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英雄の芽2

ここまでのあらすじ


流星の願いは盗賊の幹部2人を仲間に加えたが、ギルドは処罰しない方針を示した。


ボルトネックはやり場のない怒りをくすぶらせながらも、流星の願いが炎狼を撃退した時のことを思い出し、なんとか自分を納得させていた。

彼らがいなければ付近の村が壊滅していた可能性もあったのだ。そう考えると感謝する点もある。


今回だけはその恩を帳消しする形で納得しようと思いつつ、そのままオクタスタウン内の拠点へと戻る。


出発前、絶対に引き下がらずに抗議してくると啖呵を切った手前、部下たちにはなんと説明しようかと思い悩んで拠点へと入ると

民への誓いの副リーダーで、オクタスタウン内の待機メンバーをまとめているエミリナが慌てて駆け寄ってきた。


結果を期待されていると思い言葉に詰まっていると、エミリナが先に話し始める。


「リーダー、大変です!」


「ん?いきなりどうした」


想定外の言葉が飛んできて、ボルトネックは思わず戸惑う。

だが、彼女から飛んできたのはとんでもない話だった。


「村民団に所属していた義勇団と土壁が……流星の願いの傘下に入ると一方的に告げて…」


「だっ、脱退したのか…」


「……はい。すでに数日前から流星の願いと行動を共にしているようなのです」


村民団とは彼ら内での呼び方で、一般的には『村人の平和を守る団体』と称されている傭兵団の集まりである。

協力し合うことで村民たちを出来るだけ危険から遠ざけるのが目的であり、ギルドとは対立まではいかないもののあまり友好的な関係ではない。


ギルド側は村人たちが独立を諦め町へ吸収されるのを望んでいるため、彼らの独立支援を積極的におこなっているその存在を少々疎ましく思っている。

ただ村人たちが全滅してもらっても困るので、表立った嫌がらせなどはせず、ギルド側もある程度は協力的な立場をとっているのだが…。


「な、なぜだ……流星の願いなど、所詮身勝手に動き回っているだけの輩だろう。

 彼らにコウが貴族だとは教えていないが、裏の情報という体で、彼らはこの地を本気で守るつもりなどないと皆に伝えていたはずなのに……なぜだ…」


ボルトネックは部下のエミリナにも隠せないほど動揺していた。


これまで多くの傭兵団を直接説得し、徐々に人数を集めて活動してきたのが村民団である。

それがコウもあっさりと切り崩されるとは思っておらず、現実を受け止め切れないほどだった。


「それが……1週間ほど前の1ルピ林檎壊滅の件に影響を受けたようで…」


またもや流星の願いの行動によって、今までの安定した流れを急激に破壊され憤るボルトネック。

しかも今回は村人を守るために結成した村民団にまでヒビを入れられた形だ。


映像までは確認できなかったが、流星の願いのやったことは報告書で一通り確認している。

これもまた町の主力傭兵団としての特権だったが、その特権も期待の新星として扱われている彼らの首に縄をかけるには至らず悔しがっているところに

自分たちの足元まで崩しにかかられたとなれば、さすがに彼とて黙っているわけにはいかない。


「いい加減にしろよ、あいつら」


普段では割と丁寧な口調で通っているボルトネックが『あいつら』という言い方をしたことに、副リーダーの1人であるエミリナは思わず驚いて息をのむ。

が、このまま放置するわけにはいかず、すぐに落ち着かせようと慌てて彼に声をかけた。


ここで彼が暴走してしまっては、それこそ流星の願いを止める者がいなくなってしまう。


「お、落ち着きましょう、リーダー。まずは村民団の再結束を図るべきです。私たちが慌てると他の傭兵団も動揺してしまいます。

 抜けてしまった彼らも、盗賊団を壊滅させたという突発的な出来事に振り回されただけです。

 確かに彼らは元から盗賊団を滅ぼす政策を推していましたが、実力のある流星の願いですら負傷している彼らを奇襲策でどうにか倒したに過ぎないのですから」


「……そうだな。俺としたことがすまなかった。確かに流星の願いは長期間ここに居座るような存在ではないし、今回も突発的に動いたに過ぎない。

 義勇団と土壁もそれがわかれば、今よりは期待も小さくなるだろう。その時のために帰ってくる場所を残しておかなければな」


「そうですよ!あっ、それで…ギルドの方は……」


「ああ、あっちはやはりダメだった。予想通りお咎めなしのようだ。裁定が出るまでにかなりの時間がかかっていたからな…嫌な予感はしていたが。

