閑話 宴の後 ~男同士の座談会~
今話はおまけ話です。
最初は3千字程度にと思っていたのですが、気がつくと増えてしまった。
コウが追放処分の撤回という公布書を受け、連合にすぐには戻らないことを決めた後のこと。
きっぱりと戻らないと言ったものの皆の反応が思ったよりも良くなかったので、コウは少し疲れた様子を見せる。
「ふぅ、なんだかまいったな…色々ありすぎて」
受け取った公布書をエニメットに渡して保管するように指示し、同時に果実酒を取りに行かせた。
先ほどまでの酔いは魔法で浄化したので完全に醒めていたが、立て続けに起きる色々なことに疲れ、コウは再び気分を紛らわしたくなったのだ。
こちらの世界に来てから酒を口にするようになって、最初の頃はあくまで付き合いで少し口につける程度だったが
最近のコウは色々と悩み事が多く、いったん頭からもやもやを除きたいときには誰かと酒を飲むようになっていた。
といっても、果実酒ばかりで強い酒には手を出していない。
不満を口に出すことがなかなかできないコウは、難しい顔をしたまま黙って1階奥の広間にあるソファーに座る。
そのまま座って待っていると、すぐにエニメットが戻ってきた。
グラスと共に一瓶ごと果実酒を持ってきたエニメットを隣に座らせて酒を注いでもらう。
それを一気に飲み干すとそのまま大きく息を吐いた。
あまり酒に強くないコウは、1杯目からそれなりに酔いが回るようでさっきまで閉ざしていた愚痴がこぼれだす。
「はぁーーっ。ここのところ色々と起きすぎだろう。どうなってるんだよ…」
散々振り回されたことでコウもそれなりに疲れが出始めていた。他から見てもそう言いたくなるのも無理はない状況だった。
それを見て少しでも気分を癒そうとマナがコウの隣に座り、コウのグラスに酒を注いだ。
「じゃ、気分転換する?」
「ん?気分転換って?」
コウがぶっきらぼうに尋ねるとマナがコウの腕に抱き着く。
それを見たシーラがエニメットに席を譲ってもらい、マナとは反対側に座り身を寄せてきた。
「愚痴、聞きますよ。たまには師匠の悩みをたっぷりと聞かせてください」
2人の行動にコウは困惑する。
コウにとって2人は大事な弟子であるとともに、それなりに色々と気になる存在でもある。
少なくとも愚痴を吐きまくって自分だけすっきりしつつ、不満を押し付けたい相手ではない。
かなり酔っていればこの行為に甘えていた可能性もあったが、先ほど浄化したせいでほろ酔い止まりのコウは
もう一杯を自分で注いで一気に飲み干すと2人から離れるかのように立ち上がった。
「ありがとう、シーラ、マナ。だが、こういうことは時々あるだろうさ。気にし過ぎないようにするよ」
明らかに強がりなのは誰の目にも明らかだった。
だがコウが拒めばよほどの状態じゃない限り彼女たちもしつこく絡みづらい。
「もぅ、そんなに強がらなくてもいいのにー」
「無理は良くないと思いますよ、師匠…」
2人の心配そうな顔を見て笑顔を見せると、コウは少し視線が泳いでシーラの胸のふくらみを見てしまい慌てて視線を逸らす。
そして突然、2階へと戻ろうとするメルボンドに声をかけた。
「あぁ、待ってくれメルボンド。ちょっと話がしたいんだが…いいかな?」
「ええ、もちろん構いませんが…」
振り返るとマナとシーラのちょっと不機嫌そうな表情が目に入りメルボンドは困った顔を見せるが、コウはそれを気にすることなく話を続ける。
「じゃ、俺の部屋でどうだ。エニメット、もう一本果実酒を頼む。メルボンドはどうする?」
「えっと…それでしたら、私も同じものをいただきます」
「だったら2本か、すまないが頼むよ」
それを聞いたエニメットは黙って礼をするとすぐに準備するために2階に上がっていく。
マナとシーラに恨めしそうに見られていて後ろめたい気分になったのか、メルボンドはコウに話の内容を尋ねた。一種の仕方ないアピールである。
そうでもしないとまるで自分がコウを横取りをしたかのように、非難の目を向けられているからだ。
これで2人と険悪な関係になるわけではないことくらいメルボンドにも分かっていたが
2人の気持ちを考えると、コウにもう少しこの場で説明してほしかった。
「その…マナ殿やシーラ殿も交えてはいかがですか?多くの意見があることはいいことですし…」
「確かにそうだが、それは後日にしておくよ。今はメルボンドに相談したい内容なんだ」
そう言われてこれ以上はどうしようもないと目で訴えると、マナとシーラの非難の目も少し和らいだ。
許可をもらったようでメルボンドもほっとする。
