大きくなるということ1
ここまでのあらすじ
流星の願いは次々と功績をあげたことで街の傭兵たちから注目を浴びる。
そんな中、メンバーたちも1歩ずつ成長していた。
数日後、流星の願いの新たなルールとして報酬配分が決定した。
各メンバーが得た報酬のうち7割を団へと納入することが決まったのだ。
コウが7割は多すぎると6割を譲歩案として提案したが、優秀な傭兵が逃げるとの意見もコウやマナより戦闘で優秀な者がいるとは思えないと却下され
戦闘以外に才能のある者ならこの割合でも十分応募するだろうとの意見に押される形で、コウもしぶしぶ了承する。
代わりにサブプランとして用意してあった、各メンバーの役割に応じて定額給料を出す案をコウが押し通した。
これは全員が対象となり、今まで一部のメンバーが対象だったものを広げたものだ。
これにより流星の願いに加入しただけで依頼を受けなくても、少ないながら定額の収入が得られた上、食事と個室がただで与えられるという、他の傭兵団にはまず見られない待遇が確定した。
もちろん各自手伝いなどの役割をこなさないといけないが、それを含めても困窮する一部の傭兵にとっては目を疑うような厚遇である。
この条件にエンデリンとユユネネがかなり驚いて異議を唱えた。
こんな好条件を提示して募集すれば今以上に人が殺到するということで、ここは未開示にして傭兵団の要綱に載せることが決まる。
普通の傭兵団なら、幹部やリーダーに気に入られないと個室なんてなかなか与えられない。下っ端の傭兵は雑魚寝が基本だ。
特に戦闘能力の低い者であれば、団内の雑務をこなしつつギルドから安い依頼を受けることで、ようやく自由に使えるわずかな金を得られる。
それでも各傭兵が傭兵団に所属したがるのは、団はメンバーを守ってくれるし、信用度のある傭兵団なら自分が1人では受けられない仕事を受けられるようになるなどメリットが多いからだ。
そんな中美味しい条件を引っ提げた流星の願いは、良い生活を送りたい傭兵たちの目に留まり、噂になり、その噂が広がっていく。
こうして基本的なルールを一新した流星の願いだったが、周囲の熱い視線が熱すぎるということでメンバー募集を出すことなく
採取依頼と魔物討伐を日々こなしながら時を過ごしていた。
しばらくすれば熱も冷め、落ち着いてメンバーを選ぶこともできるだろう…そう思いながら。
だが、周囲の状況はそう単純なものに収まらなかった。
確かにずっと募集しないまま時が過ぎれば熱も覚め落ち着く者も出てくるが、逆に腹をくくる者や今のうちにアピールする部分を磨こうとする者も出始める。
こっそりと応募してダメだったら現状の傭兵団に居ようという者が、時間を与えられ考えているうちに生半可な気持ちは落選するだろうと思い始め動き始めてしまった。
表面上は何事もなく落ち着いた状況に見えたが、その裏で各傭兵団から流星の願いに移籍したいものたちが他のメンバーと対立し始めており、各傭兵団内に表面化させたくない亀裂が生まれだす。
そしてその亀裂が徐々にこのオクタスタウン全体に広がり、大きな亀裂を引き起こしかねない事態へと発展しつつあった。
いつもならばマナがそのことに気づいていたかもしれなかったが、ここしばらくはマナも他の傭兵団に探りを入れることを止めていた。
もしマナが探りを入れていることに気づかれれば、その傭兵団は自分のところに流星の願いが欲しがっている人物がいると思ってしまい
様々なトラブルに発展する可能性があったからだ。
そうやって少しずつ歪んでいく状況に、ギルドとこの町の上位傭兵団が動き始める…。
ここはオクタスタウン内、傭兵ギルドの2階にある会議室。
そこにこの町を代表する傭兵たちが集まっていた。
「おいおい、この町は俺が知らないうちにこんなマメに会議を開くようになったのか?
