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閑話:マナの休日2

休日となった日、マナは朝から町の様子を見に出かけた。


早朝出発組が町を離れ、少しだけ町の中の人口密度が下がる。

特に夕方頃傭兵たちが我が物顔で歩いている大通りでは、傭兵たちがほとんど見当たらず素体の者たちが目につく。


今日一番の目的はあいつらだ。

彼らは大体この時間に多くの傭兵団の動きを見るためこの大通りをうろついていることが多い。


ここで見つけられなかったら探すの面倒だなーと思って見渡していると、いつものように歩いている3人組の男女を見つけたので私は明るく声をかけた。


「あ、黒の蹄だー、お久しぶりー」


声をかけられた3人組は振り返ってこちらを見ると、ちょっとまずいと言わんばかりに表情が曇った。


黒の蹄…私たちが最初に魔物狩りの依頼を受けて帰ってきたときに会った傭兵団だ。

うちらを助けるようなそぶりを見せながら近寄ってきた嫌な奴ら…あの時は師匠がスルーしたけど今回は逃がさない。


「呼び止めてごめんねー、ちょっと話したいことがあったんだ」


近づくとより挙動不信感が増す。

ちょっと前に私と会った時のことがまだ効いているようだ。これなら話が早く済みそうで助かる。


「お、俺たちになんか用かな?」


そう答えながらもその男はきょろきょろと辺りを見回す。

自分たちの仲間を探しているのか、それともこちらの仲間がいるのかを確認しているのかがわからなかったが

あまり気にしても仕方がないので早々と本題に入ることにした。


「私、流星の願いのマナ。覚えているよね?」


「あっ、ああ。会ったのは…10日ほど前だったかな、当然覚えているぞ」


ちなみに女の方はこの団のリーダーで、私たちが最初に魔物を狩って戻ってきた際に絡んできた人物の1人だ。

私が確認のためその女性に視線を向けると、向こうも覚えていると言わんばかりに表情を変えず首を縦に振った。


「じゃあさ、10日前に話したことも覚えているよね?」


「も、もちろんさ。私たちは約束を守る優良な傭兵団だからな」


「ふーん…。嘘つき」


その言葉を聞いて彼らはビクッと体を震わせた。ちょっかいを出す割には隠し事は上手くない。

どうしようもない人たちだなと思いつつも、そんな彼らに煩わされていることが腹立たしくなる。


こんな奴らが信用度C+だなんて、信用度のシステム自体がどうかしているとしか思えない。

私が睨んでいると彼らは必死になって誤魔化し始めた。


「いやいや、マナさんは何か勘違いをしてるんじゃないかな。我々は町へ貢献する傭兵団、信用度C+の黒の蹄なんだぜ」


「我々は初心者にいろいろと教えてあげているだけだよ。あくまで先輩からのアドバイスってやつだよ」


大の男2人が綺麗ごとを並べ立てているものの、表情は焦りに満ちている。

これじゃ私でなくても彼らが嘘を言っていることなど丸わかりだろう。


誤魔化すくらいならトラブルを起こすなよと言いたかったが、それすら言う気にならない有り様だ。

こちらとしては関与さえやめてくれれば何の問題もないのに。


「別にC+とかさどうでもいいんだけど…どうして内のメンバーにちょっかいを出したのかな?ちゃんとやめてって言ったよね?

