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異世界からのスカウト ~光と闇の狭間に立つ英雄~  作者: 城下雪美
5章 貴族への階段(190話~255話)
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都市長のお仕事14

ここまでのあらすじ


食糧増産のため、コウは組織を立ち上げる。そこに食糧で利を得ている既存の貴族ジェリスとネネミが立ちはだかった。


「ふぅ、思ったより簡単にいったな」


コウはほっとしたのか、疲れた様子で椅子の背もたれに寄り掛かる。


「上手くいきましたが、まだ油断は禁物です。今回の件で少なくともジェリス殿には恨みを買ったでしょうから。

 まぁ、恨みにならない可能性もありますが…」


「でも、ネネミさん引き込めたしそこまで警戒することないんじゃない?」


「彼女はこちらの意図を理解していたようで、自分たちの利を考えて賛同してくれたにすぎません。

 ただ、こちらの計画の綿密さも理解されてしまったようですが。それに現段階では、彼女が本心からこちらについてくれるかはまだ不明です」


マナの疑問にメイネアスは厳しい様子で語った。

コウたちはネネミをこちらに引き入れることが、立ち上げに有効なだけでなく、今後の体制に変革をもたらすのに重要な鍵とみている。


「ガラドリア、何かあればすぐに俺たちに報告しろよ。1人で抱えると問題が大きくなりかねないからな」


「心得ています。うちも身辺を含め気を付けておきますので、都市長様もお気を付けください」


ここまでやった以上、コウたちも向こうが無抵抗でいるとは考えていない。

形の上ではジェリスの利権を守っているが、実際は首根っこをつかんで相手の利権に土足で踏み込んだも同然だ。


今後のネネミ動き次第では、ジェリスが不満を抱き始め問題が大きくなる可能性だってある。

そんなリスクを負ってまでもネネミが欲しいと言ったのはコウだった。


彼女は現場で指揮のできる貴重な人材であり、表面上は兄に従順に従っているが、心の中では不満を持っているという情報を掴んでいる。

そんな彼女を責任者に据えることは、今後のエクストリムにおいても、コウ支持の人数を増やす面でも有効な一手だった。


一番の功績は、この情報を現状に不満のあるテレダインス家の貴族たちから秘密裏に仕入れたノットリスである。

彼のおかげで今回の流れで行くことになったのだから。


そんな多くの優秀な人材に囲まれていることに感謝しつつコウは立ち上がる。


「忙しい中、今より厳しい状況に立たされるかもしれないが…」


そこまで言うと、目を閉じ思いを込める。


「皆、俺に力を貸してほしい。よろしく頼む」


「お任せください」

「もちろん」

「私たちはそれが役目ですから」


その言葉にコウは感動しつつ、この日の会議は終えた。



一方会議室から退席したジェリスとネネミ。

ジェリスはイラつきながら廊下を歩き、その後ろをネネミが続く。


「くそっ、あいつら好き勝手しやがって…利権を俺から奪うだけでなく、俺をコケにするとは」


「兄上、奪われてはいませんし、彼らが自由に動けるのもせいぜい3年程度です。

 私たちが様々な困難を乗り越えられたのは、耐えるべき時に耐えてきたからなのです」


「わかってる。俺は首都の有力者にも金を配ってるんだぜ。なのに何の情報も得られず不意打ちを食らうとは…。

 とにかくあいつらの好きにはさせん。それよりネネミ、お前どういうつもりだ」


立ち止まり振り返ると、厳しい表情でネネミを睨む。

自分を裏切って向こうにつくのなら容赦をしないと言わんばかりだ。


だがそんな兄上の言うことを真に受けていないのかネネミの表情は変わらない。


「兄上、彼らの裏の意図が読めませんでしたか?」


「意図?俺たちを馬鹿にしたいだけだろう」


「彼らは私が了承しなければ別の人員を責任者に据えると言ってました。その者が3年の間に体制を作ってしまえば組織が固まってしまいます。

 つまり、今の都市長がいなくなってもそのまま組織が残りかねません。逆に私が責任者となり協力すれば…」


「ほぉ、なるほど。さすがはネネミだぜ。ならば惜しみなく協力し主導権をがっちり握れ。他にも使えそうな人員がいれば連れて行っていいぜ」


自分の都合のいいことだけはすぐに理解したのか、ジェリスは急に機嫌がよくなる。

その様子に内心呆れつつも彼女は兄上に付き従う。


