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異世界からのスカウト ~光と闇の狭間に立つ英雄~  作者: 城下雪美
5章 貴族への階段(190話~255話)
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絶好調時の落とし穴6

ここまでのあらすじ


処罰を決定した女王は、その後コウが不利にならないよう細工を施す。

一方のルルーは強引にコウを説得しようとするが、コウの機転により失敗に終わった。


エクストリムに戻ると、俺はサポーターズたちをすぐに招集させた。

マナとシーラには腕の傷のことをしつこく聞かれたが、後で説明するとだけ話し全員をいつも夕食会を開いている広い部屋へと集める。


正直説明するのが心苦しかったが、結局は俺が意地を張ってしまった結果だ。

ならば自分で結果を受け止め、俺の口からちゃんと説明しなければならない。

皆が何事かと俺を見つめる中、しばらくどう説明しようか悩んで重い口を開いた。


「皆に緊急で大事な報告がある。俺は先ほどルーデンリア光国に呼ばれ……都市長を解任された」


言いにくい言葉を何とか口に出してみたが、予想通り会場は大騒ぎだ。


「ど、どういうことですか?」

「いったいなぜ?」


俺の方が聞きたいよと言いたくなる疑問があちこちからぶつけられる。

ここにいる皆が焦りまくるのを見て、なんだか俺は逆に落ち着いてしまった。


それと同時に本当に申し訳なく思ってしまう。もう少しうまくやれたんじゃないかと思い自分が情けなく思えてきた。


「ここまで一緒に協力してきた皆には、本当にすまないと…思っている。俺が意地を張りすぎたせいで…最悪の結果と…なってしまった」


話しているうちに色々な感情が湧き上がり、思わず涙がこぼれてしまう。

そんな俺を見て、皆は質問や相談を止め黙ってしまった。


別に質問を止めたくて涙をこぼしたわけではない。

ただただ自分の無力さが許せず、皆に申し訳なかったのだ。


「本当に…すまない。皆の努力を…こんな形で……」


「都市長様、落ち着いてください。もう少し、詳しく説明していただけませんか?」


隣の席にいたメルボンドが優しく声をかけてくれ、余計に涙が止まらなくなる。

シーラとマナが駆け寄りハンカチを当ててくれたり手を握ってくれたりと必死に落ち着かせようとしてくれるのが、ありがたさよりも自分の情けなさをより実感させられた。


都市長としてそれなりに振舞ってきて、俺自身ずいぶんと成長したと思っていたが…人は思ったほど簡単には成長できないらしい。

その後しばらくして落ち着いたので、俺は皆に事の成り行きを説明し始めた。


「とにかく呼ばれて行ったら、このエクストリムの都市長継続条件を満たしていないことになっており、俺が都市長の座に不当に居座っていることになっていた。

 一応抗議はしたのだが、身分の差が大きすぎたのと偽造されていた証拠が向こうにはあって…正直、どうしようもなかった。

 ルルー様が自分の庇護下に入れば助けてやると言われたが、クエス師匠と仲の悪いあの方の元に行くと今後大きなトラブルになりかねないと思い断ったところ、このような結果になってしまった。

