振り回される人たち1
ここまでのあらすじ
コウは女王からの処罰を受け、中立地帯へと向かった。
その後も戦火にばかり意識を割かれ特に何もなかったが、ここに来て事が動き出す。
コウが光の連合から出立して1月が過ぎた頃だった。
コウが中立地帯へ向かったことについて特に表立った動きのなかったギラフェット一門がついに動き始める。
アイリーシア家の保護家であるフィラビット家の家長、メルル・フィラビットの水面下での賢明な説得により
大きな決断ができず手をこまねいていたギラフェット家の当主代理ルルカを始め、一門の家長・家長代理を納得させることに成功し、一門内の意見がようやくまとまった。
それにより、本来はボルティスとミントがいる下で発表されるはずだった、コウの貴族への昇格の件が連合全体に発表された。
こうした発表というものは、元から準貴族だった者が貴族に昇格した際には行われない。
あくまで被支配者層の平民やそれより下の傭兵が、支配者層の中でも上位に位置する地位へと上り詰めたことを公表するために行われるものだ。
ぶっちゃけこの発表は特別な貴族が現れたという情報共有というよりも、一門やその国にそれくらい優秀な才能を持った者がいると言う誇示に近い。
準貴族ではなく貴族まで引き上げなければ釣り合わない程の、普通の貴族よりも圧倒的才能がある人物がうちにはいるんだぞ、と言った感じだ。
そのため各家の代表が準備に時間をかけ行うものであり、発表時にはお披露目会を兼ねたパーティーが開かれる。
魔法の才能であればそこで模擬戦が、都市を治める才能であればその功績が発表されたりして、その者の才能を誇示するのだ。
が、今回のコウの場合はそうではなかった。
何とか彼の立場を守るため、連合内にいないクエスやミントに代わってメルルが奔走し、1月経った今ようやく発表へとこぎつける。
残念ながら本人がいないので当然お披露目会も行われないが、これにより彼はそれだけ貴重な存在なんだと他の貴族たちにアピールすることとなった。
そしてこれを発表することで、コウを早期に連合へと戻すために必要な処罰撤回の理由を作る下地ができたと言える。
最初は渋っていたルルカ王女も、コウがアイリーシア家に匿われているのではなく本当に中立地帯に行ったことを聞き、腹をくくって一門の説得に協力した。
別の理由として、コウと親しい第7王女ルーチェがいち早く協力に動き出したことを知り、このままではコウの気を引けないという危機感があったことも関係しているが…ここでは触れないことにしておく。
ちなみにこの件を一番渋っていたのは、フィラビット家と同じくギラフェット家の被保護家に当たる中級貴族のスクオロット家だ。
彼らにとってはクエスの保護と彼女の活躍により評価を上げ続けてきたフィラビット家に、また光が当たるというのはこの上なく面白くない話だった。
そのため、トップがおらず慣例通りの発表が行えないため、コウの価値が下がるのではと言う理論を振りかざしながらごね続け、ここまでの時間がかかってしまった。
発表は一般的に一門のトップと当該家のトップが行うのだが、今回は2人共代理であったため
メルルもそこに名を連ねることになり、スクオロット家の家長ロデオ・スクオロットはかなりご不満な様子だった。
ともあれこれで、なんとかコウを連れ戻すよう動ける準備が整った。
そしてこの発表を知り、とても驚いた人物が連合内に2人いた。
今回の発表の内容は『コウ・アイリーシアは2月ほど前に、当主ボルティス・ギラフェットとミント・アイリーシアによって貴族への昇格が認められた』となっており
処罰が下された時にはすでに貴族であったことが発覚したのだが、そのことは2人にとってとても頭の痛いことだった。
その内の1人は当然、ルルー・エレファシナである。
今回の策謀は全て、コウが準貴族であるという前提によって立てられていた。
コウが準貴族であるからこそ容易に引き抜けると考えており、追放となればその地位を失う恐れによりなびくと考えていた。
それがこの発表により、ルルーたちの策謀は全て通用しなくて当然と言われたようなものである。
そればかりか、下級とはいえいわゆる貴族に手を出したことになってしまったのだ。
