それぞれの思惑4
ここまでのあらすじ
ルーデンリアへと帰還したクエスとボサツは、休戦になったことを知らされ祝勝パーティーに参加するように言われた。
「わかったわ。主役が逃げ出したりすれば、女王様のメンツを潰すことにもなっちゃうしね。
ただ1つお願いがあるわ。パーティーやるならエクストリムで都市長をやってる私たちの弟子、コウをパーティーに呼んで欲しいのよ」
「そうですね、あの件もそろそろ公にしなくてはいけませんし、いい機会です。
パーティーの主役の弟子ということであれば、良くも悪くも話は一気に広がると思います」
その言葉に女王は一瞬顔が引きつった。
無理もない反応だったが、即座に自分の反応に気づき女王は笑顔で話す。
「えぇ、すぐに使いを送るわ」
内心かなりドキドキしながらも即座に答えたことで、女王は上手く乗り切ったと思った。
コウの件に関しては少なからずクエスが怒るだろうと考えており、女王としては出来るだけよいしょよいしょと持ち上げたところで事情を話し
重ねての謝罪と関係者の処罰を報告することで何とか乗り切ろうと画策していた。
コウの無事は常時報告を受けているし、そもそも光の連合を出て行ったのも元はといえば彼の意思。
事情を話せばなんと理解してもらえるだろうと思っていた。
が、それはあくまで願望でしかなかったことを女王は思い知らされる。
「ん?コウに何かあったの?」
普段から真面目に聞いてなさそうな態度をとるクエスだが、この時の異常な鋭さに女王は内心血の気が引いた。
思ったよりも反応が敏感なことで、この件のやばさが想定以上なのかもしれないと焦りを感じたのだ。
が、ここで計画を崩されるわけにはいかないと女王は笑顔で対応する。
祝勝パーティーなのに主役がブチ切れて不在、しかもそれが自分の直属の部下であり、自分の失態が理由となると大恥どころでは済まない。
主役のうえ直属の部下でもあるクエスに出てもらえない女王だとわかれば、盟主としての求心力すら失くし、お飾りだという噂が連合中に広がってしまう。
女王にとってはここが踏ん張りどころだった。
「いえ、あなたたちがあまり心配しないようにと、遠目から監視をつけて問題ないことを確認していたのよ。
大丈夫、思ったよりも楽しくやっているそうよ」
後で謝罪する時に怒りを増長させないよう、敢えて嘘を交えない形で言葉を選び落ち着いて説明する。
だがその言葉に今度はボサツが反応した。
「監視、ですか。コウが何かやらかしました?女王様がそこまでコウに関心を払うとは思えないです」
「言われてみればそうね。監視をつけるとなると、どうせあの子が何かやらかしたんでしょ?私たちから注意しておくから、今教えてよ」
クエスたちから見れば、戦火から離れた荒城都市で都市長をやっているコウに監視をつけること自体異常なことだ。
だがなんとか乗り切ることに必死だった女王はそこまで頭が回らなかった。
急に場の空気が変わってきて、それを感じたギースが女王の近くに移動する。
周囲の近衛兵達も不穏な空気を感じてざわつき始めていた。
それに気づいた女王が慌ててギースの動きを制した。
ここで彼が乱入してしまっては最悪の結果となりかねない。
だからと言ってうまく切り抜けるだけの妙案も浮かばない。
じりじりと追いつめられる女王、そんな雰囲気を感じ取ったのかクエスがますます疑い深くなる。
「…なんかあったのね。まぁ、無事っていうからには無事なんでしょうけど…とにかく1度コウに会って来るわ」
「ま、待ちなさい、クエス」
「ちゃんと戻って来るわよ。ただ会ってどうしているのかをちょっと聞いてくるだけ。
どうせパーティーには呼ぶんだし、何なら私が直接連れてきた方が早いでしょ?転移門使えば時間もそうかからないわ」
わずかな反応も逃さないためか、ボサツがじっと女王の一挙一動を監視するように見つめる。
女王にとってはこのボサツの行動が完全に誤算だった。
クエスにとってコウが大事なことはある程度理解していたが、最近は弟子も取らなくなったボサツまでもがどうやら大事にしているらしい。
ここでクエスを行かせてもダメ、事情を明かしてもおそらくダメ、完全に手詰まりだが降参するわけにもいかない。
近衛兵たちが見ている中で女王がクエスたちに丁重に謝罪すれば、それはそれで変な噂が流れ、女王という地位が傷つきかねない。
待てと言ったわりにはその後の動きがない女王にかなりの不信感を持ち、クエスは女王を睨んだ。
「一体、何があったの?」
ありありとわかる怒りを含んだ質問。
女王がここで平謝りをすればまだこれ以上の事態を防げたかもしれないが、彼女は近衛兵たちのいる前で立場というものを優先してしまった。
そして謝罪ではなく説明という選択をとる。