こっちとら暇じゃないんだ、勘弁してくれよ」
不満を漏らしながらだるそうに椅子に座り机を数回叩くこの男の名はドミンゴス。
このオクタスタウンに4つしかない信用度B-の傭兵団『緑壁』のリーダーだ。
緑壁は魔物狩り専門の傭兵団で、構成員はほぼ武闘派ばかりの集団である。
町内のことにはさほど興味がなく、周辺の魔物を狩ったりその情報を集めてはそれをギルドに売っている。
魔物狩り専門と言ってもただ狩るだけでなく知識や対処法を広めることもやっており、狩るときは集団で連携して狩るのが得意。
ただし、意外にも自分たちのような力だけに頼って狩るのでは他の者たちの参考にならない、という意識を持っていたりする。
またメンバーに対してはかなり友好的だが、他者に対しては多少荒い一面も見せるため、他の傭兵団から感謝されつつも距離を置かれていた。
「まぁまぁ、そう言わないで欲しいな。そっちにとっても影響のある問題かもしれないよ」
ドミンゴスをなだめつつ隣に座ったのは、この町の治安を引き受けている星の一振りのリーダー、シグルスだ。
こちらもメンバーの半分以上は武闘派であり、対魔物と対魔法使いの両方に対応しており、この町を支えていると言っても過言じゃない傭兵団だ。
「ん?招集をかけたのはお前か?」
「ご名答」
「はぁ!?前回はギルド、次はお前、毎月毎月顔を合わせるのがそんなに楽しいのかよ」
「まぁまぁ、前回と違って今回は聞いておいてよかった話になるからさ」
シグルスがなだめてきたのでドミンゴスは不満そうに視線をそらした。
メンバー個々の力量では緑壁の方が上だが、人数と対魔法使いの戦闘経験という点では星の一振りの方に軍配が上がる。
喧嘩したところで得もなく、彼も引き下がるしかなかった。
「どうでもいいが、揃ったんだし早く始めてくれないか」
椅子に座ったまま面倒くさそうに言うのは、信用度B-の傭兵団『民への誓い』のリーダーであるボルトネックだ。
普段から賊を狩っている傭兵団で、魔法使い相手の戦いでは星の一振りをも超える実戦経験を持った集団だ。
激しい戦いになることもありメンバーの入れ替わりも多いが、連合の兵士とは違い素体の民を守りたいという傭兵を受け入れているので、志の高いメンバーが多い。
「こちらも早く済ませて欲しいのですが。そもそも会議の必要性を問いたいくらいです」
同じく不満そうにしているのが、この町で最大の傭兵を抱える『犬のしっぽはクルクル回る』という変わった名前の団のリーダー、ニニキータである。
この傭兵団は主として畜産業を運営しており町の住民やメンバーの多くがそれに協力して生計を成している。
魔物と戦ったり盗賊と戦ったりして戦いに疲れた者たちが集まり出来た傭兵団だ。
時々魔物狩りもやるが防衛や魔法の勘を忘れないためであり、人数による飽和攻撃を得意としている。
畜産業の手伝いなら簡単だし誰でも入れそうな傭兵団だが、入団のハードルは結構高いらしい。
当然、町中のごたごたには興味がないので、今回の集まり自体全くの無駄だと思っている。
「皆さん、ご足労いただきありがとうございます。今回集まっていただいたのは、シグルスの報告によりこの町に大きなトラブルが起きかねないと判断したからです」
この場を仕切るオクタスタウンの傭兵ギルド支部長、フューレンスはそう言ってシグルスを見た。
それを受け彼はやれやれと困った顔をする。
「おい、シグルス。つまらない話じゃないだろうな」
「さっさと本題をお願いするわ」
「そうだね。じゃ、まずは1つ目から。北部にある火ウサギの多くいる地帯で炎狼が2匹確認された。
今のところこちらへ向かう様子は見られないが早めに処理しておきたい」
ニニキータにせかされ説明を始めるがそこまで大した内容ではない。
炎狼自体はかなりやばい魔物だ。この場に居る者達にとっても楽に倒せる相手ではない。
出現すれば毎回それなりの犠牲者も出ており楽観視はできないが、未知の魔物でもないのでせいぜい通達ぐらいで済ませる事件だ。
なんでこれでわざわざ4トップを呼び出したんだとドミンゴスから愚痴が出る。
「なんじゃそりゃ、ギルドから共同討伐を出しておけばいいだろ?なぁ?」
そう言いながらギルド長のフューレンスを見ると彼女は黙ったまま頷いた。
「……それだけじゃない目的があるんだろう?」
「さすがボトルネック、いい読みをしているね。僕としてはこの討伐に流星の願いを参加させたいんだ。
ということで、皆にそれを手伝ってほしいんだよね」
「あぁ、そういやお前さんのところはマークされていたんだっけ?」