 意地を張りすぎた結果都市長でいられなくなったが、正直どうしようもなかったんだ…。本当にすまない」


それ以外にも、ルルー様が主体でこの一件は計画されていそうなこと、断った後に城内で剣を抜かれたことなどを説明し席に座る。

ありのままを皆に聞いてもらったせいか、少しだけ気分が落ち着いた。


「アイリーシア家に相談してもダメなの?」


「今はミント様もクエス師匠もいないから、女王様に物を言える人はいないと思う…。それに個人的な感情だが、これ以上家に迷惑をかけたくない」


マナはそれを聞いてがっかりしている。

マナがいつものように明るく振舞うことなく、俺が選んだ選択により落胆しているのを見て、やらかした事の大きさを痛感させられた。


「私がメルティアールル家に掛け合ってみます。師匠は姉である三光様の弟子なんだし、きっと話を通してくれると思うんです」


「ありがとう、シーラ。ただ今は戦争状態で、内部に亀裂を生む行為に対しては誰もがピリピリしているみたいだから、無理だけはしないでくれよ」


「わかりました。時間が惜しいのですぐに行ってきます」


シーラはそう言ってすぐに部屋を出て行った。

あまり期待はできないが、とにかく大ごとにだけはならないで欲しいと思いつつシーラが出て行くのを見送った。



◆◇◆◇



シーラが出て行った後、誰も良い手がないのか会議室が静まり返る。

今回のことを誰が仕組んだのかはおおよそわかっていたが、女王様や当主様が出てきた以上、簡単には覆せないことくらい皆が理解している。


そんな最悪な雰囲気の中、コウは息を吐き気持ちを整えて立ち上がった。


「みんな、今まで俺をフォローしてくれて本当に感謝している。今回は俺が致命的なミスをして…ここを去らなければならなくなったが

 ここにいるテレダインス家の者たちは、これからも自分の担当する部門をしっかりと育てていかなければならない。

 さぁ、今日もやるべきことを片付けていこう。あと1年半後のことが今日に変わっただけだ。こんなことで落ち込んでいては都市が発展しなくなるぞ」


コウの言葉にテレダインス家の者たちは仕方なくうなずくが反応は悪い。

彼らは特にコウに良くしてもらい感謝していたため、退任の時は非難されようとも盛大に送り出したかった。

だが、今日1日で出て行くとなればそれすらかなわない。


「都市長様、せめてシーラ様が帰ってくるまでは…」


メルボンドが諦めるのは早いと言いたそうにするが、皆の態度を見ているうちにコウはある程度心の整理がついていた。

この場で俺の不手際を指摘する罵声や糾弾が飛んでくると思っていたが、むしろ逆で自分を名残惜しそうにしてくれている。

今までこんな経験のなかったコウにとっては、これほどありがたいことはなかった。


「いや、昼までには決定としよう。でなければ周囲へ連絡することすら出来なくなる」


さすがに何も言わずに出ていけば、いろんな場所で混乱が起きる。

そのためにコウは都市内の各所へあいさつ回りをしようと思っており、メルボンドもそれを理解しコウの案を受け入れた。


「こんなことになって本当に申し訳ないが…まだ今日は十数時間ほど残っている。さぁ、今日も1日、この都市のために頑張るぞ」


「はっ」

「…はい」

「はい…」


いつもとは違いバラバラに返事が返ってくるが、それでもコウは笑顔で見せ続けた。

自分が悔しいと一言でも口に出せば、そんな態度を少しでも見せれば、多くの者がこの決定に対して反発する動きを見せる雰囲気があり、最悪処罰を受けかねない。


それは先ほどコウが選んでしまった選択よりもさらに最悪な選択だ。

今やるべきことは平穏なエクストリムを残すこと、そう思いながら全員が出て行くまでコウは笑顔を見せ続けた。




その後、会議を終えてコウは執務室へと向かう。

エニメットとマナとメルボンドしかいないこの部屋に来ると、コウは都市長として振る舞う必要性が薄れたからか執務室の机を力任せに叩いた。


「くそっ、くそっ…」


何度も怒りをぶつけるように叩くコウにエニメットとメルボンドはかける言葉が見つからない。