 それに流星の願いが1ルピ林檎の財産を町とギルドに寄付する提案までしていたらしい」


「えぇっ!?いくら何でも随分と太っ腹すぎません?。あっ、そういえばあの傭兵団はお金に困ってないんでしたね」


流星の願いの存在が大きくなりすぎないためにも、信用度降格を推していた民への誓いだが

その目論見はもろくも崩れ去り、彼らのやったことが肯定されつつある状況にただただ危機感を募らせるしかなかった。


経緯はどうであれ、彼らは確かに盗賊を滅ぼし住民を安堵させた。

だが、それはしょせん上辺の出来事にしか過ぎない。


盗賊団たちの各地での勢力バランスが崩れれば、今までの様子見の状況から一転、支配地域をめぐって戦いが起こり村人たちは巻き込まれる。

民への誓いからの視点でいえば、流星の願いのやったことはただ村人たちを危険に追いやっただけなのだ。


この町の中で村人を助けようとしている傭兵団はあくまで一部。

そのため現状の戦力では盗賊の殲滅(せんめつ)が不可能という状況から、彼らは別の手を採っていた。

強すぎる盗賊団を命がけで削りつつ、彼らを争わせるよう仕向けることで戦力バランスを拮抗させ、村人たちの平穏を何とか作り上げたのである。


そこへ突如、実力集団がやってきて盗賊団を1つ壊滅させた。

これは一見朗報であったが、残念なことにこの傭兵団の行動は一時的な貴族のお遊びでしかない。


所詮一時的に追放されているだけであり、彼らの実力を見るに光の連合がこの先もずっと放っておくはずがない。

それが他の傭兵団から見た流星の願いという存在である。


もしかすると市中に溶け込んで、連合に対する不満分子を探し出す役割を与えられている可能性だってある。


ここは以前からずっと闇と光の戦いに巻き込まれてきた中立地帯。

盲目的に彼らを頼りはしごを外されれば、村人を守る傭兵団の壊滅、そして村人たちを守るものがいない状況ができてしまいかねない。


貴族なんて都市内の防衛にのみに力を入れる集団であり、村なんぞ眼中に入っていないことなど誰もが知っている。

そんな貴族の気まぐれに乗っかり、志を同じくする大切な仲間や村人たちの命をないがしろにするわけにはいかない、それが民への誓いの立場である。


「なんにせよ他の傭兵団をすぐに招集しよう。俺たちがここで踏ん張らないと、彼らの気まぐれな遊びでこの一帯を滅茶苦茶にされかねない」


「とにかく皆を安心させるのが先ですね。すぐに連絡を取ってみます」


流星の願いにも民への誓いにもそれぞれに思い描く平和の形があり、それに則った正義がある。

目指している形は似ており互いに争うつもりなどないが、それぞれの思いはすれ違っていた。




こうやって周りが対応に追われている間、流星の願いは信用度低下の可能性など気にする様子もなく、着々とやるべきことを進めていた。


コウ率いる流星の願いは何度も町と村を往復し、魔物狩りなどをこなすついでに1ルピ林檎が支配していた3つの村をその都度訪れた。

各村で滞在しつつ村の安全を守っている傭兵団に対しては説得して連携を取り付け、各村の中央にはちゃんとした流星の願いの旗が掲げられた。


その流星が描かれた旗は他のものより1段高く、その様子は3つの村で流星の願いがいかに貢献しているかを示していた。


まずコウたちが行ったことは不足している物資の供給である。

各村によって事情が違うことを理解したコウは、できるだけ3つの村内で回せる物資は回すよう手配しつつ、不足分は町で購入して供給した。


村には傭兵団に護衛された商人たちがやって来ることもあったが、頻度は低くあまり当てにならない。

そんな中、流星の願いが手配した物資の運搬はこの上なくありがたいものであった。


当初は村人たちもそこまでお世話になるわけにはと断ったが、盗賊たちの物資を奪ったことによる利益で物資を手配しており

その原資は元々村から奪ったものだから気にすることはないというコウの説得に、村人たちは申し訳なさそうにしつつも受け取った。


もちろんそれは嘘なのだが、私的理由のため権利を放棄したことから、コウはそれを自分たちで埋めるべきだと考えたのだ。


そしてコウはさらに別の計画にも手を出し始めた。




コウは早朝からオクタスタウンの4大傭兵団の1つである『犬のしっぽはクルクル回る』の拠点を訪れていた。

すぐにしっかりした応接室に通されたコウは、シーラと共に長椅子にかける。


いきなりの訪問だったのでしばらくは待たされるかと思っていると、1分もしないうちに団のリーダーであるニニキータが部屋に入ってきてコウたちの前に座った。


「急な訪問の上、リーダー自らの訪問とは驚かされるな」


