大戦の始まり7
ここまでのあらすじ
ミントの魔法により大きな損害を受けた闇の軍は、都市攻略を諦め退却していった。
闇の軍が徐々に撤退していくのを見送った後、ブレンビバークに配備された兵士たち2千が、都市から少し離れた位置に監視用の高台を構築し始める。
その周囲に前哨基地を構築するため5千の兵士が都市から出て来て作業を始めたが、闇の軍は甚大な被害によほど懲りたのか邪魔をする様子は見せなかった。
主力部隊がある程度基地の構築を見守ってから都市に戻ると、早速会議が開かれクエス、ボサツとルーデンリア第3・4部隊の隊長
バカスとその子であるルルンとレック、それにこの都市の防衛を最初から指揮していたラーチスが参加する。
「まずは皆様、この都市を守るために来ていただき、誠に感謝しております。皆様のおかげでこの危機を乗り切ることが出来ました」
自分よりも身分がはるかに上の者たちばかりが援軍に来ており、ラーチスは少し恐縮しながらも感謝を述べた。
「いえいえ、当然のことです」
「そうそう、それにあなたがここまで踏ん張ってくれたから助けられたのよ。ラーチス、あなたこそご苦労様」
ボサツが話すとそれにクエスが言葉を付け加えた。
実際、ラーチスが外壁で踏ん張っていなければ援軍が来る前にここを放棄する決定がなされた可能性もある。
都市の中で一番固い壁は当然一番外側の外壁になる。
ここが突破された場合エリア3で粘ることもあるが、壁の高さや防衛側の配置からエリア2の平民たちが住むところまで侵入されることが多い。
そうなると一部の兵士たちが決死の覚悟で貴族エリアと平民エリアを分ける壁、通称貴族壁で敵の侵入を防ぎながら
主力部隊を転移門で退避させた後、転移門を破壊して都市を放棄し特攻する場合が多い。
敵が疲弊していたり、援軍に強力な部隊が多数来ればここから反撃に移ることもあるが、追い返したとしても外壁が壊された以上
その都市は守りの機能が失われており、十分な防衛が継続できないので廃棄されるケースが多い。
つまり一番外側で防ぎきることが、今後防衛を続けていく点でとても大事になる。
クエスがラーチスを労うのを見てバカスがあきれながら話しかける。
「何言ってんだ、クエス。お前がいなかったらどのみちこの都市は終わってたぞ」
「はぁ、バカスに言われてもね…その言葉は女王様に言ってもらいたいわ」
「ふっ、可愛い奴め。照れるな」
「…うるさい」
「まぁまぁ、お二方。ひとまず敵も追い返せたので落ち着けたことは確かです。
勝利を祝いたいところですが、敵がまだギリギリ視認できる場所でとどまっている以上、油断はできません」
モニターに外壁から見た外の光景が映し出される。
外壁の上から闇の軍の姿は見えず、一部の光の兵士たちが死んでいない敵兵にとどめを刺したり、生きている仲間を探したりしていた。
また、闇の魔法使いが死んだことで一帯に闇属性の魔力が多く漂っており、兵士たちの一部はそれを光の魔力で打ち消す作業に専念していた。
設置の進む前哨基地からはギリギリ闇の軍が確認できると報告があったが、動く様子が全く無いためこうやって主力たちが揃う会議が出来ている。
「やっぱりミントのあれが相当効いているみたいね。まぁ、もう一発くらいたいとはだれも思わないでしょうし」
「いやはや、あれは外壁の上から見ていましたが驚きました。私が敵大将でなかったことを感謝したほどですよ」
クエスに対してラーチスは率直な感想を述べた。
あんなことができるとなれば、敵が動けなくなるのももっともだ。
闇の軍も観察した通り、夢属性の魔法は術者を中心とした周囲を対象に取るため、敵の奥深くに潜り込まないと大きな効果を発揮できない。
そのため闇の軍は兵と兵の間の空くような急襲ともいえる突撃を行うと、その隙間にミントが潜り込まれることになり再び同程度の被害を被る可能性が出てくる。
つまり、現状闇の軍が攻撃を仕掛けるとしても、兵の間を詰め潜り込まれることを警戒しながらゆっくりとしか進撃できない。
そんな警戒からか、闇の軍がいなくなった外壁からの映像をしばらく眺めていると、クエスは突然思い出したことがあり話始める。
「そうそう、ちょっといい?さっき私が突貫した時に見たものなんだけど…」
クエスが黒いモニターにしばらく触れて、それを司会役のラーチスへと投げる。
ラーチスは受け取ると先ほどまでの外の光景を消し、そのモニターの端にクエスから渡された小さな黒いモニターを刺した。
映し出されたものは、先ほどクエスが敵陣に突貫した時のもだった。
周囲が敵だらけなため、どこに魔法を放っても味方に当たらないからか、クエスは早さ重視で次々と魔法を放ち闇の兵を地面に伏させていく。
「こりゃすげぇな…」
