幸と不幸が訪れた日8
ここまでのあらすじ
刺客を倒したコウはマナを治療するためギルドに預け、拠点に戻るとノットリスと再会した。
そして彼から、かつて都市長として治めていた都市エクストリムの惨状を聞いた。
ノットリスを迎えた当日はマナだけでなくコウも負傷中ということで、全メンバーが買い出し以外は拠点にとどまり1日を過ごした。
そんな中コウは負傷し疲れているにもかかわらず、魔法の練習を始め軽めに汗を流していた。
シーラはそんなコウを見て様子がおかしいと思い、エニメットに尋ねたことでようやく団内でエクストリムの惨事が情報共有される。
とはいえ、そんな情報を聞いたところでここに居る皆が打てる手などない。
相当気にしているコウの様子から、さすがにかける言葉が見つからずその話題はタブーとなった。
それから翌日の夕方、マナの治療が終わり目覚める頃だということで、その1時間程前にコウとシーラそしてエニメットが傭兵ギルドへと迎えに行く。
傭兵ギルドに着くとすぐに身分証を提示してマナのいる治療室へと入った。
多くのものを失っていた事に気づいたコウにとって、今回マナを失わずに済んだことは唯一の幸運であった。
そんな思いを込めるかのように、カプセルに入ったマナをまるで大切な宝物かのような眼で見つめながらカプセルを優しく触る。
その時カプセルの中にいるマナが目を開いた。
普段は治癒完了まで目が覚めないはずなので、感傷に浸っていたコウもさすがに驚き思わず一歩後ずさる。
(えへへ、迎えに来てくれてありがと、師匠)
念話で話しかけてくるマナにコウは思わず困り顔になりながらも笑う。
治療カプセルに入れば問題なく回復すると分かっていたとはいえ、不安だったコウは彼女が実際に動くのを見て安堵したのだ。
「さては、俺たちが来ることを見越して起きるように設定してもらったな」
(さすが師匠だね、正解)
「正解じゃないよ…ったく」
コウだけが声を出して答えていたが、わかりやすい受け答えでマナが何を言っているのか周囲の者も大体想像できた。
コウが元気にマナと会話するのを見て周囲の者たちも安心する。
だがマナはそこに違和感を感じた。
同行したシーラやエニメットがコウの方を見て安心した様子を見せているからだ。
普通は傷ついたマナが元気になったことで安心するはずなのに…マナはその違和感から何が起こったのかと目でシーラに尋ねる。
その様子にコウは気づかず、ただマナが元気そうにしているのをカプセルをなでるように触れ笑顔で見つめていた。
一方のシーラはマナの視線に気づき、すぐに困った顔になる。
それで何かが起きていることを理解したマナは少し考えた後、コウに念話で尋ねた。
(何かあったの?師匠)
「いや…まぁ、ちょっとな。あぁ、それとマナが寝ている間にノットリスがうちのメンバーになったぞ」
(えっ!?ノットリス…って、あの小太りの準貴族?)
