幸と不幸が訪れた日9
ここまでのあらすじ
負傷したマナを迎えに行ったコウだったが、都市エクストリムの状況を聞いたコウはショックを隠せずにいた。
そこをマナが諭すことで、どうにかコウはショックから立ち直ることができた。
それから1時間して、マナはようやくカプセルから解放された。
再び放り込まれたからか出た後もマナはぶつぶつと文句を言っていたが、コウが傷のない綺麗な肌の方がいいと言ったことで少し機嫌を戻し皆で拠点へと帰ってきた。
拠点に着くと残っていた全員がマナたちの帰還を祝う。
これで1日半ぶりに全員が拠点に集合したこととなった。
「おかえりなさいマナ殿」
「無事で何よりです」
「私があいつを倒したんだから、無事に決まってるよー」
皆に歓迎を受け、マナもすっかりいつもの調子を取り戻している。
マナが楽しそうにして皆の気分も盛り上げるいつもの光景、コウはこれを守ることが今の役目なのだと改めて自分に言い聞かせた。
そんな中、マナが突然モニターのところへ行き傭兵団のステータス画面を開いた。
信用度がC+になっており、討伐した賊一覧の中にロスドリオの名前が入っている。
「おぉー、やったね師匠」
信用度が上がっているのを見てマナがうれしそうにはしゃいでいる。
「マナのおかげだよ。きっちり決めてくれたからな」
「とどめはもらったけど、これは私だけでなく師匠やシーラ、エニメットの手柄でもあるからね」
突然何の活躍もしなかった自分の名を出されて、エニメットは慌てて否定する。
彼女自身、そこに名を連ねる程の事はしていないと自覚していたからだ。
「い、いえ、私はあの場から指示通り逃げただけです…」
「ううん、あんな状況にもかかわらずちゃんと指示通り逃げたことで私たちは心置きなく戦えたんだよ。私たちを置いて逃げるなんて嫌だっただろうに、ちゃんとやるべきことをやった。
ああいう場合はごねる人が多いからねー」
「い、いえ…そんな…」
役目を果たせず逃げるしかなかった自分を責めていたエニメットは、マナの言葉がたとえお世辞でもうれしかった。
もちろん次こそはその場にいて欲しい人材になるために頑張ろうとも思ったが。
「まっ、なんにせよ団全体の功績ってことだ。信用度も上がったし、明日からはC+の仕事も色々と見てみないとな」
「だったら今から色々とみてみようよー」
「それは後。せっかく祝勝会を用意しているんだから、まずはそっち。もちろん、ヘグロス兄弟の討伐と信用度のランクアップを祝してな」
「皆、マナが戻って来てからやろうと準備していたんですよ」
シーラがコウの隣に立ち嬉しそうに説明する。
「もぅ、師匠のことだしすでに宴は終わらせていて仕事に行くぞーって言うと思ったのに」
「マナが不在のままそんなことするわけないだろ。さぁ」
マナがコウとシーラに手を引かれ2階へと連れていかれると、他のメンバーたちも後ろからついていく。
色々なことがありこれからどうするかも決まっていないが、この時ばかりはそんなことを考えず皆が笑顔になり宴が始まった。
この宴会のために朝からエニメットが従者たちやエンデリン、ユユネネを指導しながら料理を用意したらしく
中立地帯でなおかつこんな田舎とは思えない料理が並べられていた。
コウたちが無事に戻ってからエニメットが相当気合を入れたらしく、朝から動員された面々は仕込みなどで相当大変だったようで笑顔の中にも疲労が見え隠れしている。
お酒もどこからそろえたのやら、なかなか良いものが並べてあった。
「ねぇねぇ、師匠。これめっちゃおいしいよー」
「ん、どれどれ。おぉ、これはかなりいけるなぁ。さすがはエニメットが気合い入れただけはある」
「まだまだありますからね~」
エニメットはこここそが自分の戦場と言わんばかりに生き生きと料理を運んでいた。
普段は少々お堅いメイネアスも今日は料理に舌鼓を打ち、満足げな表情を浮かべている。
メルボンドは従者たちをねぎらいつつも、各料理の品評を始めていた。
どうやら普段の食事にも出して欲しいものを選んでいるようで、従者たちも一部賛成して盛り上がっている。
