決心
決心、か。この拙い小説を投稿することが決心だった・・
これまでのあらすじ
不思議な女性に魔法の実演まで見せられ、魔法使いに誘われる。
鋼の家庭には問題があった。
いわゆる父子家庭な上、家に帰ったところで温かい家庭環境じゃない。
父親は学校から帰ってきた鋼に暴言を吐くわ物を投げつけるわ、酷い有様だった。
酒におぼれた体ではさすがに高校生には勝てないと思ったのか直接的な暴力はなかったが。
昔はこの家も普通の家庭だった。
だが、鋼が中学2年の頃父の事業が失敗し多額の借金を負ってしまった。
その借金でもめて母は弟を連れて去っていった。
母がなぜ兄の俺を連れて行かなかったのか自分にはわからない。
反抗期になって逆らってばかりいたからだろうか?
俺に価値がなかったからだろうか?
まぁ、今となってはもうどうでもいいことだが。
親父はその後生活保護を受け俺と生活していく事になったが、いつのまにか酒に入り浸ってしまった。
そんなくそみたいな環境を脱出したく鋼は勉強をがんばってみた。
田舎の進学校の公立高校に受かりはしたものの、程よい順位で落ち着く程度で特筆するほどの才能は無かった。
むしろは今の成績は緩やかに下り坂だった。
今から大学に行くにしても奨学金でぼちぼちの国立大学が関の山。
しかもお金がなく地元にしかいけない。この父親との生活は続く。
それに奨学金という名の借金を抱えたマイナススタートの出遅れた、人並みに届くかどうかの人生。
鋼はこの負のスパイラルからどうにか逃げ出したいと思っていた。
そんな時に来たお誘いがこれだ。
耳に入ってくることが本当だとしたら最高のお誘いなのかもしれない。
これまでのマイナスが無くなるだけではなく、才能持ちのプラスからの心機一転。
が、タイミングといい内容といい疑わない方がどうかしてる
「すごく嬉しい話なんですけど親のこともあるし」
少し落ち着いた俺は、とにかく他の物を盾にして話をかわそうとする。
この突拍子もない展開から始まりグイグイ気味の勧誘に惹かれそうになっていた状況から逃れ、少し落ち着いて考えたかった。
何よりも落ち着いて今の状況を整理する時間が欲しかった。甘い誘惑にはまず落ち着くことこそが大事だと何かで聞いたからな。
「親、あぁ、あのお酒にはまっている父親のこと?」
「えっ、なんで知って……」
「ああ、ごめんなさい。スカウト相手の状況は調べておくものでしょ。こっちでも常識だと思っていたけど。親に対しては契約金を用意するわ。
あなたの罪悪感を減らすためにもね。確かこの世界でもスポーツとやらでそういう制度があるんでしょ?」
魔法使いはスポーツ選手と同じなのか?思わず心の中で突っ込む。
がそんなことはどうでもいい。目の前の女性は俺の親のことも知っていた。
そのことで恐怖と警戒心が一気に上昇する。
まるで気が付かないうちに逃げ道が塞がれている感じだ。
俺は今日出会ったはずなのに彼女の先回りっぷりがやばい。
ただ同時に、金があれば親父もどうにかなるだろうし、悪くは無いんじゃないか?
思わず心の片隅でそう思ってしまった。
今の俺にはあの親父をどうにかする力などありはしない。
だがお金があれば、親父は昔のようにとは行かずとも何とかやっていけるかもしれない。
俺が知識も経験もない子供だったからだろうか、落ちぶ変わり果てた親に対して期待交じりにそう思ってしまう。
ただ俺がこの状況から逃げたいだけという、その気持ちは直視せずに。
それはただの願望、いや身勝手でしかないのは心のどこかで気づいていたものの
この環境を変えたい脱出したいという思いから逃避的な希望へと誘われてしまった。
俺の迷いを、逃げの気持ちを知ってか知らずかその女性は話を進める。
「契約金と言ってもさすがに現金じゃないけどね、この国のお金は大して持ってないから。で、物納になるけどこの金の塊でどうかな」
そういって虚空から5cm各の金色の立方体を2個取り出す。
それをそのまま鋼の手に渡した。
「おもっ!ていうか、え、えぇ」
「あんまり大金を手に入れても怪しまれる環境なんでしょ」
金色の塊を受け取った俺は再びテンパってしまった。虚空からアイテム出た!やべぇ! というか金塊!?こっちもやばい!
