生存、準備、そして復讐へ
2章後半、復讐編です。
2人の姉妹の仇討ち。読んでいただけると幸いです。
無気力のまま2人が転移した先は見たこともない場所だった。
木の床に木の壁。豪華とは程遠いやや古めかしい作りだが全体的に整っていてしっかりしたそこそこ広い部屋。
2人の姉妹はその部屋の中心に備え付けられた小型の転移門の中にいた。
2人ともその転移門から力なく出て床にへたり込む。
父が、母が、そして姉妹のエリスが、すべてをかけてここまで逃がしてくれたことを考えると
うなだれている場合ではないことは十分わかっていた。
それでもあまりの喪失感にどうしていいのかわからない。
2人が動けないでいると壁が光りだし文字が現れる。
「良くここまでたどり着けましたね。あなたは大変な思いをしたでしょうが落ち込んでいる場合ではありません。
それと、もう先ほどの希望の泉へは戻ることはできません。あの場所の装置は自壊しています。ここへたどり着き残されたものよ、強く生きなさい」
そのメッセージとともに歴代のアイリーシア家の当主の名前が表示される。
最後に母親の、エルミ・アイリーシアの名前もある。
クエスとミントはその文字を見て絶望の中にわずかな力が湧いてくる。
自分たちはあの場で何もできなかった。だけど生き残った。これからを考えるとまずは力をつけなきゃいけない。
とにかく頑張らなきゃ、そして可能ならば家を再興させる。それが命をかけて自分たちを生かしてくれたことに報いることになると。
2人はその日、さっきまでの事を一旦心の隅に置いてこの部屋だけでなく家じゅうを捜索し、食料や金貨、ここでの生活の仕方からアイリーシア家の歴史本など様々なものを見つけ
明日からのやることを確認し、ようやく寝床を確保すると喪失感に沈むように眠りについた。
(ちなみにベッドが4人分あったものの、なぜか全てに魔法の障壁が張ってあり解除に結構苦労した)
1月程経った頃、2人はこの隠れ家での生活にすっかりなじんでいた。
今日は朝からミントが食事を作っている。そこへ姉のクエスが遅れて起きてきた。
「おはよー、ミント」
「クエスお姉ちゃんおはよ~」
ミントはまだクエスのことをクエスお姉ちゃんと呼ぶ。もう姉は一人しかいないのに。
そう思いながらもクエスはミントのためを思って表情には出さない。
席に座るとミントが突然クエスに1月前のことを話し出した。
「クエスお姉ちゃん、あの守護獣ってやつのことだけど」
「えっ、ああ」
いきなりだったので少し驚くクエス。
ここへ来てから数日は、ミントが毎晩1人でエリスのことを呼びながら泣いていた程、心に傷を負っていた。
1月ほど経ったとはいえ、タブーみたいになっていたあの日に関する話を振られるとは思っていなかったのだ。
「あのペンダント?だったら、ちゃんと保管してあるわよ」
ひとまずクエスはエリスに関する話題を避けて、精獣(精霊獣)が入っていったペンダントの話にそらそうとする。
「あ、うん、それはいいんだけど……あの守護獣ってさ、言っていたよね?」
妹の言葉にクエスは思わず「えっ?」となった。
守護獣が何か言っていた…クエスは思い出そうとするも、あの時の自分はまともじゃなく何が起こったのか、記憶がところどころ欠けてしまっていた。
「えっと……何か言ってたかな…」
言われた結晶や武器、エリスの魔石やペンダントは気が付くと持って来ていたけど他に何かあったかな?とクエスは上を見上げて考える。
「クエスお姉ちゃん! エリスお姉ちゃんのことだよ」
ミントが自然にエリスのことを切り出してきたのでクエスはびっくりする。
が、ミントは本気で怒っているみたいだった。
ここは誤魔化す状況じゃないと判断し、仕方なくおぼろげにしか覚えてないことを告白する。
「ごめん、ミント。あの時はまりに辛くて……記憶がぐちゃぐちゃで…」
ミントは配慮が足りなかったという申し訳ない顔をして
「ごめん」と、とても申し訳ない表情をしたが、すぐにクエスの目を見て真剣な表情になる。
「私ね、転移装置の中でクエスお姉ちゃんとあの守護獣の話を聞いていたんだけど、守護獣がエリスお姉ちゃんは転生してるって言ったんだよ」
「えっ!?てんせ…転生!?」
なんて大事なことを聞き逃していたんだ、と自分の愚かさを反省すると同時に身を乗り出す。
もし本当なら何としても、この身を捧げてでも探し出さなければ。
