信用度C+の環境6
ここまでのあらすじ
採取の依頼にもついてこようとする傭兵たちを振り切り、コウたちは無事目標物を手に入れた。
風の板に乗って町に向かってゆっくりと進み30分が経った頃だろうか。
突然メルボンドから報告が上がる。
「コウ様、どうやら先ほど引き離した傭兵が1人こちらへ向かってきています」
「先ほど…誰かいたっけ?」
「いえ、先ほどと言いますか出発時です。3人ほどついてきた者の1人と思われます」
そう言われて俺は出発時についてきた3人の傭兵を思い出した。
既に依頼は終わっているし特に相手する必要もないのだが、今は周囲に他の傭兵もいないし話くらいはしてもいいだろう。
せっかくここまでついてこようと追いかけてくれたのだ。
さすがに無視するのは忍びない。
「おーい、ずっと追いかけて来ていたのか?」
声をかけるとその男はよろこんで走って来る。
この辺りは丈の短い草原に道が作られており走りやすいが、そんなに急がなくてもいいと思うぞ。
こっちから声をかけたんだし、逃げるつもりはないんだがな。
「はぁ、はぁ、はぁ。はっ、話しかけていただき、光栄です」
「別にこっちも毛嫌いしているわけじゃないんだ。状況によっては声くらいかけるさ。それよりずっとついてきているとは思わなかったな」
「少しでもコウ様のお役に立てるところをアピールしたかったのです。ところでこちらの方に向かったのであれば、もしや『鈴明かりの花』ですか?
私も経験があるので…と、申し遅れました。私はヒルデンスと言い今は他の傭兵団に所属しておりますが、コウ様率いる傭兵団にぜひ移籍したいと考えていまして…」
こいつも同じようなクチかと思いつつ、いったんその思考を頭から外す。
色眼鏡で見られた経験は俺にだってあるが、今は自分が色眼鏡で見る方かと思い自嘲したことで、ちょっとだけ冷静になれたからだ。
ただ彼がこの採取依頼の内容を知っているということは、既にC+の傭兵団にいる可能性が高い。
だったらなぜうちに来たがるのだろうか?同じC+なら大して変わらないはずなのに。
「今別の傭兵団にいるのなら、無理にこちらに移らなくてもいいだろ。金銭面や待遇が良くなるわけでもないし。
うちは思ったよりケチだからな」
他と比べたことが無いので本当にケチなのかはわからないが、金を持っている割には個々に対しての支払いを節約しているし嘘ではないだろう。
多少悪条件を示し興味をそごうと思っていたが、そのことが見破られたのか、それとも彼の意志が固いのか、彼の目は曇ることが無かった。
「コウ様の率いる傭兵団は、異例尽くしの結果を残しております。きっと将来大きなことを成されると私は確信しております。
そのお手伝いを私が出来るのなら光栄と思っており、ぜひ私を加えて欲しいのです」
ずいぶんと大げさな言い回しだと思い呆れたが、その必死さが何から来るものなのか俺ではそこまで感じ取ることができない。
傭兵になる理由は人それぞれだと聞くが、大きなことを成し遂げてみたいと言う者がいてもおかしくはない。
兵士のまま何か大きなことを成し遂げると言うのは結構難しい事らしいし。
そういう者が今の環境では何もできないと考えた時、彼のように移籍を考える可能性もあるのかもな。
だが…なんか裏がありそうな気もする。
俺を取り巻く周囲の状況はどうにも普通じゃない。
俺を捕らえようとするルルーたちの勢力、追い出したかと思えば突然撤回する女王、こちらと微妙な距離をとるギルド、警戒する他の傭兵団
どれが敵なのか、どれが中立なのか、どれが味方なのか簡単には判断できない。
そんな状況下ではたとえ加入希望者でも疑わざるを得なく、安易に隙を見せられない。
敵対する勢力が内部に入り込めば、貴族の利権争いよりもある意味危険なことが起こりかねないからだ。
色々と考えた末、新しい人材は色々と精査した後じっくり選ぶべきだと判断した。
安易に飛びついて大切な仲間を危険にさらす真似だけはできない。
有名になったら順調に行くかと思っていたのに、存外ままならないものだとちょっとだけ苛立った。
「すまない、少し考え事をしててな。こちらへの思いはとてもうれしいことだが、今のところは新規メンバーを精査する余裕すらないんだ。
改めて募集した時にまだ思いがあるのなら、その時はぜひ訪ねて欲しい。ヒルデンス、君のことは覚えておくよ」
「っ、ありがとうございます」
少し悔しそうにしつつも礼を忘れないヒルデンス。
悪い男ではなさそうだが、残念ながらタイミングが悪かった。許してほしい。
「っと、それよりも今回の鈴明かりの花の採取、良ければ私も手伝いましょうか?あれは探すのが大変な代物ですから」
「んっ?あぁ、申し出はありがたいが既に5本見つけてしまって戻るところなんだ」
俺がそう言いながらシーラの方を見ると、彼女は目の前にギルドに借りた透明の箱を5つ取り出して見せた。