そんな雰囲気を察したのか、コウは振り返り笑顔で2人に声をかけた。
「マナ、シーラ、また明日な。ちょっと気持ちの整理を付けておくよ」
「はーい、おやすみー」
「お疲れ様です、師匠」
やる気のないマナの声と、ちょっと残念そうな声のシーラを背中で聞きながらコウは自室のある3階へと上がっていく。
メルボンドは背中に痛い視線を受けながら、あまり恨まないでくれと思いつつコウに付いて行った。
部屋に着くと扉を閉める。
この部屋は…いろいろな理由で外に声が漏れないようになっている。扉を閉めると<沈音>が発動するのだ。
2人が部屋に入ると既にテーブルには2本の果実酒とグラスが2つ、脇には氷とおつまみも用意されていた。
マナ達とのわずかな掛け合いの間にささっと用意を済ませたエニメットの手腕に、コウだけでなくメルボンドも感心する。
「さすがですね、彼女は。まさかもう用意してあるとは思いませんでした」
「つくづく俺には過ぎた侍女だと思うよ。何事も熱心だし真面目だ。ちゃんと俺を諫めたりもしてくれる」
少し弱気になりながら語るコウを見て、まだマナの傷の事、エクストリムで起きたことを引きずっているのがわかる。
前者は戦いになればよくある事、全員が無事だっただけでも大成功と言えるが、コウにはそれでも不満だった。
大切な人が片腕切り落とされる寸前の重傷だったのだ。
治るとはいえ、自分も関わった戦いでそんなことになると、よほど慣れていない限り気にするのは無理もない。
後者も権力闘争ではよくあることだし悔いたところでどうにもならない事なのだが、あれだけ熱心に都市開発していたことを考えるとメルボンドも簡単に割り切れとは言えない。
だが、少しはリーダーとしてしっかりしてもらいたいと思いコウに厳し目に指摘した。
「コウ様、エニメットはあなた様だからこそ一生懸命になっているのです。過ぎたという言葉を本人の前では使わないことをお勧めします」
それを聞きコウはグラスに酒を注いで軽く口をつけると、少し寂しそうに笑った。
「そうだな。さすがはメルボンド、俺にはない良い着眼点だ」
「人それぞれ良いところは違うものです。今更それを理解していないとは言わないでくださいよ」
「ふぅ、わかってるさ。さぁ、メルボンドも一杯どうだ」
「ありがとうございます」
一杯目を飲み干し再び酒を注ぎ合う。そしてもう二杯目も飲み干した。
酒を飲み干すもコウはそれ以上話をしようとはしない。
メルボンドはコウがわざわざ自室に呼んでまで何を相談したいのかいまいち掴めず、軽く酔いながらも思考をめぐらす。
弱気な自分を見て欲しいようには見えない。
だからといって先ほどのことはある程度消化しつつあるように見える。
これだけ色々と起きれば、そのすべてを断ち切って気にせずに明日へ向かうのは誰だって難しい。当然のことだ。
だが、それを相談したいといった雰囲気には見えない。
そんな考えを巡らせているメルボンドの前でコウは三杯目を飲み干す。
普段よりも酒のペースが早いことから、何か酒が入らなければ話し辛いことがあるように見えた。
「それで、ご相談とは……どのようなものでしょうか?」
このまま黙って酒を飲み続けてもいいが、ここは自分から動いた方がいいと考えメルボンドは尋ねた。
それを聞いたコウは口につけていた4杯目を飲み干すことなく、テーブルに置く。
「ちょっとな…メルボンドにしか相談できない内容でさ…」
「私にしか、ですか」
メルボンドの専門は都市の運営全般に関する者であり、いわば都市長としての行動をサポートすることである。
それには都市長としての立場や振る舞いも含まれているので、傭兵団のリーダーである現状でも相談される内容が無いとは言わない。
だが、目の前のコウはどうもそういった内容を相談したいようには見えなかった。
質問を待つ姿勢のメルボンドを見て、コウは覚悟を決めたように先ほど口をつけた一杯を再び飲み干す。
そして少し興奮気味に尋ねた。
「その、あれだ。シーラとマナに関してなんだが……な?」
「な?と言われましても…。彼女たちと何かあったのですか?」
「いや、まぁー、なんだ…なぁ」
「そう言われましても。揉めているのでしたら仲裁は致しません。そこは3人の問題なのですから、私が立ち入ればより問題がややこしくなります」
男女間の個人的トラブルはさすがに専門外ということでメルボンドは断ろうとするが、逆にコウは前のめりになる。
「いや、違う違う。喧嘩が全くないとは言わないが、それなりに良好な関係を保てているさ。じゃなくてさ…わかるだろ?」
