中立地帯での生活3
ここまでのあらすじ
今夜中に光の連合のエリアから出なければならない。
コウはそれを忠実に実行するため、移動部屋で中立地帯へと向かう。
移動し始めると警戒を他に任せ、コウはシーラと2人先に仮眠をとった。
コウとシーラが仮眠を取る間マナは屋根の上で周囲を見張り、他の者たちは2階にいてレーダーで周囲の警戒を続けながらこの部屋を動かしつつモニターなどで監視を続ける。
外は結構暗く光が遠くまで届かないので、実質ライトを強く照らしている正面だけを警戒している状況だ。
「ところで…ずいぶんいいものを買わせたのね」
周囲の魔力反応を感知するモニターを見ながらメイネアスは隣にいるメルボンドに話しかける。
「いえいえ、コウ様が広いものを選んだ結果ですよ。人聞きの悪いことを言わないでください」
「まぁ、あなたならうまく誘導することくらいできるでしょう」
「まったく…人聞きの悪いことを。ある程度価格を抑えつつ良いものを、と誘導するつもりでしたがコウ様が広いものが良いと言われて決まったのですよ」
ニコニコしながら答えるメルボンドをさらに疑ったが、表情を変えないことからその言い分を信じることにした。
「このようなことまで我々のことを考えているのですか…」
「コウ様はもともとそういう方なのでしょう」
「でしょうね、ですが予算の面はもう少し私が監視を強めた方がよさそうです。この調子で使われるとかなりの出費になりそうですから」
なんだかんだ自分が必要だと再確認できたようで、メイネアスは少しうれしそうだった。
動き出してまだ少ししか経っておらず光の連合の都市近くだからか、不審な影や魔物はレーダーに引っかからない。
この建物自体底の部分が風の板なので宙に浮いており揺れることもなく、部屋の中にいると外の状況をモニターで確認しない限り進んでいることもほとんど感じないほど快適だ。
「そういや、コウ様はシーラさんと一緒に1階行かれたんですよね」
「ええ、シーラ殿は実家に掛け合った後も、エニメットと一緒に今回の出発に必要な物の準備をしていましたから。
その辺をコウ様も知っていたようで先に寝るようにと誘ったのでしょう」
さすがだと思いつつ納得した表情で頷くメルボンドだったが、彼女が聞きたいのはそれじゃない。
「その点はさすがだと思いますが…ぶっちゃけコウ様はシーラさんとそういう関係なのか聞きたいんですが」
そっちの話になって、モニターで周囲の様子を確認していた従者たちも思わず聞き耳を立てて警戒に集中できなくなる。
ちなみにコウたちのいる1階には声が届かないので、こういった話をしても安心だ。
「そこは…私の口からは何とも…」
「人物関係をよく観察しているあなたなら、どれくらいの関係かだいたい把握しているでしょうし、私たちの接し方もあるのだから情報は共有すべきでは?」
どう見ても下世話な内容なのだが、結構興味があるのかもっともらしい理由を並べてメイネアスは踏み込んでくる。
その言い分に一理あると思ったメルボンドは少し呆れつつも話すことにした。
「あくまで主観ですから、勝手に話を広げないでくださいね。ここだけの話です」
念のため前置きしておくと、なぜか周囲のモニターを監視している者たちが小さく頷く。
それに気づき軽く息を漏らす程度に笑うと彼は話し始めた。
「おそらくですが、コウ様はシーラ様を溺愛している感じですね。シーラ様は恋心なのでしょうが…少しずれていると言えます。
が!この調子ならば時間の問題かと」
「なるほど。では、悪い虫がくっついて来ないように少しは気を付けておかないといけませんね。中立地帯では彼女に言い寄って来る輩も多いでしょうから」
「そうですね。ですが、シーラ殿が貴族だと知れば大抵は諦めるのではありませんか?」
