幸と不幸が訪れた日2
ここまでのあらすじ
ルルーからと思われる刺客を追い払ったコウたちだったが、1回で終わるとは思えずその後も慎重に行動を続ける。
そんなある日、魔物の狩りを終えたコウたちが町へ戻ろうとすると、敵と思しき2人組がコウたちの前に現れた。
◆◇
「エニメット、もし指示を出したらその時は…いいな」
「はいっ、予定通りに動きます」
簡単なやり取りの後、コウたちは真っ直ぐゆっくりと近づいてくる2人を動かずに見ていた。
1分もしないうちにお互いの顔が分かる距離まで近づくと、がたいのいい男の方が声をかけてくる。
「よぉ、こっちも仕事なんでな。悪いがそこの男、こっちへきて俺たちの言うことを聞け。
抵抗しなければ他のやつらには手を出さないでやろう」
何の駆け引きもないストレートな要求。
実力は俺たちの方が上だぞと言わんばかりの態度だった。
コウはそれを聞き淡々と返す。
「抵抗したら?」
「はっはっは、その時はお前が3つの魔石を抱えて俺たちのもとに来ることになるだけだ」
周囲に魔力を展開したヘグロス兄弟は、その魔力量でコウたちを威圧し力の差を分からせようとする。
その時何かに気がついたのか、コウは突然左の方を見た。
その動きに何事だと思った弟のロスドリオはつられて同じ方向を見る。
と同時に何かが結構な速さで近づいていることに気づいた。
「なんだ…」
風の板に乗った人影が近づいてきてコウたちの近くに降り立つ。
彼は以前コウが会ったことのある人物だった。
「よぉ、久しぶり。そして、まぁ、君はずいぶんなやつらに絡まれているねぇ…」
その人物は…軽い口調ながらも実力者としての雰囲気を身にまとう、魔物大討伐時に同じチームとして戦った、クエスと親しくしている傭兵ベルフォートだった。
「ベ、ベルフォートさん!?」
さっきまで冷静だったコウもさすがに驚いたのか思わず疑問形で尋ねる。
そんなコウを見てベルフォートはうれしそうに笑顔を見せた。
「おっと、まさか覚えてもらえているとは予想外ですな。で、コウ殿は彼らと楽しく雑談中…ではなさそうですな」
「あれは敵ですよ、明確に」
コウの冷たくはっきりとした言葉にベルフォートも戦闘のスイッチを入れる。
「一応確認したまでですぜ。いやはや…しかし、こんなところで彼らと会えるとは思ってもみませんでしたな」
ベルフォートは急に真剣な表情になるとヘグロス兄弟を睨むように見つめる。
逆に彼らは突然助っ人が現れてどうするべきか悩んでいた。
周囲に展開する魔力の密度から、ほぼ自分たちと同等だと感じる相手が助っ人として現れた。
普段ならば退き依頼の破棄も考慮するところだが、今回は結構吹っ掛けて依頼を受けたこともあり簡単に諦めるわけにはいかない。
もちろん失敗すれば自分たちの信用が傷つくので判断は慎重だ。
裏ギルドと言えども…いやそういった稼業だからこそ仕事が着実に達成できるかどうかだけで評価される。
どんな手を使ってでも成し遂げればそれでよい。
彼らが受けてくれれば成功間違いなし、それこそが裏ギルドにおいける最大の評価である。
もしここで大事をとってここで引けば、目標であるコウたちはあからさまに対策を打ってくるので、捕獲する難易度は確実に上がる。
特に町に籠られたりした場合、さすがにヘグロス兄弟と言えども手が出せない。
根気強くコウたちが外に出るのを待つとしても、現れたタイミングからこの助っ人は常時コウの近くに潜んでいる可能性が高い。
となれば一旦引いたとしても今より良い状況を作り出すのは困難と言える。
奇襲なんてものは初回だからこそ成功するのであって、いったん引いてから再び捕獲に挑戦すると、向こうも心構えができており難易度が無駄に上がるだけ。
さらに今回は殺害より難しい捕獲という依頼、これ以上難易度を上げると実力で優るヘグロス兄弟と言えども不可能になりかねない。
だからといって、一旦引いてこちらも戦力を増強すると言う手は使いにくい。
この手の仕事は協力者を募りにくいからだ。
真っ当な仕事ではないことから裏切る者もいるし、ヘグロス兄弟は当然賞金首だ。手の内を他人に知られると言うのは自分たちの生存リスクを上げる行為に他ならない。
賞金首は賞金首によって殺される、これがこの世界での常識である。
そういったことから下手に協力者を募るより、この場で一気に捕獲してしまうしかないと判断した。
「しゃーねぇ。ヘグ、あいつを足止めしておけ。そのうちに俺が仕事を片付ける。へまんなよ」
「兄貴の頼みなら1時間は余裕っすよ。むしろ、兄貴こそへましないでくれよ」
「ふっ」
ヘグダリオは鼻で笑うとコウの方を見てにやりと笑った。
一方、コウたちも正面にいる2人を警戒しつつ、この後の対応を念話で話し合っていた。
