大きくなるということ3
ここまでのあらすじ
信用度が上がり、周囲からは加入希望者が殺到する中、コウたちは団内のルール整備に手を付ける。
そんな中、この町の上位4傭兵団は、コウたちの動きを警戒し目を光らせていた。
それとは知らずコウは依頼をこなしつつ以前いたエクストリムの頃を思い出していた。
昔を思い出して軽く感傷に浸っていた時に、俺の部屋の扉が勢いよく開かれた。
こんなことをするのはほぼマナだけだろう。しいて他に挙げるならエンデリンくらいだろうが、彼が俺の部屋を訪ねてくることなどほとんどない。
遠慮しなくていいんだけどなぁ。
「師匠!依頼が来てるよ、師匠!」
「依頼?」
新しい依頼でも出たのだろうか?
回数制限のある依頼が再度復活するのはたいてい早朝だ。今は夜だし…となると臨時の依頼だろうか?
傭兵団によってはおいしい仕事を受けるために、モニター前で待機する見張り役がいるところもあるらしい。
俺たちは1月に40~50回の制限が出ている火ウサギ狩りをなぜかほぼ独占できているので、わざわざ見張り役を置いていないが。
「うん、びっくりだよね~。普通C+にお金出してまで指名依頼なんてありえないもん。やっぱあの何とか兄弟を倒したのが効いたのかな?」
「何とかって…ヘグロス兄弟だろ。って、指名依頼かよ。どんな指名依頼なんだ?」
指名依頼とは依頼者が直接傭兵団にお願いしてくる依頼のことだ。
罠などの危険性もあるため必ず良いものとは限らないが、相手を絞ってくる分指名料が必要とされている。
何でもギルド側が安全性を担保するためにそういう仕組みにしているらしい。
指名料は受けるだけでもらえるが、失敗すれば当然次から指名は来なくなるだろう。
ちなみに指名するには依頼主として一定のランクまで上がらないといけないそうだ。
依頼する側にもランクがあるのはなるほどなと思ったが、ギルド依頼の多いここではあまり気にしたことがなかった。
しかし指名とは…普通は上位の傭兵団にしか来ないものだがなぜうちに。なんか嫌な予感がする。
「んー、まだ見てないからわからない。師匠を呼びに来ただけだし」
「そっか、じゃあ確かめに行くか」
「うん」
マナとともに依頼内容を確認するため1階に降りる。
そこにはシーラやメイネアスが既に待機していた。
「指名って、どんな依頼だったんだ?」
何気なく聞くとメイネアスがこちらを向く。
「ご確認ください、コウ様」
少し厳しい表情…ちょっと嫌な予感がした。
モニターの表示が変わり依頼内容が出る。
指名料は5万ルピ、ぶっちゃけかなり高額だと思う。
魔物討伐依頼で『炎狼』って魔物2匹がターゲットのようだ。
推奨LV38、氷・植物使いであれば+3以上か。氷とかレアらしいしあまり意味のない注意事項だな。
しかし狼系か…以前の魔物狩りを思い出すなぁ。もう2年以上前の話になる。
あれから俺たちも強くなったはずだ、あの時よりは楽に戦えるだろう。
そんな思い出にふけりつつ一通り見たがおかしいところはない。
ヘグロス兄弟を倒したことで実力があると見込まれたのだろうし、指名されるのも納得がいく。
そんなに不自然さは感じないが…。
「んー、指名額が5万ルピとはかなりの額だが、特におかしなところは見当たらないけど?