もう何度叩いたのかわからなくなったころ、マナが近づき振り下ろすコウのこぶしを受け止めた。


「師匠、もうその辺にしよ?みんな師匠の号令で今日もちゃんと仕事をしてる。師匠がさぼってたら示しがつかないよ…」


「はっ…はぁはぁ……。そうだな……」


コウは全身の力が抜け腕がだらしなくぶらぶらとしている。

頭の中では何度もルルー様にすがっていれば…そんな後悔が駆け巡っていたが、今一度考え直してもあまりよい選択とは言えない。

目の前の問題は解決するが、後に大きな問題を作りかねないからだ。


どうやっても事態を解決できないこの状況に、コウは自分の力のなさを痛感していた。


「師匠、これからはどうするの?」


マナの何気ない質問に、コウはこれからどうするのか身の振り方を考えなくてはいけないことに気づかされた。

期間限定とはいえ連合内からの追放となれば、行くことのできる場所は単純に闇の国か中立地帯かになる。


もし準貴族が何の許可もなく中立地帯や闇の国に行けば、貴族家からの離脱と判断され貴族位がはく奪される場合がほとんどだ。

だが、非公表とはいえコウは先日ギリギリのところで貴族になっているためその心配はない。

一般には公表しておらず身分証もあまり使うなと言われているが、貴族であることには変わりなく身分は保証される。


マナやシーラも同じく貴族になるので同行させても問題はないが、大きな戦争へと突入しかけている今、中立地帯へと行けば光の連合から仲間とみなされない可能性も出てくる。

そう言った環境に大切な弟子たちを巻きこむことはできなかった。


「俺は…そうだな、一人で中立地帯に行こうと思う。お金はあるし現地を見て経験になることも多いだろうし…」


これがチャンス!といった雰囲気はなく、仕方なく選んだという感じでコウはつぶやいた。

もちろん1人で知らない場所へと行くのは不安でしかたなかったが、だからといって誰かを巻き込むわけにもいかない。


これは差し出されたルルーの手を自分が振り払った結果である。ならば自分が責任を負わなければならないというのがコウの考えだ。

その考えだと同行者には罪を背負わせるということになるので、他の者に一緒に来て欲しいと言えるはずがなかった。


そんなコウの気持ちを悟ったのか、マナは笑顔を向けるとコウの手を握り話しかける。


「んー、じゃあ私も師匠に同行するね。中立地帯は何回か行ったことがあるし、師匠よりはよく状況を知っていると思うからきっと役立つよ」


嬉しそうに言うマナにコウは申し訳ない顔をする。

大切なマナに視線すら合わせられない。


「あー、もう。そういう顔しちゃダメだって。1年でしょ、だったらそこでいろんなことを学んでやるぜー!ってくらいが師匠っぽいよ」


そんな無茶言うなよと思いつつ、コウは少し笑ってしまう。

それを見たマナがそこは笑うべきところじゃないと不満そうに顔を膨らませた。


「都市長様、ここはマナ殿にもついて来いと言うべきかと。都市長様はマナ殿の師なのですから」


ナイスアシスト、と言わんばかりにマナはメルボンドに笑顔を向ける。


「いや、だがな…これは俺がやってしまった事だ。マナを巻き込むわけには……」


「あの時は私の分も全部背負うって言わんばかりだったのに?」


意地悪そうにマナはコウの瞳を覗き込む。

確かにあの日、俺はマナの事情にあえて巻き込まれに行った。

言い返しようのない一言にコウは自分の負けを悟る。


「はぁ、仕方がないな…。その様子だと、どうせアイリーシア家にいてくれと言っても聞く気ないんだろ?」


「もちろん!」


仕方がないと言いながらもどこかちょっと嬉しそうなコウを見て、マナは笑顔で答えた。


「もちろんじゃないよ…ったく。苦労かけると思うが悪いな、マナ。俺と一緒に来てくれ」


「別に苦労じゃないのに。まっ、道中の護衛は任せてね。お供します」


「ありがとう、マナ…」


本音では心細かったのか、コウは礼を言うとマナを抱きしめた。

ちょっと戸惑ったマナだったが、コウを落ち着かせようと抱きしめ返す。

少し離れたところで見ていたエニメットはちょっとだけ不満そうにして、そんな2人に間に割り込んでくる。