「でしょうけどコウ様がやきもきされて何かに集中できなくなる状況は避けるようサポートすべきですから。皆さんも聞いての通りよ」
メイネアスが突然外の映像を見ながら警戒している従者たちの方を向けて話すので、彼らはびっくりして慌てて頷く。
その反応を見て彼女は少し笑っていた。
「それがいいかもしれませんね。今の状態では、シーラ殿の幸せを祈ってとか言い出して関係がこじれても厄介ですし。
しかしあなたはアイリーシア家なのですから、マナ殿の方を応援すると思っていましたが」
「マナさんはあの調子ですから大丈夫でしょう。タイミングを見計らって自ら迫ると思いますよ。押さえるべき所はしっかり押さえる方のようなので」
「確かに」
マナに関しては問題ないとメルボンドも思っているようで、特に何も言うことなく同意する。
その後も、これからコウ様がこれからどうしていくのかというのを予想したりと、警戒は割と気軽な雰囲気で続けられた。
2時間程経つとコウだけが下から上がってきた。
「どうでしたか?少しは休めましたか?」
「あぁ、静かで十分な仮眠が取れたよ。2人は予定通り休んでくれ、他の者たちはすまないがこのまま警戒を頼む」
「わかりました」
メルボンドたちが1階に降りていくのを見届けるとコウはマナの様子が気になった。
どうせ周囲を探知するなら部屋の外の空気に多く触れられる場所の方がやりやすいので、コウも屋上に出ることにする。
「すまないが俺は屋上で周囲の警戒に当たるよ。見逃さないと思うが、念のため皆はモニターで確認していてくれ」
「了解しました」
「頼む、それじゃ」
そう言ってコウは階段を上っていき、天井の蓋を開いてそのまま屋上に出た。
天井の蓋が閉まる音がしてコウが外に出たことを確認すると、従者たちはこそこそと話し始める。
「次はマナ様のところにか…大変だねぇ」
「大変どころか羨ましいぜ」
「ちょっと、仕事に集中しなさいよ…」
「そう言いながらも気になるくせに」
気楽な雰囲気の中、従者たちの軽い警戒と共に移動部屋は進み続ける。
コウが屋上に出るとマナが気づいて近づいてきた。
「あ、師匠。ちゃんと眠れた?」
「もちろん、マナがちゃんと守ってくれてたおかげでね」
それを聞いてマナがうれしそうにする。
外は少し体が冷えることもあり、マナが座ったまま隣に座るコウへ体を寄せる。
コウも黙ったままそれを受け入れ体を密着させると片方の手をつないだ。
「ありがとう、マナ。あの時マナが言ってくれなかったら…きっと俺は一人でここに来ていたと思う」
「そんなことないよ。私が絶対1人じゃ行かせなかったし」
うれしそうに笑うマナを見てコウはまいったなと思いながら笑った。
「マナには助けられてばかりだな。感謝してもし足りないよ」
「大丈夫。私は師匠に一生分助けられたから。あの時師匠が手を差し伸べてくれなかったら、死んでいたか…良くてもずっと裏に潜む存在になってた。
こんな楽しい生活考えられなかったよ」
追放され中立地帯に行くのが楽しい生活かな?とコウは思ったが、それを尋ねるのはあまりに野暮なのでやめておく。
そしてコウも同じ気持ちだよと、心の中でつぶやいた。
マナ達がいてくれたから、こうやって中立地帯に楽しみながら向かえているんだと。
ちょっと照れ臭くなったので、気を取り直して周囲の警戒に当たる。
ある程度周囲を見てみるが、夜なので結構暗く怪しげなものは見当たらない。
移動部屋の周囲は壁の魔力障壁により明るいが、その分遠くが余計に暗く見える。
「しかし暗いな…魔力反応はいまのところなし?」
「うん、だけど油断はしてないよ。あ…でもせっかく師匠がここに来たのなら周辺の探知代わってもらえないかな?
