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共同討伐9

ここまでのあらすじ


予定していた数より多くの炎狼が出現し、撤退を余儀なくされた傭兵たち一行。

いったん離れた場所に集合し、コウが事情を説明したことでひとまずトラブルは避けられた。


ギルドの見届け人が一通り発表を終え、ここにいる皆が納得したことで依頼は終わり。

後は町に戻るだけ…ここにいる全員がそう思った時だった。

その心の緩みを吹き飛ばすかのような、炎狼よりもはるかに強い火属性の魔力を後方から感じた。


それはコウだけでなく全員が感じ取れるものであり、傭兵たちは一斉に振り返り武器や盾を取り出し構える。

そこにいたのはかなり離れた位置にいる傭兵たちからも確認できるほどの圧倒的存在、全身が燃え盛る巨大な人型、火属性の巨人だった。


「あれは…巨人なのか?」


コウが周りに尋ねたが傭兵たちは誰も答えない。

巨人系の魔物はめったに出現せず遭遇して生還した者も少ないので、その存在を見てそうだと言える者はここにはいなかった。


だが先ほど感じた魔力圧は炎狼とは比べるまでもなく強大であり、この場の全員に死を感じさせるには十分な力であった。


「あ、あれが…炎狼を…」


魔物討伐に慣れているドミンゴスも動揺しておりなかなか言葉が出てこない。

このタイミングで現れたとなれば、先ほどの炎狼たちを指揮していたのはこの巨人だと判断するのが妥当である。


普通の魔物は群れを作る場合、同種族の魔物の上位版がトップに立つことが多い。

もちろん例外もある。例えば先ほど炎狼の群れに参加していた火ウサギなどだ。


同種族の上位版がおらず数がいるタイプの魔物は、生息地などが被る場合にああやって他種族の群れに参加する場合がある。

だが最上位に位置する魔物の中には、多くの種族を傘下に含め多種多様で巨大なチームを作れるものがいる。


その最たる例が巨人種である。


知能が高く魔力も強大で、他の魔物と意思疎通のできるこの手の種族は巨大なグループを形成しやすく

発見したらすみやかに倒さねば周辺の町や都市に絶大な被害を周囲に及ぼしかねない。


上位の存在がいると聞いたとき誰もが一度は思いついたが、めったに見ない魔物であるためまずありえないと高をくくっていた。


「師匠、あれはやばい…たぶん業火の巨人ってやつだよ…」


視線を外せないのか、マナは巨人を直視したままコウに語り掛けた。

その燃え盛る大きな人型はゆっくりとこちらに近づいてきている。


「……勝ち目はない。逃げるぞ」


皆が混乱し思考が定まらない中、コウは咄嗟に<氷の心>を使い即座に逃げると指示を出す。

もちろんあの巨人を町まで連れていくわけにはいかないので、町とは違う方向へ逃げるしかなかった。


コウの言葉を聞いて思考を取り戻した3人は、すぐにうなずくとコウの作った風の板にすぐ乗り込む。

それを見た他の者たちも正気を取り戻したのか、慌てて魔道具で風の板を作り始めた。


「絶対に生きて帰るぞ」


「はいっ」


コウの言葉に全員がうなずくと、4人を乗せた風の板は町とは違う方向へと進み一気に加速した。


他の傭兵たちも次々と風の板に乗ってこの場からばらばらに逃げ出す。

コウたちの動きを見て冷静になれたのか、過剰な死の恐怖を感じて逆に冷静になれたのか、直線的に町へ向かう者はいなかった。


それを見た業火の巨人は魔法の型を作りながら走り始めた。

そのスピードは想像よりもかなり早く、巨大な地響きもないまま近づいてくるので前を見ているだけだと接近されているとすら思えない。


「師匠、来るよ」


「私が!」


「全員で障壁展開だ」


シーラが防御担当を務めようとしたが、相手の強さから考えて任せるのは厳しいと感じ、コウは全員で防ぐよう指示を出し4重の障壁を展開しつつ風の板の速度を上げる。


それから少しして巨人が2つの<千の火矢>を発動させ、あたり一面に2千もの魔法の矢を降らせた。

傭兵や障壁にあたらなかった魔法の矢は地面に刺さると丈の短い草を燃やし始め、あたり一面が赤く染まり始める。


一部の傭兵たちは攻撃を受け止めきれなかったのだろう、障壁と乗っていた風の板を割られ地面に叩き落され地面に伏していた。


「やばいな…これじゃ全滅だ」


コウたちはあと何回か受け止めるだけの余力があったが、他の傭兵たち、特に炎狼と長期戦をしていた別チームの傭兵たちは既に消耗しきっており

こんな攻撃を何発も耐えられるとは思えない。


