英雄の芽11
ここまでのあらすじ
なんとか盗賊を追い返したものの、村長は深い傷を受け亡くなる。
死の間際に村長は村の未来をコウに託した。
しばらくして見送りが終わったのか、村長の遺体を10人ほどで丁寧に運んでいく。
ここでは疫病などの懸念から遺体を燃やすのが一般的だ。
幹部たちの間で簡単な話し合いが行われ、最終的に村の中央で焼くことになった。
コウは今まで盗賊や魔物などを倒してきたが、それらは倒した後魔素となり、最終的に魔石となるので
倒した後アイテムドロップするようなゲーム感覚がどこかにあった。
だが、村長を始め村人たちは死んでもそのまま遺体の残る素体。村長の手を握った感触と運ばれて行く遺体の光景がなかなかコウの頭から消えない。
「師匠…大丈夫ですか?少しお疲れなら…」
「いや、大丈夫だ。色々あったからか、ちょっと頭の整理が追いつかないだけだよ」
シーラを心配させまいとコウは笑顔を見せるが、長い間近くにいる彼女にそんな子供だましは通じない。
悲しそうな、でもどこか優しさを含んだ眼差しでシーラはコウに話しかける。
「火の手もほぼ収まりつつあります。少しお休みになられてください。ここに来るまでにもかなりの魔力と集中力を使ってきたのですから」
「そうだな…少し休むか」
敢えて核心には触れないシーラの気遣いに甘えるように、コウは地面に座り込んだ。
自分なりに頑張った。そう口に出せたらどんなに楽だろうか。
だが現実は目の前で大切な人を亡くした人たちばかり。原因は自分であることくらいコウ自身よくわかっている。
それでもなお、彼らは自分を頼りにしてくれる。信頼してくれる。
そんな立場で彼らの気持ちを受け止めようとすると、コウ自身おかしくなりそうだった。
今まで彼らを助けて発展させてあげたいと気楽に考えていた感情が、一気に重荷となってコウにのしかかってくる。
だがコウにも立場がある。その立場上、何の理由もなしにこんな場所にずっといることはできない。
恩ある師匠たちのために光の連合に貢献するためにも、ここでそれなりの功績を立て評価されるような存在になり
お世話になった方たちに泥を塗ることなく必要な人材と認められる形で連合に復帰することが、今のコウにとってやるべきことだった。
しかし村長の託したその手の感触が、村長の託したその思いが、コウの頭から離れない。
そんな時、村のほうから風の板が向かってきた。
乗っているのは放たれた火を沈め終わったマナとナイガイである。
「師匠、火は大体抑えてきたよ」
「あぁ、さすがだな…マナは」
それに比べて俺は、そんな言葉が自分の発言の後で心に響く。
視線を合わすことなくマナを褒めるコウの状態を見て、さすがに深刻だと思ったマナはシーラを見ると、彼女は悲しそうに眼を閉じて首を数回横に振った。
「師匠、疲れた?」
「まぁ……少しな」
「慣れないことが多かったからね。シーラ、師匠のそばにいてあげて。私とナイガイは周囲をもう少し見回ってくる。後、エニメットも師匠をお願いね」
「うん」
「わかりました…」
少し重苦しい空気を、マナはいつもの明るさで打破するような真似はせずそのままにしておいた。
戦場では必ず何らかの被害が出て、ただ悲しい結果を受け止めるしかない時間がある。
コウはそうした経験がないことをわかっていたので、今はじっくりと受け止める時間を作ってあげることにしたのだ。
「ナイガイ、今度は見回り行くよ」
「あっ、ああ。だが…」
「いいから!」
強引に手をつかまれて風の板まで引っ張られる。
ナイガイもコウの様子がおかしいことはある程度わかっていた。
だが、自分たちを壊滅させた彼がここまで繊細な人物だとは思わなかったのだ。
助けてもらった恩がある以上、何かしてあげられないかと考えていたのだが…マナは直線的な彼じゃ無理だと即座に判断してこの場から連れていこうとした。
その時、少し離れた小高い丘の位置に多数の人影が見える。
既に明るくなっており数百m離れたここからでもすぐに気づけるほどの人数がいた。
「敵……じゃない、援軍?」
「警戒!」
コウが戸惑う中、マナが命令を発し、流星の願いメンバーが村人たちの前に出て迎撃態勢を敷く。
それを見て遅れながらもコウが先頭に立った。
それぞれが魔力を展開し向かってくる集団を威嚇する。