しいて言えば俺とマナとシーラの参加が条件か。まぁ、相手も雑魚じゃないし俺たちが行くのは当然だろうが」
「師匠、依頼主を見てください」
シーラの声に仕方なく画面内の依頼主の表示を探す。
指名料の下に依頼主があったが、それは傭兵ギルドだった。
魔物討伐の依頼は常に傭兵ギルドから出ている。
何でも国が兵士を派遣する代わりに予算を各町に配布し、その額と付近の魔物の状況を町の役人とギルドが相談して討伐依頼を出すそうだ。
だから魔物討伐の依頼主が傭兵ギルドなのは当たり前でおかしなところはない。
「ん?いつものギルドからじゃないか。特におかしなところはないと思うぞ?」
「師匠、おかしいと思いませんか?なぜギルドがお金を払ってまで私たちを指名するのでしょうか?」
「あぁ……そう言われればそうだな」
俺は慌てて依頼の詳細画面へと飛ぶ。
強敵ともなると参加報酬があったりするが、この画面では参加報酬1万5千ルピの部分が二重線で消されていた。
まぁ、指名料と参加報酬は内容が被るので消されるのは理解できるが、参加条件のところが信用度B-、もしくは指名された傭兵団のみとなっている。
確かにLV38以上推奨の相手なので制限がかかるのはわかるが、B-以上というのは解せない。
C+にだって腕のいい者はいるしB-の傭兵団だって常に暇とは限らない。
対象が4団しかいないのならば全然人が集まらない可能性もある。
「人が集まらない可能性が高いから指名が入った…にしてはC+を除外するのも変だし、まぁ、裏がないってことはなさそうだな」
「良いか悪いかは別として、何か意図があるのは間違いないかと」
メイネアスの指摘に俺はうなずいた。
「だがギルドが金を払ってまで俺たちを呼びたいんだろ。これを無視したらそれはそれで大変なことになるんじゃないのか?」
俺の言葉にマナとシーラが頷く。
特にマナは強く頷き、参加するしかないと目で訴えていた。
指名依頼は他の傭兵団からは見えないので、周りに知られないようにしながら俺たちだけを呼びだしたいと言ったところだろうか。
強敵のいるところに報酬も貰えないまま出かける傭兵団もいないだろうし、完ぺきな人払いと言える。
「俺たちを始末したい、ってのはさすがにあり得ないよな」
「ギルドが絡んでいる以上、貴族の指示や関与はないでしょう。そんなことが発覚すればギルドは傭兵全体からの信用を無くしますから
それに戦いを仕掛けるとしても、コウ様やマナ様と戦えば向こうもただでは済みません。かなりの犠牲が出るはずです。
町の傭兵団の上位が揺らぐようなことをギルド自ら誘発すれば、町自体の存続も厳しくなりギルドの責任者にも罰が下るので、そのようなリスクを冒すとはとても…」
「じゃ、こっちの力量を見ておきたい、とかかもね。ギルドも上位の傭兵団も私たちを抑えられるかどうかを見極めたいとか?
ただ、そうなると傭兵団からもお金が出てそうだなぁ~」
「その辺が妥当な線かもな…。なんにせよこれを断ると面倒なことになりそうだし、せっかくお駄賃をくれるんだから受けておくか」
まだしばらくはここにいる以上、ここの有力者からの印象はある程度保っておきたい。
一応明日の朝、ギルドに軽く探りを入れてから受注しようということになり今日は受けずに寝ることになった。
翌朝俺とマナが傭兵ギルドへと向かい、シーラとメルボンドが貴族家へとこの件を連絡しに行った。
シーラたちは念のための情報リークだ。
連合側の貴族たちを頼りたくはないが、もしまたルルー様が絡んでいたら危険な状況になりそうなので報告しておいた方がいい。
どうせ何もしなくてもメルボンドたちが報告していただろうし、だったら俺が指示した方が気分マシというものだ。
傭兵ギルドへと入ったが雰囲気はいつもと変わらない。
早朝だからか俺たちの他に2人くらいしか人がいなかった。
「すみませーん、依頼に関して聞きたいことがあり来たんですが?」
「はい」
受付がいつものように案内しようとすると、それが俺たち『流星の願い』だと分かったようですぐに受付への案内を止め、奥の方への案内へと切り替える。
「皆さまは奥に通すよう言われていますので、こちらへどうぞ」
席でくつろいでいた2人がこちらを見ている。
良い意味での特別扱いじゃないからな、これは。
「お偉いさんが説明してくれるとか?」
「いえ…私にはちょっとわかりかねます。案内だけするように言われていましたので」
「そっか、なんだか悪いね」
案内されるままついて行き、扉の前に着くと受付の人は戻っていった。
ノックすると中から声がする。
「どうぞ」
マナに冷静にな、と軽く肩を叩いて扉を開ける。
中にいたのはここのギルド長、フューレンス。
この人が中立的な立場で話してくれればありがたいのだが、逆にこの人が仕組んだ黒幕となると厄介だ。
権力もあり立場もある彼女を力ずくで排除しようとすれば、こちらも絶対にただでは済まない。
「すみません、朝早くから」
お偉いさんが対応してくれたので、ひとまず申し訳ないアピールをしておく。
本音はうさん臭さがはっきりしてげんなりしているんだけどね。
