探す者たちと逃げる者2
ここまでのあらすじ
中級貴族を一族全員仇として殺害したクエスたちを取り込もうと、光の連合の様々な勢力が動き出していた。
クエスに呼びかける張り紙や捜索人員が配置される2日前、女王が上級貴族たちにクエスの保護を説得していた頃
クエスはクロスシティーの中心地から外れた主に大衆が利用する食堂の個室にルバールを呼び出していた。
あの夜から一切接触のなかったクエスから置き手紙をもらい
ルバールは再会できる喜びと、今後のことを聞いておこうと指定の店へと急いだのだった。
店はあまり広くはなく、大衆が利用するような酒も出る食堂だった。
ルバールは受け付けの者にとりあえず名乗ってみると、すぐに奥に2つしかない個室の1つへと案内された。
その部屋は<沈音>がかけられている。
こんな大衆向けの食堂で魔法がかけられている部屋があるとは珍しいな、そう思いながら扉を開ける。
そこにはすでに少量の料理と酒が机の上に並んでおり、その正面にクエスが座っていた。
「やっと来たのね、ルバール。来ないと思って先に食べようと思っていたのよ。さぁ座って」
クエスの誘いに従い向かい側に座ると、クエスは早速ルバールの前のグラスにワインを注ぎ、自分のグラスを持ち上げる。
「小さな場だけど、今日は祝賀会よ。さぁ、飲みましょ」
そういうと一方的にクエスはワインを飲み始めた。
少し呆れつつもルバールも続いてワインを口に運ぶ。
「ルバール、色々あったけど結果的には感謝しているわ」
個室の中、食事と酒の並んだテーブルで食事をつまみながらクエスは笑顔でルバールに礼を言った。
「いえお嬢様、結果的にはほとんどお役に立ててなかったこと申し訳なく思います」
「何言ってるのよ、事前に城内の配置図があっただけでも大いに助かったわ。それにあなたが手を回してくれたおかげで、元うちの兵士も切らずに済んだみたいだし」
ルバールの指示により旧アイリーシア家の兵士たちは、当日の夜間警備をいろいろな理由をつけて断っていた。
どうしても断れない数名も事前の情報でうまく難を逃れて、犠牲者は一人も出なかったのだ。
「しかし、ミントお嬢様は来られないのですか?お会いできるのかと楽しみにしていたのですが」
「あー、ミントね。まだあなたたちに対して機嫌直してくれないのよ。一応あなたの活躍とか、皆が私たちのために動いたんだって伝えたんだけどね」
クエスは少し困った顔を見せながら、ルバールに伝える。
実際ミントはルバーブどころかバルードエルス家に仕えることになった者全員を、未だに許すつもりがない。
もちろん家族を人質に取られていて仕方なく、刃を向けずとも寝返らざるを得なかった者たちがほとんどだという事情は理解している。
しかし、自分たちは家族と姉のエリスを失くしたが、そいつらは何も失くしていないじゃないかと、まだ許す気はないらしい。
「そうでしたか。まぁ、仕方ありません。謝って済むことではないことは私を含め皆がわかっているのですから」
寂しそうに肩を落とすルバール。小さい頃のミントの遊び相手になっていた時を思い出したのか目を閉じる。
今更後悔して反省しても無駄なのはわかっているが、本当に申し訳ない気持ちがルバールの心の中で広がる。
「もう、ルバール。その雰囲気はやめてよね、この場はささやかなお祝いなんだから」
クエスはせっかくのささやかな祝いの席を暗くするルーバルの態度に愚痴ると、そのままグラスのワインを一気に空ける。
そしてルバールのグラスにはまだ半分酒が残っているにもかかわらず、クエスは2人分の別の酒を追加する。
ルバールは慌てて止めるが、まだ祝いの雰囲気を壊したりないの?といじわるな笑みを浮かべるクエスを見て
仕方なくグラスに残っていた酒を一気に飲み干した。
「そうそう、今後のことなんだけど」
クエスは酒を片手で飲みながらルバールを見つめて今後の話を相談し始めた。
「流石に数ヶ月は警戒が厳重になるだろうし、ひとまず半年ほどは私たちは身を隠しておくわ」
「そうですね……ただ、出来れば数年が良いかと思うんですがたった半年ですか?」
「ええ、エリスの件でやらなきゃいけないことが山積みなのよ。こっちはただでさえ、お金も時間も人手も知識も…何もかも足りないんだから」
エリスの転生先を探し出すのは、とにかく人手を使って大規模という案から今は何かしらの魔法で大規模な範囲を捜索する方法に切り替えつつある。