2人組で待ち構えている以上、コンビネーションは向こうの方が上だと考えれば、ベルフォートがコウたちと一緒に戦うメリットはあまりない。
一緒に協力して戦えば勝てるかもと考えたが、ベルフォートはコウたちのパーティーとしての実力を信じてより成功率の高い方法を提案する。
「俺が片方を引き受けて、無理にでも引きはがすことにしますか。そしてこっちが片方を倒すまでの間、君らが守りに徹し生き延びてもらえると助かりますな」
「わかりました。では俺たちも距離をとり彼らを引き離すように動きます」
「ん~、助かるねぇ。じゃ、間違っても死なないでくれよ」
少しずつベルフォートがコウたちから離れていくと、向こうも呼応したかのように弟のヘグダリオが向き合いながら兄貴であるロスドリオから離れていく。
お互いに思惑が一致した形となった。
2組が距離を保ったまま向き合って魔法の型を複数組み上げていく。
戦闘開始の合図は、コウからの一声だった。
「エニメット、ここは引け」
コウから無感情の指示が出ると、エニメットは迷うことなく後方に向かって走り出し風の板に乗った。
だがロスドリオから見て弱いやつはターゲットを捕獲する道具として使えるので、黙って見逃すつもりはない。
「てめぇは俺のお楽しみだ…逃がすか!」
彼がエニメットを逃がすまいと視線で追いながら魔法を発動させようと思った直後、コウはそれより1歩早く2発の<光一閃>で不意をつく。
だが相手も実力者。広めの強化盾を正面に張りながらコウの魔法を防ぎ、2発の光線をエニメットに放った。
狙われたエニメットは、想定の範囲内といわんばかりに<光の強化盾>を2枚張り受け止める。
1枚目は2発目で割れてしまったが、2枚張ったことにより攻撃を防ぎきり、そのまま風の板で遠くへと離れていった。
「ちっ……」
舌打ちしたのもつかの間、すでにコウとマナがかなり距離を詰めている。この時点で逃げた侍女を追うことは不可能となった。
ロスドリオは後ろへ下がりつつも、マナから放たれた<大火弾>を<光の強化盾>で受け止めつつ、コウの振り下ろした一撃を両刃のバトルアックスで受け止める。
少し不意を突けたにもかかわらず、振り切った時の一撃の圧も難なく受け止められたコウは距離を取りながら<風刃>を放つ。
一方のマナは移動して横からの攻撃を試みるが位置が把握されていたようで、バトルアックスを振り上げた斬撃が光りの刃となり、マナは慌ててそれを受け止めた。
それと同時に先ほど大火弾を受け止め炎で前が見えなくなった場所から遅延発動させた<百の火矢>が飛んでくる。
そのまま展開していた強化盾で受け止めたロスドリオだったが、さらなる攻撃に障壁が耐え切れず、強化盾は割れ貫通した火矢が迫る。
だが彼の周囲に展開していた魔力で威力を殺し、着ていた服で受け止めダメージを受けた様子はない。
コウの風刃に対してはマナを狙ったバトルアックスを横へ振って、横への斬撃を飛ばすとお互いをぶつけて相殺した。
これで一通り防いだかと思ったタイミングでシーラが離れた位置から<収束砲>を放つ。
慌ててロスドリオはアイテムボックスから大きい盾を取り出して、そのすべてを受け切った。
「ほほぅ、やるじゃねーか。生きのいい獲物は…大好きだぜ」
コウたちの連携を防ぎきって満足げにロスドリオは笑って見せる。
「やはり簡単にはいかないか…」
全ての攻撃を難なくさばかれたコウは少し苛立ちながらつぶやいた。
距離をとってヘグロス兄弟を切り離せたベルフォートは、コウたちから仕掛けているのを横目で見て防御に徹しててくれよと思いため息をつく。
目の前に対するヘグダリオも最高クラスの殺し屋の片割れ。簡単に倒せる相手ではない。
ベルフォートは少しでも隙を見せてくれないものかと相手を軽く挑発してみた。
「おたくの兄はピンチっぽいですぜ。俺の相手をしている余裕、あるんですかい?」
「けけっ、そっちこそ兄貴とおいらをなめすぎじゃねーか?」
話の途中に地面から4つの<光の鎖>が出現しベルフォートを捕らえようとするが、咄嗟に作った2つの<光の盾>と残り2つを魔道具で出現させ動きを封じようとする光の鎖から逃れる。
「ちっ」
舌打ちすると同時に<光一閃>を、1,2,3,4発と次々に放つが、ベルフォートは<光の強化盾>を動かしながら的確に防ぎ
4発目は障壁を消してかわして見せた。
「おっと、思っていたほどではないですな…兄貴よりは実力が劣るようだ」
「けっ、これから俺の本当の恐ろしさを見せてやるよ」
こちら側は2人とも、向こう側の戦いを気にしながら様子見の攻撃が続いていた。
最初の連続攻撃をすべて捌かれたものの、コウたちは攻撃の手を緩めない。
早い段階で相手の実力の底を見極められれば、それに応じた最適な対処法が組める。