まさに奥歯にものが挟まったような説明にメルボンドは困惑を隠しきれない。
マナの治療も終わり、裏ギルドからの脅威もほぼなくなったと言えるこの状況で、彼女たちとの仲も良好ならばいったい何を相談したいのか見当もつかない。
色々と考えを巡らせた挙句、メルボンドは1つの答えにたどり着く。
コウはメルボンドから見ても貴族経験どころか社会経験が浅いように見えた。
そんな彼があまり公にしたくない場で相談したいと言ったら、やはり妊娠といったところだろう。
若いうちは相手が妊娠すると男の方は喜ぶとともに軽くパニックになる者もいる。
特に初めての場合は何をどうしていいかわからないものだ。
さらに言えば、今は追放処分…はすでに撤回されたとはいえ中立地帯にいる身、周りには気軽に相談できる相手が少ない。
平民ならまだしも貴族同士でのご懐妊ともなれば、出産までの準備にとどまらず、貴族家への報告、その後養育方針、
2人の籍が別々の家であるシーラが相手だった場合、貴族家同士での話し合いなどやるべきことが山積みといえる。
「もしかしてご懐妊とかですか?」
そう考えてどうすべきか思考を巡らせながら尋ねたのだが、コウはその問いに驚いてちびちびと飲んでいた果実酒をのどに詰まらせた。
「ぐっほ、げっほ、げっほ…ちょ、ちょ、っぼ」
「だ、だいじょうぶですか?コウ様」
「いや、いや…大丈夫だ。というかいきなり話を2,3ステップ飛びこさないでくれ。そうじゃない、俺と2人の関係に関してだよ。
その…俺は、彼女たちの師匠だろ?そんな俺が手を出していいものなのかと思ってさ…。なんか…圧をかけて無理やりって感じが、するかもしれないだろ?」
少し戸惑いつつも勇気を出してコウは相談したが、それを聞いたメルボンドは呆れて何も言えなかった。
口には出せないが『お前は何を言っているんだ』とのどまで出かかったのを必死になって飲み込む。
周りから見てマナもシーラもコウとはかなり仲睦まじくやっているようにしか見えず、一緒の部屋、一緒のベッドで寝ることも数回はあったと聞いており
既にそのラインは悠々と突破しているものだと思っていたからだ。
そして、だんだん呆れを通り越してやや軽蔑じみた目つきを向ける。
多少酒が入っていたこともあり、互いの上下関係よりもシーラやマナの気持ちの方が気になったからだ。
「あの、私はてっきり行為に及んでいるものとばかり思っていましたが…」
「いやいやいや、シーラは継承順位低くて王族ではないが立派な継承順位を持った王女だ。マナだって貴族待遇でアイリーシア家に迎えられているんだぞ?
師匠という立場を利用してホイホイと手を出した挙句、妊娠させちゃいました~では俺が師匠に半殺しにされるわ!」
コウはコウなりに悩んでいたのだろう。
反論をきっかけとして溜まっていた思いが次々と吐き出される。
「俺だって色々と我慢しているんだよ?シーラはとても魅力的だし、マナはホイホイくっついてくるし…
俺がどれだけ我慢していると思っているんだよ?ばれないように氷の心を使って強制賢者タイムになったことも何回あったやら。
おかげで型が一瞬で組めるようになったよ。ほんと、もう…」
コウは言いたいことを吐き出すと、再びコップへ果実酒を注いで一気に飲み干す。
必死に恥ずかしさをごまかしているコウを見て、最近はずいぶんと立派になったと思っていたメルボンドは、その子供っぽさに思わず笑ってしまう。
「いや、そんな笑うなよ……まぁ、笑いたくなる気持ちはわからんでもないけどさ」
「いっ、いえいえ。まさかコウ様がそういった点で悩んでいるとは思ってもみませんでしたので。
割と他の意思より自分が正しいと思ったことを貫かれる方だと思っていましたから、てっきりその辺は気にしていないのかと」
「さすがにそういうわけにはいかないだろ。欲に流されてうちやメルティアールル家に迷惑をかけるわけにはいかないし
万が一対立するきっかけを作ったとなれば、世話になっている方々に申し訳が立たないだろ」
「ふふっ、確かにその通りですね。ですが、私が言うのもなんですがお二人に手を出しても問題ないと思いますよ。
マナ殿の立場は少し測りかねますが…シーラ殿は、まぁ、こういう言い方もなんですが…」
さすがにコウの前では口に出し辛くメルボンドが言い淀むと、コウは知っていると言わんばかりにはっきりと答えた。
「わかってる、あてがわれた、だろ。まぁ、最初はそういった雰囲気があったからな。
とはいっても、俺が都市長になる頃には既にそんな雰囲気を感じなくなっていたし、今は普通にいい関係だけどな」