貴族とはその家において中核をなす存在。準貴族はややもすれば家のお荷物的扱いを受ける者もいるが貴族ならばそういった扱いはまずない。
いくら立場に差がある下級貴族家と言えども、そこの貴族に手を出すということはその家に正面から喧嘩を売ってきたと捉えられても文句は言えないのだ。
しかもコウは取り立てられて貴族にまで引き上げられた、俗に言う昇格貴族だ。
アイリーシア家はそれだけ彼を重要視しているということである。
『色々あって追い込んじゃったけど、準貴何だしいいじゃない』という言い分を押し通すのはこの時点で不可能となった。
今回の場合、情報は後出しなので知らなかったと言えなくもないが、コウに罰を下した場所に同席した以上、クエス相手に無関係を主張するのは難しい。
ルルーは獲物を追い詰めていたつもりだが(正確には逃げられているが)、気づけば自分が追い詰められていたことに気づき、焦りと怒りの感情が渦巻いていた。
「あぁぁー!なんなのよ、これは」
腕に魔力を込め思いっきり机をたたいてしまった事で、机が半分に割れてしまう。
それでも怒りがおさまらないのか息を荒げたまま、壊れた机を見つめ考えていた。
その様子を近くで見守っていたトーレスが見るに見かねて声をかける。
コウが貴族だと発表された以上、このまま黙って様子を窺いながら捕縛するチャンスを待つ時間などないと言っていい。
「ルルー様、もはやこの件は早急に閉じるべきです」
「わかってるわよ、それくらい」
不機嫌そうに怒鳴るルルーだったが、さすがに当主になっただけはある。
簡単に状況を読み違えたりはしない。
コウが貴族だとわかれば、大きな混乱を避けるためにも再調査が入る可能性が高い。
その前に動いておかないと間違いなくこちらにも火の粉が降りかかるので、もはやこの計画自体なかったことにするしかない。
「多分女王も動く。私はそっちに向かうから、早急にこの計画は破棄。予定していたクローズプランを即座に実行しなさい」
「はっ、常に準備しておりますので数時間もあればすべてを闇に葬れます」
「頼んだわよ、女王の動き次第ではあまり時間の余裕が……ん、誰か来た」
外にいる兵士たちが少し騒がしくなり、確認もなく当主の執務室の扉が開かれる。
こういった場合、入ってくる人物は1人と決まっていた。
「ルルー様、ギラフェットからの通達はお聞きになられましたかな?」
やってきたのはルルーの教育係であるエリオスだ。
ルルーにとって彼は目の上のたんこぶであり半人前の証明にすらなっているので、常日頃から早く離れて欲しいと思っていた。
彼に色々と知られてはただじゃ済まないので、ルルーは何とかこの場をやり過ごそうとする。
「聞いたわ。確かテレダインス家の都市にいた奴でしょ。念のため再調査するよう、トーレスと話していたところよ」
「……そうでしたか」
怪しんでいるような、興味を示していないような、鋭さのない視線がルルーに刺さる。
だがルルーは一切動じることなくその視線から外れるよう動き出した。
「私はこれから女王のところへ行ってくるわ。彼を追い出した件にわずかながら絡んでいるし、問題が大きくならないよう相談しておきたいから」
「確かにそれは大事なことですな。わかりました、行ってらっしゃいませ」
ルルーが出て行くと部屋にはトーレスとエリオスが残された。
エリオスは彼を睨むと、ただ一言だけ質問する。
「大きな問題には…ならないのだろうな?」
トーレスは静かにうなずいた。
「ならいい。このようなことでルルー様に、そしてエレファシナ家に傷をつけるわけにはいかん」
それだけを告げるとエリオスは部屋から出て行った。
コウが貴族であるという発表に驚いたもう一方の人物、ルーデンリア光国の女王インシーは
部下からその一報を聞いて固まっていた。
「……とのことです。どういった事情なのかわかりませんが、代理によって発表されており披露会は行われないようです。
異例ずくめの発表ですが、ひとまず記録だけにとどめておきましょうか」
報告を終えると動かない女王を見て、側近の文官が何度も瞬きをした。
そんな側近の驚いた顔に気づいたのか、女王は1人だけ時間の流れが違っているかのように首だけでゆっくりと横を向くとその文官に尋ねる。