「あぁ、そうだ。カプセルから出たら軽く挨拶してやれよ。知らない仲じゃないしさ」
ノットリスは魔石関連の担当だったので、そこによく入り浸っていたマナやコウとは結構距離が近かった。
なので改めてきちんと挨拶するほどではないと思ったが、そのこととシーラの態度やコウの様子、それらを組み合わせてマナは考え始める。
おおよその予想がついてマナが真剣な目でシーラの方を見ると、シーラが少し顔をしかめながらその話を避けるように目で訴え頭を小刻みに左右へ振る。
ひとまず刺客を撃退し一息つけたと思っていたマナは、コウをこんな辛い目に合わせるルルーやポトフ王子に苛立ったものの
今は下手に波風を立てず情報を整理してから話そうと思い休むことにした。
(師匠と話せたし、もう少し眠るね)
マナの笑顔を見てコウも笑顔を見せる。
彼女だけは守れたんだ、そんなコウの思いがシーラやエニメットには手に取るようにわかる態度だった。
「あぁ、起きるまで側にいるから安心して寝てくれ」
それを聞いたマナは嬉しそうに目を閉じた。
マナが目を閉じたのを確認し、コウは一度カプセルから離れてシーラたちの方へ戻って来る。
マナにばれたことを気にしているようで、シーラの隣に座ると大きくため息をついた。
「はぁーっ、マナに速攻でバレたな……」
「マナは勘がいいですから。それに師匠があんな表情してマナを見つめれば、私が同じ立場でも何かあったって気づきますよ」
シーラの指摘にコウは軽くため息をつくだけで何も言わない。
コウ自身、周囲から心配されているのは十分に気づいていた。
普段は便利だと思っていた周囲の者たちの感情が分かる力も、今となっては違った圧力のように感じる。
周囲の者たちの困惑や悩みを生み出しているのは他ならない自分だからだ。
原因である自分が何とかしなければともがいてみるが、もがくほど余計に思考が泥沼にはまっていきすっきりとしない。
そんなコウは今ここに道場からいたメンバーしかいないからか、思わず悩んでいることを吐露してしまう。
「なぁ、俺は…どうすればいいんだろうな」
貴族として王女として、上に立つ者の教育を受けてきたシーラは、ある程度コウの悩みを実感できるからか同じように沈んで何も言えなくなる。
都市長やいずれは国王になる可能性のあるものとして教育を受けてきたシーラは、民とともに生きていく融和派の考え方を理解しており
コウもそのように考え努力していたことに共感し尊敬していた。
それが無理やり取り上げられたばかりか、残したものすらも滅茶苦茶にされれば怒りと同時に無力感を感じるのも無理はない。
自分が目標とすべき姿として共感し続けていた彼女にとっても、エクストリムでの出来事はかなり心を痛めるものだった。
自分がコウの立場ならふさぎ込んでしまったかもしれない。
そう思うと簡単に慰めの言葉をかけることすらはばかられた。
そんな時、同じくずっと考えていたエニメットがコウに声をかける。
「コウ様は…どうしたいのですか?」
「…俺か?どうしたいんだろうな…」
「もう一度エクストリムの都市長になって、彼らを助けたいのですか?」
そんなこと無理に決まっている。それくらいコウにだってわかっていた。
エクストリムはテレダインス家の治める都市であり、アイリーシア家のコウが長期間治め続けることなどできない。
「はぁ…責任なんて感じなければこんなに悩まずに済むんだろうけどな」
コウはどうしたいのか自分でもわからず、話をそらして自分の心情を少しずつ吐き出す。
戻りたいとも言えない。ユユネネを加入させておいて、今さら1年もしないうちに団を解散するわけにはいかない。
だからといってエクストリムとはもう関係ないと気持ちを断つこともできない。
ポトフ王子の行動が少なからず自分にも責任があると理解しているからだ。
そんな明言を避け、思い悩むコウにエニメットはさらに尋ねた。
「コウ様は関わった方全てを救いたいのですか?」
「いや、さすがにそれが無理なことくらいわかっているよ。でも、簡単には割り切れないんだ」
「コウ様はきっとこれから多くの人たちを救うと思います。それだけの才能がある方ですから。そんな方にお仕えできるのが私の自慢であり誇りでもあります。
それでも全ての人を救うのは無理です。それなのにこんな風に苦しんでいらしては…コウ様が潰れてしまいかねません」
「………」
エニメットの言ったことは否定する部分がなく、コウはただ黙るしかなかった。
コウはこちらの世界に来て、良い環境を与えてくれた師匠たちを助けられるように魔法の才能を磨いてきた。
都市長になってからは自分の力でもっと多くの人を助けられればと積極的に考え行動してきた。それが良いことにつながると信じて。
だからといって、すべての人を救おうとまで考えたことはない。
あくまで自分のできる範囲でより良いものを提供できれば、そんな漠然とした感覚で行ってきたことだ。
だが今回の件は自分にも少なからず原因があると思うと、どうしても聞かなかったことにはできない。
今更出来ることなど何もないと、コウ自身頭の中ではわかっている。
それでも頭の中のもやもやを消し去れずその場から一歩も動けなくなってしまう。
そんな時マナの声が頭の中に響いた。
(師匠!)
