大戦の始まり2
ここまでのあらすじ
急遽闇の軍が光の連合の前哨基地を破壊して都市ブレンビバークから少し離れた位置に陣を築き始めた。
前哨基地が破壊されその地に闇の軍が陣取ってからしばらくの間、大きな戦いが起きないまま月日が流れる。
その間、闇の軍を目の前にした都市ブレンビバークは散発的な攻撃を受けていたが、都市の前に展開した光の軍の防衛隊にその侵攻を防がれていた。
おかげで都市の外壁に目立った被害は出ていない。
「今回の闇の奴らはやけに慎重だな…」
このブレンビバークの都市防衛の責任者であり、この都市を治めるトールギス家の作戦指揮官でもあるラーチス・トールギスは
闇の国の散発的な攻撃に何か不穏な空気を感じていた。
ここ2月の間、少数の兵が近づいては遠距離魔法で攻撃し、それを防いだ光の部隊が迎撃に出ると
後ろから大軍がやって来て少数の兵たちをサポートしながら退却させる。
過去の歴史からも大群で光の軍をすりつぶすやり方が得意な闇の国が、ずいぶんと慎重に様子を見るような攻撃しかしてこないので、ラーチスは不思議で仕方がなかった。
闇の軍がやってくる時間帯もばらばらで作戦のようなものを感じさせない。
早朝やってきたかと思えば、一番不利な昼の明るい時間帯にのこのことやって来て早々に返り討ちにあったり
ラーチスから見て意味不明な行動が多かったのだ。
もちろん闇の軍にとって得意な夜の時間帯にやってきたことも何度もある。
だがその時も無理に数で押し込んでくるまねをせず、適度に攻撃したらこちらの反撃が遅れていても早々に撤退していくのだ。
最初はこちらを徐々に疲弊させる作戦かと考え、ルーデンリアへ兵士の交代ペースを上げて対応できるようにしたが
相手が大した規模でないことからこちらが疲弊することはなく、逆に程よい緊張感を与えてくれており、光の連合はよい緊張状態を保てている。
だがそれがあまりに続くと、兵士たちはどこか慣れきってしまうのではないかと指揮官としては不安を感じざるを得ない。
「どうだ、向こうに動きはあるか?」
「いえ…今のところは動きはありません」
「下の者たちに異常はないか?」
「オーティンス様も問題ないと言っております」
「しっかり監視するように伝えておけよ。決して気を抜くな、いつ奴らの得意な大群での突撃が来るかわからんからな」
「はっ」
指揮官からの指令を受け、連絡役の兵士たちが都市の外へと出て、前線の部隊に伝えに向かう。
だがこの日は終日攻めてこなかった。
この状況は当然ルーデンリア光国にも伝えられている。
都市から見える範囲に闇の軍が鎮座し危険な状況であることから、2月に1度の当主たちが集まる最高会議は開催ペースを2週に1度に変更していた。
だが、その会議の様子はどこか緊張感の欠けたものになっている。
「この2週も、前週に3回、今週は4回、500ほどの部隊が接近しては攻撃を仕掛けすぐに撤退しているわ」
女王の言葉に数人の当主から思わずため息が漏れる。
相手は前線を押し上げてきており、いよいよ都市攻めへに来るかと思ってからはや2月。
毎度毎度同じ報告を聞かされていては徐々に緊張感が欠けていくのも無理はなかった。
「向こうの犠牲はどうなっている?」
「確認できた人数で言うと、5人、22人、4人、0人、11人…こんな感じよ。撤退が早く犠牲というほどの損害は出てないわ」
詳細な資料が全員の当主の前に映し出されるが、真剣にその数値とにらめっこするのはボルティスくらいだった。
「こっちの被害も数人ずつくらいは出ているんだねぇ」
「こちらから攻めてみては?」
このまま待ち続けるのが嫌になったのか、メルティアはこちらから打って出ることを提案するが皆の反応は芳しくない。
まず相手の総数がどれくらいか完全に把握できていないことが問題だった。
表から見える範囲で2万ほどいるのは確認されているが、その後ろにどれほどの数がいるのかがわかっていない。
今の動きもこちらを焦らして誘っていると言えなくもなく、罠だとしたら突撃して見え見えの罠にかかったことになる。
しかもこっちから打って出る場合、どこの国の兵士を突撃させるかが問題になる。
混合の軍になるとはいえ、最初に突撃する国の兵士は無事では済まない。
お互い属性だけ見れば特効状態なので、少々鍛え上げた自慢の部隊だったとしても、相手を多く殺すことはできても無事に帰ってこれるとまでは言えない。
そんな貧乏くじを誰も引きたがらずに、ずっと膠着状態が続いていた。
「攻めるのはいいけど、どこの軍が突撃してくれるの?」
皆の思いを代弁した女王の一言にメルティアも黙ってしまう。