粘り勝ちを狙うとしても、時間を稼ぐために守りに徹するとしても、まずは相手の実力の底を測ろうとコウたちの攻撃は続いた。
加圧弾で一気に加速し距離を詰めるコウは剣を突き刺してやろうと前へ向けて突進する。
「おいおい、ひねりなしか?死ぬ気か?」
このまま体を真っ二つにしては捕獲という依頼をこなせなくなるので、ロスドリオは仕方なくコウの両足を切断しようと少し姿勢を低くした。
するとコウは飛ばされるように突っ込んできた体勢から突然前のめりにジャンプしたかと思うと、剣を持ったまま体を丸め<加圧弾>で自分の体を回転させながら突っ込んでくる。
「くらえっ」
「おぉ、マジか」
即座に反応したロスドリオはバトルアックスを振り上げるようにしてコウの一撃を受け止める。
回転する自分に注目させ不意を突くように足元へと飛んできていた<風刃>に対してもロスドリオは<光の強化盾>を張ってきっちりと受け止めた。
2発の受け止める音が聞こえたかと思うと、コウは突然真横へと吹っ飛ぶ。
その瞬間、一帯に<百の風矢>が降り注ぎ、防御が間に合わなかったのか十数本が刺さりロスドリオの体数か所から血が流れだした。
それとほぼ同時に別の方から飛んできたマナの<破裂槍>2発はきっちりと魔法障壁によって防がれる。
ここは全てを防げないと判断し、上手く取捨選択をした。
魔法の槍が爆発する中、ロスドリオは横へ飛んで視界を開き、着地で体勢を崩したコウに<収束砲>を放つ。
太い光がコウの方へと向かって飛ぶが、シーラが<光の集中盾>をコウの前に張りその攻撃を受け切った。
「師匠!」
「ちっ、やるな…」
今のはもらったというタイミングだったが見事に受けられてロスドリオは悔しそうにする。
一方のコウたちも攻撃に対する対応の選別がうまく、大きなダメージは障壁で受け止めながら、小さいダメージは無視して反撃まできっちりこなす相手に突破口が見えずにいた。
「百矢のカスダメしか通ってなかったな」
「今のを威力上げてれば行けたんじゃない?」
「いえ、それだと反撃をせず受けに回っていただけかと」
一定の距離を保ちつつコウたちは相手の隙を分析するが、簡単に突き崩せる相手ではないことを思い知らされる。
何度も練習と称して生死ぎりぎりの戦いをさせられてきたクエスやボサツに比べればまだ勝ちの見える相手だったが
その辺の雑魚とは比べ物にならないくらい強く、生半可な手ではまともに削ることすらできない。
こうなれば勝つために何をすればいいのか。今までの訓練を思い出しコウは魔力を展開しながら考える。
先ほどのような削り程度の攻撃を続け弱るのを待つか、こちらの被害をある程度許容しつつ強力な一撃を打ち込むか。
ベルフォートが弟を倒してくれるまでねばれれば良い、という考えなら前者の方法が最適だが
コウたちのコンビネーションにロスドリオが慣れてしまった場合、逆に反撃の一撃をくらわされる可能性もある。
だからといって防御に徹していると、万が一受け切れない連続攻撃を食らう可能性だってある。
今のようにある程度攻撃を続けることは相手の周囲に展開した魔力を削ることにもなり、それだけ相手に強力な魔法を使う暇を与えない事に繋がる。
攻撃は最大の防御、現状は今のやり方を続けるしかないという結論に達した。
一つ厄介なことと言えば、こちらが削りに徹しているときに突然逃げられることだ。
実力は明らかに向こうの方が上なので、一度退却を決め込まれるとそれを防ぐのは難しい。
彼らを逃がせばこれからもずっと彼らの恐怖におびえる日々が続く。コウにとってそれだけは避けたかった。
その時は町から出ないという最終手段があるが…それは正直やりたくない。
その辺を考慮してもしやれそうなら一撃で瀕死まで追い込む手も用意しておきたい。
削りと時間稼ぎに見せかけて…そこに強力な一撃を織り込む。そのことをコウはマナに念話で指示した。
(奥の手をゆっくりと準備を。タイミングはマナの勘に任せる)
(了解)
コウの指示を全面的に受け入れ、マナは分割しながら型の準備を始めた。
相手に悟られないように発動直前までもっていく、これがこの戦闘での一番のカギになることは言うまでもない。
戦闘慣れしている魔法使いは、相手の作っている型や周囲に展開している魔力量の変化を見てどんな魔法が発動するかを推定して動く。
敵対するロスドリオも明らかにその域に達している魔法使いだった。
勝つために、生き残るために、1対3の戦いの中ギリギリの駆け引きが続く。
今話も読んでいただきありがとうございます。
修正に悩みまくって、あれこれいじっていたら遅くなりすみません。
千字以上増えてしまったし、無駄に冗長な部分が増えたんじゃないかと思いますが・・うーん。
誤字脱字がありましたらご指摘ください。
次話は11/30(月)更新予定です。 では。




