揺れる信用度9
ここまでのあらすじ
ギルドから信用度が落ちると警告されたコウたち。
その決定が下る前日、コウたちは狩りを止め休日を過ごしていた。
コウが自室でのんびりと過ごしていた頃、シーラはエンデリンと共に訓練場へと来ていた。
以前から暇が出来たらぜひ指導してほしいと彼がシーラにお願いしていたからだ。
エンデリン自身、ここへきて自分の実力が他のメンバーよりも劣っていることを痛感させられている。
そのため少しでも役に立てるよう誰かに指導してほしいと入った直後から考えていた。
ただ今回の行動はそれだけではない。自分の良さを何とかアピールしてシーラの気を引きたいとも考えていた。
団に入ってみると、リーダーであるコウはマナとかなり仲がよさそうに見えた。
特にマナは所かまわずコウに絡んでいくので、彼自身そういった場面を見る機会が多くそう思うのも仕方がない。
代わって同じ副リーダーのシーラは、どちらかというとその場の雰囲気に合わせた行動を見せるのでコウとシーラの仲のよさはあまり見られず
自分もいいところを見せれば振り向いてくれるんじゃないかと考えていた。
もちろん、コウとシーラの仲が深ければすぐに身を退く心構えをした上での行動だ。
彼にとって一番最悪なことはここから追い出されることであり、それだけは避けなければならない。
リーダーの女に手を出すと言うのは指摘されるまでもなくご法度であり、それが元で追い出されたという傭兵もたまに耳にする。
町程度の規模では傭兵団の数も多くなく、そういった噂は一瞬で広まってしまう。
そうなると警戒され、他の団にも入れなくなるので一番やってはいけないことなのだ。
エンデリンもそれくらいはわきまえていた。
一方のシーラはエンデリンをもう少し使えるようにしたいと考えていた。
そのためには優秀な魔法使いに指導してもらうのが一番だ。
だが、あまり実力のない彼をコウに指導してもらうようお願いするのはさすがに心苦しかった。
多少暇が出来たとはいえ、コウは相変わらずのんびりとは縁のない生活をしており、彼女としてもこれ以上師匠の手を煩わせたくなかった。
なので、彼の訓練をつけて欲しいという願いをすんなりと聞き入れていた。
一瞬彼をマナに任せることも考えたが、ともに師匠と腕を磨いている時ですらフィーリングで物事を伝えてくることから
実力のない彼をマナには任せられないと思い自分が動くことにしたのだ。
訓練場の受付に着くと色々な施設が壁に表示されており、シーラは興味深そうにそれを眺める。
「こういった訓練場があるのですね。私たちの拠点は裏の庭が練習場所として使えますがもう少し広い場所があればと思っていたのです」
「だったらぜひ訓練場に皆さんを誘いたいですね。僕は結構使い慣れているので色々と説明できますよ」
自信満々にアピールするエンデリンを見てシーラは微笑んだ。
その様子を見てますますテンションの上がったエンデリンは早速受付に向かう。
彼女は傭兵の中では珍しく、品がありアピールも控えめなタイプだ。
荒くれ者たちの中で穏やかに咲く一輪の花のような存在であり、これを機にもっと距離を縮めるぞとエンデリンは意気込む。
「シーラさん。色々と施設がありますけど、どの訓練場を使いますか?」
「そうですね…よく狩りの対象になる火ウサギを狙えるような訓練をする場所があればいいのですが」
「動くターゲットを狙う訓練ですね、ありますよ」
エンデリンがこの施設だと説明すると、受付で空いていることを確認しシーラがお金を払ってそこへと移動する。
今回くらいは俺が払いますと言いたかったエンデリンだが、自分の懐が寂しいことから言い出せず、ここは彼女に世話にならざるを得なかった。
この訓練室はテニスコートの3倍くらいの面積があり、入力した魔物を動く敵として映像で出すことができる。
魔物は動くし攻撃をしてくるので、それをかわしながら反撃するのがここでの訓練となる。
訓練室へ入ると、シーラはさっそく設定画面を開いて空中に表示されたパネルを操作し始めた。
操作感が道場にいた頃のシステムと似ており、シーラはサクサクと設定を進める。
いくつかある魔物設定から火ウサギを選び、場所を背丈の高い草原に選ぶと周囲の景色が一変した。
前方に膝丈くらいの草むらが見え、目視で目標を確認しづらい状況となる。
実際に火ウサギはこういった場所に数匹の群れでいることが多く、まさに実践通りと言わんばかりの状況が作り上げられた。
「この設定で1匹エンデリンの方へ向かわせますので、上手く狙ってください」
