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異世界からのスカウト ~光と闇の狭間に立つ英雄~  作者: 城下雪美
5章 貴族への階段(190話~255話)
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エリスの分離4

ここまでのあらすじ


いよいよ分離実験が始まる。都市内に対して説明を終えたコウは隠れ家へと足を運んだ。


そしていよいよ分離実験が始まった。


「さぁ、コウ…ゆっくりと眠って。大丈夫よ、2人とも絶対に無事に戻ってこれるから…」


優しく微笑むクエスになんだか落ち着いたのか、コウは自然と目を閉じて眠りについた。


「さて、今一度気合を入れなおすわよ。今回ばかりはミスできないからね」


「今までのデータを無駄にはしないつもりです」


2人が気合を入れしばらくすると、コウの体からエリスの魔力が漏れてきて何度も見た青い光が現れる。

コウは精神世界へと移されたのか揺さぶっても全く反応しない。


「エリス、準備はいい?」


「大丈夫」


「さっちゃんは傷口の回復も最小限でね。エリスの魔素体を抽出するときに影響しちゃうから」


「わかっています」


確認を終え、クエスは少し短い剣を取り出してコウの左腕肩口に刃を当てる。

そして魔力を込めためらうことなくスパッと切り落とした。


すぐにボサツはコウの腕の切断面に<止血玉>を使った。

みるみるうちにコウの腕に赤い血の玉ができ、切断部分の血の流れを繋げるように出血した血を無理やり体へと戻している。


同時にクエスはコウの左腕をもう一つのカプセルの方へと入れた。

エリスである青い光も一緒にカプセルへと入っていく。


「そっちは?」


「止血できています」


「エリス!今すぐコウの腕に戻れる?すぐに腕を魔素体へと分解するわよ」


「たぶん大丈夫」


エリスの青い光がコウの腕の中へと吸い込まれていく。

カプセルを稼働させると、コウの腕だったものが青と緑に煌めく魔素へと変わっていき、再び青い球が見えてきて周囲の魔力をまとめ上げ魔素体を再構築し始めた。


コウの本体はもう一つのカプセルに入れられ、左腕に赤く大きな水玉を付けたまま寝かせられていた。

理論的には順調にいっているが、心配なクエスはカプセルの窓越しにエリスに話しかける。


「成功してる?」


「今のところは成功してる。でもこれ以上は回復と体の構築に意識を集中したいので緊急事態にならない限り話さない」


「わかったわ」


エリスの言葉に不安になりながらもクエスは同意した。

ここからは装置の回復力とエリスの魔素体を構築する力にかけるしかない。


とはいえもう一つ出来ることがある。コウの体から残ったエリスの魔素体を魔力にしてエリス側へと移すことだ。

止血をしたままのコウがいるカプセルを、出血を最小限に抑えるために水で満たす。


これは水属性の魔法使いに効果の高いの回復の仕方で水を媒体にして魔力を満たすやり方だ。

水に弱い火属性や土属性の魔法使いでなければ、出血時はこちらの方が無駄な体力を消耗することなく回復できる。


水に満たされ始め、ボサツが施した止血用の水魔法<止血玉>も解かれ、カプセル内が少し赤く染まり始める。


「コウの方、準備できています」


「了解、コウから残ったエリスの魔力を抽出するわよ…耐えてよね、コウ」


装置を稼働させるとコウの体のあちこちから青く光る魔力が漏れ出てくる。

これはエリスが左腕に寄せられなかったコウの中に残っている彼女の魔素体となっていた魔力だ。


それを失うことで当然ながらコウは体のあちらこちらから出血し始める。

精神世界に閉じ込められているコウは反応せず体を大きく動かすこともないが、徐々に傷ついているからか時々少し体を揺らしていた。


「これ以上はコウが限界です。2割ほどはまだ残っていますがこれ以上は止めるべきです」


「…っ、わかったわ。すぐにエリスのいるカプセルへと魔力を転送。その後両方とも最大出力で回復させて」


クエスの指示でボサツはすぐに装置を動かす。

魔力がエリスの元へと流れだし、青い光がそれをさらに吸収する。


一方、水の中でコウの体はぐったりしていた。


「コウの方はほぼ正常です。意識がないのはカプセルのせいか、まだ精神世界とやらにいるからかは区別がつきませんが、魔素体は安定しており生きています」


「エリスの方は?」


「想定より少し魔素体を作り出すための魔力が少ないようですが…体を構築している様子が見られます。カプセルのデータと精神体のイメージがどこまで一致するかが鍵になりそうです」