「コウ様、私もお供しますから。私はコウ様の専属侍女ですし」


「いや…さすがにエニメットは危ないよ。アイリーシア家で俺が戻るのを待っていて欲しいんだ」


「嫌です!」


戦闘能力の低いエニメットはさすがに連れて行けないとコウは断るが、エニメットは勇気を出してそれを断った。

コウの性格からこの場で怒ることはないと思っていたが、普通の貴族の場合、主人の指示に侍女が断ると激高して解雇されることすらある。


だが、コウの場合はこれくらい強く出ないと絶対に受け入れてもらえないという確信がエニメットにはあった。


「いや、だけどさ…」


「コウ様がどのような状況になってもついて行くために、今まで魔法の練習をしていたんです」


マナに押し通された手前、拒否する意志が弱くなっているコウを彼女は攻める。


「うーん……」


さすがにマナの時と違って、コウは簡単には了承しない。

中立地帯がどれだけ危険なのかわからない以上、リスクはできるだけ減らしておきたいからだ。


「コウ様は食に結構うるさい方ですし、私が絶対に必要なはずです」


「うっ……まぁ、それは…」


侍女に押される主人という珍しい光景を見て、メルボンドは思わず軽く吹き出してしまう。


「メルボンド、笑わないでくれよ。俺は本気で困っているんだぞ…」


「まぁまぁ、そう言わずにつれて行けばよいのではないですか?都市長様ならお金の心配はないでしょうから、食費や住居などの心配はないでしょう。

 ですが慣れ親しんだ味というものは、お金を出したからと言って簡単に手に入るものではありませんよ」


「うーん、まぁ…それはそうなんだが」


コウはクエスから預かった都市の発展に使っていいお金10億ルピ以外にも緊急時の予備費として1億ルピという大金を渡されている。

今回は緊急時だろうし使ってもいいだが、それ以外にもコウは1千万ルピほどの自分のお金を持っており

数名くらいなら同行させても養うことくらい余裕だった。


強気に同行することを主張し続けるエニメットもいつの間にやらお願いの姿勢へと変わっている。

その姿を見て、何度も何度も悩んだ挙句、コウは折れることにした。


実際にエニメットがいてくれた方が美味しい食事が期待できる。

未知の場所に行く時に今まで食べていた美味しい料理があることは、それだけで不安が和らげる要素になるからだ。

これから先どうなるかわからない状況で、エニメットがいてくれることはコウの精神面と胃袋にとってとても大きい。


「分かった…ただ、勝手に行動はするなよ。これから行く先は、治安のいい場所じゃないんだから」


「ありがとうございます、コウ様」

「うーん…」


なし崩しに同意させられた感じがして、いまいち納得していなかったコウだったが

道場の頃からずっといるメンバーがこれからもついてきてくれることは、正直大きな支えとなる。


となると、残るシーラもついてきて欲しいと思うが、彼女は継承順位が低いとはいえ、仮にもメルティアールル家の王女様。

一緒に来てくれるかどうかが心配になる。


コウが不安がっていると、ちょうどいいタイミングでシーラが戻ってきた。

が、彼女は目に涙を浮かべて入って来るなり謝ってくる。


「すみません、師匠。私じゃ…私じゃ、力に、なれませんでした…」


最後はか細い声になりながらも、頑張って最後まで報告する。

もちろんコウを何とか助けられないかと、メルティアールル家にお願いしに行った件のことだ。


そんな彼女の姿を見てコウは勇気を振り絞った。

あくまで自然に、師としての余裕を見せながらも少し不安を抱きながらシーラに話しかける。


「シーラ、もうそのことは気にしなくていい。それよりも頼みがあるんだ」


「えっ…はい…」


涙が止まり、コウを見上げる。


「俺と、いや俺は中立地帯へ行こうと思う。だから、俺についてきて欲しいんだ」


さすがに家が許さないよなと思いながらも、コウは言葉を続ける。

マナとエニメットを連れて行くことにしたので、ここでシーラだけ仲間はずれにはしたくない。

そんな気持ちでコウは言葉を続ける。


「頼む、一緒に…俺と一緒に来て欲しい」


