都市の発展 光と影12
ここまでのあらすじ
労働者不足も対策を打ち、ますますまい進するコウだった。
月日は流れ、転移門も新たに設置が終わり、バブルスマイル社もおおよそ移転作業が完了した。
悪い噂や根拠のない中傷など嫌がらせのような妨害工作は時々見られたが、実績を立て2度目の支給金増加まで実施したことで
コウを支持する者たちの勢いは増し、妨害工作もほとんど意味をなさなくなっていた。
エリスとコウの分離実験もエリスの状態をさらに正確に把握できるようになり、もう本番までの道筋ができつつある。
後はコウが実験の為にかなりの期間都市を空けられる日がいつになるかという状況まで来ていた。
都市内のさらなる発展も順調に進んでいた。
エクストリム内の商品の輸出分は魔石類を除いてほとんどをこのバブルスマイル社に委託するようになり
またバブルスマイル社も各地から商品を集めてはこの都市の倉庫に保管して、他都市に輸出するようになり多数の雇用と多くの納税につながった。
農業は2部門が競い合うかのように土地を開発し、よい作物を作ろうと努力しており、意図せずして理想的な関係になってきている。
ネネミが率いる新食料部門の方が自力で上回るからかやや上を行くが、旧食糧部門も負けてはいない。
この状況から裏でひそかに進めていた旧部門を潰しネネミに統括管理させるという作戦も白紙となっていた。
魔石採掘部門とは別に魔道具作成の部門も立ち上がり、簡単な小型の魔道具等を商品化することに成功した。
ちなみに大戦以前はこの都市でそこそこ盛んだった細工技術が、魔道具を発動させる外枠の商品として復活を見せ、市民の仕事もさらに増えている。
このような結果、就任後1年半時に設定された最初の目標額をはるかに上回る数字をたたき出しており
ひと段落したこの日の夜、順調な都市運営をいったん皆で祝おうと、都市内のほとんどの貴族を集めて慰労会が行われた。
いつもはコウに対して反対する者たちも、うまい飯と酒がタダでありつけると聞き参加している。
そもそも反対派と言っても半分の者たちは元の都市長であるポトフが戻ってきたときのために反対のポーズをとっているだけで
内心はこのままコウがこの都市を治め続けても不満はないという者たちが多い。
やはり2度にわたる支給金の増加が多くの貴族に影響を与えていた。
今まで金をそれなりに得られる者は都市長のお気に入りだけだったのに、全貴族・準貴族の支給金が上がり続けるとなれば誰もがコウに期待を寄せる。
前都市長のお気に入りの者たちの腰ぎんちゃくをやっていた者たちでさえ、今の方が伸び伸びと行動できしかも未来が明るいとなれば
コウを支持する側に転じるのは無理もない事だった。
こうなると面白くないのは、前都市長から気に入られ、多くはないもののしっかりと利を握り締めていた者たちである。
今までは少額の金でもホイホイと自分たちの派閥に入ってきた者たちが見向きもしなくなったのだ。
中には時流を見極めたなどと言い出して、前都市長に気に入られ利を得ていた者までがコウの派閥へと鞍替えしている。
この都市内の大勢から明らかにコウの方がいいじゃないかという態度が透けて見えることから、前都市長でありコウが辞めた後戻って来る予定のポトフを支持する一派はいらだちを募らせていた。
「ちっ、こんな良い物を振舞ったところでなんだというのだ」
そう言いながらも男は次々と料理をつまんでいく。
その様子を見て、ポトフを支持するコウ反対派の女、ナルミアセスが皮肉交じりの言葉を投げる。
「いい食べっぷりじゃないの。コウ派にでも寝返ったのかしら?」
「ふんっ、奴がどれくらいのものを出してきたのか調査しているだけじゃ。それに俺が食えば食うほど賛成派の奴らに食事が回らなくなるしな」
「くだらないわね…そんなんだからどこの馬の骨ともわからぬ奴にここまでやられるのよ」
「わしはやられとらん」
そう言いながらも料理に伸ばす手は止まらない。
それを見てますます呆れているとコウが壇上に上がり始め皆がそちらに注目した。
誰からともなく拍手が始まり、それにつられて大勢が拍手をする。
見向きもせず料理をあさる愚か者はほっとくとしても、ここで悪目立ちするのは避けるべきだと
反対派のナルミアセスも仕方なく周りに合わせて小さく拍手をした。
そんな中、壇上の中央に進みながらコウは左手を軽く上げて周囲の歓迎に答えている。
「ちっ、よそ者のくせに偉そうな態度ね…」
「仕方ないじゃろ、ナルミアセス。奴は実際偉いぞ」
さっきまで食事に夢中になっていたはずの男はさすがに悪目立ちは避けたいのか、いつの間にやら普通に拍手をしている。
「ポスジェットも変わり身の早いことね」
「なに、あやつがどんだけ功績を立てようが結局最後は全部ポトフ様の物じゃ。気にすることはない。長く生きてれば耐えなきゃいかん時もある」