「わ、わかりました」
楽しく会話する暇もなく訓練へと移行するシーラに対して、もっと話をしたかったなと思いつつエンデリンは身構える。
ここ1月の間、何度か実戦に同行したことで慣れてきたとはいえ、こちらに向かって突っ込んでくる火ウサギはエンデリンにとって今でも脅威だ。
実力のないエンデリンは自分の存在価値を示すためにも、出来るだけ味方を頼らずに魔物を倒したいと考えていた。
味方を頼ることなく相手を倒せなければいつまでたっても足手まといでしかないと彼自身もよくわかっている。
草むらが揺れかさかさと音が立ち、草の上から<火の槍>の映像がエンデリンに向かって飛んでくる。
それに対して上手く盾を向けると火の槍の映像は盾の目の前で消える。ちゃんと受け止められたという判定だ。
防御に成功しほっとしたのも束の間、今度は目の前の草から火ウサギが飛び出してきた。
気づくと横には<火弾>があり、それとは時間差で魔力をまとった火ウサギが体当たりをかましてくる。
火弾に意識を割かれたエンデリンは、火ウサギの体当たりに対して反応が遅れ脇部分に映像が体当たりすると、火ウサギは消え正面に大きく×マークが表示される。
それなりのダメージを負った場合、今まで通りの動きが出来なくなることから失敗と判定された形だ。
「火弾に意識をとられてしまいましたね。エンデリンの強さなら鎧部分に当たった火弾くらいではほとんどダメージがないはずです。
そこを一瞬で判断しないと大きな傷を負ってしまいますよ」
「す、すみません…」
「本番では失敗できない分、訓練で失敗から学んでいきましょう。では、次いきますね」
「はいっ」
今度こそはいいところを見せようとエンデリンは意気込む。
その後何度も挑戦し10セット終わった時点で小休憩となった。
「10回中7回は撃退、3回は大きなダメージを食らっています。実戦で1匹相手に単独で任せるには少し厳しいですね」
エンデリン本人はなかなかの成績だと思っていたが、シーラにとってはまだまだといったところだ。
致命傷になる攻撃ではないとはいえ、この調子では味方が常に彼の守りに意識を割かなければならなくなる。
出来るだけ師匠をサポートする側に回りたい彼女にとって、今の彼の実力はまだまだ不満な結果だった。
とはいえ全く望みのない状態ではない。
集中力と経験があれば1対1で火ウサギを倒すには十分な実力があると判断できた。
が、彼の性格から甘い言葉は不要だと思い、シーラは厳しめに指導する。
「実戦ではいくら私たちがサポートするとはいえ、必ず1対1になれるわけでないのでこれくらいは余裕であってほしいですね」
「わ、わかりました…頑張ります。もう10セットお願いします」
「はい、ではいきますね」
軽く休憩したかと思うと再び訓練へと入る。
最初は意気込みすぎてうまく体が動かせずミスもあったが、少しずつ慣れてきたこともあり今回は10回中8回撃退に成功した。
「はぁ、はぁ…もう少しだったんですけど…」
少し悔しそうにしながらも彼の心の中ではちょっとだけ達成感を感じていた。
ここのところ実戦で火ウサギの動きを見ている分、体が思ったよりも早く反応してくれる。
草むらの中の動きも魔力の動きでしっかりと捉えられており、本人としては満足いく出来だった。
だが、シーラから見ればあくまでこの火ウサギの動きは単調にトレースしたものだし、1匹だけが必ず自分のところに向かってくるパターンなので
10回中10回とも撃退に成功してほしかった。
それとシーラは彼の型の作り方に気になることがあった。
魔法学校や兵士の訓練では自分の目の前に型を作り、周囲とのタイミングに合わせて一斉に攻撃魔法を発動させる訓練をする。
これにより多数の兵士で相手が簡単には防げない飽和攻撃をするのだが、1人で少数の魔物と戦う場合にはもう少し工夫した方がより効果的に戦える。
これは上級魔法学校でしか習わないことだったが、コウが普通にそうしていたので実は一般的な常識なのかとシーラも考えていた。
だが、彼を見ている限りそうではないようで指導が必要なのではと思ったのだ。
「その…エンデリンはいつもそうやって目の前で型を作っているのですか?」
「えっ、はっ、はい…目の前では、ダメなんでしょうか?」
「そうですね。多数同士がぶつかり合う戦場では一斉攻撃のタイミングが大事なので目の前でも問題はありませんが
1対1や魔物と戦う場合は型を背中で作ったり周囲で作ることが大事になると思います。