ユユネネはエンデリンとともにシーラのそばにいて、戦いの様子を聞きたがっていた。
「シーラさん、お酒を注ぎましょうか?」
「ありがとうございます」
酔った勢いで少し積極的にシーラへと絡んでいくが、エンデリンは彼女との距離をあまり詰められずにいた。
そんな中、シーラがグラスに軽く口をつけるとコウのグラスが空になっているのに気づき、席を立ってそばに寄る。
「師匠、何か注ぎましょうか?」
「あぁ、シーラ悪いな。だったら果実酒がいいけど、どれにするかはお任せしようか」
「はい、任せてください」
シーラは任されたのがうれしかったのか、笑顔でコウのグラスを持っていく。
そんな様子を見ていたエンデリンはやけになって自分のグラスを一気に開けた。
「くぅー、はぁー」
「エンデリンさん、やけ酒…ですか?」
いつの間にかすぐ隣に来ていたユユネネが尋ねてくると、エンデリンはちょっと面白くなさそうな顔をした。
「いいだろ、これくらい」
「そもそもあの方は高嶺の花だと思うんですけど…」
つぶやいたユユネネの言葉が聞こえたのか、彼は不満そうに顔を逸らす。
そこへノットリスがグラスと食事をもってやって来た。
「ここ…いいかな?」
「あっ、はい」
ユユネネが頷くと小太りのノットリスは隣に座った。
「えっと……ひょっとして二人の仲を、邪魔しちゃったかな?」
「いえ、そんなことは…」
「そんなんじゃない」
それを聞きほっとしたノットリスは肉をナイフで切り取り上品に口へと運ぶ。
見た目は小太りでぱっとしないが貴族階級にいただけあって、傭兵たちよりは遥かに立ち振る舞いが上品だ。
だが、エンデリンは彼のことなど興味がなく、ちょくちょくコウの側にいるシーラへと視線が向く。
立場上妨害なんてもってのほかだが、自分には向けられたことのない彼女の笑顔が少しもやもやして、見たくないと思いながらも視線を外せないでいる。
そんな彼を見てノットリスは小声でユユネネに尋ねた。
「えっ、えっと…彼はひょっとしてシーラさんの、ことを?」
「まぁ、ダメなのはわかっているようですけど」
「そ、そっか。まぁ、ぼくから見てもシーラさんは素敵だからね。都市にいた頃は結構人気あったし」
「ですよね。私から見ても素敵だと思います。それに戦闘も強いんですよね。シーラさんは私の憧れです」
同じ補助士の立場だから余計に彼女のすばらしさに目が行くのだろうか。
ユユネネはシーラのことをかなり尊敬していた。
「あの3人は特別だよ。ぼ、僕は…別の面で少しでもサポートできれば、なんて思っているから」
「はい。私も少しでも成長して、シーラ様やコウ様の役に立ちたいです」
この子はこの子でシーラ様に想いがあるのかなと思いながら、ノットリスは酒を味わう。
これ以上、彼女の事情に立ち入るつもりのない彼は今の雰囲気を味わいながら、以前コウが都市長をやっていた頃のサポーターズたちとの会議を思い出した。
食事を交えながら、時には楽しく時には真剣に議論を交える。
お互い同じ高さのテーブルに座って身分差を感じさせず…あの日の光景を思い出し、ノットリスは複雑な気持ちになった。
「本当に変わっていないんですね…コウ様は」
うれしそうな、でもどこか寂し気な表情をするノットリスを見て、事情を知らないユユネネは不思議に思うが
なぜか触れてはいけない気がしてただ横顔を見つめるだけだった。
宴も終わり片付けが始まる中、色々なことがあったコウは少し調子に乗りすぎていつもより酒が進み酔いつぶれて机に伏していた。
このままじゃさすがに邪魔になるので、マナがコウの肩を担いで部屋に連れていこうとする。
さすがに担がれれば気づいたのだろう、コウは自分を運んでくれている人物の顔を見た。
「ん……マナか」
「うん。大丈夫?」
少し笑い気味に尋ねてくるマナに釣られたのか、コウも少し笑顔になる。
「大丈夫だ。少なくとも担いでくれたのがマナだってわかるくらいの思考は残っているだろ?」
「うーん、それもわからなくなってるようじゃ問題外だよ」
「あはは、そりゃそうだ」
このまま部屋に連れていこうとしていたその時、エニメットが黒いパネルを片手に持って走ってきた。