それなりに苦労したんだけどなと思いながら答えたつもりだったが、それを聞いた彼は驚いていた。
「もう…集まったのですか?」
「あっ、ああ。とはいえ30分以上かかったし結構大変だったよな?」
「そうですね。かなり幸運だったのかもしれません。あの一帯は広いですから、下手するともっと時間がかかった可能性もあったでしょう」
突然話を振ったにもかかわらず、メルボンドは上手く答えてくれた。
早く終わったのは俺ががっつり地面から生えているものの形を把握したからなのだが、手の内をこちらからばらさなくてもいいだろうし
メルボンドが上手く誤魔化してくれたのは本当に助かった。
さすがは頼りになる俺の腹心だ。
「幸運ですか……あれは10人がかりで探しても早くて2時間はかかる代物です。こんな短時間で揃えるとは恐れ入りました。
しかも全て4つ花をつけているのは驚きです」
確かに3つしか花がついていないものもあったが、根気よく探すことで5つとも4つ花をつけたものを探し出したんだ。
結構苦労したので驚いてくれるのはちょっとうれしい。
「3つの物もあったが、4つの方が良いと思ってな。ギルドに提示されたのも花が4つ付いていたし」
「3つだと買取価格が半減しますので良い判断だと思います。私が役に立つ間もありませんでしたね…」
そうか、3つだと半減か…。
ギルドめ、そういう情報すら言わないとは。あいつらは一体何を考えて依頼を出しているのやら。
貴重な情報を教えてくれたにもかかわらず冷たい態度で接するのはちょっと可哀想になるが、だからといって贔屓するのも何か違う。
結局何もしてあげられることはなく、俺は心の中で「すまん」とつぶやいた。
「せっかくだ。一緒に乗って町へ戻らないか?どうせもう戻るのだろう?」
「……ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます」
さすがにここで置いて行くのは忍びないと思い彼も乗せていくことにした。せめてもの礼と言ったところだ。
近づいてくる傭兵は警戒しなければならないが、無視しすぎて悪い噂を流されても困る。
優秀な人材であれば欲しいのが本音なんだ。
色々なことが重なりこんな所へ来てしまったが、ここへ来た以上、それなりの成果を得て連合へと戻りたい。
良い人材を得たとなればそれなりの成果と言えるだろう。
だからといって安易に加入させてしまえば、全体の質が下がり思うように動けなくなる。
なんとももどかしい立場に立たされているが…リーダーとしてこの問題から目を逸らすわけにはいかない。
1名増えた風の板は町へ向かってゆっくり進む。
俺は変わらずシーラへと寄りかかり心地よさを感じながら休み、メルボンドは前をエニメットは後ろを警戒している。
一緒に乗ったヒルデンスは俺たち4人の関係性を図るためか、きょろきょろと周囲を見回し警戒しつつも俺たちを時々観察していた。
「どうした、俺たちがそんなに珍しいか?」
色々と気になるのだろう。だんだん落ち着きのない様子になっていたので茶々を入れてやる。
質問が許可されたと判断したのか、閉じていた彼の口がようやく開いた。
「その、流星の願いの目標は…何なのでしょうか?」
「目標か。今の目標は信用度をB-まで上げることだな。結成当初から目標にしている。
後は各個人がしっかりと実力をつけ、しっかりした組織を作ることかな。まぁ、そっちはあまり明言していないが」
「師匠、それ初めて聞きました。組織がしっかりすることはうれしいことですけど、それが目標なのですか?」
「まぁ、すぐすぐ出来ることじゃないからぼちぼち目指しているつもりだが…俺たちがしばらくいなくても傭兵団がちゃんと稼働できるようになってほしいからさ」
「なるほど…師匠は色々と考えているんですね」
嬉しそうにシーラは手を握って来る。
気がつくと彼の質問に答えているはずがシーラと話してしまっていた。
まぁ、聞かれたことにはちゃんと答えたのでセーフだと思いたい。
「す、すごい…ですね。B-を目標に結成するとはまず聞きません」
「あくまで目標だよ。道筋まできちっと作り上げているわけじゃないから、結構その場しのぎなところが多いけどな」
「皆さん素晴らしい方のようですし、少し自信を無くしてしまいそうです」
「まぁ、そこまで堅苦しくはないつもりだけどな。だけどメンバーは魔法にだけ優れていれば欲しいってわけじゃない。シーラは戦闘でのサポートが優れているし
エニメットは色々なところをカバーしてくれ料理の腕が素晴らしい。メルボンドは色々な方針を立てる能力に優れている。
様々な分野に優れている者たちが集まっているからこそ、団として実力が発揮できると俺は考えている」
これは俺が都市長になって学んだことだ。
エクストリムの発展は上手く行ったと思っているが、俺がただがむしゃらに動いたところでああまで成功はしなかっただろう。