敵かもしれない存在を前にコウも一旦悩みを投げ捨てて、向かってくる相手に集中した。
「待て待て!私たちは援軍だ。オクタスタウンから来た援軍だ!」
目の前の傭兵たちが魔力を展開しているのを見て、援軍を指揮している民への誓いの幹部エミリナは慌てて速度を落とし大声をあげる。
コウが敵意のないことを感じると合図をし、全員が展開した魔力を霧散させた。
「戦場になのはわかっていたけど、いきなり敵意むき出しは勘弁してほしいわ」
「いくら町の方角からとはいえ、警戒は解けなかったんだ。それよりも援軍、感謝する。だが俺たちが考えていたより30分は早い。どういうことだ?」
「少しでも早く対応できればと、襲われたという情報を聞いて即座に出発した援軍です」
「なるほど、それはありがたい」
いつもは腰の重い村人の平和を守る団体も、盗賊に村が襲われた場合は別なのかと思い、コウたちは彼らを蔑視していた考えを改めた。
だがその一団に民への誓いのリーダーであるボルトネックの姿は見えない。
「彼は…後から来るのか?」
「その予定です。そちらが援軍を要請しているのなら間違いなく出発するはずです」
「……なるほど」
その言葉を聞き、コウはメイネアスに指示した内容を少しだけ後悔した。
元々動くだろうとわかっていれば、少なくとも下手に出るよう指示したのだが
こちらをかなり批判していた彼らが積極的に動くとは思えず、やや強気に押すよう指示していたのだ。
「それより、盗賊たちが見当たりませんが…」
「あぁ、あいつらはさっき俺たちが奇襲を仕掛け退却していったよ」
死力を尽くすつもりでやってきたエミリナとその一団は、コウの言葉を聞いて戸惑う。
「奇襲?退却??もう奴らは引いたと?」
「あぁ、数は多かったが結構な数叩いたからな」
「確実なのは38人だっけ?」
「俺が霧の中で撃ち抜いたうち1人は確実に殺ったと思う。幹部ともう一人ははっきりとしないがな。なので39人か。
もう少しやっておけば向こうの心も確実に折れたとは思うが…そう考えると向こうの判断は思った以上に的確だったな」
「最初の小隊で気づかれなきゃなぁ。もしくは私の魔法で…」
質問したはずのエミリナをスルーするように、コウとマナが数の確認で盛り上がり始める。
だが、人数を聞いたエミリナは驚いてなんと言えばいいのかわからない。
ここにいる流星の願いのメンバーはたった6人。
コウの今までの言動と全員無事なことを考えると捨て身の攻めをしていたとは考えられず、10人程度やれれば合格ライン。
まさかそこまでの人数を倒しているとは思わなかった。
「あ、相手は…どこの盗賊団、だったのですか?」
「ああ、相手は金剛石だ。シーラが団のマークを確認したから間違いないと思う。個々の兵隊は弱いってのも事前情報と合っていたしな」
盗賊たちの情報はギルドや村民団がある程度集めているが、彼らがそんな情報を収集していたとは聞いたことが無い。
が、ナイガイがいるのを見て情報源を悟る。
彼らのやり方は身勝手で村人に多数の犠牲を出したのは確かだが、その分盗賊側を引き入れて詳細な情報を収集するなど少しは参考にしてもよさそうなことをしている。
それに今回、相手にかなりのダメージ与えたことは大きい。コウのいうことが本当であれば、金剛石はこれから弱体化の道を歩むことになる。
あまり認めたくはないが、彼らのやり方も有用な部分があるのではとエミリナは思い始めていた。
他にも情報を知りたいと彼女が尋ね、敵盗賊や村の状態などを情報共有していた時、村人の1人が幹部の元へやってきて報告するのが聞こえた。
「今ここに避難できた者は983名、確認できた死者は5名、不明者は200以上です……」
「わかった。君も手当を手伝ってやってくれ」
「はい」
少し俯いた様子で報告を終えた村人は、すぐに負傷者が集められた一帯へと向かっていった。
『200以上』その言葉がコウの心に重くのしかかる。
エミリナもその言葉を聞いて、少し厳しい表情に変わった。
「追い返すことはできたものの…犠牲は大きいわね」
コウの方を見ずに行った台詞だったが、その言葉が誰に向けられたものなのかはこの場に居る誰もが理解できた。
反論のできないコウは黙ってこぶしを握り締めたが、それを聞いた村人の幹部が割って入って来る。