「コウ様、コウ様」
「ん~?」
ボヤっとした態度でコウが振り向くとエニメットがモニターを見せてきた。
「お客様が来ています。どうされますか?」
エニメットが持っているタブレットサイズの黒いモニターに、入口で待っている1人の男性が立っているのが見えた。
今は夕食も兼ねた宴が終わり辺りも暗くなった21時くらいで辺りに人は少なく、素体の住人だけではなく普通の傭兵ですら尋ねてくるような時間ではない。
この町は光の連合にとても近いので光属性の魔法使いやその習慣に合わせる者が多く、ほとんどが明るい時間に行動する。
そのためこんな時間に尋ねてくるのは少し常識外れともいえる。
そんな怪しげな訪問客ではあるが、さすがに昨日の今日でルルーやポトフが何か一手を打ってきたとは思えなかった。
前回も2週ぐらい開いて次の一手を打ってきたことからこの訪問者は関係ない可能性が高く、彼を必要以上に警戒するのはあまり良くない。
功績を立てた直後に傲慢ととられる態度を取るのは悪いイメージになってしまうので、コウは仕方なく酔った状態を浄化して正常な思考に戻る。
担いでいた肩を外されたマナはちょっと不満そうにしていた。
「仕方ない、俺が応対しよう。エニメットは念のため後ろに控えていてくれ。祝ってくれる客なら追い返すわけにもいかないからな」
「うーん、でもこの人…なんか役人っぽくない?」
マナの指摘にコウとエニメットはもう一度モニターを見直す。
よく見るとその男は傭兵らしい格好というよりも整っている服装で役人と言えなくもない雰囲気だった。
「どこの役人だ?」
普通の役人ならば、自分の所属国を表す紋章を付けているがそれが見当たらない。
ひょっとしてこの街の役人なのかと思いながらコウは少し離れた位置から扉を横に開けた。
「すみません、全員2階にいたもので遅くなりました。私はここの傭兵団のリーダー、コウです。こんな時間にどんな御用ですか?」
失礼が有ってはいけないと出来るだけ丁寧に尋ねるコウ。
するとその男は軽めに会釈して指輪の魔道具を起動すると、丸められた封書をアイテムボックスから取り出した。
「コウ・アイリーシア様で間違いありませんか?」
「えっ、ええ…」
1月以上が経過し中立地帯の傭兵暮らしに馴染んでしまっていたからか、コウは家名を付けて呼ばれたことに一瞬戸惑ってしまった。
傭兵の多いこのエリアでは元貴族という者などまずおらず、そのまま名前で呼び合うために家名など聞く機会がない。
準貴族がこんなところにいれば、それは家から追い出されたものの可能性が高く家名は使わない。
ではなぜ目の前の人物がわざわざアイリーシア家の名前を出したのかがコウは気になった。
まぁ町の責任者くらいになれば家名くらいギルドに探りを入れて調べられる程度のものなので、家の名前を出されただけで必要以上に警戒するのも失礼だが
何かそうじゃない雰囲気をコウは感じていた。
そんなことを考えているコウなど気にすることなく、尋ねてきた男は話を続ける。
「こちらはあなたに関連する内容が決定された公布書です。ぜひお受け取り下さい」
「はぁ…」
いったい何のことやらと思いながらコウは差し出された丸められた紙を受け取ろうとする。
その時、その紙を止めている輪っか状の金属に付いていた紋章に気がついた。
そこにあったのはルーデンリア光国の紋章。
隠れ家にいる頃に教わったもので、道場にいた頃も占有地のあちこちで見かけたものなので間違うはずがなかった。
「ルーデンリア光国から!?」
「確かにお渡ししました。では、これで」
渡すだけが役目だったのか、コウの問いに答えることなくその男はすぐに立ち去った。
コウが驚いて詳細を聞こうと外に出たが、既に辺りは暗くどこへ行ったのか見つけられない。
渡された書状を持ったまま玄関先でため息をつくコウだったが、ひとまず中身を確認しようと拠点内へと戻る。
1階の広間へと戻ると、誰から話を聞いたのかシーラだけでなくメルボンドとメイネアスも降りて来ていた。
「こんな時間にお客様だと聞きましたが」