とはいえその探知魔法を補助するための道具の作成にお金や知識が必要な状況だ。
ルバールはエリスの事情について何も知らされてないが、何か深刻な状況なのだろうと思い
特に口にすることなく、相槌を打つようにクエスの話にうなずいていた。
一方、仇を討ったクエスたちは次の目標エリスの捜索へと完全にシフトし始めていた。
いくら長寿の魔法使いだとは言え、クエスたちはあまりゆったりと構えるつもりはない。
エリスが転生した先の生き物が長寿だとは限らないし、この先何が起こるかもわからないからだ。
「夢物語だとはわかっているんだけど、可能なら国を再興したいわね…」
グラスに満たされた酒を揺らしながらクエスがぼそりと呟いた。
「そうですね。そういうことが出来そうならば、我々もぜひ協力させていただきたいところです。もちろんエリス様の捜索も……」
「協力、ね。ありがたい話だけど目立つのは避けたいのよ。先に国が再興出来れば人員も研究も何とかなりそうなんだけど。
まぁ、それいくらなんでも無理でしょうね。一族惨殺じゃ、温情付きでせいぜい即処刑かしらね」
寂しそうにクエスが笑う。
その後もルバールと思い出話や今後の話で談笑が続いた。
クエスはここでも時々ルバールにきつく当たるものの、仇を討つ前よりはかなり対応が柔らかくなっていた。
ルバールもそれを感じたのか、ついつい嬉しくなってずいぶんと酒が進んでいた。
「さて、そろそろ行くわね。少し名残惜しいけどあまり長い間ミントを一人にして楽しむのも悪いしね」
「はい、わかりました。あと…残された数百名の兵士のためにかなりの金貨を用意していただき本当に感謝いたします」
そう言ってルバールは金貨や銀貨の入った両手で抱える程度の大きさの箱を持って見せた。
「家長としての最低限の務めのつもりよ、今回のことで一部の者は職を失わせちゃったし。まぁ入手元はほとんど盗賊だけどね」
そう言ってクエスは笑った。
ルバールはクエスの笑顔にほっとしつつ、何度も何度も頭を下げる。
「それじゃ5カ月経った、半年後にでも会いましょう。何とかあんたを見つけて接触しに行くから適当な仕事でもして待ってなさい」
「はい、首を長くしてお待ちしております。それと…クエスお嬢様もご無事で」
当たり前でしょ、と言わんばかりにクエスは笑って左手を上げ別れを告げる。
この日から半年、クエスとミントは隠れ家にこもりエリスを探す魔法の方法や道具の研究などに入った。
その数日後にはアイリーシア家の復興の件でクエスを探し回る兵士達や捜索願いが街中に多く見られたが
わずかの差でそれを見ることなく、その機会は半年後になってしまった。
半年過ぎた頃、ルバールのもとにクエスから手紙が届く。
内容は明日、クロスシティーの中心から外れた住宅の多い地区にある軽食店「晴れのち晴れ」にて15時に待ち合わせだった。
「確かに半年後と約束したとはいえ…遅すぎますよクエス様。明日には何としても現状を伝えねば」
手紙を読みながらルバールはため息をつく。
ルバールはすでに捜索願を街中に貼っているメルルと接触していた。
クエスと接触出来たらぜひとも自分所まで連れてきてほしい、ぜったに悪いようにはしない、そう伝えられていた。
「とはいえメルル様を全面的に信用してもいいものか、でも家の再興となればさすがにクエス様も一考の余地はあるはず」
結局、クエスが警戒し自分にすら接触しなくなるのがまずいという理由でメルルを納得させ
ルバールはクエスと会うことをメルルには連絡しなかった。
翌日、指定された店である軽食屋にルバールは到着した。時間は約束の15時の30分前だ。
自分は見張られているのではないか疑心暗鬼になっていたルバールは、朝の10時にはクロスシティーに来て他の店に寄りつつ裏口を駆使して
追っ手をまいたかのように行動し軽食屋まで着いたのだった。
店の前に着くと14時から昼休みで休憩に入っていることに気付く。よく見ると窓も閉まっている。
「えっ、間違ったのか?」
そう思いながら入口に近付くと小さな文字で【御用の方はお入りください】と表記してあり入口の扉に手をかけて引くと、扉が開いた。
店内はライトが付いてあり明るく店員が一人頭を下げた。
「いらっしゃいませ、どなたかと待ち合わせでしょうか?」
「えっと、チャー殿、と、かな?」
クエス様と言えばいいか、チャーの偽名を言えばいいか迷った挙句、偽名の方を伝えた。