私を、妹のミントを命がけで救った私の大切な妹エリス。
「ね、ね、ミント。その守護獣は他に何か言ってなかった」
急に態度が変わるクエスを見て本当に聞いていなかったんだな、と少し呆れるミント。
「クエスお姉ちゃんが全然その話をしないから、私に気を使ってるんだと思って言い出さなかったのに…聞いていなかっただなんて」
「ご、ごめん。でさ、何か言ってたの?転生したエリスを見るける方法とか」
大事な話を聞いていなくてこの流れを誤魔化してしまいたいクエスだが、エリスに関わる話となればそうもいかない。
一刻もはやくエリスに再開して謝って、感謝して、抱きしめたい。
「うーん、あのエリスお姉ちゃんの魔力を帯びた魔石と守護獣を呼ぶペンダント?あれで探せって言ってたと思う。たぶん」
「あれで……エリスの魔力を?」
世界は広い。
こっち側である光の連合の国々ならまだしも、闇の国側に転生していたら光属性の者が歩いて探すことなど不可能と言っていい。
そもそも歩いて探すっての自体、無理がありすぎる。これは何か手を考えないと見つけることがそもそも不可能だ。
クエスがいろいろと思案している様子を見て、ミントは姉が本調子を取り戻したみたいでちょっとだけ嬉しくなった。
そう言えばクエスはあまり行ってないが、自分が入り浸っている本だらけの部屋になら何かヒントあるかもしれないとミントは思いつく。
「そういやここにはいろんな本が置いてる部屋もあるし、いい方法を探そうよ、そしてさ……」
ミントが少し声に詰まる。
それは言い出しにくいというより怒りを我慢している様子だということがクエスにはわかっていた。
「ええ、あの一件を首謀した者を見つけて必ず復讐する。それだけはわかってるわ」
すこし低い声で力強くクエスは妹の言葉の続きを言った。
◆◇◆◇◆◇
それから22年
力をつけ情報を集め、残された2人の姉妹は順調に復讐の道を歩み続けていた。
クエスとミントが隠れ家から初めに市中に出たのは10年ほど経った後だった。
それはまでは身をひそめながら隠れ家にある資料を使って、農作業などである程度生活を安定させつつも
魔法を含めた修行にも力を入れてこれからやるべきことに向けて準備をしていった。
さらに時間があれば、エリスを探し出す様々な方法を隠れ家にある資料や素材を使いながら模索していた。
2人には絶対にやり遂げなければいけないことが2つあった。
1つ目は転生したとされるエリスが宿る宿主を見つけ出すことだ。
とはいえ、エリスがこの広い世界のどこにいるのかを見つけるという作業は困難を極めた。
まずは転生がどのような形で行われているのか全く分からなかったからだ。
精神体が転生して一から生まれて、前世の記憶を持ったまま他の者になっているというパターン。
これなら探すのは楽な方だ。都市アイリーにエリスにしかわからないようなものや言葉を設置し釣り上げればいい。
他に考えられるパターンとして、他の者の内部にエリスが閉じ込められている場合だ。
これだと単純な方法で魔力パターンを探ることは難しくなる。
この隠れ家の蔵書をいろいろ調べていると、なぜかその内部に隠れた別人格の魔力を探る研究が書かれた本があった。
このことから、以前にもこういう出来事がうちの家では起きていたのではないか?という予想をしつつ、本にならって魔道具の製作へと取り掛かった。
最初の内は慣れなかったものの、2人共魔法の才能は人一倍優れていたおかげで
四苦八苦しながらも、ある程度の範囲において対象の魔力パターンやある人物の内部にあるわずかな魔力パターンを探知するような魔道具を作るには作れた。
だが、あちこちの場所で試しても試しても全くエリスの魔力は引っかからず。徒労に終わる日々が続く。
いかんせん魔道具の感知できる範囲が狭すぎた。半径100mほどではどれだけ都市の中をうろうろしても、完璧にいないと判断するに至れなかった。
もちろん諦めるつもりはなかったが、現状の方法ではどれだけ時間を使っても見つけられる気がしなかったので
この隠れ家に来て20年ほど経った頃には、エリスの転生先を探し出す作業は一時保留となっていた。
国家として人員を動員した捜索ならまだしも20年ほどたっても信頼できる関係者は十数人しかいなかったからだ。
数人で手分けして探してみたところで、2人で探すよりはましな程度。あまりに先が見えない作業だった。