椅子に座りとりあえずあいさつすると、職員の人がお茶を出してくれた。
なかなか豪華なカップだが魔道具ではなさそうだ。
「昨日の依頼の件ですよね。素早く行動していただき助かります。それで、何をお聞きしたいのですか?」
「はっきり言えば、目的です。こちらに協力してもらいたいと思っていただけるのは実に光栄ですが、ああいったやり方ではあからさまに何かあると思わざるを得ません」
そう、あの指名料はあからさますぎるのだ。
あの額が2万ルピくらいだったらここまで気にしなかった。
実際この町にいる傭兵の単独での戦力とみれば、マナが言うに俺がトップらしい。ちなみにマナは二番目だそうだ…。
あくまで目の前のギルド長や町長、その護衛など普段は出歩いていない者を除いた場合だが。
だから多少の色を付けるので参加してほしいという流れならそこまで違和感はなかった。
が、5万ルピはさすがに高すぎる。
B-の傭兵団の参加料の3倍、普通なら彼らから苦情が出てもおかしくない額だ。
「そこに気づいていただけましたか。実はこのように足を運んでもらえればとこのような額にしたのですよ」
笑顔で答える彼女に対して俺は眉間にしわを寄せた。
術中にはまってしまったのか、それともこうやって来てもらう必要があったのか。
おそらく前者だと思うがこちらの表情を見てフューレンスは再び笑顔を見せる。
「あら、そんなに警戒しないで欲しいですね。まず5万という額ですが、今回参加する4傭兵団から5千ルピずつ出資されています」
「はぁ?傭兵団が指名料を払うのはおかしいだろ」
「普通はそうです。ですが今回は彼らにも目的があるので、指名料を出させました」
「目的?」
どうせろくでもない目的だろうが、それを教えてくれるとは思えない。
ギルドはあくまで中立的な立場だが、今回は目の前の彼女も絡んでいる。
言わば彼らとは共謀関係だ。話してしまえば上位の傭兵団の信用をなくしてしまうからな。
「残りは元々の参加報酬が1万5千ルピでしたので、我々も1万ほど出資し5万ルピとなったのです」
「………」
元々1万5千、4傭兵団から5千ずつ、ギルドから1万、そして指名料が5万。
どう見ても計算が合わないのだがそのことには触れず、俺も質問も完全にスルーして説明が終わった。
こちらを計算もできない馬鹿だと思っているのだろうか?それとも…こちらからの突っ込み待ちなのだろうか。
こっちを試してどう動くのか様子を見る雰囲気に、合わない計算式。こんな見え見えの誘いに乗るのは実に馬鹿らしい。
マナも動きたそうにしているが、俺が話を進めているからか大人しくしている。
不満が募っているのは理解しているが、もう少しこのまま我慢してもらう必要がありそうだ。
「で、俺たちに魔物を倒せと?もしかして参加するのは俺たちだけってことじゃないよな?」
岩角の狼と同等の強さだと考えると、俺たちだけで2匹を相手するのはさすがに好ましくない。
あの頃の俺たちとは一味違うぜと言いたいところだが、メンバーの命に関わることとなればこちらも強がりを言っている場合ではない。
「まさか、4傭兵団とも主力を出すと思いますよ。相手は並みの魔物ではありません。その分被害が少なく討伐できれば大きな儲けとなるでしょう。
たとえ実力では1つ頭の出ている流星の願いと言えども、周囲の雑魚も含めれば単独だと楽ではないでしょう?」
「あぁ、だったらいい」
俺たちに丸投げという最悪の線はこれでなくなった。
となればあの額はこちらへの賄賂か?政治的なものに巻き込まれるのはごめんだが、聞かなければある程度は白を切れるだろう。
「わかった、受けることにする。マナもそれでいいだろ?」
「うん、いいよ。火属性相手ならこの前よりは活躍できそう」
なぜかファイティングポーズをとってやる気を見せ始める。
嫌な雰囲気にもかかわらず、何も聞かずただ賛同してくれるマナがとても頼もしい。
彼女がこうやってそばにいてくることは俺にとって何よりも幸運だ。
「じゃ、3日後共に戦わせてもらう。受注はここでもできるだろ。ついでに指名料ももらっていくがいいかな?」
「あら、気になることは何も聞かないのですね。意外でした」
向こうから振ってくるとはこっちも予想外だったよ。
こっちが聞いたところに答えてあげようと優位を取られるよりはましな結果だが、どうやら俺たちをどうしてもごたごたに巻き込みたいらしい。
「5万ルピもの餌をぶら下げるくらいだ、何かあることくらいはわかっていたさ。
ただそれに自ら首を突っ込む気にはなれなかっただけだ」
こっちが団のルールを変えて公表した直後にこの大きな餌だ。何にもないはずがない。
言うだけ言って俺はため息をつく。どうせ碌な話じゃないことは明らかだ。
「そうでしたか、では初めから説明しておけばよかったですね」
「どうぞ」
俺は相手したくなさそうに返答した。とりあえずこれで向こうが勝手に話した体にはできた。
B-の傭兵団たちの対立軸にでも使われたらたまらないからな、断りやすい環境を作れただけでもマシと言える。
「まずあなたの傭兵団が、この町で最も力のある存在なのはご存じですか?」