 しかも、脅して情報を引き出そうだなんて…ひょっとして喧嘩売ってる?」


「いやいやいやいや、待ってくれよって。我々がそんなことをするわけ…」


「これ以上話しても無駄みたいだし、この前言った事覚えているなら…覚悟してるよね」


少しだけ怒りを込めてこちらの思惑を伝えると彼らは黙ってしまった。


実は数日前、マナはエンデリンと従者の1人から相談を受けていた。

その内容は黒の蹄から流星の願いのメンバーの情報を教えろと脅されたということだった。


一応金もちらつかせていたので、脅した上に買収しようとしたと言った方がいいかもしれない。

その場は何とか逃げ切ったらしいが、そのせいで買い出しに行くのもより大人数で行く必要が出てきており余計に人手が足りなくなっている。


エンデリンも従者も彼らのことを黒の蹄だと知っていたので、こうやってマナが手を打ちに来たのだ。

ちなみに彼らがそのようなことをしているというのは既に情報として得ていたので、あらかじめ話をしていたのだが…それは結果的に無意味だったと言える。


こういうことを師匠に任せると馬鹿正直に突っ込んで問題をより複雑にしかねないので、この件は師匠にだけ報告されていない。

脅しや多少の実力行使を混ぜて言い聞かせた方がこういう輩には効果があるのだが、師匠はまず話し合いを、と言い出しかねないからだ。


何事も全てトップに情報を上げる必要はない。それが最善策でない場合もある。

こちらで解決できる範囲なら師匠の手を煩わせたくないというメンバーの思いで今回マナが動いていた。


もちろんことが大きくなりそうなら、迷わず師匠に相談するつもりだけど…。


「たとえば今日、南門からメンバーが出て行ったよね?こんなことを続けるなら、彼ら返ってこなくなるかもよ?」


「ちょ、なんでそれを…」


私が楽しそうに語ると彼らは一気に視線が泳ぎ始める。


こんな簡単に動揺するのならどうしてうちのメンバーに脅しをするのか不思議でならなかったが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

師匠やその仲間を害する者は早々に対処しておく、これが私の役目だ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺たちが…」


耐えきれなくなったのか思わず1人が声をあげたがその口はリーダーである女にふさがれる。

そこまでのリスクを負ってまでこちらの情報を聞き出す目的が分からなかったが、抵抗するのならひっそりと消えてもらうしかない。

そう考えたが、その女は強気で反論してきた。


「あんた…それ以上好き勝手言うのなら、こっちにだって考えがあるよ」


「へぇ、考えかぁ。この間そっちの部下と3対1でやってぼこぼこにしてあげたけど、あなたなら勝てるってことかな?」


「ふんっ、そんな減らず口を聞いていられるのも今の内さ。こっちの信用度はそっちよりも上なんだ。周囲の者たちを使って、あんたらに思いっきり圧力をかけてやるよ」


「そう。だったら徐々に減っていく団員を眺めながら圧力をかけてね、頑張って」


まるで効いていないという口ぶりで言葉を返すと、こちらの実力をわかっているのか怒りながらも黙ってしまう。

黙るくらいなら最初から反抗しなきゃいいのに、実力を探るのは彼らにとってそんなに重要な仕事なのだろうか?