「連合最強のクエスとルーデンリア光国が誇る精鋭1部隊を突っ込ませれば、向こうは一気に瓦解するんじゃない?」
今度はルルーが提案するが、当のクエスはあほらしいのか何の反応も示さない。
今ルルーと内部でいがみ合っている場合じゃないので、ここはクエスが大人の対応を見せた。
「悪い手ではないですが、一光という大事な駒はカウンターとして一番効果を発揮する時のため待機させたいところです。突撃に使うのはいまいちですね」
「そうね、レディの言うようにクエスは最初アイリーシアの特殊部隊と一緒に使いたいわ。他の部隊を任せるとしてもその後で十分よ」
レディの言葉に女王も賛成し、ルルーの案は完全に否定された。
クエスも同じことを考えていたのか、口を出さずに聞いている。
「ボサツはいけそう?」
女王は念のためボサツにも話を振る。
「突撃の話です?どちらかというと私なら表面を削る方が得意です。クエスのように中に入ってひっかきますのは苦手です」
ある程度引っ掻き回した後に宙属性のテレポートでその場から脱出できるクエスと違い、魔法を駆使して脱出することになるボサツは本人が言うように突撃には向かない。
大群に囲まれた後、確実に戻れそうな術がないからだ。
「兵を集めて一気に押し返すか?あのままずっと目の前に陣取られていると気分が悪いからな…」
「だったら私がカウンター食らわせた後の方が楽じゃない?相手の後ろに山ほどの援軍がいなければの話だけど」
「まぁ、クエスの言う通りか。しゃーないな、今週も様子見か」
結局何の案も出ず、バカスは諦めたように背もたれに寄り掛かった。
相手にもっと大きな動きがあれば、指揮権を発動させて一気に押し返すチャンスになるのだが…皆がそう考えていた時この会議室の扉が開かれる。
光の連合のトップ同士が集うこの会議室の扉は、よほどのことがないと途中で開くことはない。
つまりは何か緊急事態が起こったということだ。
全員の目が扉の開いた先にいる息を切らす兵士へと集中する。
「はぁ、はぁ、大変でございます。はぁ、敵が、2万ほどの敵が都市に襲い掛かりました」
「都市の外にいた前線の部隊は?」
思わず女王が怒鳴るような声で尋ねる。
「半数は死亡、残り半数は早いタイミングで都市内へと退避した模様です」
「おい、都市外にいる前線部隊は正面に足止め用の罠を張っていただろうが、どうなってんだ」
「それが…闇の国からの攻撃で少しずつ破壊されていたらしく…後は数の力で強引に突破してきた模様です」
「馬鹿か!前線の指揮をしているオーティンスは何をやっていたんだ。敵を目の前にして罠の整備を怠る馬鹿がいるか!」
バカスの怒鳴り声が会議室内に響き外まで聞こえていた。
戦場となっているブレンビバークはバカスのいるライノセラス一門の中級貴族トールギス家が所有する都市であり、バカスも防衛にはかなりの力を貸していた。
あくまでまだ都市外の守りを突破されただけではあるが、そこにミスが重なっていたともなれば怒るのも無理はない。
「そ、それがバカス様…」
「なんだ」
「オーティンス様はそのミスの責任を取り、皆を逃がすだけの時間を作ろうとそのまま前線で…」
「くっ、最後の最後まで馬鹿しやがって」
怒りと悔しさにバカスは机を叩く。
「クエス!」
バカスと女王の呼ぶ声のタイミングが重なる。
「わかってるわ、すぐに特殊部隊を整えて前線へと向かう。ボサツ、追撃部隊を用意してくれる?」
女王の指揮命令系統をすっ飛ばして、クエスはボサツにサポートをお願いすると、ボサツは確認のため女王を見る。
「ええ、それでいいわ。ルーデンリアの正規兵、第3・第4部隊計2千名を指揮しなさい」
「はい、了解です」
女王とボサツがやり取りしている間にもクエスは部屋を出て、ボサツもそれを追うように部屋を出ていった。
「ちょっとクエスは先走りすぎてないかしらね?」
女王の指揮系統を無視して三光に指示を出したことをリリスはやんわりと指摘する。
だがこれは注意や問題視ではなく、あくまで問題なかったよねという確認だ。
このタイミングで上がまとまらず内紛にならないように、同じ融和派のリリスが先に手を打ったとも言える。
「問題ないわ、今は時間がないのだから」
女王もその意を察してそこは触れずにさらりと流す。
ちょっとした特別扱いに見えたルルーは、苛立つかのように奥歯をかみしめた。
「俺も兵を出して三光の後に続く。前線で指揮を執るから先に抜けさせてもらうぜ。その後の対応は任せる」
怒りと焦りを抱きながらも、自分の一門の都市を守るためバカスも部屋を出ていった。
その後はすぐに扉が閉められ、皆が厳しい表情になり会議が再開する。
さっきまで会議は終わろうかという雰囲気だったが、そんなものは完全に吹き飛んでしまった。