「あぁ…ルーデンリア光国から通達を持ってきたみたいだ」
メルボンドの問いに答えると丸めた紙を止めている金属に刻まれた紋章が見えるよう皆の前へと突き出した。
「ルーデンリア光国からですか!?急ぎの…連絡なのでしょうか?」
「わからないけど、とにかく中身を確認してみるよ。
使者は渡すとすぐにどこか行ったみたいだし、こっちに拒否権のない指示書だったら嫌だなぁ」
シーラの問いにコウは困惑した表情で答えながら、丸めた紙を止めていた指輪のような金属を取り外す。
厚手で角には金細工が施してある丸まった紙を広げ内容を読んだコウは驚いた。
「えっ…なんで?」
思わず出たコウの言葉に気になったのか、マナが後ろへと回り込んで書かれている内容を確認する。
ーー女王インシーの名のもとに8月17日付でコウ・アイリーシアに下された処罰『連合内からの追放』を撤回するーー
と紙の中央に書かれていた。
どうやら正式な公布書のようで一番上にはルーデンリア光国の紋章が記されており、女王の魔力パターンが文章を囲む装飾にまで刻まれている。
下の方には立会人としてアイリーシア家の家長代理メイア・アイリーシアを始めルルカ王女の名前まであり一門総出でこの内容に同意していることがうかがえる。
ただ理由については一切かかれておらず、この文章だけでは事情がさっぱり分からない。
一つだけ言えることは、決定された女王の処罰が完全に撤回されるという異例なことが起きたということだ。
コウの処罰はエクストリムの不法占拠という点だけ見れば確かに不当なものであったが、女王に何の証拠もなくたてついた件に関しては処罰を受けるのも妥当だと言えた。
実際処罰を受ける際はその旨も併せて記載されている。
だが今回はそれをもひっくるめてなかったことになったのだ。
ここまで手のひらを返されると、コウは何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。
そんなコウの考えとは違って、周囲の者たちはこの通知をとても喜んでいた。
「まさか撤回とは驚きです。女王様が下したことを撤回なさるとはかなり異例の事ですから。ですがこれで不名誉な処罰はなくなりましたな」
「確かに驚き。まぁ、もともと濡れ衣なのですから、当然の対応といえなくはないですが」
コウの処罰が消えたことを喜ぶメルボンドとメイネアス。
いったい何が起きているのかわからないコウは、周りの歓迎ムードにも流されず1人考え続けていた。
「ありがたいことですが、女王様が撤回するとなるとそれなりのことが起っていると思われます。少し気になります」
「まぁ、そうだな。だがまずはこれが本物かどうかを見極めなきゃいけない」
一同が喜ぶ中、コウの不穏な発言に周囲の者たちは驚く。
そんな中、比較的に冷静に見ていたマナが尋ねてきた。
「んー、師匠は女王様と会ったことあるんだよね?この魔力パターンは同じだと思う?」
公布書に刻まれている女王の魔力をうっすらと感じ取ってみると、あの時の怒りが思い出されたことで確かに同じもののように感じた。
絶対に間違いないとまでは言えなかったが、このようなものの偽物を作り出せばたとえルルーと言えどもただでは済まないことを考えると、偽物の線は薄いと言える。
「間違いないとまでは言えないが同じだと思う。メルボンド、すまないがそっちの連絡先にこの公布書が真実かどうか確認を入れてもらえないか?」
「れ、連絡先…ですか?」
突然のコウの発言にメルボンドは珍しく戸惑いを見せた。
メルボンドはコウの様子をメルティアールル家に知らせる役目も兼ねて同行していたが、それをコウに伝えたことはなかった。
それは内密にというよりもコウに自由に行動してもらうためだったが、気づかれているとは思っていなかった。
そんな素振りなどコウは一切見せていなかったからだ。
「いや、勘違いだったらすまないが…俺がこうやってここで好き勝手やっているのを完全に放置するのはあり得ないと思っていてさ。
昔師匠に言われてたんだけど、まぁ、あんまり言いたくはないが、俺ってなんかそれなりの価値があるんだろ?