「それに関してはすまないと思っている。こちらも最近少し忙しくてな、手っ取り早く話を済ませたくて俺自ら足を運ばせてもらった」


「まぁ、それはいい。それより私に何か用なのか?こちらが役に立つことなどないと思っていたのだが」


「本題は別にあるんだが、まずは俺たちと連絡先を交換してほしい。次はいきなりの訪問で迷惑をかけたくないんでな」


コウがそう語ると、隣にいるシーラが黒い板を取り出しテーブルの上に置いた。


「ふむ、こちらにもメリットはあるし構わないだろう。おい、連絡先の入ったデータを持ってきてくれないか?」


向こうもこれくらいは予想していたのか、即座に待機していたメンバーが黒い板をもってきて、それを受け取ったニニキータがこちらの板にくっつけた。

それぞれの表面にデータ連携の表示が出て10秒ほどして連絡先の交換が終わる。


これでお互いの拠点からメッセージや動画などを送ったり、テレビ電話のように連絡し合うことが可能になった。


「で、これだけではないんだろ?」


「まぁね。実はこちらから協力をお願いしたいことがあるんだ。うちが面倒を見ている各村の状況が一段落し、物資も今のところ問題がなく良好な状態になってきた。

 そこで新しいことを始めたいと考えていたところ、1つの村で小規模ながら家畜を飼っててな。ここはその道の専門だと聞いて何か協力してもらえないかと思ったんだ」


コウは何気なく畜産関連で協力のお願いをしてきたが、その様子にニニキータはかなり驚いた。


彼は貴族であり、村や村人の存在などその辺の石ころくらいにしか思っていないはず。

今回の盗賊殲滅の一件も、自分に刃を向けたから返り討ちにした…と思っていた。


一応報告書は見たが、村を守る傭兵団だって村人1人殺されたくらいで盗賊団を殲滅してやろうと思う奴はいない。

よほど目に余る悪事を働いたのであればまだ理解できるが、興味がないはずの貴族がそんなことで動いたなど信じられるはずもなかった。


だからこそ流星の願いの実力も考えると、一種の貴族のお遊びだと思われていたのだ。


だが目の前にいるコウは、さらに村の生活を安定させたいので協力して欲しいと言ってきている。

あの報告書は実は本当なのかと思い始め、ニニキータはコウに少し興味を持ち始めていた。


だが彼らの処罰はまだ決まっていない。もしかしたらこちらを取り込みたいという意図があるのかもしれない。

そう考えたニニキータは一つ質問を返した。


「その前に聞きたいことがある。流星の願いは今処分保留状態のはずだが、その割にはずいぶんと余裕が見えるな」


「余裕?まぁ、どうせギルドが決めることだ。俺たちが騒いだところでどうにかなる事じゃない。

 それよりも今は村に畜産業の基礎を根付かせられるかが大事なんだ。頼む、協力してくれないか?」


コウたちの態度は強がりには見えず、そんなことに興味はないといった感じだった。

これはひょっとして面白いことになるかも…そう考えたニニキータは取り込まれることも考慮に入れてコウの話に前向きな姿勢を見せる。


「なるほどね。いいわ、こちらの家畜をいくつか譲りましょう。とはいえ、あまり慣れていないようなら指導者も必要になる。

 んー……はじめは簡単な鶏類を10羽ずつとかどうだろう?卵は食用に回せるし、肉にもなる。増やすのも楽だ」


「鶏か、確かにいいかもしれない。ただ、可能ならもう少し数を増やしてほしいが…」


1000人規模の村に10羽というのはさすがに少ない。

慣れないうちから大量に買うのは確かに大変だが、少なすぎるというのも結果が見えにくく村人が価値を実感しにくい。


村人たちもある程度成功しそうだと思ってこそやる気も出るし軌道に乗る、というのがコウの考えだった。


「そうだな…ところでその村は何を飼っているんだ?」


「あぁ。こいつだな」


コウが黒いモニターを操作して映像を見せる。

25cmほどの鳥が20羽ほどてくてく歩いていた。いわゆるうずらサイズだ。


「おぉー、縞鳥か。栄養状態も悪くなさそうだ。これなら白鶏でも楽に飼えるだろう。だがさすがに黄鶏は慣れてからがいいかもしれん」


縞鳥はちょこちょこと歩く姿が実に可愛く、その映像を見たニニキータも思わず顔がほころんでいた。

うずらみたいな鳥だが卵は思ったよりも大きいのを生むので食用として買うのも悪くない品種である。


基本落ち着かず動き回る鳥なので広い柵の中でしか飼えないが、成長も早く肉自体も食用となるので。村や町ではよく飼われている。


「白鶏と黄鶏はどう違うんだ?」