「いいや、どうせ傭兵団同士のトラブルはマイナス評価だ。実力差の観察よりも揉め事を起こさない方に注力しているよ」
それを聞いたマナが横でうなずいている。
本当に揉め事を起こさないようにしている?とツッコミを入れたくなったがここはスルーしておいた。
「確かにその方がこちらも助かります。ですが、各傭兵団ともあなた方の実力をかなり警戒しておられます。
その上多くの者があなたの傭兵団への移籍や加入を希望しており、受け入れる人数によっては質・数共にトップの勢力となりうるのです」
「それは向こう側の勝手な考えだろう」
「あなた方から見ればそうでしょうが、他の傭兵たちから見ればいざという時どちら側に付いた方が得か、という考えも出始めています。
そちらに意図がなくても、今の平穏な空気にひびを入れたのはそちらということです」
「だからこちらの考え方や実力を調査したくて、俺たちを呼ぶために金を出したってわけか」
「はい、その通りです。あなた方は常に単独で仕事をこなしているので、こういった機会を利用したいのだと思います。
そういう事情であれば、我々も当然無関心でいるわけにはいきません。
町の平穏が揺らぐのであれば、我々も動かざるを得ず協力させていただきました」
もろに政治がらみじゃないか…。
こんな平穏な田舎の町でもこういったことはあるのかと思わされる。
というか俺たちがこの町でそこまで大きな存在になっているとは思いもよらなかった。
一部の傭兵がただ欲に目がくらんで一時的に話題になっている一過性のものだと思っていたが、認識が甘かったと言わざるを得ない。
「で、なんでそれを話してくれるんだ?」
「当然のことです。万が一彼らがあなた方と対立し敗北した場合、彼らにだけベットしていては我々も全損してしまいますから」
こちらに笑顔を見せて説明してくるギルド長。
四方敵だらけよりは多少ありがたみもあるが…こんな奴が味方についても全くうれしくない。
また別の存在が現れればこちらだけでなく向こうにも付くということだろう。実に中立的で素晴らしいことだ。本当に。
「じゃあ、5千ルピはどこから出てきたのかも教えてもらえないか?」
「あら、先ほどは聞かなかったのに…何か心境の変化でも?」
「あんたが敵にも味方になることはない以上、貰える物はもらっておこうと思っただけだ」
「なるほど。その5千ルピは緑壁という傭兵団からです」
緑壁…B-の4傭兵団の一角だ。なぜそこだけが追加で5千ルピを…。
「あそこは魔物狩りが主な活動だったよな。俺たちに1匹は大物をよこせとか言うことか?」
「まさか。あなた方の戦いを間近で見たいと言ってきて払ったのですよ。なのでチーム分けは緑壁と流星の願い、それ以外の2つになる予定です」
真意などは知らん、頼まれたからそうしたって感じか。
このギルド長の言葉を真に受けるのもあまり良くないが、参考程度に頭に入れておいた方がよさそうだ。
こっちに有利な情報を流しつつ、しっかりと向こうの味方をする。
ちょっと気を許してしまいそうになるが、彼女ははっきりと中立を保っている。
助けてもらえるとは考えない方がよさそうだ。こちらが使えないとなれば容赦なく切り捨てそうだからな。
「聞きたいことは聞けたし、こちらも余計なことを話す羽目になる前に退散させてもらうよ」
俺とマナは立ち上がり部屋から出ようとする。
この場で彼女に感謝する必要はない、お互い利があると思って動いているだけなのだから。
「あぁ、もう一つだけお伝えしたいことがあります」
その言葉に足を止める。
あまり余計なことを耳に入れたくはないのだが、彼女がわざわざ話すのであれば聞いておいた方がよい話だろう。
「先ほどお話しした加入希望者の件ですが、B-の傭兵団からも加入したいという者が出ているそうです。
彼らはそのことにかなり神経をとがらせています」
「それで…こっちにどうして欲しいんだ?」
「こちらから何か言うようなことはありません。傭兵は自由ですから。ですが、参考までに知っておいてもらえれば、と思いまして」
聞いてよかったと言えばそうだが、気分的には聞かなきゃよかったって話だ。
たぶんこっちの方が俺たちを警戒する最大の理由だろう。
これはまいったな…こちらにそんな意図はないが、全傭兵団にまるで喧嘩を売っている状態になっているのか。
今はまだ募集していないが、開始する前にもうひと対策しておかないと大問題になりかねない。
「どれくらいの人数がこちらに移籍を希望しているんだ?」
「こちらでは数までは把握しかねます」
ちょっとイラっとしたが、ここは仕方がない。
本当に知らないのか、そこまで味方するつもりはないということか、どちらにしてもこれ以上は何も聞けなさそうだ。
想定外の深刻な状況に頭を痛めつつ、俺とマナは何も言わずに外へと出た。
今話も読んでいただきありがとうございます。
主人公がだんだんいるだけ迷惑男に。
そういや都市長やってた時も貴族たちに迷惑かけてたなぁ…。
誤字脱字等ありましたらご指摘ください。
良かったら、感想やブクマ、評価などなど頂けるとうれしいです。
次話は2/27(土)更新予定です。 では。