「も、もちろんです!私からお願いしたいと思っていました」


シーラは喜び勇んでコウの胸元へと飛び込む。

だがここで運が悪いことに、シーラは頭を働かせてしまった。


恋愛ごとにおいて頭を使うことは、別に悪いことではない。

相手を喜ばせようと考えたり相手がなぜそうしたのかを考えて動くことは、互いの関係をうまく保つためにも大事なことである。


ただ、考え過ぎてしまったり、余計なことに気づいてしまうとちょっと残念な気分になることもある。

普段のコウならば、シーラが一緒に来るのを強く拒むであろうこの場面、彼女はなぜコウから積極的に誘ってくれたのかを考えてしまった。


そしてコウの胸に顔をうずめながら横眼でマナとエニメットを見ると、歓迎する笑みを浮かべていること気づく。

それを見てすぐに、コウが2人を連れて行くと決めてしまったために自分にも声をかけたのだと状況を理解した。


シーラは複雑な気持ちになる。

誘われたことは純粋にうれしいが、できれば自分を最初に誘ってほしかったからだ。


さらに言えば、コウの性格上マナ達を積極的に誘ったとは思えないので、大方マナに強く押し切られたのだろうと想像がつく。

となれば、マナを連れて行く以上シーラも誘わなきゃという流れで誘われたことが容易に想像できた。


「ううーっ」


シーラはちょっと悔しそうにコウの服を強く掴む。

普段のマナのようにストレートに喜んでいればこんな気持ちにならなかったのにと、シーラはちょっとだけ考え過ぎた自分が嫌になった。


一方のコウは喜んで飛び込んできたシーラが突然不機嫌になった理由がわからず、シーラに服を掴まれたまま戸惑うしかなかった。


「わっ、悪いな…こんなことに巻きこんでしまって。でも、シーラが一緒に来てくれるのはすごくうれしいよ」


さっきのマナへの対応で学んだのか、コウは笑顔でシーラを抱きしめる。

抱きしめられたシーラはちょっと機嫌がよくなってコウを抱きしめ返した。


「これからもずっとよろしくお願いします」


「あぁ、俺の方こそ」


ちょっといい感じになったことで、今度はマナが不満に思ったのかコウを急かし始める。


「師匠、そろそろ皆に挨拶に行かないと時間なくなっちゃうよ」


「あっ、ああ、そうだな。シーラはメイネアスと共に財政関連の引継ぎを頼む」


コウの指示によりシーラも部屋を出ようとしたとき、思い出したかのように振り向いた。


「えっと、師匠。さすがにこの短時間だと簡単な引継ぎくらいしかできませんけど…」


「あぁ、簡単な方針だけでいいさ。どうせポトフ王子もこの件に絡んでいるだろうし、今更丁寧な対応をしなくてもいいだろう」


「だったら…」


「だけど、この都市に住む貴族たちや市民には関係ない話だからな。上の争いで下が苦しむのは俺の本意じゃない」


2人とも少し視線を下げ、再びこの状態をひっくり返せなかった無力さを感じていた。

だがコウらしい決断を見せてくれたことにシーラはちょっとだけ力が湧いてくる。

少なくともこれからもしばらくは、コウと一緒に過ごせるのだから。


「そんな師匠は、やっぱり私の誇りです」


顔を上げ寂しさを我慢した笑顔を見せると、シーラらしいなと思いながらコウも笑顔をみせる。


「ありがとう。さぁ、語る時間はこれからいくらでもあるだろうし、まずは目の前にある最後の仕事を片付けないとな」

「ですね、行ってきます」


シーラが部屋を出てるとコウとマナも行動を開始する。


「さぁ、俺たちも行くか」

「うん」


コウもマナを連れ、各作業場にあいさつ回りに向かうことにした。

その間、メルボンドはコウの指示で貴族たちにコウの解任を知らせに行き、エニメットはここにある私財をアイリーシア家に送ったりと荷物整理に追われた。





木材加工や建築現場、魔石採掘所など、今まで共に頑張ってきた市民たちのいる各所を回ってコウは自分が解任されたことを説明した。


この都市で一番偉い都市長自ら足を運び頭を下げて事情を説明する状況に、共に苦労を分かち合った市民たちは泣いたり怒りを物にぶつけたりはするが、コウやその周辺に対して文句を言う者はいなかった。