コウの方を見てほっと一安心したクエスはすぐにエリスの方を見る。

手足のない体だけの状態がうっすらと出来てはいるが、その体も所々で欠けては再生を繰り返している。


当然のことだが、傷を受けた状態の体は対処しない限り傷口が開いたり出血などで徐々にダメージが積み重なっていく。

そのダメージよりも回復力が上回らなければ回復が進んでいるとは言えない。


ボサツが見ている観測モニターでは回復力が上回ってはいるが、ほんのわずかしか回復が進んでいない。


「これ大丈夫なの?本当に大丈夫なの?」


「くーちゃん落ち着いてください。観測しているデータからは微量ですが回復しています。エリスさんが出てこないところを見るとまだ大丈夫な範囲のはずです」


確かに数値上は回復量の方がダメージ増加値よりも上回っているが、ほとんど差がなくいつ事態が逆転するかわからないのでクエスは気が気でなかった。


「コウは…まだ目を覚ましていないの?」


「睡眠回復にはしていませんので…精神が表に戻ってくれば反応を示すはずですが…」


危険状態になった時に知らせる警報はこの隠れ家中に張り巡らせているし、転移門を使った情報連絡システムも使っているのでここを離れても問題はないが

かなりきわどい状態で心配だった2人は、話し合いの結果、数時間おきに交代してどちらかが実験室で待機するようにした。



クエスとボサツが慌ただしくなる中、コウはエリス会えるいつもの白い世界に来ていた。

氷が一面続くこの世界でエリスを呼んでみるも反応がなく、コウの周りに2匹の白い毛玉のようなものがふわふわと浮いているだけだった。


ふと今まではいつもそこにいたエリスの姿を思い浮かべる。


「行ったのかな…エリス師匠」


コウがそう呟くと白い毛玉のようなものはコウの周りをまわりだす。


「励まそうとしてくれてるのかな?俺は大丈夫だよ、ここを出ればきっとエリス師匠に会える。

 そういやお前たちは…何て呼べばいいんだっけ?……そうだな、雪の精と呼ぶことにしよう。白い雪の綿毛みたいだしな…ちょっとでかいけど」


正式に主として認められたからか、それとも元の制作者がいなくなったから頼るものがないからか

どちらなのかはわからなかったが、雪の精2匹はさらに近づいてきてコウの掌の上に降りる。


冷たさを感じ、改めて氷属性を持った生き物なんだと感じさせられた。


「それで…どうやってここから出るんだろうなぁ。俺の体がどうなっているかも知りたいし」


つぶやいてみてもいつも答えてくれるエリスは現れない。

宿主が心配なのか雪の精は再びコウの周りをまわり始めた。


「しかし、これはそもそも何なんだろうな?俺のお目付け役?魔力を吸い続けて…どうなるんだ?成長とかするのかなぁ。うーん、わけわからん」


どうしたものかと困っているコウの首筋めがけて雪の精が飛び込む。


「ひっ、冷たっ」


慌てて首筋からどかそうとするとすでにそこからは離れていたらしくコウの手は空振り

雪の精たちはコウの両肩に1匹ずつとまった。


これ以上相手にしてもしょうがないと思ったコウは、とにかくこの世界から脱出する方法を考える。

いつもならエリスが消えれば勝手にここから出られたのだが、彼女はもうここにはいない。


となると自分がこの世界を作り出しているのかと考えるが、そんなこと考えたこともなければ意識したこともない。


「ん~、全然わからん。こんなことならエリス師匠にちゃんと聞いておけばよかったな…まいった」


歩いてみても飛んでみても、どこまでも地面は一面の氷で空は真っ白で何もない景色がどこまでも続く世界。

魔法は使えるので10分ほど飛んでみたが、結局見た目は最初と何も変わらない場所にしかたどり着かなかった。


ちなみに雪の精はコウが早いスピードで動くとついて行けずに置いて行かれるが、コウが止まるとその周囲にテレポートしたかのように現れる。


どうやら雪の精はこの世界のどこにでも自由に移動できるようだ。

やることがなく途方に暮れたコウは、仕方なく雪の精たちと遊ぶことにした。


氷の魔力を広げると、最初は恐る恐るその魔力に触れてみて、次第慣れてくるとその魔力を吸収し始める。

だが姿が大きくなったりはしない。ただ魔力を吸収するだけだ。


そしてある程度吸収したら満足したのか、それ以上は吸収しなくなった。


「そういや魔力が食事って言ってたっけ…。勝手に食うんじゃなくてこうやって与えないといけないのか?」


エリスに何も教えてもらっていないコウは、脱出できない以上暇をつぶすついでに相手をしてやった。

魔力を食ってどうなるのか、こいつらは外に具現化できるのか、そもそも何の役に立つのか、いろいろな疑問が浮かんだが答えはない。


そのうちコウも相手するのがつかれてしまい、氷の地面の上に寝転ぶ。