「避難できずまだ村に残っている者たちがいるはずです。決して200人以上の全てが犠牲者ではありません」
強く言い返してくる村人に対してエミリナは少したじろぐ。
私たちは援軍に来たのだとアピールしたかったが、肝心の盗賊を追い返したのは流星の願いとなるとそのアピールも意味がない。
一方、助け舟は出されたが、コウを始め流星の願いの面々の表情は明るくならない。
だが動かなければならない。まだ村に残っている者たちがいるのであれば、すぐにでも安心させてやりたいからだ。
「ひとまず、一度村へと戻りましょう」
「ああ…そうだな」
エミリナの言葉にコウは少し俯いたまま答えた。
動ける者たちは歩いて、負傷したものたちは肩を担がれたり担架で運ばれながら、村人たち全員が3分の1ほど焼かれた村へと戻る。
村長をはじめ避難先で亡くなった者たちも、同じく担架に乗せられて村へと戻ることとなった。
火の手の上がっていないエリアでは、逃げ遅れて隠れていた者たちが次々と見つかり、住民たちから歓喜の声が上がる。
だが焦げた臭いが漂うエリアに来ると、地面に伏して亡くなっている者や、焼け焦げてしまった遺体が少しずつ見つかり
彼らの親族や友人たちがその場で泣き崩れていった。
そんな厳しい光景にもかかわらず、コウは氷の心を使うことなく現実をそのまま受け止める。
「これが自分の行動した結果だ…」
時々つぶやくその台詞は、自分に向けたものなのかすらわからない感情のこもっていない言葉だった。
そのまま捜索を続けると、積み上げられた燃えカスの山が見えてきた。
よく見るとそれは殺害した村人たちを積み上げて火をつけて焼いたものであり、魔法を使い高温で焼いたのか一部は骨だけになっている。
ただマナが途中で鎮火したこともあり、一部の遺体はまだ完全には燃え切っていなかった。
そんな誰なのかわからなくなった遺体や骨を、村人たちは丁寧に運んでいき火葬する準備を始める。
「あなたがやった結果が、これ。せめてこの光景を覚えていて欲しいわ」
「ちょっと。好き勝手言うじゃない、エミリナ!」
「マ、マナさん…ですけど」
尊敬するマナが文句を言ってきたことでエミリナはたじろぐ。
だがすぐにコウはマナの行動を制止した。
「いいんだ、マナ。それでも俺は仲間を失ってまで村を守るつもりはない。そうしなければ、次やってきた時に俺たちで対応ができなくなる。俺は…これが正しいと信じている」
だいぶ決心が揺らいでいるのか、最後の方は声が小さくなりつつも何とか言い切った。
それを聞いたエミリナは複雑な表情を浮かべ、それ以上は何も言わなかった。
その後追加の援軍が到着し、状況を確認したボルトネックは被害の大きさに胸を痛める。
それと同時に流星の願いに対して非難の目を向けるが、コウたちはそれを受け止めようとせずスルーした。
彼らと考えを同じにするつもりがない以上、話し合ったところでお互いに納得できることなどありえない。
ならば相手するだけ時間の無駄というのが流星の願いの対応だった。
「ふんっ、どこまでも身勝手な奴だ。これだけの犠牲を出しておきながら反省すら見せんとはな」
ボルトネックは敢えて聞こえるように語るが、流星の願いのメンバーはだれ一人振り向かなかった。
傭兵同士の険悪な雰囲気に村人たちは困惑するが、村人たちは実際に盗賊を追っ払ってくれた流星の願いの肩を持つ者のほうが多い。
そんな状況がさらにボルトネックを苛立たせたが、村人たちの前では不利だと悟ったエミリナが彼の暴走を抑えていた。
しばらく片づけを続けていると、コウたちの傘下に入った義勇団のメンバーが数名やってきた。
リーダーのベイリンはコウの姿を見ると走って近づいてくる。
「おっ、ベイリンじゃないか。無事だったか。よかった」
久しぶりの朗報を聞いたかのように、コウの表情が少しほころぶ。
「はい。ご指示通り無理をしない立ち回りで仲間の死は2名にまで抑えられました。ですが、村はかなりひどい状態で…」
「各村を立て直すにしても義勇団の力と情報がなければ時間がかかる。生きて貢献することが俺たちのやり方だ。
しかし、かなりやられたか…。被害はどんな感じだ?」
「2つの村でそれぞれ100人近くは殺されたか行方不明で……。特にヒドジジロは死者も多く村の8割ほどが破壊され、今はオキサスコートのほうに合流させています。