「まぁ、それはそうだけど…」
そこまで言いかけたところで拍手が収まり、コウは壇上の中央から出席者たちに語り掛け始める。
「今日はこの都市の発展に尽力してくれた皆の労をねぎらう会に、こんな大勢が参加してくれて大変うれしく思う。
ここには私を支持してくれる者、少し距離を置いて冷静に見ている者、まぁ…私を気に入らないと思っている者など様々なものたちが来てくれているだろうが、今は皆に感謝したい」
コウの言葉に少し会場がざわめく。
「皆が私のことをあからさまに妨害せず冷静に見てくれたおかげで、より良い緊張感の中で仕事を進められたのだと思う。
俺も支給金を上げることでその恩も返したつもりだが、改めてこの場で礼を言わせてもらう。ありがとう」
再び会場に拍手が溢れるのを反対派のナルミアセスは黙って見つめた。
「今の都市長はぶっちゃけ大したことないわ。ただ、周りの者たちが聡いだけ。そんなお飾りに拍手するとか愚かとしか言えないわ」
「そう言うが、お飾りになりきるのも才能じゃ。今はただ、酒と食事をいただいておけばいいのじゃないのか」
拍手の中小声で話しているので周りには聞こえていなかったが、この状況からコウに反目しているのは明らかに少数派。
そんな拍手に包まれているコウは話を続ける。
「今回は料理に酒にと気合を入れて揃えさせてもらった。皆、存分に楽しんでくれ。
それと俺は普段からあちこちに行ってて話ができないとよく言われている。なので今日はせっかくの機会だから多くの者たちと話をしたい。
1人1人に対してあまり時間は取れないが、会場にいる間は世間話でもいいので声をかけて欲しい。では、みなこの慰労会を楽しんでくれ。以上だ」
簡単なあいさつを終え壇上から降りると早速数人がコウの方へと向かっていくのが見えた。
コウはここに赴任してもう1年ちょっとになるが、この城内で親しいと言えるテレダインス家の貴族は数えるほどしかいない。
コウの方から交流を避けてきたわけではないが、任期の短さから取り入る必要が無いと判断されたのが一番の原因だった。
ただ最近はその状況もだいぶ変わってきており、何とかコウと顔をつないでおこうとする者たちが増えてきた。
とはいえ、ただコウのいる執務室に行っても不在で話すどころか会うことさえ難しいのが現実だ。
だが今回はこの場で話せるというまたとないチャンス、特に朝食会に出られない準貴族たちはここで顔を覚えてもらおうと一斉に近づいて話をしにいく。
結果コウは大勢に囲まれて、誰と話せばいいのかわからない状態になっていた。
「もう、ほんとに…。言わんこっちゃない…」
マナが1歩離れたところメルボンドと一緒にその様子を見守っており、シーラはコウの隣で誰が話すか順番を整理している。
その様子を見ていたナルミアセスは、テレダインス家の者たちが一斉に彼に媚びているようにしか見えず腹が立った。
「ちっ、やっぱり胸糞悪いわ、こんな所」
そう言ってナルミアセスは部屋からさっさと出て行く。
「落ち着いて相手のことを見んと見誤るだけじゃろうに…食えるときには食っておくものじゃぞ」
ポスジェットはそう声をかけるがナルミアセスはさっさと部屋を出て行く。
仕方がないので放っておくことにし、彼は料理をつまみつつすでに十数人に囲まれているコウを黙って見ていた。
会場を出たナルミアセスはすぐに服を着替え、すぐに首都テレダインスへと飛ぶ。
苛立ちを抑えてすぐに会えるよう兵士に取り次いでもらい、10分ほどしたらポトフ王子のいる執務室へと案内される。
ポトフは一瞬顔を上げ誰が来たかを確認すると、再び書類へと視線を移す。
「ポトフ様、ご報告があります」
「どうした、ナルミアセス。確か今日は慰労会をやっているのではなかったのか?」
エクストリム城にいる他のポトフを支持する貴族から逐一情報が送られているので、あそこで行われている大抵のことはポトフも押さえている。
だが、情報を手に入れたところで安易に手を出すことは出来ない。
あの都市は国が、つまりは国王がコウに統治させることを認めているので
下手に王子であるポトフが動こうものなら罰を受けかねないし、最悪国王の継承争いから真っ先に脱落することになりかねない。
だからこそポトフはこの首都であるテレダインスにいたまま、我慢して日々の業務をこなしていた。
「はい、確かに慰労会でした。ですがあまりにひどい状況なのですぐにお伝えしなければと参上した次第です」
「なるほど、だがここへ来たことを悟られてはいないだろうな?」
「当然です。あのくだらない男が城内の者たちの行き先まで把握しているはずがありません」
「そうか、まぁよい。それで、何があった」
ポトフは真剣に聞く気になったのか、ペンを置き書類を机のわきへとずらす。