熱探知結構きついんだよね、特に動いているときは」
移動しながら遠くを探知すると、後方は熱に反応した情報が帰ってくる前に移動してしまい正確な情報がキャッチできない。
それは熱探知だけでなく風属性での探知も同じなのだが、コウは元の範囲が広い分後方もマナより余裕をもって探知できる。
「了解した。マナばっかりに苦労を掛けるわけにはいかないからね」
「むぅ、別に私が苦労をするのはいいんだよ。でも警戒が薄くなるのがダメなだけ」
「なるほど、さすがはマナだな」
「でしょ」
笑顔を見せるマナにコウは少しだけ自分にはもったいないくらいの存在だと思った。
そしてその笑顔を守れるだけの力を持たなければと、改めて感じさせられる。
「さて、マナに任された分、手は抜けないな」
そう言って気持ちを切り替えると広範囲を風の力でサーチする。
まだ目的地に着くには時間がかかるので長時間の作業になることから、コウも全力で周囲を感知するのではなく半力くらいで範囲を広げたり狭めたりしていた。
そのまま2時間程経った頃、コウが時々反応を示していることにマナが気づく。
「ん、何か引っかかった?」
「良く気づいたな」
実際コウが反応していると言ってもわずかな間微妙に表情が変わっているだけだなので、じっくりと表情を観察していないと気づかないほどだ。
「敵?魔力は感じないけど…」
「いや…後方100m以上先かな。時々何かを感じるんだけど…すぐに範囲から消える感じ。ちょっとはっきりしないな…」
「止める?」
「いや、止めない方がいいと思う。前に進んでいる分こっちの方が魔法の射程が伸びるから有利だし」
「確かにそうだね…師匠って結構ちゃんとしてるよね」
「何だよそれ」
マナの言葉にわけがわからず、少し不満そうにするコウ。
乗り物などに乗って移動しながら魔法を放つ場合、慣性の影響を受けないものが多く、ある地点を狙って発生させた魔法を少し遅らせて発動させると
動いている移動部屋から少し離れた後方で魔法として形になり効果が発揮される。
つまり等間隔の距離で動いている2つの間では、前を走っている者から放たれた魔法の方がより遠くまで届けさせられるのだ。
逆に追いかけている方は、発動魔法が位置を指定してから数秒の間にその位置が自分の後ろに流れてしまうので、前に対する射程距離は必然的に短くなる。
それをコウはすぐに言い当てたのでマナは感心していた。
よほどしっかりした教育を受けるか実戦で体験しない限り、こういったことは見落としがちになる部分だ。
コウは2年ほど修行をしてきたとはいえ、2年ほど魔法学校で学んだものではまず気づかない部分でもある。
「ううん、さすが師匠だなと思って」
「まぁ、とりあえずこのまま様子を見るよ。敵対の意思が確認できないのにこちらから先制攻撃するわけにもいかないしな」
仕方なく様子を見続けると、次第にコウの感知範囲に入る回数が減っていき、1時間もすると全く確認できなくなった。
コウは安心したようで肩の力を抜き、座ってから屋上の手すりにもたれかかる。
「やっぱり照明弾でも放てばよかったかな?100mなら目視で何かくらいはわかっただろうし」
「少なくともこっちみたいに光る大きな物体じゃないことは確かだし、気にしなくていいんじゃないか。
それよりあと5時間はまだかかるなぁ。マナ、少し仮眠をとっておいたほうが良くないか?」
「ううん、大丈夫」
「じゃあ、少しここで横になっとけば?障壁を軽く張るからさ」
そう言ってコウはスイッチを入れると、屋上の手すり柵が不透明の魔法障壁へと変わった。
コウは外の空気に触れられる状態であれば周囲に腰の高さの壁ができたくらいで、索敵範囲が変わることはない。
そしてこの高さならマナが寝転れば風を受けずに済む。
現場で待機しつつ休息をとれる、ある意味理想的な環境になった。
「じゃ、師匠の言葉に甘えて軽く横になるね……襲ってもいいよ?」
「はいはい、いいから少し横になっておけって」
コウが呆れながら周囲の探索に集中し始めると、マナは笑ってすぐに目を閉じた。
ある程度悪い環境でも仮眠をとることは魔法使いにとって魔力を回復するためにも大事なことだ。
戦場にベッドが常に用意されているとは限らない。だが、疲労や魔力の回復は可能な時に行わなければならない。
そんな環境に身を置くこともあったマナは、どんな場所でも軽く目を閉じ仮眠をとることぐらい慣れっこだった。
それから数時間。
額に触れられたのを感じてマナが目を覚ます。
「おはよう、マナ」
「うん、おはよう」
「ずいぶん寝てたな、もう1時間もすれば目的地に着くらしいし、この後の護衛はマナに任せてよさそうだな」
「えへへ。師匠の魔力がそばにあることを感じてたから、ついつい安心して寝ちゃった」
マナが珍しく照れ笑いをする。
本人もここまでぐっすりと寝れるとは思っていなかったようだ。
「さて、30分くらいしたら下に降りるか」
「うん、それじゃあと30分は師匠を独占だね」
マナがうれしそうに腕に抱き着くと、コウもうれしそうにマナを引き寄せる。
短い時間だったが、マナにとって贅沢な時間が過ぎていった。
今話も読んでいただきありがとうございます。
活動報告で書いていたのですが、昨日は更新できず申し訳ありません。気を付けます。
感想やレビュー、ブクマなど頂けるとうれしいです。
誤字脱字がありましたら、ご指摘いただけると助かります。(いつも助かっています、ありがとうございます)
次話は9/7(月)更新となります。(9/4更新のはずだったので)
ちなみに月曜日は停電の懸念されるエリアですので、日曜のうちに念のため更新予約を入れておこうと思います。0分更新したら、停電していると思ってください。
では。