フォローしてくれる者、方針を修正してくれる者、動きやすくサポートしてくれる者、危機を取り除いてくれる者
多くの者たちに支えられ協力してもらったことで成功できたんだ。
もちろんこの傭兵団もそうだ。
だからこそ優秀な人材が欲しいし、その優秀さは魔法の分野だけに限定するつもりはない。
「師匠、色々と話し過ぎだと思いますよ」
「あっ、ああ。まぁ、なんにせよ団は1つのチームだ。同じ方面ばかり優秀な奴を集めてもうまく回らないと思うんだよ」
俺の主張を彼は黙って聞いていた。
彼をうちに入れるかどうかなんてわからないんだし、別に聞き流してもらっても構わないんだが。
傭兵団で最も大切とされるのは、当然魔法使いとしての実力だ。
戦闘面で強い者は色々と頼りになるので、多くの傭兵団から誘われるし、それは当然だと思う。
魔物との戦闘ではその実力者がいるかいないかで全体の被害が変わるのだから一番重要だろう。
だが、そんな実力者を支える者がいなければ、その者も安定して実力を発揮できない。
俺は気づかないうちに都市長として多くのことを学んだのかもしれないな。
町が近づいてきて、ヒルデンスが声をかけてくる。
「ここまでで大丈夫です。私はここから降りて帰ります」
「いや、別に遠慮しなくてもいいぞ」
「いえ、このまま町に行けば色々と騒ぎになるでしょう。入る前からそちらに迷惑をお掛けするわけにはいきません」
思った以上にいい奴だったのでついつい町まで一緒に戻ろうと思っていたが、このままだと彼の言う通り騒ぎになりかねない。
諦めずついて行けばチャンスがあると周りにアピールするのは、今の段階ではかなりまずい。
そんな話が広がり収拾がつかなくなればこちらの行動も制限されてしまうからだ。
「そうだな。じゃ、ここで。次はしつこく付いて来ないでくれよ」
その言葉に彼は軽く会釈して別の方向へと歩いて行った。
こちらの内部の様子を調べようとした…わけではないと思うが、あんなに追ってきた割にはしつこく食い下がって来なかった。
十分に印象を残せたと判断したのだろうか?
いまいち意図のつかめない奴だった。
警備に身分証を見せ町へ入ると、依頼を終えたことだし傭兵ギルドへと向かう。
行きはかなり早く向かったし、目標物を探すのもさほど時間がかからなかったので2時間ほどで戻って来れた。
相変らず周囲の傭兵たちがこちらを観察しているが、出発前と違って近寄って来る者はいない。
思った以上に掲示板での宣伝が功を奏したのだろうか?
そもそもあれを宣伝と言うべきなのかは謎だが。
「ギルドへ向かい、早々に拠点へと戻りましょう」
周囲を警戒しつつもメルボンドが提案する。
何か起きる前にこちらの用事を済ませるのは名案だ。その提案に全員が頷いた。
傭兵ギルドに着くと、すぐに報酬受付へと向かう。
相変らずガタイの良い男性受付が2人並んで座っていた。
絵面だけでも結構な圧があるので、あれはマジでどうにかして欲しい。
普通ギルドって言えばキレイどころの女性が笑顔で受付しているものではないのか?
仕事を終えた者に圧をもって出迎えるだなんて、サービス業としてどうかと思う。
「私が持っていきますよ」
収穫物を渡すだけだし彼らの前に4人並ぶ必要もないので、ここはシーラに任せることにした。
採取時の記憶なんかは特に必要ないだろうし、俺が行かなくても大丈夫だろう。
シーラが傭兵団の身分証をプレートにかざし、アイテムボックスから依頼の『鈴明かりの花』の入った透明な箱を5つ取り出した。
「1時間ほど前に採ったものになりますので、品質は問題ないと思います。ご検分ください」
受付の男がモニターを見てその品を確認する。
少し驚いていたようだが、かなり感心していた。
それなりの評価が得られたようで良かったと思う反面、俺の能力に頼る部分が大きいこの採取依頼はあまり受けたいと思わなくなった。
簡単に終わる楽な仕事で俺の周囲感知の訓練にもなるが、周りのみんなは得るものがほとんどない。
ならば魔物狩りの方がまだ得るものがあり、少なからず成長へつながる。
俺たちはただここで生活するだけでもいいが、どうせなら何か得られる仕事をしていきたい。
それがここへ来た意味にもつながるからだ。
「師匠、終わりましたよ。帰りましょう」
「あぁ、そうだな」
どうやらいつの間にか報酬も貰ったようだ。
シーラの笑顔を見ていると、こういった平和な仕事もなんだか良い気がしてくる。
さっきまではあまり受けたくないと思っていたのに…俺もなかなか身勝手なものだな。
その後、余計な騒ぎに巻き込まれないように俺たちは急いで拠点へと帰った。
今話も読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字など気をつけていますが、間違いがありましたらご指摘してもらえると助かります。
ブクマ・評価・感想など頂けるとうれしいです。
次話は2/6(土)更新予定です。 では。