だったらお目付け役、とまではいわないが一応軽い監視役くらいはいないと不自然なんだよね。それをメルボンドがやってたんじゃないかなーって思ってたんだが…違った?」
軽い調子で尋ねてくるコウにメルボンドは隠しても仕方がないかとため息をつく。
向こうからも隠せとまではいわれていないので、これを機に正直に伝えることにした。
「確かに、コウ様のことをメルティアールル家には時々報告しております。まぁ、伝えてはいませんでしたが…
それはコウ様があまり気をまわさないようにと…」
「そうか、別にそれはいいんだ。自分でも少しは立場を理解しているつもりだし気にしなくていい。
それより確認を頼む。さすがに偽物とは思えないが…こんなものが送られてくる事情くらいは知りたいし。
まぁ、事情が分かったところでひとまずはここに居るつもりだけどな」
申し訳なさそうにするメルボンドにコウはさらりと答えた。
が、周りはそのことよりもコウの発言の方に気が取られた。
公布書で追放が撤回されたというのに、帰る気がないと発言したからだ。
「師匠は…帰るつもりは…ないのですか?」
かなり驚いた表情でシーラが尋ねてくる。
帰るつもりがないということは、光の連合にこれからも与しないと言っているの同義である。
言い方を変えれば敵対すると言っているに等しい。
マナはそこまで気にしていない雰囲気だが、他の者たちはほとんど固まっていることにコウもようやく気がついた。
「まぁ、今すぐにはな。これを見たところ俺を招集したくて撤回したわけじゃないだろうし、あまり気にしなくてもいいんじゃないか?」
気楽に答えるコウに、この場で唯一平然としているマナが不思議そうに聞いてくる。
「ん、そうなの?急に撤回したんだし、向こうは連れ戻したいんだと思ってそうだけど」
「えっ…そうなのか?だったら急いで戻るようにと併せて指示してそうだけど」
あれだけ一方的に糾弾された事を思い出したコウは、女王なら当然権力を行使して戻るよう命令してくると考えていた。
そうであればコウはどんなに不満だろうが戻らざるを得ないからだ。
だが今回は処罰が撤回されただけで戻って来いとの内容は含まれておらず、コウは連合側の意向に全く気付いていない。
女王は元々雲の上の存在でありコウ以外はその行動を見ていないので、皆コウがそう考えるならそうなのだろうという雰囲気になる。
「それに…これがたとえ戻って来いという命令書でも、今は下手に動かずここに居た方がいいと思うんだが」
「どうして?」
コウの主張にマナが不思議そうに尋ねる。
普通の貴族ならば、傭兵として扱われることは耐え難い屈辱だ。
さすがにコウが普通の貴族とは違うことくらいマナ達にも分かっているが、戻らない方がいいと主張するのはいまいち理解できなかった。
どうやら周囲が自分の意見について来ていないことに気づき、コウは説明を始める。
「いやさ、昨日幸運にもヘグロス兄弟を倒せただろ。あれでルルー様は打つ手がなくなったという話だったよな?」
「はい。裏ギルドでも上位の存在だった彼らを倒したとなれば、ほとんどの者は無理してコウ様を狙わないとベルフォート様も言っていました」
「あとなんだっけ、裏ギルドは情報の違いを嫌うんだっけ?昨日そんなことも聞いたような…」
「ええ、特に助っ人としてベルフォート様がいたことは大きいはずです」
詳細がわからない裏ギルドだが、互いに協力しない傾向にある盗賊たちが2度も甘い情報をつかまされ失敗したとなれば
その仕事は危険だという認識が広まり、受けるものはほぼいなくなるだろうとベルフォートが予想していた。
そのため今後は狙われにくいだろうと言われ、コウをはじめほぼ全員が安心していたのだ。