仕方がないのでここで力の差を少しわからせることにした。


アイテムボックスから一瞬で赤い刃のナイフを取り出すと、驚いている女の首筋に向かって飛ばす。

さすがに反応できたようだが防御も間に合わず、命中すると恐れ体に力を入れたところで、そのナイフは私の使った<火の強化盾>により止められた。


ちなみにこのナイフは魔力を込め投げると刺さった瞬間に爆発する。

私が止めていなかったら首が吹き飛ぶ…ってことはないと思うけど大けがを負ったことは間違いない。


もっと言うと、防御できたらその隙に小刀を取り出して首筋に触れさせてあげるつもりだったが…そっちは必要なかったようだ。


障壁に突き刺さっている位置から止めなければそのまま首筋に突き刺さると言うのが嫌でもわかるようにナイフを指さす。

しばらくして私は魔法障壁に突き刺さったナイフを引き抜きアイテムボックスへと収納した。

そして笑顔を向ける。


命の危機を感じ体が硬直していたが、ようやく我に返ったのかリーダーである女が怒り散らしてきた。


「あんた、町中でこんなことをしてただで済むと…」


バカバカしい言い分を最後まで聞く義理はない。

相手の言い分を上書きするかのように私は大きめの声で反論した。


「町中でうちのメンバーを脅した奴らが、何だって?」


笑顔と共に殺意を込めて放った言葉に、相手は主張を止め固まってしまう。


「次はないからね。もう予告もしないよ。急にお仲間が帰ってこなくなったら…それは私がやったことかもしれないね」


これでしばらくは向こうも動かないだろう。

傭兵の世界は所詮力こそが秩序だ。喧嘩を売る相手が間違っていたことを向こうも気づいてくれただろう。


師匠だったら口論して、傭兵ギルドに話をつけに行って、でも結局大した効果はなくて、何て道筋をたどりそうだし

ここは私が片をつけてよかったと思う。


こういった小石に師匠が(つまづ)かないためにも私が露払いをしておく必要がある、それがきっと私の役目なのだから。




立ち尽くす彼らのもとを去っていくと、見たことのある人物が私の方へと近づいてきた。

この町の四大傭兵団の一角で戦闘特化系『星の一振り』のリーダー、シグルスだ。


彼は一見話しやすくていい人なんだけど、戦闘系の傭兵団リーダーだし善と悪の両面を上手く対処してきた人物だと思われる。

多分さっきのを見ていたのだろう、笑顔を見せているが同時にこちらに対してかなりの警戒感を見せていた。


厄介な相手に見られてしまったっぽいけど、今更誤魔化せるものでもないので付き合うしかない。


「やぁ、まさか町中でああいうものを見られるとは思わなかったよ」


「ん?盗み聞ぎだなんて感心しないけどー?」


軽めのノリで話をずらしてみる。

まずは相手の出方を探らないといけない。欲を言えばどこまで見たかを確認したい。


さすがに大手相手に即座にケンカを売るほど私も馬鹿じゃない。

もちろん師匠を侮辱するようなら話は別だけど。


「あんなことやれば目立つし自然と目に入った…と言おうと思ったけど、盗み聞きと来たか…確かに反論できないね」


私の話にうまく乗っかりつつ、敵対することなく心理的距離を詰めてくる。やっぱり想定通り対応能力が高い。

さらに話の内容まで把握していたようだ。ますます厄介だ。


戦闘系は正義感あふれる心でまず話し合いから入り秩序を維持するタイプと、ある程度周りの状況を見ながら最初から力で秩序を維持するタイプがいる。

彼らの活動内容から見て後者だろうとシーラやメルボンドも言っていたけど、どうやら間違いなさそうだ。


「それで今日は…警告?それともお仕置き?」


「ははは、治安維持をモットーとする僕らにいきなりそれを聞くだなんて、君はやりにくい相手だね。

 流星の願い…だったよね。実力もあるしこういった手も使える、か」


何を言いたいのかはっきりしないふわふわとした発言、こちらの行動に合わせて柔軟に対応しようとする態度、私の一番嫌いなタイプだ。

熱のない役人みたいな言動は気持ちよりもただ立場や(ことわり)を優先、結局のところ今の地位をただ安定化させたいだけにしか思えない。


もちろん秩序を維持するという点では喧嘩っ早いのはいただけないけど…。


「ああいう輩を容認するのも、秩序維持に必要ってこと?あんなのはとてもC+傭兵団の行動とは思えないんだけど…なんでC+のままなんだろうね?」


黒の蹄は信用度C+の傭兵団だ。

もちろんシグルスのいる『星の一振り』が信用度を操作できるわけじゃない。


彼らはこの町の秩序を守っている存在の中でも一番影響力が大きい。

そんな彼らが私たちのような新人よりも彼らをかばうのがちょっと疑問だった。


もちろん、新人よりは既存の信用度のある傭兵団の方がかばうべき存在なのは理解できるけど…何かが引っ掛かった。

私たちよりもはるかに町にいる傭兵団に詳しい彼らが、黒の蹄の行動を知らないはずがないからだ。


それに、彼らほどの存在になると町や傭兵ギルドにも多少の融通は利くと考えた方がいい。

黒の蹄が良からぬことをやらかしても、報告が行かないようにすることくらい可能かもしれない。


ひょっとして?といった感じで質問してみたつもりだったが、どうやら私の思惑がしっかりと刺さったようでシグルスは笑顔を見せる。

喜びと企みが混ざったかのような嫌な笑みだった。


「君は…マナさんは、わかった上で聞いているのかな?」


「何となく予想して、可能性はあるかなって思っただけなんだけどね」


お互いに明確な発言をしないまま会話が進む。

私が澄ました表情で答えると、さすがに向こうから笑顔が消えた。