今まで数十年、権力を握る兄上の影響力からずっと抜け出せずにいたが、やっとそこから脱出する機会を得たのだ。

とはいえ、一度裏切れば信頼してきた兄弟であるからこそ、その恨みは普段より大きなものとなる。


まずは今の都市長が兄上に対して本当に対抗しうる存在になるか、ネネミはそれを見極めることにした。

兄上を裏切るのであれば、必ず勝たなければならないからだ。


「はい、ありがとうございます」


「なに、気にすことじゃない。ネネミがそのまま組織を乗っ取るんだからな。そしてそれは俺のものになる。

 あくまで都市長がいなくなるまで目立つような派手な動きはするなよ。それでこそ俺の安泰は続くんだ」


普段はもう少し冷静なジェリスだが、だいぶ頭に来ていたからか相手を倒す算段がついて楽観的になっている。


とはいえ、ネネミも油断はできない。

自分が決して疑われるようなへまをしないようネネミは心の奥底に本心を隠したまま、上機嫌で歩く兄上の後に続くのだった。





翌日昼からはさっそく食料生産部門の立ち上げ会議となる。


「はぁ、また会議かよ…」


昼食を済ませ外から戻ったコウは、机の上にあごを乗せて不満をこぼす。

マナも同様に不満なのか、両肘を机に立て両手で頭を支えていた。


「御二人とも、お気持ちはわかりますがご自重ください。最初の方針決定は都市長様がいないと、何度も会議を開く羽目になってしまいます」


「はぁぁ~、わかったよ。わかりました…」


メルボンドに指摘されコウは仕方なく姿勢を正し正面を見る。

それを見たマナもだらけてはまずいと思って座ったまま背筋を伸ばした。


「都市長様が姿勢を正してくれれば、マナ殿もちゃんとしてくれますので…頑張りましょう」


俺が原因じゃないだろと思いマナを見ると、彼女は嬉しそうに笑ってうなずく。


「いや、おかしくない?」


「そろそろ始まりますよ、資料はこちらですので隙がないよう聞いておいてください。今はネネミ殿にこちらの脆さを見せられませんので」


不満をかき消されやり場のないだるさを感じるが、食糧増産を前倒しで始めると言い出したのはコウ自身だ。

そうである以上、この会議もいい形で終わらせないといけない。



ネネミが入ってきたことで気合が入ったのか、コウは背筋を正し真剣な表情になる。

出席者はコウとマナ、メルボンドに予算を扱うメイネアス、主たる説明役のガラドリアとその配下2名、そしてネネミと彼女が連れてきたポンレナだけだ。


最初に改めて農地予定地を表示する。

昨日提示した、ただエリアを指定しただけの地図とは違い、畑道・倉庫・資材置き場などが細かく配置されている。

各畑で植える予定のものや水路まで記載され、この計画がかなり用意周到なものだというのを示していた。


「これは…ここまで用意していたなんて」


少し不満そうにつぶやくネネミだが、コウは笑顔で話す。


「具体案もないのにここで1から作成していては時間がかかるだろう。昨日の場はあくまでエリアの広さが問題だったわけで

 今日は具体的な指針を決めるところだ。当然それに合わせた資料を用意している」


「なる…ほど」


「それでは、パッと見て問題点などあったらご指摘願いたい。あの一帯の地質や現在の生産種別の割合はそちらの方が詳しいだろうから」


後手後手に回る歯がゆさを感じながらも、ネネミはコウが主導するこの事業にしっかりしたものを感じた。

これが自分に丸投げされるようだったら、兄上と決別する価値を感じなかったが、こうまで用意周到に進めているとなるとそれなりに対抗できるのではと思わされたのだ。


「ええ、その前に少しこちらで資料を吟味させてもらいます」


資料の映像を手元にモニターにコピーすると、ポンレナと一緒に持ってきた資料と照らし合わせ相談が始まった。

5分ほどして修正された地図が全員の正面の大きな黒いモニターに表示される。


「こことここは畑道の位置をずらします。この一帯は石がよく埋まっているので道を広めにしました。あと、この資材置き場はまとめて問題ないと思います。

 その分鍵や外壁をしっかりと作ってほしい。兄上が何かしでかす隙を作らないためです」


ネネミの指示に素早く予定を修正していくガラドリア。


彼女は食料生産量第4位を誇るメルティアールル家で農林業全般を学んできた準貴族だ。

こんな荒城都市の責任者程度に後れを取るわけにはいかない。


「ここは植えるものををイモ類に変えた方がいいかもしれない。けど、現状のものでも行けそうなので現地を見て決めましょう。

 あと、こちらの狭いスペースで作るコメ、とは何です?」