「…っ、マナ、起きていたのか」
コウの言葉にシーラとエニメットがマナの方を向く。
マナはカプセルで光の魔力に包まれながらも目を開けていて、少し厳しい表情でコウを見ていた。
(そんな話されてぐっすり眠れるわけないじゃない)
「すまん、悪かった。別にマナを寝かせないつもりでこんな話をしてたわけじゃないんだ…」
それを聞いたマナはカプセルを内部から緊急停止させて蓋を開く。
その行動を見てコウは慌ててカプセルへと近づいた。
「ちょ、ちょちょ、マナ、まだ治療は終わってないって。今出たら傷が残るかもしれないだろ」
「それどころじゃないでしょ。師匠、今の師匠はどれくらいのものが持てると思ってるの?」
厳しい表情で有無を言わせぬように尋ねてくる。
そんなマナに気圧されてコウは少し後ずさった。
「いきなり、何だよ。も、持てるって…何をだよ」
マナの目をしっか見ることができずコウは視線を逸らし答える。
だがマナはコウの肩を掴むと自分の方を見ろと言わんばかりに言葉をぶつける。
「自分が守れる範囲のこと!」
先日の賊を倒したことにより信用度はC+へと上がったが、まだまだ多くの人を動かせるような力はない。
ちょっと注目されている傭兵団のリーダーというくらいだ。
そんなコウが守れる範囲などたかが知れている。
「せいぜい…メンバーくらいだよ。それも少し怪しいくらいだが……それだけは絶対に守ってみせる」
最初は落ち込み気味に話し始めたが、最後は強い意志を持ってマナに主張する。
リーダーとして、少なくともメンバーだけは守って見せると。
そんなコウにマナは正面からぶつかっていった。
「そうだよ、残念だけど今の師匠は守れてそれくらい。エクストリムで何があったかは知らないけど、それを今の師匠が守ることなんてできない」
ノットリスの名前を出したことでそこまで感づかれたかと思いつつ、コウはマナに言われて改めて自分の力の範囲を自覚させられた。
心のどこかでわかってはいたことだがどうしても認めたくなかったことを、マナに押されて初めて認めるしかなくなった。
そんなショックを受けるコウにマナはさらに畳みかける。
「もっとたくさんの人を守りたいと思うのなら、仮の都市長じゃなくて、正式な都市長になれるくらい偉くならなきゃいけない。
今のまま…少数しか手のひらに抱えられない今の状態で、手の届かない人たちまで守ろうなんて考えたら、師匠はきっと…今持っているものを何もかもを失うよ」
「…っ」
重たいマナの言葉に何も言えずコウは悔しくて唇をかんだ。
だが彼女の言葉は容赦なく続く。
「守れる範囲は限られている。掌の大きさは決まってるの。そこに無理やり別の人を入れようとしたら、気づかないうちに大切な人が零れ落ちて…犠牲にしてしまう。
私は師匠がルルー様に反抗したと聞いたとき、エクストリムの市民じゃなくて私たちを守ることを選んだんだと思った。
だから私はよろこんでついてきたの。だから私は分不相応でも師匠を守るって誓ったの!」
「いや……すまん。俺が、間違ってた。悪かった…」
「悲しいのはわかる。戻ってきたポトフが滅茶苦茶やってるんでしょ?だからといってそっちに引きずられちゃダメ。
今の師匠には権力もなければ、皆が無条件に従うほどの圧倒的な魔力もない。彼らまで守りたいというんだったら、自分の抱えられる器を大きくしてからじゃないと悲劇しか生まない」
真剣に伝えようとするマナに強く心を押され、コウはようやく自分の立ち位置を思い出す。
どこかで諦めなければいけない。コウだってそう思っていたのだが、今ここでマナに言われたことでそれなりに踏ん切りがついた。
そもそも光の連合を追われた身分で、連合にいる多くの市民を助けたいと考えること自体が分不相応なのだ。
それなのにグジグジと悩んで周りの者たちまで不安にさせてしまっては無能もいいとこだ。
今目の前にあるものをしっかりと見つめ大切にし、そして少しずつでも自分の力の及ぶ範囲を広げていく。