半年前の飲み屋で会った時はそのまま案内されたのだが、まだ潜伏中の身のはずだし、この名前だろうとルバールは思ったのだ。
すると店員は奥へと案内する。
少し進むと荷物が置いてある通路の奥に進み、そしてそのまま地下へと降りる。
もはや個室というよりも隠し部屋に近い場所のようだ。
ルバールはこんな中心地から外れた場所にもこういった場所があるのかと感心する。
「どうぞ、こちらへ」
それだけ告げると店員は上へと戻っていった。
扉を開けるが、部屋の中は誰もいない。
30分ほど前に来たのだし、それも当然だろうと思いつつも本当にクエスが来るのかルバールは少し不安になる。
この店を予約する前にクエスもすでに町中の張り紙は目に入っただろうし、警戒を強めているのが予想できるからだ。
今更いろいろと考えても仕方がないか、そう思いながら目の前にあるテーブルと4つの椅子を見る。
「少し早く来てしまったことだし、すこしゆっくりと考えて待つことにでも…」
そういいながら座ろうとすると、先ほどまでいなかった目の前にクエスとミントが座っている。
確かにさっきまでは部屋には誰もおらず、椅子しかなかったはずなのに。
「うぉ、お、お、お嬢様驚かせないでください」
ルバールは慌てて椅子を引いて座ろうとするが、腰を椅子の無いところに落としてしまい、そのまま地面にしりもちをついた。
「会って早々何やってるのよ」
「お久しぶりです、ルバールさん」
2人の姉妹がルバールのズッコケ具合を面白そうに笑いながらルバールに声をかけた。
「お、お久しぶりです。クエス様、ミント様」
立ち上がってきっちり礼をすると「失礼します」とだけ言い、ルバールも椅子に座った。
「ミント様、すっかり綺麗になられて……お会いできて嬉しい限りです」
「私も会えて嬉しいよ。まぁ…思うところはあるけど、今はいい」
最初だけ少し笑顔を見せたものの、ミントは話している途中でルーバルから視線を逸らす。
何か言いたそうなことを呑み込むかのように引っ掛かる返答をしたが
ミントはこれでもだいぶルバールを敵視しなくなった方なのだ。
クエスは心の中でミントがルバールに食って掛かり、殴りだすのではないかと冷や冷やしていたのだが
何とか平静を保とうとするミントの態度に少し安心して会話を切り出すことにした。
「で、いきなり本題に入って悪いんだけど……ねぇ、ルバール。街中のあの大規模な捜索は、何?」
「はい、私もすぐにお伝えしたかったんですがクエス様への連絡方法が無くて」
申し訳なさそうな顔をするルバール。
「クエス様と別れて2,3日後でしたか、急に街中にクエス様方を探す兵士やポスターが展開されまして。私にも何度も使者が聞きに来ましたがもちろん情報は一切お話していません」
「ふーん、そうなの」
クエスはルバールの事情など大して興味もないという態度だし、ミントもどうでもいい、といった感じだった。
しかし、次のルバールの発言で態度が変わる。
「それでクエス様、あのポスターはフィラビット家のメルル様が直に指示したものだそうです。私にもアイリーシア家の再興が出来るということで、直接面会させていただき協力を依頼されました」
「えっ!?家の再興を!」
ミントが驚いて両手で机を叩く。
「メルル様が…か。以前はかなりお世話になっていたし、とても優しい方だったので信じたいけど、素直に信じれるほど私たちの立場は軽くないわ」
クエスは一歩引いて落ち着いた態度を見せる。
自分がやらかしたことを考えると、家の再興を手伝ってあげよう、なんて雰囲気になるわけないことぐらい誰にだってわかることだ。
そんなことをすればメルル様といえどただじゃ済まないはずだ。
「私も詳細まではうかがっていないのですが、今回の一件をすべて不問にしてアイリーシア家を再興させるという内容だそうです」
ルバールに一言に、クエスとミントは顔をしかめる。
常識ではあり得ない裁定だ。今回の件が大罪なのはクエスもミントも当然承知している。
それなのに不問にするどころか一家の再興という褒美まで付いてくるとなると信じる方がどうかしている。
クエスはやや呆れた顔をしている。
多分これは自分たちをおびき寄せる罠だとクエスは考えていた。
だがミントは、少し疑いつつもその情報を信じて飛びつきたそうだった。
「正直言って信じる方が愚かね。もし本当だったとしても何らかのきつい条件が付いてきそう」
