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英雄の芽3

ここまでのあらすじ


流星の願いは、家畜を扱っている傭兵団『犬のしっぽはクルクル回る』から鶏を無事買い付けた。


『犬のしっぽはクルクル回る』から大量の鶏を得、コウたちは2日かけて3つの村に届け終えた。


白鶏自体はそこまで高価なものではないが、魔物がうろつく中を運搬するだけでも結構な費用がかかる。

ましてや家畜は魔物の餌となりうるので、定期的に来る商人ですら運んでくるとなるとリスクと護衛コストが倍増するのだ。


そうした事情から村にとってはこうした家畜を外部から手に入れることがかなり難しい。

だが流星の願いは魔物討伐のついでに配送しているだけであり負担はなく、気楽に村人たちに寄贈していた。


そうした行為は村人たちにとって、得難い家畜を持ってきてくれる大恩人というだけでなく、本当に自分たちの事を考えてくれていると思うようになっていった。

また、各村で常駐していた小規模傭兵団と傘下に加わってくれた義勇団という傭兵団が、

流星の願いの提案で一緒になって村ー村間の物資運搬を手伝っており、各村で今までにない活気が出始めている。


もちろん移動に使っているのは、コウ特製の高速移動が可能な風の板とそれを維持する魔道具(貸出)である。

そんな状況から各村における流星の願いの立ち位置は、他の傭兵団とは一線を画すものへと変化していった。



「さて、今日も大変だったな」


「でも楽しかったよー。村人から特製のジュースももらったし」


「ちょっと感謝されすぎるのは慣れませんね…でもうれしいことです」


シーラとマナも満足しているようで笑顔を見せる。


「あんなに感謝されたのは、僕にとって生まれて初めてですよ…緊張し過ぎて何言われたのか覚えてないし…」


「次はちゃんと受け止めてやれよ」


エンデリンが照れているとコウがツッコミを入れる。

とても魔物討伐の依頼を達成して帰ってきたとは思えないほど全員が笑っていた。


村に立ち寄ってから町へ戻ってきたコウたちは、マナを傭兵ギルドに向かわせて、先に他のメンバーたちと拠点へ戻る。

頑張った分村人たちから感謝され成果を実感できる。まさに充実した日々を過ごしていた。


魔物退治だけをやっていた頃もギルドに感謝されてはいたが、日々の業務的に感謝するギルドと心から感謝してくる村人とではかなりの差があった。

それだけ村人たちの感謝は熱がこもっており、受け止める側もより充実感を感じていた。


そんな楽しい気分のまま早く拠点に戻りエニメットの料理をいただくかと思っていた時だった。

拠点入口にエニメットが立っているのが見える。


置いて行った時はいつも帰ってくるのを待ちわびた様子だが、わざわざ拠点の外で待っていたのは初めてだ。

何事かと思いコウは走ってエニメットの元に向かう。


「おーい、エニメット。こんなところでどうしたんだ」


「お疲れ様です、コウ様。実は…数時間ほど前からお客様が尋ねて来ておりまして…」


「はぁ?」


いつも夕方には戻るようにしているとはいえ、最近は遅くなることも多い。

そんなコウたちの帰りを数時間も待ち続けるというのはちょっと普通じゃない。


エニメットの言い方からしても向こうが自主的に待っているようで、何だか嫌な予感がしつつもコウは尋ねる。


「えっと、どちら様が?」


「民への誓いのリーダー、ボルトネック様とその幹部エミリナ様がいらしております」


「うわっ…来たか」


いつかはこうなるだろうと予期していたが、できれば来ないで欲しいなという願望はもろくも崩れ去る。


実は彼らが取り仕切っているグループ『村人の平和を守る団体』から、先日2つの傭兵団がコウたちの傘下に入った。

こちらとしては彼らからの申し出をありがたく受けただけだが、民への誓いからすれば引き抜かれたといっても過言じゃない。