コウが悔しさをにじませながら説明したことで、責め立てたり抵抗しても無駄ということが分かったようだ。


「俺はここで去ることになるが、この都市が発展する基礎作りくらいはできたんじゃないかと思っている。これからは皆でさらに発展させていくことを願っている」


その挨拶は少し寂しさものぞかせたが、それでも後は頼むと託す雰囲気を感じさせ、それを受け止めた市民たちは任せてくれとコウたちに声をかける。


「いつかまた見に来てください、都市長様をきっと驚かせてみせます」


「今までありがとうございました。このご恩は決して忘れません」


「都市長様のおかげで俺たちも変われました。あとは任せてください」


頼もしい言葉にコウは手を挙げて答えた。


「あぁ、頼むぞ。期待しているからな」


市民たちも今回の不条理さは耐えるしかないと割り切るしかなく、表面上はある程度明るくコウを送り出そうと笑顔を見せる。

風の魔法使いの特性でことさら強くその気持ちを感じ取れるコウは、泣くのを必死にこらえながら笑顔で各現場を去っていった。



共に働いた仲間たちのところを回り終え、コウは少し疲れた様子を見せる。


「ふぅ、これじゃ市民たちの方がよっぽどしっかりしてるな…」


「都市長様のことをそれだけ信頼しているからですよ。あれだけ辛そうに伝えれば、覆せないことは十分伝わったでしょうから」


「そんなに辛そうに見えていたか?」


「ええ、皆に十分に伝わるほど」


「そうか…きっぱりと割り切れて、今後もやる気が出るきっかけになったのなら、それもいいのかもしれないな」


後は、バブルスマイル社に挨拶に行くだけだ。

コウが肝いりで呼び込んだ商社にはさすがにあいさつに行かないとまずい。


万が一の時を考え色々な対策をしてあったとはいえ、急なトップの交代劇に少なからず巻き込むことになるのをコウは申し訳なく思う。

専用で貸し出している転移門の側に行くと、既に商社トップのリズリオールがコウの到着を待っていた。


「おっと、待たせてしまったようで申し訳ない」


「いえいえ、都市長様が来るともなれば、普通はこうやって待っておくものです。しかも本日は先に連絡を送っていただきましたので、待たないわけにはまいりませんよ。

 さぁ、あちらに簡単な応接室がありますので案内します」


そう言って、リズリオールは倉庫街中心部から少し離れた場所の建物へとコウたちを案内した。

部屋に入りコウが席に座るとメルボンドとマナがその後ろに立つ。


リズリオールが慌てて追加の席を用意させようとしたが、マナは護衛ということで、メルボンドは都市長へすぐアドバイスするためということで断った。

その後お茶が用意されてようやく場が落ち着く。


「この度は誠に申し訳ない。急な話でそちらも色々不安だと思うが、今後15年は税率を変えないようオーギス様との約束も締結している。

 まぁ、こんな約束がなかったとしても、この商社がエクストリムから消えてしまえば2~3割は税収が飛ぶからな。次の都市長も無茶はできんだろう」


コウは笑顔でちゃんと手を打って置いたので安心して欲しいと伝える。

結構無理をしてこちらに移ってもらったことはメルボンドから聞いていたので、それなりのケアはしておいたのだ。


「おぉ、このようなことまで気を遣っていただき、本当に感謝いたします」


「いやいや、リズリオール殿が思い切ってここを選んでくれたおかげで、税収のみならず多くの商品が市場に出回り市民も感謝している。

 ならばこちらも出来るだけそれに報いるのは当然のことだろう」


そう言ってコウは税率を固定化する約束を記した書面をリズリオールへと渡した。

これさえあれば、たとえ都市長がポトフに変わっても続けて安定した運営が出来るようになる。


普段は平民に渡すものではないのだが、今回コウが書類ではめられたこともあり、反省の意を込めて彼に書類を手渡しておいた。


「しかし、この度は誠に残念です。あなたほどの方がこんなに早くこの都市を去ることになるとは……」


まだまだ一緒にやっていきたかったという思いで、リズリオールはため息をつく。


バブルスマイル社がこの都市の移転を決めたのはもちろん条件面のことだったが、最後のダメ押しになったのが都市長であるコウの人柄だった。

協力するからもっと会社を大きくしてくれよという姿勢を見せる都市長に、リズリオールは乗ったのだ。


「まぁ、貴族社会は色々あるからなぁ。俺もその点はまだ素人だったということさ」


「そこは……お察しいたします。それで今後都市長様はどうされるのですか?」


「あー、それなんだが…」


コウは話していいかどうか迷ってメルボンドを見た。

それに対しメルボンドは笑顔で頷く。


「実はな、色々あってちょいと中立地帯へと行くことになっている。それでしばらくはこういった職に就くことはないだろうし縁遠くなるかもしれんな」


「いえいえ、とんでもない。何かありましたら是非声をおかけください。都市長様の都市運営に関してはとても素晴らしいと思っております。