ある程度敵の攻撃をかわしつつ自分の周囲を片付け、周りが開いて全方位からの敵の攻撃が激しくなるとすぐに別の場所にテレポートする。
囲んで消耗させる前に脱出して再び暴れまわるクエスは、闇の兵から見て悪夢の存在に違いなかっただろう。
皆がクエスの戦いぶりに感心していると、それを見せたかったわけではないのでクエスが不満そうにした。
「もう、私の戦い方はどうでもいいのよ。それよりここ、この向こうよ」
クエスがラーチスの横に行って映像を止め、群がる兵士たちの奥の方を指さす。
奥の方にも闇の兵士たちがたくさんいるのが見えるが、ここにいるメンバーはクエスが言いたい事がピンとこない。
「どういうことなのです?」
他のメンバーが言い出しにくいからか、ボサツが率先して尋ねた。
「まぁ、確かにこの映像じゃわかりにくいかもね。この奥の兵士…いや、部隊ね。これは奥に待機していた部隊なのよ。
奥から前方の部隊の退却をサポートしに出てきた奴らよりさらに後方にいるから、位置から言ってこれは別の部隊で間違いないわ」
「後方にも軍を用意していたということか…くそっ、奴ら本当に数だけはいやがる」
「数はわからないけど、まぁ、1万はいたと思うわ。あまり高く浮き上がると的になるから、見える角度も悪かったし遠かったしで正確な数じゃないけどね」
バカスとクエスが話す中にボサツも混ざる。
「クエスの情報では闇の軍の1部隊は2,3万単位だったはずです。後方に1万残していただけかもしれません」
「まぁ、それもあり得るけど…4,5千削ったのにまだ2万以上いると思うとうんざりするわ」
「確かに…そうですな」
ラーチス顔から快勝に沸く先ほどまでの笑顔はすでに消え去っており、全体が重苦しい雰囲気になる。
一光・三光、さらにバカスとその子供たちなど、連合内でもなかなかの主力が揃っているので、2万の兵が再び攻めてきても守れる可能性は高い。
とはいえ2万という数に何度も波状攻撃を受けた場合は、主力の消耗も激しくなり押し込まれる可能性だって十分にある。
「そういやクエス、さっきの部隊は再使用するのにどれだけかかるんだ?」
「さっきの?あぁ、あの特殊部隊ね。がっかりさせるようで悪いけど同規模なら1週間ほどは休みが欲しいわね。人員補充も必要だし。
そもそも向こうもがっちり警戒しているだろうから、同じことをして削るのは無理があるわよ」
「まぁ、それはわかっているさ…しかし1週間は結構きついな」
「ダウンしたミントさんの回復に時間がかかるのですか?」
回復に思ったより長い期間を指定してきたので、ボサツは不思議そうに尋ねる。
魔力と傷の回復なら重傷者を除けば2,3日で済むはずだし、魔力だけなら1日あれば充分である。
それなのにクエスの指定した期間は1週間、これはさすがに長すぎだった。
1週間ともなれば複数回ここを攻撃されるだけの日数があるし、戦局が大きく変わる可能性も高い。
「まぁ、ミントは1日あれば十分だと思うわよ。問題は周囲の兵士の方ね。死者22名、幻術にやられたのが38名、この60名が脱落となれば簡単には部隊を元に戻せないわよ」
「死んだ者はともかくとして、幻術にかかった者はすぐに正気を取り戻せるのではないですか?」
「そりゃ正気に戻すのはまだ何とかなるけど、あの魔法はかかると同時に夢属性に対する耐性が下がるのよ…だから半年程は特殊部隊として使えなくなるの」
「そう都合よくはいかないというわけですか…」
ラーチスも先ほどの戦いを見て期待していたのだろう。
兵士たちがいない場だったからよかったものの、指揮官としては見せてはいけないほどの落胆した様子を見せた。
「だったらうちの兵隊を貸すぞ」
護衛させるだけなら任せろと言わんばかりバカスが支援を申し出る。
だが、そんなに簡単にはいかない。強い力を使うにはそれなりに制約や条件が必要だったりする。ミントを護衛する部隊も同じだった。
「それができれば苦労しないわ。残念だけど、夢属性にかなり抵抗力が高くないと発動後ただの足手まといになるだけよ」
「なぁに、混乱する前まで持てばいいのだろう?普通に戦わせるより効率がいいなら使い捨てるやり方もありだろ」
「はぁ、あんまりぺらぺら話したくはないけど…あの魔法は対象の願望を見せる魔法なのよ。つまり帰りたいと思うものは帰り始めるし、疲労感を感じている者は安全だと思ってその場で休み始めるわ。
そして戦いたいと思っている者は味方にまで攻撃を始める。今の特殊部隊の人選、かなり苦労したんだから…」
特に潜在的な願望が強く出がちな魔法なので、闇を滅ぼしてやるぞと意気込んでいる者は、混乱後周囲の者が闇の兵に見えて攻撃してしまうのである。