何かチクリと嫌味くらいは言われると考えていたが、まさかリーダー本人が乗り込んでくるとは思っていなかった。


最近は町中でも流星の願いを称賛する者が増えている。

そんな状況では正面から抗議などしにくいだろうと考えていたのだが甘かったようだ。

対応を迫られたコウの表情が少し厳しいものに変わる。


「で、2人は何の目的で来たのか言っていたか?」


「いえ、コウ様が戻られてから直接話すと。その後はずっとだんまりでして…」


相手がかなりご機嫌斜めなことはエニメットの言葉で十分に理解できた。

だが、既に義勇団は村人たちの力になっており簡単に切り離せる存在ではなくなっている。


ここは腹をくくって正面から話し合うしかないなと覚悟を決め、コウを先頭にして皆で拠点の中へ入った。



入口のそばにある簡単な応接セットの片側に、先ほど聞いた2人が黙って正面を見たまま座っている。

腹が立つのは理解できるが、人の拠点に乗り込んできて雰囲気を悪くするのは勘弁してほしいと思いつつ、コウはシーラを隣に置いて彼らの正面に座った。


どう見ても和やかにあいさつをする雰囲気ではないので、多少の不作法はやむを得ない。

そんな状況を見たエニメットは、せめて少しでも雰囲気を和らげようと急ぎお茶とお茶請け菓子を準備するため調理場へ急ぐ。

それを見たユユネネも後をついて行った。


「長らく待たせてすまなかった。最近は村に寄ることも多く、帰りが遅くなっているんだ」


とりあえず待たせてしまった事を軽く詫びておく。

それに対してボルトネックはコウと目を合わせた。


「構わない、こっちが勝手に来て座っていただけだ。そちらにも長時間気を使わせてしまった事は詫びよう」


「こちらも別に構わない。それよりも早く本題に入るとしよう。ここまで待っていたほどだ、どうでもいい用事ではないのだろう?」


コウも圧に負けるような様子を見せることなく、しっかりと目を合わせて、相手の要件に対して真っ向から立ち向かう。

早速話を進めるコウに対して、主役の横に座っているエミリナとシーラは、火花が散りそうな状況を止めることも出来ず困惑の色を浮かべていた。


「では、本題に入らせてもらう。先日土壁と義勇団の2つがそちらの傘下に入ったと聞いた。

 本来はそちらの内部の事であり口出しするのは良くないが、彼らに対して粗雑に扱うような真似をしないでほしい」


傘下に入るということはいわばその傭兵団の下部組織になるということに近い。

親となる傭兵団の雰囲気や、その時に交わされた条件によって状況は様々だが、傘下の傭兵団は一定の利益を得る代わりに小間使いにされることが多い。


例えば今回、信用度B-の傘下となった2つの傭兵団は、流星の願いが許可を出した場合に限り信用度B-しか受けられない仕事を受けることができる。

またB-の傘下の傭兵団となると、当傭兵団がC+であったとしても同格のC+の傭兵団よりは少し上の扱いを受けることが多い。


だが今回彼らはそんな特典が目的で流星の願いの傘下に入ることを希望したのではない。

あくまで盗賊たちを潰していくのであれば、自分たちも命を懸けて協力したいとそれなりの覚悟で参加したのだ。


それゆえ多少の犠牲が出ても外野が口を出すことではないのだが

共に村人たちのために汗をかき、時には命を張ってきた仲、民への誓いからすればできれば丁寧に扱ってくれないか、くらいは口を出したいというのが心情だった。


ある程度そんな考えを理解しつつコウは考えシーラに念話で指示すると、彼女はすぐに立ち上がり2階へと走っていった。

そしてすぐに戻ってくると、ボルトネックの前に1枚の紙を提示した。


「ありがとう、シーラ。で、これがうちと義勇団の交わした傘下になる条件書だ。本来はギルド以外に見せるべきものではないが、そちらとの無意味な対立を避けるためならばやむを得ないだろう」