「我々8名からなるポトフ様支持派の準貴族の集まりのうち、6名があろうことか慰労会で都市長にしっぽを振っていたのです」
「残りの1名は誰だ」
「ポスジェットです。私と2人でその様子を見ておりました」
準貴族たちの支持など普段のポトフにとってはどうでもいいものだが、見ていないところでも誤魔化さず自分を支持する人材は状況によっては非常に有用な駒ともなる。
ならば一応覚えておくかと思いそばにあるメモに名前を記した。
「報告ご苦労だった。これからも私に忠義を尽くせ。以上だ」
「はっ、はい。ありがとうございます。それで…その、何か手は打たれないのでしょうか?」
その質問にポトフはしばらく沈黙した。
まずいことを聞いてしまったかと悟ったナルミアセスは慌てて発言を取り消そうとする。
「ふ、不遜な発言失礼しました…私はこれで…」
「まぁ、待て。何も手を打っていないわけではないが、話すか少し迷っただけだ。
エクストリムはすでに他都市と比べて遜色ないほど収入が増えたと聞いている。合っているか?」
「はいっ、おおむねあってると思います。潤沢な資金を使っているようで、私のような立場では正確な数字は把握できませんが
最低限の小都市規模と同等の収入はありそうで、3年目までの税収目標にも到達するのではと噂されております」
「ふん、ならばあいつの役目は不要になったと判断しても良さそうだな。ふっ、ふふふ…ちょうど私もとあるルートであいつを追い出す計画を立てていたところだ。
ナルミアセスよ、もうしばらく我慢しておけ。半年後には私が見事エクストリムの都市長として返り咲いて見せよう」
「ほ、本当でございますか!ならば今しばらくは裏切り者どもの名をまとめつつ、日々を耐えながらもポトフ様の帰還をお待ちしております」
「ああ、任せておけ」
元都市長であるポトフの言葉を聞き嬉しそうに戻っていくナルミアセス。
以前別の者から受け取っていた報告と違いはなく、嬉しそうに戻っていく姿を見て彼女はスパイではないなと考えながら、ポトフはいよいよ動き出そうと腹を決めた。
ポトフにとって発展させまくった都市をコウから渡されることは、一見ありがたいようでありがたくない。
特にコウの発展させるペースが予想をはるかに上回っている点が問題だった。
発展する余地の多い都市を発展させるのは、金の問題さえクリアすればさほど難しくはない。
だが、コウが開発しまくった後に自分が都市長になったところで、より大きく成長させるのは困難となり
他の王子や王女たちと後継争いをするための武器となる功績を得られなくなってしまう。
大きく発展した後に、ちょろっとさらに発展させたところで注目を引く材料にはなりえないからだ。
そのためコウがさらに政策を打ち出した時は、怒りのあまりに魔力で体を強化して机をたたき壊してしまったほどだった。
貴族の中には欲に飲み込まれてしまい都市を発展するよりも自分の懐を増やすことに熱心になる者もいるが、ポトフは自分がそういう類ではないと自信を持っていた。
あくまで自分が発展させられなかったのは、あの都市があまりに資金不足であることと、自分の指示に従うものたちを作るためにある程度金を使わざるを得なかったせいだと考えている。
だが新しくやってきたあの男は、どこからか持ってきた大金に物を言わせ貴族たちを懐柔し、自分から都市を発展させたという功績を根こそぎ奪おうとしている。
だからこそポトフはただ待つだけというわけにはいかなくなっていた。
「あの件も報告するよう仕向けておいたし…ルルー様もこれならば動いてくれるはず。
くくっ、コウとやらが国家を後ろ盾に持つというのなら、俺様は当主様を後ろ盾にすればいいのさ。こんな時のために金をばらまいていたのだからな」
思わず笑みを漏らしてしまい、慌てて平静を保つ。
ここは首都であり、他の王子や王女たち、それに連なる侍女たちがあちらこちらにいる。
今回ポトフがやろうとしていることは、ライバルである兄弟にばれて利用されれば継承レースから1発アウトになりかねない案件だ。
危険なことをやる以上、周囲に対しては慎重になりすぎるくらいがちょうどいい。
「見ておけよ…次の時代は俺が必ずこの国の家長になるのだから」
窓に映る自分の表情を今一度確認し落ち着いた表情に戻すと、再び通常業務へと戻る。
早期にエクストリムを取り返す、そのことを夢見ながら。
いよいよ物語が動き出しそうなところまで来ました。
あっ、今話も読んでいただきありがとうございます。
イラスト依頼するのお金かかるねぇ~と思う日々です。
誤字脱字等ありましたらご指摘ください。いつもの誤字チェックと見直しで、今回は誤字ゼロでした!
(見逃している可能性はある)
次話は6/12(金)更新予定です。 ではでは。