頭の中でいろんな考えがぐるぐると回るが、当然結論などでない。どうしていいのかもわからない。
何も言えずただ立ち尽くす。理解できたことと言えば、何かやばいことに俺は巻き込まれている?、それだけだった。
「不満だった?とりあえずそれは渡しておくわ。返事は明日までにお願いね、私はそろそろ帰らないといけないから」
一方的にまくし立てて彼女は突然目の前から消えた。
一人残された俺はどうしていいかわからないままとにかくこの金塊と思しきものをバッグに入れ帰ることにした。
ここに置いていったところでどうにもならないし。拾得物じゃなくて一応契約金、らしいしな。
契約金ならば俺が持ち帰ったところで問題ないだろう。
「契約金ってとりあえず渡しておくものじゃないような…」
そうつぶやきながらただ重たいバッグを持ち立ち尽くす。
もう図書館での勉強など頭の片隅にも残っていなかった。
俺はいつもの行動をする余裕などなく、とにかく急いで帰ることにした。
金塊は見た目からやばいし数少ない友達に相談するにも信じてもらえる内容じゃない。
そこそこ重たい金色の塊を2個バッグに入れ、バッグを大事そうに抱えた不自然な格好のまま帰宅するためのバスに乗る。
バスに乗って10分ほどすると頭の中も少し落ち着いてきた。
「まじか……」
見られないよう周囲を確認して、改めてバッグをこっそりと開けて中にある金色の塊を見つめる。
重さと体積がわかれば中が空洞でもない限り金かどうかはわかるはず。
が、正直そんな金塊よりも今日はもっと興奮するような出来事ばかりだった。
「テレポーテーションとかまじで便利だよなー、あるいは空を飛んでいければ登校も楽だし心地よさそう」
「アイテムボックスぽかったよなー、手ぶらで登校できるじゃん」
「異世界と言えばハーレムだよなー、チート級才能ならハーレムも余裕かもしれないよな」
「国からも一目置かれメイドを侍らせ悠々自適の生活、あこがれるわ~」
もしほかの人が聞いていれば妄想たくましすぎる学生のつぶやき。
現実逃避のつもりはなかったが、どんどん膨らむ妄想がどんどん現実とはかけ離れていく。
だが、バスを降り自宅の前まで着くと急に現実に引き戻される。
「親父は今日も酔いつぶれているんだろうか、だったら助かるんだけど」
重たい気持ちで扉を開ける。
帰宅するなり、いつもより早かったなといった俺を少し気にかけたような挨拶などなく、いつもの悪態だけが目に入る。
「何だお前か。だらだらと学校なんぞ行きやがって。ちょうどいいから酒買ってくれ」
酔ってるのか的外れな方向にごみを投げながらの親父の命令。
高校生じゃ酒は買えないといういつもの言い合いに発展する。
言い合いを終え、余ってた冷蔵庫の食材で簡単な肉野菜炒めと朝の余って炊飯器に入れっぱなしのご飯を夕食とし食べ終える。
「飯置いてるから覚めたら温めて食べてよ」
寝ているのかおきているのかわからない父親に一方的に声をかけてその場を去った。
普段はここから勉強→風呂→就寝のルーチンだが今日ばかりはそれどころじゃない。
机に向かって今一度今日の出来事を整理し考えなおす。
ここは俺にとって人生の最大の選択になると思っているからだ。
・まず魔法とやらはインチキ、ただの手品
→さすがにこれはあり得ない。テレポーテーションは2度も体験済みだ。
その間気絶させられてたというのも短時間過ぎて考えにくい。
・才能云々の話は嘘で、俺に魔法の才能はない
→何も証明できるものも見せてもらってないしあり得る話だが
正直、一高校生をだまして連れていくほど自分に価値を感じない。
やくざみたいな組織ならまだしも、あの人マジで魔法使いだし。
いざとなったらテレポーテーションで有無を言わさず連れて行けばいいだけだから逆らいようもなく、嘘なら俺を説得する意味がない。
一応金色の塊をざっくりと調べてみたがどうも純金に近いようだ。
あくまで体積と重さをはかって比重を出しただけだが。
これで壮大な白昼夢の線も詐欺の線も消えたし、あの女性が思ったよりも丁寧な対応をしていることも理解できた。
ちなみに重さは体重計で測ったので、ざっくりとした重量しか出てないが問題ないだろう。
30分ほど悩んでいたが、次第に俺はどちらがこれからの俺にとって得なのか
それだけを考えるようになってきた。
思考がまとまり余計な感情が消えていく。不思議な感覚だった。
そして、才能の有り無しは気にかかるものの、魔法使いになりたい気持ちがふつふつと湧き上がってくる。
これはどう見てもこの状況を脱する千載一遇のチャンス。そう自分に何度も言い聞かせる。
本当はただチャンスに飛びついてるわけじゃない、この環境から逃げたいだけだ。
そのことは自分でも薄々わかっていた。
そんな複雑な思いを持ちながらも俺は決心する。魔法使いとしてのスカウトを受ける。そう決めた。
「父さん、ごめん」
決心と共にある後悔を独り言のように天井に向かってつぶやいた。
その謝罪は父親ではなく、どこか自分に向けて言った様にも思えた。
決めればあとは準備だろう。腹をくくるしかない。
ネット小説の異世界もので学んだように携帯からネットを使って農業や金属加工
簡単な科学技術や原理などいろんな人類の技術をノートに書き写していく。主にwikiから採用した。
携帯はもちろんWiFi接続だ、これはお隣の家の機械に接続している。
金が無くなって今の生活保護になったときにお隣に頼み込んで接続の許可を取り付けたのだ。
ノート以外にも小物を持ち込むために用意する。服とか下着も数セット用意した。
それに親戚の農家から分けてもらっている籾を安物のプラスチックの箱にいっぱい詰めておいた。
異世界にお米がないとか良くある話だからな。抜かりなく準備しておきたい。
「あとは遺書、じゃないな伝言とこの金塊を机の上に置いておくか」
宿題なんて放置。今更どうでもいいことだ。
「もう一つの金塊は俺の勉強机の引き出しの中にでも入れておこう」
タオルに包んで一番でかい引き出しの奥に慎重に置く。
最初の金を使いつくした時の予備というか、そんな感じだ。
予備の金があれば親父だって即路頭に迷う事はないはずだ……そんな思いを込めて。
夜1時過ぎて電気を消して布団にもぐった。
明日のことを考えると、もちろんまともには眠れなかった。
12/31の投稿文はここまでにします。
続き・・頑張らなければ。
修正履歴
19/01/28 改行追加。体重計の部分を一行追加。
19/01/30 微妙に内容変更
19/06/30 誤字修正・表現を一部修正
20/07/18 内容を一部修正