「……正直に言うと、コウは今、エクストリムにはいないのよ」
「はぁ?」
クエスが露骨に怒りながら1歩前に出る。
即座に近衛兵たちも1歩前に出て、ギースは即座に女王のすぐ後ろに待機した。
さすがにやばいと思ったのか、それとも別の考えで動いたのかわからないが、場に合わせた笑顔すら消えたボサツがクエスの左手をとって制止させ淡々と尋ねる。
「どういうことです?コウはかなり立派にやっていたはずです。事情を聞かせて欲しいんだけど」
「ボ、ボサツ…落ち着いて」
口調が変わり語気を強めるボサツに女王も思わずたじろぐ。
彼女はいつも穏やかで丁寧に話すタイプ。上位の女王に対してクエスのように粗暴な態度を見せることはない。
が、今の彼女は明らかに違っていた。
2人の怒り度合いを完全に見誤ったことに今更気づいたが、既に時遅し。
女王が謝罪しようとする前に今度はクエスが押し込んでくる。
「あんたに任せていたはずよね。ちゃんと協定に参加させて確認させたわよね?」
「クエス殿。女王様に対してそのような言葉遣いはさすがに看過できませんぞ」
クエスの言動がギースの許容範囲を超えたのか、彼が女王の隣に立ち会話に割って入ってくる。
がその言動に対してクエスはさらに嚙みついた。
連合の盟主国であるルーデンリア光国のトップに立つ女王に対して歯向かう。
他の者たちから見れば狂気の沙汰だが、狂犬と化しつつあるクエスには誰も首輪をつけられない。
「はぁ?看過できないのはこっちよ。私たちは前線で連合を支えるために命懸けで戦ってたのよ。
後方でふんぞり返っているんなら、せめて前線にいる私たちの心配事くらい断ち切っておくように努力するのが務めでしょ!あんたは何をやってたの?
って、もしかしてあんた、この件を知られたくなくて内々に解決しようと、私たちを連絡のつきにくい最前線に置き続けたんじゃないでしょうね!」
痛いところを突かれて思わず女王が視線を逸らす。
すぐにまずったと思ったがもはや弁解の余地など残っていない。その行動がクエスの怒りに火をつけてしまった。
「あんたね!こっちはあんたのおもちゃじゃないんだから。効率よく戦果を挙げ犠牲を減らすことこそ、後方の作戦部の責務でしょ!
なのに私情を混ぜ込んでがっつり犠牲者を出しておいて…パーティーだぁ?舐めてんじゃないわよ!私がこの場で罰してやろうか!」
完全にクエスがキレたのを見て、ギースは思わず女王を後ろへ引っ張り距離を開けつつ、女王の前に出て武器を構える。
クエスも即座に武器を取り出し魔力を大量に放出した。
その後ろでボサツは少し距離を取り魔力を放出しながら、ゆっくりと精霊武器の槍を取り出して後ろに穂先を向ける。
もう一歩踏み込めば戦闘になるぞと警告しているようだった。
想定外の事態に近衛兵たちは大慌てになるが、彼らの守るべき相手は女王陛下。
勇気のある数名が槍をクエスたちに向け始めるが、一光や三光の活躍に喜んでいた多くの者たちは怒鳴るような会話の内容を聞き、ただただ戸惑うことしかできない。
「クエス殿、ボサツ殿。ここで武器を抜くことがどういうことなのか理解してないとは言わせませんぞ」
ギースが両手に剣を持ちクエスを牽制する。もちろん戦いたいわけではない。
だが一度犠牲者が出てしまえば後には引けなくなる。ならば彼女たちとある程度戦えて、説得するだけの間を作れる彼が前に出るしかなかった。
彼は何とか落ち着かせられないかと言葉を通じて状況を悟らせようとするが、クエスは厳しい表情を崩さない。
「じゃあ言わせてもらうわ。自分の失態を誤魔化すために、主力である私たちを私的な思惑で情報から遠ざけるようと動かすのがどういうことなのか…
そんなことも理解していないのがそこにいる女王よ!そんな馬鹿げた行動は、あんたら近衛が体張ってでも止めなさいよ」
ギースなら多少作戦に口を挿むことも出来なくはないが、普通に考えればクエスの主張はちょっと無理がある。
だが理解できなくもなく、こうなるようであればわずかでも口を挟むべきだったという後悔もあり、ギースは女王を守る立ち位置を維持しつつも少しだけ剣先を下げた。
ギースはルルーとコウが場内の廊下で戦闘になった場面に居合わせたこともあった。
あの人物がここまでのことを引き起こすきっかけになるとわかっていれば、せめてあの場でもっとうまく動いていればと思うところがあったのだ。
そんな緊迫した状況の中、勇気ある数名の近衛兵が槍を構えたままじりじりと迫る。
それを見た他の近衛兵たちも近づかないまでも槍を構え始めた。
「クエス、今回の件は全面的に私が悪いわ。謝罪するからまずは話を…」
もはや一触触発の事態に女王は一転して謝罪を試みるが、事を収めるにはさすがに遅かったと言わざるを得ない。