どこかにつながりがあるのではと思って探ってはいたけど、てっきりギルドだと思っていたのにな。こっちだったなんて。


「どうだい、君はうちにふさわしい人材だと思うんだけど。こっちへ来ないかい?幹部として歓迎するよ」


困ったら引き入れる、実に彼ららしいやり方だと思う。

正直に言うと師匠にもこういうやり方を少しは学んでほしいけど…今の師匠のやり方もある意味魅力的なので言及するつもりはない。


この町で影響力を持つシグルスと対立することは損でしかないが、さすがにこんな誘いを受けるほど私は馬鹿じゃない。

特に師匠には一生の恩がある。治安維持のポーズをとったチンピラ風情と比較するまでもない。


「遠慮するね。多分私の方が強いし、貴方と私のリーダーを比べたら…あなたはいまいちだもん」


「へぇ、残念だ。でも…個々の強さが本当の強さってわけじゃないよ。それに君になら僕でも勝てそうなんだけどな」


「ふぅん、だったらやってみる?」


姿勢をすぐに動ける体勢にし、周囲に展開する魔力を濃くしてみる。

もちろんこんな場所でやり合えば大問題になるが、挑発されたら挑発し返したくなる相手だったのでしょうがない。


そんな私を少し見つめて…彼は肩の力を抜いた。

予想通りの反応だけど、改めてやりにくい相手だと思わされる。


「止めとくよ。ここで騒ぎを起こしたら…秩序維持の看板を返上しなきゃならないからね。

 とはいえ、さっきの行動はあまりいいものじゃないと思うよ。僕が言うのもなんだけど」


押せぬとわかると素早く引いて平静を装う。

こんな傭兵だらけの街で長い間秩序を保つ役目をやっているだけあって、簡単にはぼろを出さない。


先ほどうっすらと掴めた黒の蹄との関係も具体的証拠など何もないのだから、師匠に報告するのは待った方がいいだろう。

一応メイネアスとかと相談くらいはしておくけど。


あの雑魚たちを抑えた上でシグルスからの非難もうまくかわせたので、今は良しとしなきゃいけないかな。


「そう。じゃ、私はこの町を見て回りたいからこのへんで行くねー」


「あぁ。これからも君たちの活躍の期待しているよ」


警告とも取れるあいまいな台詞。

私はそれを聞いて厳しい目つきで睨むと、シグルスは困った顔をして反対方向に歩いて行った。




一悶着あったがやるべきことを済ませた私はそのまま町の各所を歩き回り、あらかじめリスト化していた傭兵団の拠点を見て回った。

外観でわかることはさほど多くないが、警備の程度や資金の余裕さなど想像できる部分もあるので決して無駄な作業でない。


それに一度場所と傭兵団名を一致させておけば、何かあった時に迅速に動ける。

そんな必要…ないに越したことないんだけど。


一通りやりたいことを終え拠点に戻って、1階の広間でのんびりしているとシーラとエンデリンが訓練から戻ってきた。

彼はずいぶん疲れているようだったが、それでもシーラを気にしてか少し強がって平気そうに振舞っている。

他から見ればバレバレなんだけどな…。


「シーラに借りが出来ちゃったなぁ…近いうちにちょっとだけフォローしてあげないと…」


本来なら後輩の育成に私も関わるべきだったのに、シーラに丸投げしちゃったことをちょっとだけ申し訳なく思う。

その思いが小声だが思わず口から出てしまった。




翌日、うちの傭兵団の信用度が下がらなかったことがわかり、私とメイネアスで傭兵ギルドに念を押しに行ったあと戻ってくると

シーラがエンデリンを指導しようとして師匠に話しかけていた。


「師匠、外の庭借りても良いでしょうか?」


「あぁ、大丈夫だが…エンデリンと訓練か?」


「はい、正確には彼の訓練ですけど」


そこは一緒に付き合ってくれませんか?と言うべき所なのに、昨日の私の言葉が効きすぎたのか

彼女は自分が指導するので師匠はゆっくりしていてくださいというスタンスをとっていた。


こういう時、師匠もフォローしてあげればいいんだけど…気づいているのかいないのか、軽く聞き流すような姿勢を見せる。

昨日の借りもあるし、私の発言に引っ張られ過ぎているなら私にも責任があるので、仕方なくフォローしてあげることにした。


「あっ、師匠焼きもちだ」


「マナ…茶化すなよ」


こうやってちょっと師匠の意識をシーラの気持ちへと向けてあげれば、後は師匠が上手く動いてくれるはず。

師匠は相手の今の感情には敏感なのに、わかりやすい継続的な感情にはなぜか鈍感なところがあったりするけど

私が背中を押してあげても気づかないほどの鈍感じゃない。


今日は2人で…とおまけにエンデリンが付いているけど楽しんでね。

そう思いながら私はからかって逃げるように2階へと向かった。


「ふぅ、時間があるし…俺も付き合っていいかな」


遠くで師匠がそういったのを聞き私は満足げに自室へと戻る。


「今回だけはサービスだからね、シーラ」


思い通りに師匠が動いてくれたので、私はうれしくなって小声で呟いた。


ちょっと鈍感な2人の仲を守ってあげるのも…私の仕事かな。

本当に手のかかる2人だね。


おまけ話、楽しんでいただけたでしょうか?

本編の話をちょっと別の視点から見た感じのシーンも入れてみましたが…

ちなみに構想だけして未掲載か、章末に乗せる予定でしたが、挿絵のスケジュールからこんな変な場所に入れ込むことに。


誤字脱字がありましたら、びしっとご指摘いただけるとうれしいです。

感想やブクマはいくらでも大歓迎です。評価もしてもらえるとうれしいなぁ。

次話は本編に戻って話が進みます。 11/24(火)更新予定です。 では。

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