もちろんこれからも護衛としてどこかにベルフォートがいてくれるとのことなので、今の状況が続けばまずコウたちは狙われない。
だからこそコウにとってはこの通知が危険なものだと感じたのだ。
「つまり、今向こう側はここに居る俺を捕らえる手段がほとんどないわけだ。まさか直属の部下を中立地帯に送り込むなんて…無理だろ」
「それは無理ですね。戦火の一端を開いてしまいかねません。そのことが発覚して中立地帯が戦火に見舞われればもはや誤魔化せなくなります。
そういう意味ではかなり危険性が薄れていますが…」
「メルボンド。だったら今の向こうにとっては、俺を呼び戻した方が手を打ちやすいと思わないか?」
その一言に周囲の者たち全員が固まる。
向こうの状況がわからないまま突然こういう公布書が来れば、そう警戒するのは無理もない。
コウの言っていることは間違っておらず、そう想定するのも無理はなかった。
それはたとえメルティアールル家に確認を入れたとしても、確実な答えが返って来るものではない。
他家の、特に上級貴族の当主の思惑に逆らうほどの力は中級貴族のメルティアールル家にはない。
せめてボサツがいれば対応も出来るのだが、彼女は今最前線にいると聞いている。頼るわけにはいかない。
とはいえこれが女王の仕掛けた罠とまでは思えない。女王がルルーの策略にそこまで乗っかる義理はないからだ。
女王が乗り気ならば最初から戻って来いと命令書を出せばいいだけだし、こんな回りくどい手を打ってくる可能性はほぼない。
「ということは…女王様は純粋に処罰を撤回して、それをルルー様が利用する可能性があると」
メルボンドの言葉にコウがうなずく。
「別に悪く言うわけじゃないけど、今のアイリーシア家の家長代行であるメイア様では…ルルー様の行動を完全に止めることは難しいと思うんだよ」
「ですが、そうなると師匠はいつ連合へと戻られるのですか?」
まさか戻る気がないのではと心配になったシーラが尋ねてくる。
ここに居ると言う意思は下手すると敵対する意志ありと取られかねないので、たとえ色々な理由があったとしても、戻る時期くらいは明確にしておかなければならない。
敵対するつもりはないとアピールするためにも。
「まぁ、安全になってからかな…師匠たちが戻ってきてからの方がいいと思うんだけど」
「確かにコウ様の考えの方が安全だと言えるかもしれません。あまりこちらが動き過ぎるとかえって隙を作りかねませんから。
連絡ついでにこちらからそのように伝えておきます」
「しょーがないね。向こうの本気度合いを見ると警戒した方がよさそうだし」
「メルボンド、手間をかけさせるが頼む。俺だって別に戻るつもりがないわけではないんだ。ただあれ以上の刺客が来れば…俺たちじゃ対応できないからな。
アイリーシア家に戻っても師匠達がいないんじゃ、頼れる人は少ないし…」
対応できない、つまりコウが連れ去られる可能性が高いということである。
向こうの目的がわからない以上、恥をかかされたので捕獲が無理なら殺害したいと考えている可能性もある。
直接的な表現を避けた言い方だったが、誰もがその言葉の意味を理解した。
残念そうに語るコウにこの場に居る全員が同意し、ひとまずはこのままオクタスタウンに残ることとなった。
今話も読んでいただきありがとうございます。
直前でちょっと話を変えたため、更新遅くなりすみません。
これでこの小話は終わりとなります。
次話はこの章の最後の小話、コウの出番はしばらくお休みです。
気に入っていただいたのなら、ブクマや感想、評価などなど頂けるとうれしいです。
誤字脱字がありましたら、遠慮なくご指摘いただけると助かります。
次話は12/21(月)更新予定です。 では。