女王が再度情報を整理しようと、先ほど報告来た兵士を呼んで現状を説明させる。
彼が物見から受けた報告は闇の国およそ2万の兵士が大挙して都市へと攻め込んできたという話だった。
彼自身はその現場を見ておらず、連絡用に待機していた彼が転移門で飛び、伝聞を急ぎここへ伝えてきたということだ。
その時はまだ外壁が壊されるような音はしていなかったが、都市の外にいた部隊は崩壊したと知らされたらしい。
そんな報告を受ける間にも女王のところには、転移門を使った情報通信からある程度整理された情報が伝えられてくる。
それを女王は他の当主たちの目の前にあるモニターへと転送した。
・都市外壁への攻撃が開始された。敵を狙える位置にある外壁内の砲(光一閃の魔法と同等の威力を発射する魔道具)により迎撃を開始するが
闇の勢いは止まることを知らず、既に約半数の大砲が破壊される。
・外壁には土属性の<魔硬化>を使用中だが、今の魔石量ではもって後3日程度。
・<風の板>を使って上空から攻めて来る敵兵らは余裕をもって撃ち落とせているが、相手の主目的は外壁の破壊と思われる。
このブレンビバークを守っているトールギス家は雷属性の使い手が多く、外壁を超えようと風の板で飛んでくる闇の兵士たちを<落雷>を使って次々と撃ち落としていた。
そのため闇の軍は早々に外壁の上を制圧することをあきらめ、外壁自体を破壊するという強硬手段に切り替えていた。
「これならしばらくは持ちそうだな」
「相手の援軍が来なければの話です。追加が来ればより過密に、より広範囲に攻撃が行われすぐに数で押しつぶされるでしょう」
ボルティスは現状の報告を受けて安心したが、レディは対応を急ぐべきだと念を押す。
「とにかく兵士のスケジュール立て直しをやらせるわ。動員数は今より2倍にします。あと、この最高会議が直接動かせる連合軍も創設します。
元々の取り決めにより、それぞれの地位に応じて人員を出すように下に命じなさい」
「光軍を!?女王、ちょっと急ぎすぎじゃない?」
「早すぎるとまでは言えんだろう」
シザーズは嫌がっているが、ボルティスは賛成の意向を示す。
「ちょっと、いくら何でも拙速すぎるわ」
「いえ、このタイミングがベストです」
ルルーはやや否定的な意見を出すが、レディは女王の意見を支持した。
「ならば早々に採決をとりましょう。今は悠長に話し合っている場合ではありません。バカスの1票で決まる場合は使いを送ります、いいですね」
女王が強引に話を進め他の当主たちは仕方なく決を採る。
連合軍、通称『光軍』と言われる軍はこの女王と当主たちが集まる最高会議直轄の軍のことだ。
普段は編成されておらず存在すらしないが、緊急時には各国から少しずつ精鋭が集められて運用される。
指揮系統がどの国からも完全に独立した存在であることから、光軍と呼ばれるこの集団はどこの国の意思も有さない、純粋に光の連合全体の為に動く部隊となる。
光軍はとても有名で、過去何ども光の連合の窮地を救っていることから、多くの兵士や貴族たちが所属することを夢見るが
各国の国王にとっては優秀な人材をとられるため結成となれば頭の痛い話でもある。
「では賛成の者はその意思を!」
女王の声に呼応して、女王、ボルティス、メルティア、レディの4名の席の輪郭が黄色に光りだす。
反対したのはリリス、シザーズ、ルルーの3名だ。
女王は2票という扱いになるので、この場にいないバカスの意思を問うことなく多数決により連合軍が結成されることが決まった。
「賛成多数により、ここに連合軍を結成することを宣言する。我々光の連合は、卑劣な闇の力に負けることなく
光の精霊の教えに沿い、奴らをこの世界から消し去るまで戦いぬくぞ!」
女王の宣言にこの場にいる当主全員が黙ってうなずいた。
「では、解散。至急一門に本日の決定を伝えよ。バカスのところにはこちらから遣いを出す」
一同は頷き、当主たちは即行動すべく急いで会議室を出ていった。
「この争いを私の代で…なんとしても終わらせる…」
一人残った女王は椅子に座ったままこぶしを握り締め、送られてきた闇の突撃の様子を睨んでいた。
いよいよ5章最後の大きなお話に入りました。
都市運営話ばかり書いていましたが、いよいよ戦闘のお話です。
久々なので表現が変じゃないかチェックしつつの投稿になります。
今話も読んでいただきありがとうございます。誤字脱字がありましたら、ご指摘していただけるとうれしいです。
ブクマや感想、質問諸々歓迎しています。
楽しみにしているの一言だけでも、正直かなりうれしかったり…。
次話は7/15(水)更新予定になります。 ではでは。