女王が話している途中、クエスは即座に型を作り自分の魔力をぶち込んで魔法を発動させると、その場で剣を振り下ろした。
ギースは驚きつつもけん制の魔法の刃が飛んでくると思い、咄嗟に<光の集中盾>を張るが特に何も飛んでこない。
ただの脅しかと思った時だった。クエスの斜め後ろにいた1歩踏み込んでいた近衛兵の両腕が握っていた槍ごと地面に落ちた。
先ほどまで怒鳴り合っていた場所とは違う場所から突然大きな悲鳴が上がる。
「ぐぁぁぁぁっ!う、腕がぁぁー。たっ、助けて…たす…」
突然構えていた槍と腕がバッサリと切り落とされた近衛兵は、痛みと理解不能な攻撃を受けたことでパニックになった。
周囲の者たちが慌てて武器を置き、負傷した近衛兵の治療を始める。
その様子に何が起こったのか理解が追いつかないギースは、思わずその兵士の方にくぎ付けになった。
多くの者がそちらに視線を引っ張られる中、女王はクエスが剣を振り下ろす直前にボサツが動きだそうと重心を変えたのを確認しており、クエスの行動の意図をなんとなく理解する。
周りが近衛兵の叫びにパニックになる中、女王だけがクエスとボサツの念話に気づく。
腹をくくらないでくれと目で訴えるが、その思いが届いたのかどうかはわからない。
ただクエスとボサツは武器を構えたままだが動く気配はなく、女王を含む3人だけが周りの混乱を無視して時が止まったかのように動かなかった。
しばらくしてギースは兵士の負傷がクエスの仕業だと気がつき、多少の怒りと焦りを含んだ表情でクエスたちを見る。
「何をしたのだ、クエス。こんなことをすればただじゃ済まないことくらい、わからない程の愚者になり下がったのか!」
ギースは部下がやられたことでクエスに対して怒りをぶつける。
だがクエスから怒りの表情は消えておらず、じっとギースをにらみつけ返す。
戦場では見えない刃を飛ばすなどと言われていたクエスの魔法だが、目の前の状況を見てそれが間違っていることは理解できた。
ならどうすれば回避できるのか、どうすれば女王を傷つけられずに守ることができるのか
相手の魔法の効果がわからない以上、ギースが焦りながら思考をめぐらせたところで対処法を思いつくはずもない。
クエスの態度は先ほどから変わっていないが、理解不能な一撃の後となるとさすがに圧が違う。
怒鳴ったギースもその圧に思わず1歩後ずさった。
中心にいる4人が動かない中、周囲の近衛兵たちはギースの言葉を聞いて、ようやく先ほどの現象はクエスが起こしたものだと気づく。
そしてそれが広まるにつれて近衛兵たちは徐々にパニックになっていった。
じんわりと恐怖が広がっていく様は無関係な者から見れば滑稽といえなくもないが、恐怖以外の思考が徐々に消えていけばまともな判断など出来やしない。
離れた位置から剣を振っただけで、見てもいない場所の兵士の腕を鎧ごと切り落とした。
もしあれが腕じゃなく首だったら…間違いなく即死である。
有効範囲はどれくらいなのか、また即座に同じことが出来るのか、そのような思考に陥った者たちから命の危機を悟りじりじりと下がり始める。
そしてそれを見た別の者が遅れて状況を理解し、恐怖を押さえこもうと必死になりながらも、足だけが1歩1歩後ろへと動いて行く。
クエスとボサツが女王に対して楯突いている以上、近衛兵としては背を向けて逃げるわけにはいかないが
自分たちが今もなおクエスの刃をのど元に突き付けられていると考えると、パニックになって逃げださないだけ立派だと言えるだろう。
そんな近衛兵の中には壁にまで下がりきり、それ以上下がれずに恐ろしくなってへたり込むものまで出てきた。
槍を持っている自分たちの方がリーチはある、といった形だけの優位性すら崩れ去ったたことで、兵士たちの精神は一気に崩壊寸前にまで追い込まれる。
その状況を理解したギースは、先ほどの言葉を失敗したと思いつつも、この場を無事に終わらせる言葉が思い浮かばない。
下手に状況を立て直そうと兵士たちのけつを叩いてしまえば、パニックになった兵士たちがクエスたちに向かって突撃しかねない。
そうなればおそらくクエスとボサツは反撃し、惨劇の現場を作ってしまう。最悪の一手だ。
クエスとボサツは黙ったまま武器を向け続ける。女王とギースは最適な言葉を思案し続け一歩も動けない。
お互いに動けば戦闘になるこの状況のまま、時間だけが過ぎようとしていた。
今話も読んでいただきありがとうございます。
やーーっと、ここまで来ました。長かった。
別に貯めるつもりはなかったのですが、次話を見るとコウ側の話を進めた理由がわかるかもしれません。
誤字脱字等ありましたらご指摘いただけると助かります。
感想ありがとうございます。ブクマや評価などなど頂けると幸せです。
次話は9/17(金)更新予定です。 では。