しかし、彼らが素直に村を捨てて移動してくれるとは思いませんでした。日頃からコウ様が貢献していたおかげです」
「なぁに、ベイリンが普段から村人たちを気遣っていたからだろ?そもそも俺はそこにいないんだから、勝手に功績を押し付けるなって」
暗い雰囲気の中、明るく気さくなベイリンが来たおかげで少しだけ明るい空気が広がる。
明るい表情を見せていなかったコウが少し笑ったことで、マナやシーラも安心した。
「しかし、私たちでは8人ほどしか倒せませんでした。少し踏み込み過ぎたせいで重傷者も2人ほどでいて…」
「連れてきているのか?だったら俺たちが町へと戻るとき連れて行こう。治療代はこっちが持つから安心してくれ」
「はっ、ありがとうございます。いやぁ、本当にコウ様と再会できて安心しました」
そういいながら村の様子を見まわす。
他の村と違ってここはあまり建物に損害が出ておらず、ベイリンは感心していた。
「時間的に援軍は厳しいと思っていたんですが…間に合ったようでなによりです。この調子だと奴らにかなりの損害を与えられたのでは?」
「いや、40名近くは屠ったが…あいつらは100以上いたようでな。しかも幹部クラスの生死が確認できないまま逃げられた。及第点ともいえないさ」
「いえいえ、十分な成果だと思いますよ。そこまでの被害を受けたのであれば、向こうも再び攻める気力はわかないでしょう」
さっきまでさんざん批判されていたことから悲壮を浮かべていたコウも、ベイリンに少し持ち上げられてなんとか調子を取り戻す。
合流したことで義勇団の傭兵たちが片づけに加わり、ひとまず崩れそうで危険な建物を取り壊し終える。
なお援軍に来ていた傭兵たちは、大半が村の周囲へと展開してさらなる襲撃に対して警戒を続けていた。
村人たちの多くは片づけを手伝ってほしかったが、ここが流星の願いの支配地域になっていることとコウたちが手伝っていることで、余計なトラブルを避けるためにも彼らは外へ出て警戒に徹したのだ。
しばらくして片付けも一段落し、今後の対応もある程度決まった。
小鳥箱は4名の生き残りがいたが、リーダーを亡くしたことで実質解散。生き残った4人は流星の願いに加入することとなった。
だが2名は重傷を負っており町での治療が必要と判断して、残り2名と義勇団のメンバー半分がこの村に残ることになる。
少し落ち着いたことで、コウたちはボルトネックを呼んで今後の行動を話し合った。
「俺たちはもう1つの村に寄って情報を整理してから町に戻る。そちらはどうするんだ?」
「我々はもう少しこの一帯を監視してから戻る。彼らの支持を得ている以上、こちらからは言うことはない。だが、常に我々が助けるとは思わないでもらいたいな」
それを聞いて一部の者たちはむっとするが、コウは心の中で『むしろその方が助かる』とさえ思った。
今までの流れからやむを得ないとはいえ、ボルトネックは敢えて非協力的ともいえる対応をしていた。それに対して義勇団やマナから結構な不満が出ていたのだ。
今集中すべきは犠牲者の弔いや村の復興、やるべきことは山積みだ。
民への誓いといがみ合ってそれらを遅らせるわけにはいかない。
あくまでかられは盗賊を追い返すためにやって来た援軍。
事情があるとはいえ協力する気がない以上、現時点ではお互い関わらないことがベストだった。
「わかった。今回の援軍の件、感謝する。これほど大勢の傭兵が来れば村人たちも安心できたと思う。助かった」
それに対して一瞬不満そうな表情を見せたボルトネックだったが、実際彼らは村に援軍にきて何もやっていないに等しい。
ある程度は評してくれた方かと考えなおし、普通の表情でコウに返答する。
「気をつけて帰れよ。少なくともこの村の住人は、ほとんどがお前に期待を寄せている。あまり失望させるな」
「ああ」
握手することもなく、あくまで離れた位置から見ているぞと言わんばかりの態度に対し、コウたちは気にせずに答えると風の板を作ってもう1つの村へと向かった。
今話も読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘してもらえると助かります。
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次話は7/15(木)更新予定です。 では。