ドミンゴスがからかい半分でシグルスに話しかけるが、彼は涼しい顔でスルーした。
その横で少し考えていたニニキータが顔をあげる。
「そうね、そういうことなら私のところも協力しよう」
「ほぅ、しっぽがあいつの悪だくみに参加すると言い出すとは。どんな風の吹き回しだ?」
「我々もそれを手伝おう。ただし実働は、北部にある村の警護を優先させてもらうが」
普段は魔物討伐にあまり興味を示さない両傭兵団が積極的に参加する態度を示したので、魔物討伐を専門とするドミンゴスは困惑した。
いつもなら消極的な両団が、魔物狩りを絡めたシグルスの企みにやけに積極的なのだ。
疑惑の目を向けるドミンゴスだが、ボルトネックとニニキータは相手にしない。
「なんだなんだぁ?お前ら寄ってたかって新規傭兵団いじめかよ」
「いじめなんてとんでもない、ぼくたちは彼らに興味があるだけさ。特にその実力にね」
流星の願いはこれまで『ドロスグロスを少数で高速討伐』『A級賞金首に分類される盗賊:ヘグロス兄弟の討伐』と戦闘面でこの面々でも達成できそうにない大きな成果を上げている。
だが、共に戦ったことはなく彼らの実力の底が見えていないのは恐ろしい事だった。
もし彼らが予想外の行動をとった場合、対立すべきか、無視すべきか、おとなしく従うべきか、どれが妥当なのかを判断する材料がないからだ。
この2月特にトラブルを起こしたわけではないが、元はトラブってここへ流れ着いた者たちだ。
これからもこの町でもめ事を起こさないとは限らない。
「あっそ。だったら好きにしろよ、てかこんなことで俺を呼び出すなっての。反対はしねー、俺たちゃ魔物狩り専門の緑壁なんだからよ。
ただし悪だくみはそっちでやってくれ。俺たちゃ奴らと協力して魔物を狩りきるだけだ」
「まぁまぁ、君らが反対するとは思ってないよ。彼らに対してはどこも興味津々だからね。
だけどこっちの足並みを乱されるとね、ちょっと困るんだ」
「なるほど」
シグルスの言葉にボルトネックがつぶやく。
だが格下のような扱いと感じたドミンゴスは怒りをあらわにする。
「あぁ!?」
「落ち着け、ドミンゴス。彼はこういった企みを君が彼らに話さないか心配しているんだ。
彼らは火ウサギをよく狩っていて、魔物狩り専門の君たちとは気が合いそうだからね」
ニニキータが補足するとドミンゴスはにやりと笑った。
「ちっ、心配すんな、そこまではしねーよ。ただ、そんなことをやっているからお前らは奴らに目をつけられるんだよ」
「ははは、確かに。その件ではこちらも少し自重すべきだったと思っているよ」
自分たちを甘く見たシグルスに皮肉を言ったつもりだったが、彼はやんわりと受け流した。
トラブルを鎮静化させる側だと自覚している治安維持者らしい行動だった。
「これで反対する者はいないということか。それで、具体的にどうやるのだ?」
フューレンスを見ながら淡々とした口調でボルトネックが尋ねる。
実力を見極めたいというが、魔法使いは実力の底を見せるのを嫌う。
ここにいる4傭兵団は町を守る立場の都合上ある程度互いに実力を把握しているが、流星の願いはそういった立場になく、実力を簡単に見せてくれるとは思えない。
「まずはこちらから参加要請の依頼を出しておきましょう。指名料はこちらから支出するのでご安心を
その後、皆さまに彼らの戦闘を見て見極めてもらうのが一番ではないですか?」
オクタスタウンのギルド長、フューレンスは釣りだすところまでを引き受けるので、後は傭兵たちに任せるといった態度だ。
それでは甘いと言いたいところだが、彼らの本気を引き出すような状況を作り出すと言っても容易じゃない。
下手な手を打って警戒されるくらいなら、まずは戦闘の様子を観察することに誰もが同意する中、ボルトネックが意見を出す。
「それに少し付け加えたい。まずフューレンス殿、……はこちらからも……、それに……も試してみたい」
「そうですか、それは助かります」
「では、後者の件は言い出しっぺのボルトネックにお任せしましょう」
こうして流星の願いの実力を調査するついでの魔物討伐は大まかな方針が決定した。
そしてより深刻な問題へと話題が移る。
今話も読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘いただけると助かります。
ブクマ、少しずつ順調に増えていてうれしいです。読んでくださる皆様に感謝。
次話は2/21(日)更新予定です。では。
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21/02/21 サブタイトル変更。