目の前で作ると型を狙われたとき、型を破壊された上に自分にも攻撃が当たってしまいます。そうなるととても不利になりますよ」
コウとマナもほとんどは横や上で型を作ることが多く、状況によっては自分の後ろで魔法の型を作る。
こうすることによって相手に型を見せず次に来る魔法を想定させないようにして不意を打つのだ。
もちろん周囲に展開した魔力の多さや、型から感じる魔力密度で大したことのない魔法か強大な魔法かくらいはわかるのだが。
「なるほど…それは今まで知りませんでした。確かに言われてみると傭兵たちの中でも実力者は横で作る人が多かった気がします」
指摘され直すべきかと考えたが、今まで目の前で見ながら作っていたものをいきなり真横で見ずに作るというのは簡単にできるものではない。
試しにエンデリンは<光一閃>の型を自分の真横で作ってみるものの、威力が落ちるどころか魔法が発動しないほどにまで型が崩れてしまった。
「む、難しい…」
「さすがにいきなりできる、とまではなかなかいかないと思いますのでそれは帰ってから練習ですね。
今はせっかくですから、10回すべて撃退成功するようにここで練習しましょう」
「は、はい…」
いつも穏やかで優しく話すシーラを普段から見ていたため、彼女との練習がここまできついものだと思っておらず
エンデリンは苦笑いをしながらシーラの指示に従って練習を続けた。
途中ばててきても「まだ頑張りましょう」と言ってくるシーラを見て、想像以上の鬼教官だと彼は思い知らされた。
3時間借りていた訓練室も残り30分くらいになったところで、ようやくエンデリンは解放される。
下手な狩りよりも膨大な気力と魔力を消費させられた彼は、もう動きたくないのか大の字になって寝転がっていた。
もはやいいところを見せようとアピールする気力さえ失っている。
「エンデリン、お疲れさまでした。これは安物ですが魔力の回復薬です。これを飲んで少し休んでくださいね」
「はっ、はい」
シーラが手渡してくる小瓶をシーラの手ごと握りしめようとするが、完全に疲れ切っており思ったよりも手が伸ばせない。
それを見たシーラが笑顔を見せ、労うかのように手のひらに小瓶を置きエンデリンの手を握り締めてあげた。
「シ、シーラさん…」
「では、せっかく30分ほど時間が余っていますので、私もやってみますね。エンデリンはそこでゆっくりしていてください」
握られた手を離されたのが名残惜しかったが、立ち上がる気力もわかない彼は体を壁に寄り掛からせながらシーラの方を見る。
「は、はい…見学させて…もらいます」
息切れしながら答えそのまま彼はシーラの後姿を見つめた。
シーラはその間設定を火ウサギ10匹に変え集中すると、真剣な目つきで練習に挑み始める。
不意を突かれたことを想定して、目標が動き出した後でシーラは動き出す。
型を複数同時に組み始めるが、先に攻撃体制をとった火ウサギたちから<火弾>がバラバラに飛んでくる。
シーラは横に飛ぶと5発の火弾をかわしたが、着地点に向けてさらに3発が飛んできた。
正面に大きめの<光の強化盾>を貼るとシーラはほぼ同時に<8光折>を発動、向かってくる火ウサギの6匹を貫く。
致命傷と判断された映像の火ウサギは消え、4匹の火ウサギがシーラの斜め左右2匹ずつに分かれる。
右側に見える火ウサギ2匹を即座に<光一閃>で片付けて、左2匹からの体当たりと<火の槍>を防ぎ、体制を整えて2匹とも倒して10体全てを片付けた。
「ふぅ、やはり数が多いと大変ですね。一瞬判断が遅れただけで付け込まれてしまいます」
呼吸を乱しながらシーラは自分の動きを思い出し自己反省をしていた。
それを後ろで見ていたエンデリンは10匹程度を難なく片付けるシーラに驚きを隠せず、口を開けたまま固まっていた。
シーラの後姿を見てその凛々しさから、恋心にあこがれの感情が混ざり込む。
そして自分の実力との差にかなりの悔しさを感じた。
今のままでは自分が彼女を守ることなどできない。
今のままでは彼女の隣に並び立つ資格さえない、と。
今話も読んでいただきありがとうございます。
たまの休日の1ページ、閑話のような雰囲気のお話でした。
閑話にしようかとも思ったんだけど…本編に組み込みました。
あと、イラストは依頼中ですがこのままだと予定のお話に間に合わなくなりそうに…困った。
誤字脱字がありましたらご指摘いただけると助かります。
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次話は11/6(金)更新予定です。 では。