「全然違う種だ。これを見ればわかる」


そういって見せてきたのは2種の鳥の映像。

どちらとも鶏っぽく空を飛んだりはしないようだが、白鶏はほとんど鶏といっていい。


逆に黄鶏は世話している者の腰くらいまでの大きさで、コウの考えていた鶏よりサイズがかなりでかい。

しかも映像では暴れており、このサイズで暴れられると慣れていないと結構大変そうだと思わされた。


「な、なるほど……というか結構狂暴そうだな」


「ふふっ、そう見えるかもしれないが慣れればそうでもない。なかなかかわいい奴らだぞ。とりあえず白鶏を30匹ずつ売ってやろう

 こいつはおとなしくて飼いやすいし、食うのは草だけで草原暮らしの村なら楽に飼育できるだろう。毒素のある草は当然ダメだがな」


「ありがたい、ならばすぐに頼めるか?昼には受け取りに行く。代金は…今支払ったほうがいいか?」


「相場はもう少しするが、1羽40ルピでいい。卵を生み始める頃のいいやつを譲るとしよう。今から引き渡しの準備を始めるので、昼頃には問題なく引き渡せる」


最初のころは少し警戒した態度をとっていたニニキータだったが、自分たちの生業としている家畜の話で打ち解けたからか、すっかり穏やかな表情になっていた。

特にコウが興味を持ってくれ村に広げてくれるというのは、同志を得た気がしたのだろう。


「何から何までありがたい。心から感謝する。何か俺たちの力になれることがあれば言ってくれ。俺たちも少しはそちらの役に立ちたいからな」


「わかった。その時は遠慮なくお願いすることにしよう」


コウは銀貨36枚を置き、ニニキータはそれを喜んで受け取る。


「家畜の価値を理解する者は大歓迎だ。これからも遠慮なく連絡してほしい」


「あぁ、こちらもスムーズに取引できて助かった。別の種を飼育するときは指導者も必要なるだろうし、これからもよろしく頼むよ」


あっさりと取引が終わり、コウたちは笑顔で去っていった。

彼らが去り、状況が気になった部下たちが慌てて部屋に入ってくる。


連絡先を交換するくらいは予想がついていたが、その後何をやっていたのかわからない部下たちはニニキータのことがかなり心配だったようだ。


「大丈夫でしたか、姉さん。何か無茶な要求があったなら、すぐに星の一振りにでも連絡を……」


「待て待て。直接じっくりと話したのは初めてだったが、思ったよりは人当たりの良い人物だった。

 うーん…これなら、次集まる会議では彼の肩を持ってもよさそうだな」


「えっ、ええ!?」


想像していたのとは全く違う態度をとるリーダーを見て部下たちは戸惑う。


「さぁ、銀貨も受け取ったし、白鶏を120匹引き渡す準備だ」


部下たちはてっきり何か圧をかけに来たと思い警戒していたのだが、銀貨一山がテーブルの上においてあり白鶏を用意しろとなると純粋に家畜を飼いに来たことになる。


トラブルを起こしまくり問題児とささやかれている人物が、こちらを頼って家畜を飼いに来るとはだれもが想像できなかった。

にわかには信じられない状況に、いつもはてきぱきと動く彼らが立ち止まって戸惑っている。


「しっかりしろ。今後はあいつらに同行し村へ飼育指導に行くこともあり得るぞ。

 そんな腑抜けた態度をしていたら、我々犬のしっぽの名に傷がつきかねない。さぁ、急いで準備だ。一応初客だし、飼育のアドバイスメモくらいつけておけよ、急げ急げ」


「は、はいっ」


尻を叩かれて我に戻ったメンバーたちは、慌てて指示通り白鶏の準備に取り掛かった。

部下たちが走って出ていくのを見送り、ふと机の上に積まれた銀貨に目をやる。


「ふっ、長い付き合いになりそうだな……」


ニニキータはふっと笑うと部屋の扉を閉める。

これから自分たちがどう彼らの役に立てるかを考え、それによりどのような関係、どのような利益があるのかを計算する必要が出てきた。


これは自分たちの傭兵団がもう一歩先へ進めるチャンスだと彼女は捉えていたのだ。

まずは急ぎ団内の意思をまとめなければと思い、彼女はすぐに幹部を呼び出した。


今話も読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字等ありましたら、ご指摘いただけると助かります。

ブクマ、感想、評価、などなどありがとうございます。

お時間が有れいば、よろしくお願いいたします。


今は書くのがちょっと楽しいw

ストックは全然貯まりませんが…。


次話は6/18(金)更新予定です。 では。

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