条件書には一定の作戦拒否権、安価ではあるが一定の給与のような定額の支払い、緊急時には指示に従うことなど、各種条件が記されており

同意の証として2人のリーダーの魔力が名前と共にしみ込んでいる。


単独の現場で問題が起きた場合は彼らの判断で自由に行動できるようになっており、命令に従わなければいけないのは共に行動している時だけだった。

想像よりはるかに好条件なことを確認し、ボルトネックはひとまず矛を収める。


「このようなものを見せてもらい感謝する。彼らが不当に扱われるかもという懸念は、こちらの勇み足だったことを認める」


「わかってもらえれば助かる。我々は傘下に収めたとはいえ、彼らを共に手伝ってくれるパートナーとして捉えている。

 使い捨ての道具にするつもりなどないことは、この場で俺が誓おう」


そこまで聞くと、ボルトネックとエミリナは黙って軽く頭を下げた。

こんなことでずっと居座って圧をかけてくるなよと思ったコウだったが、どうやら問題はまだ解決していないようで、再びボルトネックが話しかけてくる。


「まだ話したいことはある。これはそちらの考えを聞きたいことだ。

 今回ギルドはそちらにお咎めなしという判断を下した。それを当然だと思っているか?」


この日早朝から集められた会議により、ギルドは流星の願いを処罰せず功罪相殺という形でお咎めなしとする方針を決定した。

だがそれはまだ流星の願いに伝えられておらず、ギルドからは審議中となっている。

魔物討伐から帰ってきたばかりのコウは、当然そのことなど知らない。


裁定がずいぶん遅いことから多少期待していたとはいえ、まさか彼らからその結果を知らされるとは思わなかったコウは

静かな怒りを込めて尋ねてくる彼の前で喜ぶわけにもいかず、無理やり感情を抑えつつ彼の質問に答えた。


「こちらも当然とまでは思っていない。そもそもそういった判断を下すのはギルドの役目だ。外野でかつ当事者でもある我々がどうこう言う話ではないだろう。

 こちらはあくまでやれることを全力でやったに過ぎない。そして必要なことをしたまでだ」


最後の言葉にボルトネックが眉をぴくっと動かした。


「必要なこと?それなりの悪事を働いたから金で買収しておくことは確かに必要だろうが……関心はできんな」


あからさまな挑発にコウはちょっとムッとするが、軽く息を吐いて自分を落ち着かせた。

むしろ彼の隣にいるエミリナが相当に動揺しており、そのおかげで氷の心を使うことなく落ち着いたともいえる。


隣にいるシーラもすぐに抗議しようと思ったが、彼女がひどく動揺してボルトネックを見た後

こちらに必死に謝罪の目を向けているのを見て、コウと同様に一旦様子を見ようと抗議を収めたほどだ。


「ふぅー。確かにそう見られても仕方がないが、必要なことというのはあくまで盗賊団を滅ぼしたことと、その幹部である2人を受け入れたことを指した言葉だ。

 あれはこちらもギルドや町側に迷惑をかけたという謝罪の気持ちであって、渡す際にはちゃんと『処罰はおとなしく受け入れるがこちらの決定は変えない』と伝えてある。

 そもそも金というがあれはあくまで権利であって、正確な表現であれば金を渡したのではなく権利を譲ったに過ぎない」


コウだっていつまでも地球にいた頃の学生気分ではない。

1年半もの間貴族たちの難癖にもまれながらも、仲間の知恵を借りつつやりたいことを押し通してきた人物である。


あくまで賄賂ではなく、余計な相談や会議などが必要になり多少の手間賃もかかるので、謝罪の代わりに権利を渡しただけだと主張した。

謝罪であれば買収ではないという論理だが、当然ボルトネックには通じない。


だが彼も謝罪を感心できないとは言いにくくなったので攻め方を変える。


「それは屁理屈に過ぎないな。形を変えた買収とは実に貴族らしいやり方だ」


随分と絡んでくるなと思いつつ、彼の怒りがどこにあるのかをコウは考えたがいまいちわからない。


2つの傭兵団を結果的に引き抜いた形になったが、彼は先ほどの傘下条件書を見せた時点である程度の安堵を見せた。

ならば別の部分に怒りを感じているはずなのだが、なぜかそれを指摘してこようとしない。


シーラには怒りを抑えてもらうよう念話で伝えつつ、コウはさらに深いため息をつく。


「ふぅーっ。そちらがそう解釈するのは勝手なので構わない。だがギルドがそう考えていないのであれば、そちらには関係のないことだろう?他の者にそこまで言われる筋合いはないはずだが」


張り詰めた空気が入り口付近に広がり始める。

マナがいれば一気に実力行使へと発展しそうな状況だが、彼女が1人で魔物退治の報告に行っていることは両者にとって幸運だった。


今話も読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字等ありましたら、ご指摘いただけると助かります。

投降前に簡易ツールで確認はしているのですが…結構抜けるんですよね。


感想やブクマ、評価に・・・など、色々と頂けるとうれしいです。

めっちゃうれしいです。


次話は6/21(月)更新予定です。  では。

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