アイリーシア家の特殊部隊は『ミント様をお守りする』『国の格を上げるため自分が犠牲になる』といった思考の者ばかりを選んでいたため
魔法にかかっても暴れ始める者は少なく、達成したという気持ちからその場に座り込む者が多かった。
だが、他国の一般的な兵士たちは、闇の兵士たちを倒さねばいつか自分たちの都市にまで攻めこんでくると教育されて戦場へと来ている。
そんな彼らがミントの魔法にかかってしまえば、たちまち周囲の味方をも敵と認識して戦い始めてしまうのだ。
「おいおい、マジかよ…仕方がねぇな。まっ、1回でも十分元は取ったしな。
これから向こうは、いつさっきの突撃部隊が来るのかビビりながら攻めなきゃいけないだろうし…良しとするか」
「そう言ってもらえると助かるわ。もちろん、出来るだけ早く戦場に出せるよう復帰は急がせるけど」
当面2万以上の敵を必殺の手を使わずに相手しなければならない。
そんな重苦しい空気が会議室内を埋め尽くした。
「会議中失礼します」
そう声が聞こえると兵士が会議室内に入ってくる。
また緊急事態かと思いバカスやクエスたちに緊張が走ったが、ラーチスが話を聞き笑顔になったのを見て少し場が落ち着いた。
小さな黒いモニターを兵士から受け取ると、ラーチスはそれを大きなモニターにさして話し始める。
「映像による相手に被害を与えた数の大まかな集計が出ました。明るい話題がないと息が詰まるんじゃないかと考えて、急がせていたのですよ」
そう言ってラーチスは結果をモニターに表示した。
・アイリーシア部隊:4431(大隊長1、中隊長6)
うちクエス:511(大隊長1、中隊長3)
・バカス隊:288
・ルーデンリア第3部隊+ボサツ:824
・ルーデンリア第4部隊:527
作戦の中心に据えられたアイリーシア家の特殊部隊は見事な撃破数をはじき出していた。
あくまでざっくりとした仮の集計だが、これだけの数の敵を減らせたと表示されると、実感がわき元気が出るというものだ。
「さすがは一光様だ。これは敵の大将も泣きたくてたまらないでしょうな。共に戦えて本当に光栄です」
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいわ」
「はっ、はい」
クエスに笑顔を向けられ、よりテンションの上がるルーデンリア光国第3部隊隊長のホーエン。
彼はルーデンリアでも有名な熱狂的なクエス支持派である。
たとえ国を一度滅ぼされても自分の力で再興し、再び光の連合のために力を尽くす。
クエスに対してそんなイメージ持っているホーエンは、心の中では女王よりもクエスのことを尊敬している。
「改めて見るとすさまじいな…こりゃ、負傷者も入れれば向こうの損害は1万はあるんじゃないか?」
「とはいえまだ2万は残っているのですから、私たちの一部はここに残った方がいいかもしれません」
「そこは女王に聞いた方がいいかもしれんな。おい、ラーチス。ルーデンリアに連絡は取れないのか?」
ボサツと話していたバカスはこの都市を守るため指揮を執っているラーチスに、ルーデンリア光国へと映像をつなげるように要求する。
映像をつなげるためには転移門を接続状態にして双方から送り合わなければいけない。
この世界は転移門という遠い距離を簡単に行き来できる魔道具が存在するために、通信技術などがほとんど発達していない。
実際無線もないわけではないのだが、周囲に漂う魔力にですら簡単に妨害されるため、戦場でもほとんど使われていない。
また外壁に囲まれた都市以外があまり開発されていないことから転移門に頼り切ってしまい、無線を主軸とした通信技術はほとんど使われなくなってしまった。
転移門にはもともと情報を伝達する機能も付いており(転移先との連絡を取り合うことが必要なため)
常時接続状態にすれば映像や音声を遅延なく送りあうことも可能だ。
ただ、この機能は魔力を食い続けるのであまり使わない。
転移門を常時接続状態にするくらいなら全員が移動して集まった方が早く、映像の外でこそこそ動かれることもないからだ。
また魔法で虚偽の映像を作り出して誤情報を流す事件が何度か起こったことから、映像通信自体あまり信用されていない。
ただ、戦場との連絡ともなれば一刻を争うこともあり、このように映像の通信が行われることもある。
もちろんある程度信頼できる間柄、もしくは人物がいないと半信半疑になってしまうが。
「了解しました、バカス様。すぐに連絡を取ってみます」
ラーチスは兵士たちに指示し、兵士たちが向こう側へと連絡を取り始めた。
今話も読んでいただきありがとうございます。
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次話は7/30(木)更新となります。 では。