「えっと……それ、本当?」
「えっ、えぇ。今しがた所属家であるアイリーシア家の家長代理メイア様とギラフェット家からはルルカ第2王女様、そして連名にメルル・フィラビット様の名前まであります。
おそらく2人が代理であるため、名を連ねたとは思いますが…確かに異例尽くしであり、この時点での発表は…」
側近の者が丁寧に説明していたが、女王は途中から彼の言葉など頭に入ってこなかった。
戦時に女王が混乱を避けるため仲裁に入り、女王の権限で処罰するのは貴族相手でも可能である。
だが、相手が貴族ともなれば多少は対応を緩めるべきだし、さらに平民から昇格させた貴族ともなれば、家にとって宝のような存在であるためより対応を考えるべきだった。
後から知ったことなので女王側も言い分はあるが、一部とはいえ戦時に連合内を混乱させてしまっては女王失格の声が上がりかねない。
この発表に女王は頭を抱えることとなった。
「あぁー、それが事実だとちょっと都合が悪いわね…今日の進捗会議は昼からだったわよね、今からアイリーシア家に行くので連絡しておいてちょうだい」
「はっ。了解いたしました…っと、今からですか」
「ええ、そうよ。こうなってはもう少し彼の言い分を聞きに行かないと。向こうもそれが狙いで今発表したんだろうし、無視するわけにはいかないわ」
このタイミングでお披露目会もせずに、コウが平民から貴族にまで上り詰めたことを発表する。
どう見ても狙いは明らかだった。
処分を一旦取り消して保留にすることを視野に入れるくらいは伝えるべきだろうと思い、女王は早速動くことにする。
とはいえ、女王はこの連合のトップに位置する存在。
先ぶれも出さずにいきなり向かっては相手国が混乱するだけなので、2時間後くらいに尋ねることとなった。
出来るだけ早く動いてこれ以上の混乱を避けたい女王にとっては、この待機時間がもどかしく仕事どころではなくなる。
そんな中、ルルーが女王の元へとやってきた。
兵士たちに案内され女王のいる部屋へと通されると、人払いをし2人きりになる。
「このタイミングで来たということは、コウの一件ね」
「はい。まさか彼が貴族になっているとは思いませんでした。こちらも例の一件をすぐに再調査しています」
「助かるわ。当時は貴族だと発表されていなかったから、こちらに落ち度があるとまでは言われないでしょうけど…一旦処罰の取り消しと対応の保留をするつもりよ。その上で再調査ね」
「それには私も賛成です。向こうもその思惑で発表したのでしょうし、ここはその思惑に乗っかった方がよさそうです。
けど…彼があの場でこれを言えば、こんなことにはならなかったのに。あの小僧の考えは本当にわからない」
ルルーが苛立ちを見せながら語るが、さすがにこれは女王も全面同意だった。
「本当にそうよね。まぁ、その件は今更考えても仕方ないわ。今やるべきことはこれ以上問題が大きくならないようにすることよ」
「ですね、わかってます」
女王もルルー同様、当時のコウの対応に不満を感じたが、ここで悪口を言い合ってはまずいと思いさらりと流す。
十分穏便になるように解決したつもりだったが、こうなった以上、ここは事を荒立てず事態を解決することが女王として一番大切なことである。
ここで不満を並べ合ってコウへの怒りを増幅させてしまうのは、無意味を通り越して悪手であることくらい2人とも理解していた。
「もう少ししたら私はアイリーシア家に向かうわ。ルルーはどうする?」
「私も同席させてもらいます。多少なりとも責任を感じているから」
もちろんルルーは責任なんて感じていないが、何かあった場合即動けるように女王に同行することを決めた。
そして2人は数名の兵士と文官を連れてアイリーシア家へと飛んだ。
今話も読んでいただきありがとうございます。
イラスの方が、どうやら話までに間に合わないご様子。1月では足りなかったか…
出来上がり次第、後書きにでも載せることにしようかな。
誤字脱字の指摘、ありがとうございます。今話もありましたらご指摘いただけると助かります。
ブクマが増えていきありがたいです。評価もあるとうれしいです。
次話は11/15(日)更新予定。マイペースですみません。 では。