「でもさクエスお姉ちゃん、これは大きなチャンスかもしれないよ。エリスお姉ちゃんのためにも国が再興出来れば……」
無視を決め込みそうな態度のクエスに対してミントはクエスを見ながらお願いするかのように呟いた。
「クエス様、罠の可能性が高いのは理解しております。おりますが、我々にとっても、今は亡き国王様にとってもこれは悲願ではないでしょうか」
亡き母の悲願?あなたが言えるセリフだと思っているのかしら?とルバールを睨みつつも
国や家を再興できれば慰霊碑などを立てて供養と感謝をささげることはできるな、とちょっぴりと思ってしまう。
さらに兵士たちを動かせる立場になれば、エリスの捜索も今の数十倍の効率で進むに違いない。
そう考えると大きなリターンが望めると言えなくもなかった。
クエスは心が揺れながら、黙ってただ机を見つめ続けた。
しばらくしてだろうかクエスが独り言のように決心を語りだす。
「そうね、父と母を祀ってあげたいし…エリスのことも、そうね。賭ける価値はあるかも」
クエスの言葉を聞き、ミントは笑顔になる。
ルバールもいざというときは命を懸けて二人を逃がすことを誓う。
今度は決して道を誤らない、と。
「そうと決まれば善は急げ、さっそく今から行きましょうか」
クエスは気持ちを切り替えたように、即行動することを提案した。
その直後、クエスは何かに反応する。何か怪しい状況を感じたような様子だった。
その様子をミントとルバールが不思議がっているとクエスがきっぱりと発言する。
「周囲に魔法使いが複数いる…ルバールがへまをして後をつけられたのかしら。私たちだけならこの包囲から逃げることもできそうだけど、この際ちょうどいい迎えが来たと思いましょっか」
そういうとクエスはやれやれといった様子で部屋を出て、そのまま歩いて店の外に出る。ミントとルバールも後に続いた。
ちなみにクエスたちがルバールのことを裏切ったのではと疑わない理由は、ミントに心を読ませていたからである。
もし彼が裏切っていたのであれば、容赦なく殺すつもりだった。
ここに来る前にクエスはこの都市の様子を見ていたが
このクロスシティーに、なぜかメルルが家長を務めるフィラビット家の兵士たちが多く配置されていた。
十数名の兵士をチェックしたが、兵士の鎧や盾、肩当にフィラビット家の紋章が付いていたので間違いはないはずだ。
だからこそクエスは、包囲している兵士をフィラビット家の者たちと判断した。
3人とも外へ出たものの、外には誰もいない。
そう、多くの住宅があるにもかかわらず道には誰一人いなかった。
ここは町はずれに近いとはいえ、人がいないような場所ではない。
そんな場所で密会しようものなら、逆に目立つだけだ。
つまりこの状況は明らかに作られているということだ。
「クエスお姉ちゃん、必要なら広範囲に<感情反転>や<睡眠>でも使おうか?」
「まぁ、それでも逃げられそうだけど家の中にいる一般人を巻き込みそうだし、念のためストックで留めていて」
そう言うとクエスは左手を上げる。
そして大声を張り上げて、自分たちを包囲している兵士たちに語りかけた。
「すみませーん!メルル様のところまでご案内いただけませんかー!」
クエスの大声に反応して、すぐに数名のラフな格好をした者たちがクエスたちのそばまでやって来る。
一応住人に扮するためか、上等な服も鎧も武器すら身に着けてはいない。
「失礼します。メルル様の配下の者です。まさか気づかれているとは思いませんでした」
「気付かれないように包囲したつもりだろうけど悪いわね、私は属性的にこういうのには聡いのよ。それより案内してくれるのよね?」
「はい、こちらもできればそういう流れにならないかと思っておりました」
監視部隊のリーダー格の者が少しホッとした様子を見せ、頭を下げる。
クエスの落ち着いた様子を見て、リーダー格の者はクエスの後ろにいたミントとルバールにも同行を願う。
ミントとルバールは少し戸惑いながらも同意した。
まだまだ忙しい状況ですが、何とか更新です。
今週末も夜11時ごろ帰宅となりそうなので週末前後の更新は絶望的ですが。
いつも読んでいただいてる皆様、ありがとうございます。
まだまだ頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
修正履歴
20/08/24 誤字や表現を微修正