自分の最も大切なものを守りながら、自分がどこまで守れるかをその範囲を確認しながら、取捨選択していくしかない。
何もかも当たり前のように守れる物語のような英雄になんかなれはしないのだ。
当たり前のことをようやく認識し、コウはしっかりとマナを見た。
少しらしさを取り戻したかのようなコウの元に、シーラとエニメットが駆け寄ってくる。
「ここで活躍し名を上げて色々な人と友好関係を広めることも、きっと師匠の掌を大きくすることになります。私もサポートするので頑張りましょう」
「コウ様、今は目の前のことに集中しましょう。できないことばかりに目が行き、足元の石につまずいてしまっては、先へと進むのにより多くの時間が必要になってしまいます」
「わかったよ、シーラ、エニメット。本当にありがとう」
そう言ってコウは2人を軽く抱き寄せると、振り返ってマナの目をまっすぐと見た。
先ほどまでの優しくも弱々しい眼差しではなく、しっかりとした意志を持った視線でマナと向き合い目を合わせる。
「すまん、マナ。心配かけすぎた」
「ううん、いつもの師匠が戻ってきて安心した」
コウがらしさを取り戻したのを見て、自分にもご褒美をとマナは抱き着こうとする。
が、コウは右手でマナの額を押し返してそれを阻止した。
「えっ、えぇ!?」
「マナはちゃんと傷を治すこと。もう1度カプセルで治療だ」
「いや、ちょっとくらい傷は残るかもしれないけど…それは今日この時の思い出だし…」
「ダメだ!これは今の俺がマナにしてあげられることだ。1時間ちゃんと待っておくからもう一度カプセルに入るんだ」
「だ、大丈夫だし、これくらい何ともないって」
「ダメだ。俺はマナの事を全力で守る。だから、傷が治るまでは帰さない」
見事に言い返されてマナがかなり不満そうにしていると、傭兵ギルドの職員が入ってくる。
治療カプセルが緊急停止され、中にいるコウたちに何かあったのではと気になって様子を見に来たのだ。
「えっと…様子を見に来たのですが…何かあったのですか?」
「あぁ、いいところに。彼女を後1時間治療カプセルへと入れてください」
「残り時間がある中で緊急停止したとはいえ、再治療となるとその分料金がかかりますが…」
「もちろん問題ありません。彼女がすぐ眠れるよう処置もお願いします」
確定事項のように話すコウに対してそばにいるマナはかなり不貞腐れている。
「えー、師匠そりゃないよー」
「いいからマナは治すことに専念すること!」
すっかり立場が逆転したようで、コウがマナを強気に押し続け観念した彼女はしぶしぶカプセルの中へと戻る。
そんな光景をシーラとエニメットは笑ってみていた。
カプセルの蓋が閉まろうとするとき、マナが再び念話で話しかけてくる。
(ねぇ、師匠。もし私が大変な目に合っていたら…師匠は色んなものを犠牲にしてでも助けに来てくれる?)
突然聞いてきたマナの質問にコウは少し迷ったが、素直に自分の気持ちを念話で答えた。
彼女の本意など気にすることなく、迷いのない気持ちで。
(シーラたちに相談して可能な限り手を尽くす。…だが、もし俺にマナしかいない状況なら、俺の全てをかけてでも助ける)
(うーん、それは80点…)
なんだかうれしそうに伝えるとマナは眠りにつく。
「80点て、なんだよ…」
コウは困惑しながら眠るマナを見て呟いた。
今話も読んでいただきありがとうございます。
評価ありがとうございます。
気に入っていただければブクマや感想などももらえるとうれしいです。
感情的な回はなかなか難しいですね。キャラが不自然に動き過ぎていないか心配です。
誤字脱字は気を付けていますが、目につきましたらご指摘いただけると助かります。
次話は12/18(金)更新予定です。 では。
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