「なるほど、さすがはコウ様です。雰囲気をつかむ事に関しては一流、といったところですね」
「このタイミングで皮肉は勘弁してくれよ。それに好意や敵意だけでなくみんなの不安とか心配もつぶさに感じ取れるんだ。あんまり良い物じゃない」
一通り話し終えたことでメルボンドはコウの悩みをようやく理解できた。
確かに貴族同士の婚約、結婚、出産となれば、平民とは違いある程度家の周囲の者たちもかかわってくる。
特にコウの場合は突出した才能があると聞いており、そうなれば口を出す貴族たちが多くなるのも必然。
下手すると家だけではなく、それぞれの一門であるギラフェット家とレンディアート家が出張ってくる可能性だってある。
確かにコウがそれだけ用心するのも一理あるのかもしれない。
「なるほど、事情は分かりました。それだけ用心するのも納得のいくところではあります。
ですが…お二人のことを考えるといささか可哀想な気も致します。これだけ尽くしているのに興味を持ってもらえないというのも…」
「いやいや、だから興味あるって。メルボンド、お前酔ってないか?」
「どんどんお酒が進んでいるコウ様に言われるとは思っていませんでした。
しかしそうであれば、こちらも心配事があります。コウ様はやり方をご存じですか?」
一瞬?となったコウだったが、即座に反論しようと思って前のめりになるも、恥ずかしいのかすぐには言葉が出ない。
だが、何も言わないと知らないと思われるので、さすがにコウもそれくらいは知っていると強気に出る。
「もちろんだ。誘う手順くらいは色々と考えているさ。……喜ばれる確信はあまりないけど」
「いえいえ、そちらは大丈夫でしょう。どういった誘い方でも、何なら今から呼んで私がいる前で誘っても成功すると思いますよ。そうではなく…」
「さすがにそんな真似はしないぞ。失礼すぎるだろ。そういう時は、俺だって2人をちゃんと女性としてみるし…」
思わず普段は何として見ているのかと意地悪い質問を返したくなったが、仮にも上司に当たる存在なので酒の席といえどもそこまで踏み込むのはやめておく。
先ほどの質問はそれてしまって聞けなかったので、メルボンドはもう一度尋ねた。
2人がおかしなことにならないためにもここは押さえておく必要があるからだ。
もちろんちょっと意地悪したくなったのも確かだが。
「それは大丈夫だと思っていますよ。ですが、コウ様はちゃんとやり方というものをご存じですか?」
「やり方?あっ、あぁ、当然だ。一応本とか映像で…学んではいる」
もちろん地球にいた頃の話だが基本的には間違っていない。
「そうでしたか。でもそれだと詳しくは知らないようですし、豆知識でも教えておきましょうか?」
「んっ……まぁ、そうだな。出来れば頼む」
最後の方は声が小さくなりながらもコウは教えを請いた。
それから酒が進むとともになかなかディープな話になってくる。
コウも調子に乗って趣味趣向を語りだし、エニメットのホワイトブリムをこだわったことなどを離し始める。
やはり衣装だよ、着衣だよとボロボロと言葉が零れ落ち始めた。
メルボンドもそれに合わせて色々な方法を提案し始める。
それぞれに対してこうしたらいいのではと出された提案を、コウはよいながらも真剣に聞き続けた。
そして気がつくと2時間が経過していた。
「いやはや、こうも一方的に教える立場になるとは思ってもみませんでした」
やや勝ち誇り気味にメルボンドがつぶやくとコウが弱々しく反論する。
「そりゃ…仕方ないだろ。誰にだって初めてはあるんだ。とはいえためになったな、助かったよ」
「いえいえ。コウ様のため、そしてハーレムでのお互いの関係が円滑に進むためでしたらこちらも努力は惜しまないつもりです」
「なんにせよ、今日は助かった。こりゃますますメルボンドに頭が上がらないな」
「ふふふ、こういった話ができるとは思ってもいませんでした。さぁ、もう一杯いかがですか?
彼女たちを喜ばせる技術も将来的には必要となります。いつでもお尋ねください」
「ちょ、俺はまだその手前段階だって。でもまぁ、一応きいておかないとな…」
こうして男たちだけの晩餐は夜遅くまで続いた。
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
後二回はおまけが続く予定です。
次はシーラの日記ですね。
誤字脱字等ありましたらご指摘くださると助かります。いつもありがとうございます。
ブクマや感想、ありがとうございます。これから返信します。
次話は1/13(水)更新予定です。続きを書かねばやばい……。