もう一つの大事な作業はアイリーシア家を悲劇に導いた首謀者の発見とそいつへの復讐の達成だ。
これは何が何でもやり遂げなければいけない事だと二人は心に刻んでいた。
これだけは個人的感情としても貴族の誇りとしても譲るつもりはない。
その為にはまずは情報収集だと考え、食料や道具の調達も兼ねて各地の城郭都市へと潜り込んでいた。
普通、都市は城壁で囲まれており外部からの攻撃に備えている。
都市へと出入りする時は一般的に転移門を使うのがほとんどだ。
外は地域によっては魔獣や都市から追い出された崩れ魔法使いの盗賊どもがいるし、転移門を使えばその移動も一瞬で済む。
そのためクエスとミントは先に人物特定の緩い治安の悪い都市に潜り込み、傭兵ギルドで身分や名前を偽って証明書を作った。
それを基にして各地で活動して信用を集めてまともな都市へ移動できるようにした。
初めてチェックの厳しい真っ当な都市へ行く時は、魔力パターンでバレるんじゃないかと思いかなり緊張したが
都市内部の治安維持や城郭都市外への魔物退治をやっている評価の高い傭兵団に実力を見せ入団したおかげなのか、想像していたのよりもあっさりと入ることができた。
この時期の光の連合は戦後からの復興で人手が足りず、特に優秀で素行の良い魔法使いは傭兵と言えども優遇されていた。
そうやって都市に潜り込み、その後さらに実績を積んで独立し、ついには都市への転移門を使った移動の許可証を入手する。
後はさらに実績を積みながら出入りできる都市を増やしつつ情報を集めて行った。
複数の都市に出入りするようになって情報を集めた結果、思ったより簡単にアイリーシア家滅亡の首謀者と疑わしい人物が出てきた。
首謀者と思われる人物がいるのはは隣国の中級貴族バルードエルス家。
そしてその人物はその家の家長エミール・バルードエルスだ。
ついでに自分たちの元都市の状況を知ると、隣国に都市を3つ持っていた中級貴族バルードエルス家が
クエスたちの故郷である都市アイリーを統治していた(これで4つ)。
これには2人ともかなり腹を立てて、この光の連合全体に不信感と憎しみを覚えたほどだった。
他にもいろいろな情報から、バルードエルス家が本命と想定したうえで調べていくうちに
エミール・バルードエルスがクエスやミントを自分の息子である王子にあてがう予定だったことを聞けて、こいつが犯人だと確信に至ったのだった。
これがわかり次第、2人は入念に準備に取り掛かる。
既に20年以上経過してアイリーシア家の一件は多くの者の記憶から薄れつつあったが、そのおかげでクエスたちにとっては動きやすく有利に働いた。
20年以上我慢してきたんだ、そう2人はたがいに言い聞かせながら1年以上かけてじっくりとした準備をしていった。
そしてその復讐はいよいよ決行間近。
二人はアイリーシア家に混乱を起こし大切な父と母、そしてエリスを奪い国までも奪った張本人にも対する復讐に静かに燃える。
ミントが描いた懐かしい16歳の頃のエリスの肖像画の前で二人は目を閉じて静かに誓う。
「エリスが戻る前に嫌なものは全部片づけておいてあげる。だからエリスは安心して私たちの元へ戻ってきて」
「エリスお姉ちゃんを苦しめた元凶は私とクエスお姉ちゃんで全部、全部、消し去って見せる。そしたらエリスお姉ちゃんも笑顔で私たちのところへ戻ってきてくれるよね……」
今回は最も大切なことの一つ、復讐。ただそれを楽しむのではなく淡々とやるべきこととして実行する。
全てにおいて容赦はせず、憎き一族だけを殲滅する。私たちがそうされかかったように。
目標以外の対象は必要以上には手をかけないことも事前に確認し合った。
ここは貴族としての矜持でもあったし、快楽殺人者になり果ててエリスを迎えてはいけないという思いもあった。
長い間思い続けていた2人の誓いはいよいよ果たされる時が来た。
そして2人は直前の準備へと動き出す。
ストック&修正がだんだん厳しくなっているので更新ペースは今よりも段々落ちていくと思いますが
これからもよろしくお願いします。
初めての皆様も、いつも読んでくれる皆様も本当にありがとうございます。
感謝の正拳突きをやっておこう。
修正履歴
19/01/25 【本文最後】取り掛かう。→取り掛かる。
19/02/01 改行追加
20/07/19 表現などを修正