 今回の移転での件、いつかお返しをしたいと思っておりますので」


「まぁ、それなら気長に待っておいてくれ。1年は国外追放でこっちに関われないからな」


軽く笑いながらそう話すコウだったが、リズリオールは真剣な表情で聞いている。

コウのおかげで連合内の規模3位を盤石なものに出来たのだ。

口に出せば遠慮するコウのことだから黙っているが、いつか恩を返そうとリズリオールは心に決めている。


「中立地帯にもわずかですが何か所か我が社の出張所があります。お声をかけてもらえれば、どのようなことでも力になりますので是非ご利用ください」


「わかった。とはいえ向こうでは気ままな暮らしになりそうだし、あまり世話になることはなさそうだけどな」


当然自分のごたごたにこの商社を巻きこむ気なんてないコウだったが、相手の行為を無下に出来ずとりあえず笑顔で了解しておいた。


その後は計画していた予定の話や、近頃取扱品目がさらに増えたことなど、雑談話に花を咲かせ友好を深める。


ついでに戦争の話も聞きだし、食料がかなり消費されていることや、前線は一進一退であることなどを聞いた。

1時間以上話が続き楽しい時間が過ぎて行ったが、そろそろ戻らないとということでメルボンドがコウに耳打ちする。


「そうか……すまないな、もう時間のようだ。楽しい話が出来て良かったよ。

 ここを選んでくれたリズリオール殿の恩は決して忘れない。では機会が有れば、また」


「はい、その機会がある日をお待ちしております」


「ああ」


リズリオールはコウたちが建物を出て転移門のところに行くまで同行し、その後も見えなくなるまでずっとその場に立って見送っていた。




その後、エクストリム内の貴族たちを集めてコウが解任されたことを本人から正式に発表することとなった。

会場となるこの城内で一番広い部屋には8割ほどの貴族・準貴族らが集まっている。


「思ったより集まったな…みんな内容はすでに知っているんだろう?」


夕食の2時間ほど前で、ある程度手が空いていたタイミングだったこともあるが、コウが解任されたことは既に伝わっているはずなのに

それを発表する場にこんなに集まってくれたのが不思議に思えた。


実際情報を貴族たちに伝えさせたメルボンドも、既にコウは見切られただろうと思っていたのでここまで集まるのは予想外だった。


彼ら貴族たちはあくまで自分の収入の為コウを支持していた雰囲気があったので、即見限られるだろうと思っていたのだがそうではなかった。

コウのサポーターズたちも戸惑う中、コウは貴族たちの前方に設置されたステージに堂々と上り話しかける。


「今日は集まってくれて本当に感謝している。皆も知っていると思うが、俺は明日0時づけで都市長を解任されることとなった。

 今まで部外者である俺を支え協力してくれたことは本当に嬉しかった。去り行く身で勝手な言い分になるが、これからは皆でこの都市をより良いものにしてほしい」


コウが語り終えても出席した貴族たちは特に何の反応も示さない。

最後義理立てで来てくれただけでも喜ぶべきかと思いながらコウが壇上を降りようとすると1人から声がかかる。


「コウ都市長、今までご苦労様でした!」


「ご苦労様でした!」


一部の者たちを除き、多くの者たちがねぎらいの言葉をかけると一斉に頭を下げる。

それを見たコウは驚きのあまり、横を見たまま固まってしまった。


「明日からはポトフ様を支持してやっていきますが、ここまで我々のいる都市を成長させていただいた恩は忘れません」


思わず泣きそうになるコウはぐっと涙をこらえて、最後まで都市長らしく振舞う。


「あぁ、ポトフ王子の元、この都市をさらに発展させていってくれ…俺も皆に感謝している。以上、解散だ」


再び大勢が一礼すると部屋を出て行った。

退出時には誰もコウに声をかける者はいなかったが、彼らの立場と自分への感謝を十分に感じたコウは確かな手ごたえと自信を得た。


そんな様子を見てコウのサポーターズは驚いていた。


コウが不在時に反コウ派がさんざん工作したにもかかわらずほとんど影響がなかったのは、自分たちの事前の根回しの成果だと思っていたが

ひょっとして自分たちが思うよりもはるかに、都市長が強固な支持を得ていたのではないかと思わされる。

この話は『絶好調時の落とし穴』の小編を追記したために発生したものになります。



話の流れがかなり強引だったと指摘をいただき、少しはましにと改変しました。

(登場キャラ2名ほどには泥をかぶってもらった気がしますが…やむをえません)

文字数が多いのも、2話追加を避けるため強引にこの1話に詰め込んだためです。


いつも読んでいただき、感想をいただきありがとうございます。

今後とも頑張っていきますので、よろしくお願いします。

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