この世界は力のない者から消えていく宿命とはいえ、目の前の命が消えていくのをただ見過ごすのはコウにとってかなり辛い選択だった。

だからといってあれに抵抗したところで勝ち目は全くなく、全員を守るとしてもあの広範囲の攻撃をすべて防ぎきるというのは不可能だ。

思い悩むコウだったが、有効な対策など浮かばない。


そんなコウの気持ちを悟ったのか、シーラが突然真剣な表情で話しかけてきた。


「師匠、無理なものは無理なんです。守れる範囲を間違わないでください」


普段ならマナが言いそうなセリフをシーラが厳しい表情で伝えてくる。

自分たちの命すら守れる保証がない状況、他の心配をしている場合じゃないことをコウは改めて認識した。


一方の巨人は散り散りになって逃げていく傭兵たちを見ながら再び魔法の型を作り始める。

より複雑で魔核も多く複雑につながっていく型…マナはそれをじっと見ており、やがて何の魔法が発動するのかに気づいた。


「やばっ、あれやばいよ。師匠、全速力で逃げて!」


「何だ、何の魔法が来るんだ?」


「<核爆弾(コアボム)>だよ、あれ。あたり一帯消し飛んじゃうって!!」


それはマナが以前から覚えたいと言っていた魔法だ。


火属性の中でも最強最悪の破壊魔法ということで知られているが、名前や効果ばかりが拡散されているだけで、実際に使える者はかなり少ない。

炎・熱・爆発の3系統を使えるだけの才能を持ち、上級精霊の契約も必要で、それでなおかつ火属性のLVが最低42は超えていないと使えないとされている。


その威力はすさまじく、大きいものになると着弾点から半径200mを巻き込み消し飛ばすと言われる。

対都市破壊魔法としては最強に位置し、この魔法を使えるということだけであちこちからお呼びがかかる、火属性使いの全員が憧れる魔法と言っても過言じゃない。


「えっ、あれがそんなもの使えんの?」


「だって型が本で見たのと同じなんだもん。間違いなくあれだって!」


話には聞いていたが、そんなものをここで発動されると終わりだ。

しかも業火の巨人は突如狙いを定めたかのように、コウたちに向かって走ってきている。


コウの風の板がいくら早いと言っても、歩幅の広い巨人が全力で走ってくれば振り切ることは不可能。

あの魔法の範囲に巻き込まれたらまず防御しきれない上に、着弾点から対象範囲内は一瞬にして脱出困難な壁に覆われる。

近くに着弾しただけで終わりというのは本当にいかれた魔法としか言いようがない。


「何とか耐える方法は?」


「ないっ!」


マナが必死になって叫ぶ。確実に無理だということが嫌でも伝わった。


「これでも無理?」


シーラが風の板の上で魔法障壁を発生させる魔道具を並べるが、マナは首を横に振る。

どうしようもないと絶望感を感じる中、コウは冷静に考え続けてある案を思いついた。


「マナ、核爆発って確か最初は魔力の塊を飛ばしてくるよな?それを空中で受け止めれば何とかならないか?」


「無理だってー。そんな簡単に発動しないし、万が一発動させたとしても一瞬で巻き込まれるよ。

 障壁を張れる距離は100mもないんだから」


「だったら何重もの障壁を張りつつ受け止めて時間を稼ぎ、マナの爆発を使って一気に範囲外へ脱出するというのはどうだ?」


「う、うーん……」


マナが言い渋るということは、可能性は低いができなくはない方法だと示しているようなものだ。

もはや逃げられないし防御も無理な以上、厳しくてもその手にかけるしか全員が助かる道はない。


「師匠、私がおとりになり受け止め…」


「それは無しだ!絶対に」


すぐにコウが怒りを込めて強く叫んだことでマナはその案をあきらめた。

この中の誰かを犠牲にしてまで生き延びたいとは思わない、そんなコウの気持ちがマナにも伝わった。

となればもう賭けに乗るしかない。マナも覚悟を決めた。


「うん、わかった。師匠の案で行く。あの魔法の発動直後に私と師匠は風の板を降りる。2人はそのまま風の板で圏外まで脱出して」


「マナ、私だって障壁を張れます」


「うん、シーラはできるだけ巨人の近くに強力なやつを2枚張って。爆発で脱出を図ると言っても何人もいたら効率が落ちるから。それは私と師匠の役目」


マナが残念そうに語るとシーラもそれを理解しうつむくしかなかった。


「エニメット、シーラ、俺たちが何とか初撃の範囲から脱出したとしても、あの魔法は第2波がある。

 その時の防御は任せるから気を抜かないでくれよ。俺たちが吹っ飛びながら脱出した先にすぐ合流して障壁を張って守ってくれ。頼りにしているからな」


「わかりました。任せてください」


