
調査隊もいったい何が起こったのか調べることもままならず
1年以上経ってもアイリーシア家の王家一族が戻らないことから、アイリーシア家は全員が死亡し滅亡したという結果で処理されたのだった。
エリスの件を他の人に聞かれた場合はどう答えるかは、以前の潜伏期間中に決めていたのでクエスはメルルに周囲の兵士の人払いをお願いする。
その願いを聞き入れメルルは配下に<風乱結界>を使用させ、その配下をも結界の外に退出させた。
「すみません、出来るだけ秘密でお願いしたいのです。妹のエリスは・・あの時私たちを守るために犠牲になりました」
少し詰まりながらも話すクエスを見て、メルルはとても申し訳ない表情をした。
言いたくないことを言わせてしまったみたいで。
「それで周囲には死亡したとしていただきたいのですが、実は精神体だけどこかに転生して生きているらしいのです」
そのクエスの言葉を聞いて、メルルは理解が出来ずキョトンとした。
魔素体が体なら精神体は思考、魔力を操作している存在だ。
だが魔素体と精神体は切り離すことが出来ず、死ぬと両方共消滅するのが常識だ。
もちろん例外はある・・が、それは精霊であり精霊は精神体だけの存在とされている。
「ええっと、エリスちゃんは精神体だけに?もしかして精霊にでもなったのでしょうか?」
どんな解釈をしていいのかわからないメルルは困った表情でおずおずと尋ねる。
「私たちもよくわかっていないんです。ただ、守護獣から告げられて・・うーん、とにかく精神体になって転生したらしいんです」
ミントもうまくは説明できないがあの時守護獣に告げられたことをそのまま口にした。
「妹の言うように、転生と言われたんできっと魔素体か肉体のある何かに憑りついて?生きているんだと思います。色々と探す方法を模索してはいるんですが・・」
クエスも妹の言葉を補足して説明したが、現状の活動は濁した。
二人の言葉を聞いて考えこむメルル。
「精神体だけ、ではないから精霊ではないのね・・確かに今は死亡ということで通した方がいいかもしれないわね」
その後、この件は誰にも話さないことをここにいる4人で約束し、<乱音結界>をメルルが強引に解くと立ち上がった。
「2人を発見したと同時に光の女王様へも連絡を使わしているわ、たぶんそろそろ呼び出されるからその時は私も共に行くわね。安心して私は絶対にあなたたちの味方よ」
そう言ってメルルはクエスたちに笑顔を向けた。
クエスもミントもルバールもそのことに関してはもう疑うつもりはなかった。
その後、菓子をつまみながら重たい話は避け4人で談笑する。
特にメルルはここ20年で何が変わったかをクエスとミントに色々と面白おかしく笑いながら説明し
それに釣られたか、クエスもミントもすっかり緊張や警戒が抜けきって純粋な気持ちで笑いあった。
久しぶりに穏やかで
楽しい時間が過ぎていった。
ずっと張りつめていた20年間がまるでこの時にすべて解放されたかのように感じた。
この楽しい時間は全ての苦難が終わった合図のように感じられた。
もちろん、こんな時間が続くわけもなく、今後も厳しい状況が続く。
皆それはわかってはいたのだが。
仕事で更新ができていませんでしたが、ようやくの更新です。
これからも頑張っていきます。
待たせたしまった割には話の進まない回ですみません。