何もない世界で時間の感覚もおかしくなり、だんだんコウもいら立ちが募ってくる。


「んー、どうやったら出れるんだ…なぁ雪の精たち、俺はここから出ることができるのか?」


コウは尋ねるが雪の精たちは動きを変えるくらいで何か話しかけてきたりはしない。

エリスが魔物と言っていた以上まっとうな会話はできないのだろうが、風の力のおかげかなんとなく感情は理解できる。


「こいつらずっと喜んでいる感じなんだが、他の感情がないのか心配になるな。なぁ、俺は帰れるのか?」


何度目だったかコウが帰れるのか尋ねた時だった。

いつもエリス師匠がいなくなる時に感じる、この世界から追い出されるような感じがした。


「おっ、もしかしてこの世界…俺じゃなくてあの雪の精たちが作り出したものになっているのか?」


尋ねても雪の精たちは目の前でふわふわと浮いているだけで反応はない。

すうっと世界が消える感覚がして、何も感じなくなる。


そしてコウは目を覚ました。




「ごぼっ」


目を覚ますとなぜか水の中にいた。

正確には回復カプセルに満たされた水の中だが、何が何だかわからなかったコウは慌てて動こうともがく。


普段コウが回復するときは光属性の回復を使っており、今回のように水属性を使った缶詰は初めての経験だった。

ただなぜか息ができていることに気がつき少しだけ落ち着きを取り戻す。


落ち着いてくると次は徐々に左腕あたりから強い痛みを感じ始めた。

見てみると無くなった腕の根元付近が少し再生し始めていて、ひじのそばまで外側は確認できたがその先は全くない。


それに体中のあちこちで痛みを感じる。

これは最初の頃強めの分離実験をテストした時と似ていることを思い出し、コウは分離が行われたことを思い出した。


「あぁ、俺……実験は成功したのだろうか…エリス師匠はどうなったんだ…」


痛みをこらえながらあたりを見回すが、今入っているカプセルの位置が悪くもう一つのカプセルの中を見ることはできない。

回復するまでは基本的にカプセルから出られないので、今は諦めるかと思った時クエスとボサツがコウの目の前に来た。


「良かった…本当に良かった」


「目を覚まさないのかと思いました。心配させすぎです」


うっすらと涙を流しよろこんでいる2人を見てコウは体の力が抜けた。


「えりすしひょうのようふはほうなのへすか?(エリス師匠の様子はどうなのですか?)」


慣れない水の中で話し辛くコウは思ったような声が出せない。

だが内容は伝わったようでクエスが声をかける。


「大丈夫よ、コウに無理させたけどおかげで今は安定している。だからコウはゆっくり寝ておきなさい」


「睡眠回復モードに切り替えますよ?もう少し休んでおいた方がいいです」


2人からエリスの無事を聞きコウは痛みをこらえながらも目を閉じで水の中で体の力を抜く。

そしてコウは再び回復するまで眠りについた。



「良かったわ本当に…無理をさせすぎてずっと眠っているのかと思ったわ」


「やはり2回目のエリスさんの魔素体分離がかなり負荷になったのです。が、ともかくコウが無事で何よりです」


再び眠ったカプセルの中のコウを見つめながら、2人は胸をなでおろした。


エリスの状態が厳しく、2人はより安定化させるために寝ているコウから残ったエリスの魔素体を無理やり分離した。

コウの反応がないため慎重に行われた作業だったが、それでもコウの負担はかなりのものだった。


2人とも助けるためぎりぎりの判断だったが、このためコウは目を覚ますまでに3日間も眠り続けた。

この時に起きたら、全身の激痛によりコウの精神にもかなりの負荷がかかるため、雪の精たちはコウをずっとあの場に閉じ込めていたのだ。


回復カプセルを睡眠回復モードにしていれば問題なかったのだが

コウが精神世界からちゃんと戻ってこれたかを確認するため、あえて睡眠モードを切っていたことが悪い方にはたらいてしまったといえる。


「正直肝が冷えたわ…コウが万が一死んでしまったら、確実にエリスに殺されるところだった」


「私もシーラに一生恨まれるところでした。こういう危ない橋を渡るのはもうこりごりです」


2人とも大部屋に戻ってほっとすると、一気に体の力が抜けたのか床に寝転がる。

コウとエリスの分離作業が無事に終わり、寝転がったまま2人はお互いに手を握り成功を祝った。


今話も読んでいただきありがとうございます。感謝です。


誤字脱字等ありましたら、遠慮なくご指摘いただけると助かります。

ブクマや感想、質問など、色々頂けるとうれしいです。


次話は6/24(水)更新予定です。では。

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