「全力を尽くします。コウ様」


コウに託されたことで2人とも真剣な良い表情へと変わる。

これなら後のことを全て任せて最初の対応ができるとコウも安心し、属性を水に切り替えて型をいくつも準備し始めた。


魔法を発動させるための型は多数の魔核をつなぐことにより作られるが、その人の才能やその属性のLVによって一度に扱える魔核の数が変わる。

その為コウはストックも利用しつつ5つの<水泡の盾>の型を用意した。


その横でマナも<小爆発>の型を、ストックに発動間近の<中爆発>を準備する。

中爆発はダメージも負ってしまうが、その分距離も速度も稼げる。この際多少のダメージは気にしていられない。


今は生きてこの状況を乗り切ることが最善手なのだ。

もちろん、その後のことなど今は考えるだけ無駄でしかない。


「師匠、来るよ………3,2,1…来た!」


業火の巨人が周囲に保っていた莫大な魔力が消費され、明らかにやばいとわかる魔力の凝縮した1mほどある紅い塊が巨人の目の前に現れた。

それが発射されると同時にコウとマナは風の板を降り、シーラは<光の集中盾>を2枚発動させる。


が、ここで少し誤算が起きた。

巨人が発射した紅い塊はコウたちに真っ直ぐ向かってくるのではなく、コウと少し離れたシグルス達の両方を巻きこめるよう、その中間地点に向かって発射された。


「っざけやがって!」


コウは予定した位置を変えその軌道上に<水泡の盾>が来るよう修正して発動、シーラも1テンポ遅れつつも水泡の盾の後ろに来るように<光の集中盾>を2枚作り上げた。


シーラは風の板の上で軽いめまいに襲われながらも、次の障壁の準備をしようと魔力を展開し魔核を用意し始めるが

強引な位置変更により予定以上の魔力を使ったことで、一時的に魔力をうまく扱えず、悔しくて歯を食いしばる。


マナは予定していた7枚の魔法障壁が発動したことを確認すると、すぐにコウに抱き着いたままジャンプし<小爆発>を連発してその場から離脱を試みる。

だがいつもやっている1人の時とは違ってコウの分の重量もあり、感覚がかなりズレて想像以上に飛びが悪かった。


「んっ、こんな練習もやっとくべきだったなんて…」


「マナ、そのまま頼む。最後の奴を使う」


コウはマナとともに爆発で飛ばされながらも、最後に巨人の放った<核爆発>を空中で発動させるための<水龍の牙>を使った。


一方飛んでくる紅い塊は、何の抵抗も受けなかったかのように5枚の水泡の盾を一瞬で蒸発させながら突破し、シーラの使った光の集中盾へとぶつかった。

がそれも一瞬、すぐにその盾は砕けて2枚目に当たり、今度は数秒時間を置いて再び集中盾は砕けた。


そのタイミングに合わせたかのように、水で出来た龍が紅い塊に食らいつく。

その瞬間マナは<中爆発>を使い、2人は大きく吹き飛ばされ紅い塊から距離をとった。


水の龍の牙が紅い塊の外周の殻に突き刺さり、塊の内部にあった魔力が漏れ始める。

そして本来の予定とは違う空中で<核爆発>の第1段階が発動した。



1段階目の燃焼範囲内を決める高濃度の魔力が急速に広がっていく。

用意していた爆発魔法を使い尽くし飛ばされながら追加の魔法を準備していたマナは、このままでは間に合わないことを悟った。


コウと抱き合って爆発を使い続けて移動したが、2人だと重心が安定せず爆発の勢いを効率よく使いこなせなかったのが原因だ。


(私のミスだ……せめて師匠だけは助けなきゃ)


マナは吹き飛ばされている間にコウから離れると、コウの足元に<小爆発>を使い吹き飛ばす。

1人なら射程外にまで飛ばせると素早く判断した結果だった。


「ごめん、師匠…」


コウだけが飛ばされマナは自分の守りたかった人が助かる光景を少し満足そうに見ていた。

きっと怒られるだろうけど、最適な判断ができたと思いマナは目を閉じる。


せめて最後は大切な人の必死な表情を見ずに、良い思い出だけを想像したかったから。

だがマナの体は突然強く押され吹き飛ばされ、核爆発の魔力範囲から脱出できた。


今話も読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字は気をつけていますが、発見したら指摘してもらえると助かります。

時間がありましたら、感想や評価、ブクマ等々頂けるとうれしいです。


次話は4/1(木)更新予定です。

今日は裕食食べて帰るのを諦めてコンビニ弁当で済ませたのに…やはりこの時間。うーん。


では。

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