「あぁ、それはテスト用に作る予定だが今はメルティアールル家が独占して作っているものだ。まだ許可は下りてないからあくまで案として認識しておいてくれ」


このわずかの時間でよく資料を見てるなと感心しつつコウは説明する。


ネネミは現場の仕事からこういった部分まで兄上の食糧部門を支えてきた人物だ。

まだ正式にこちら側に着くわけではないが、仕事であれば当然手を抜くつもりはない。


彼女にとってはどちらにしてもこの都市の食料部門であることに変わりはないのだから。


「以上、こんなところ。それでスケジュールを確認したいんだけど」


「あぁ、それも話さないといけないと思っていたが、まずは畑の下地を作り、植えられるようになるまで1月ぐらいを目指している」


「は?えっ、いや、さすがにできるわけないわ。無茶苦茶広いのよ?」


それを聞きコウがメイネアスに視線を向けると、彼女は軽く頷き話し始めた。


「まず、傭兵を4人動員して水路や地ならしなどを一気に進める予定です。予算はかなりかかりますが、予定の3倍、6千万ルピを用意しています」


「いや…って、無理というか…6千万!?色々と間違っていない?」


ネネミの言うように、今ある既存の広さと同じ広さを一気に開拓するだけでもかなりの人手と時間がかかる。

それを1月でというのも無茶があるが、さらに予算を大量につけると言うのもネネミには正気とは思えなかった。


十分に利益が上がる事業とはいえ、鉱石なんかを掘るのとは違い利益が出るまでに時間と経費がかかるのが農業だ。


近年食料品の価格が上がっているとはいえ、大幅な利益が見込めるわけでもないこの事業に多額の資金を使ってもすぐに回収できるはずがない。

予算も時間も滅茶苦茶すぎて、ネネミは呆れるほかなかった。


「ガラドリア、スケジュールの中身を頼む」


「はい、こちらになります」


中身は土属性を使える傭兵が頑丈な水路を作成しつつ、別の傭兵がこれまた土属性で畑道などを整備。

進行具合が厳しい場合は、一部の畑の土起こしも傭兵の魔法に任せるとなっていた。


他にはコウが基本的に畑の土起こしを担当し、余っている人員も同様にやらせて早期の種まきや苗植えを始めるとなっていた。

書いてあること自体よく読めば不可能じゃないように見えてくるが、根本的な問題がある。


「いや、ガラドリア…魔法で土壌改良ってダメでしょ。魔素含みの野菜になり平民が食えなくなることも知らないの?」


「うちの所属するメルティアールル家ですでに知見の得られた方法があるので問題はない。

 予算も都市長様が当初の3倍は用意したから腕のいい傭兵も使えるし、すでに土壌改良用の土と腐葉土もある程度用意できてます。

 さらにうちのメルティアールル家から助っ人を呼ぶ算段もついている」


「…そう、それならいいけど。その知見とやらは教えてもらうわよ。後、どうしてそんなに急ぐの?人手を集めるだけでもここでは苦労するはず」


「色々と加味した結果、急いだほうが全体の利になると思って判断した。妨害も受けにくいし、経験も多く積める。

 何より今は人手が余っているのだ。早々と動かし経験を積ませれば将来に向けて大きな財産になる。無茶だと言いたいのはわかるが理解してほしい」


コウの説明にとりあえずネネミは頷いた。

それと同時に彼女は都市長であるコウのことを分析する。


彼はせっかちそうだが勢いはある。色々と拡張し都市全体を盛り上げようとしている点では合格点だが、かなり荒さが目立つのもまた事実だ。

それを周囲がフォローしているようなので上手く行っているが、彼本人の能力だけを見ると、兄上と対立してまでつくにはかなりのリスクを感じる。


「ちょっと賭けが過ぎるか…」


ネネミも兄上のジェリス同様、博打よりは手堅く物事を進めるタイプなので、この時点でコウを頼るのは危険だと判断した。

とはいえ期待外れの愚かな相手でもないし、周囲を優秀な者に囲まれているようなので、ここは従順に従いつつ様子を見ることに徹する。


「大まかな点はこれくらいだ。他にないのなら私は行くが…」


「構いません。さらなる詳細はガラドリアたちと詰めておきます」


ひとまずこのスケジュールに従う方針で、ガラドリアと詰めることにしたネネミ。


「都市長様、後で詳細を詰めたスケジュールを報告いたします」


「あぁ、よろしく頼む」


問題なさそうだと判断したコウは、マナとメルボンドを引き連れて部屋を出て行った。


読んでいただきありがとうございます。感謝。

ブクマ200超え記念として次話まで連続更新続けます。


誤字脱字・感想・ブクマ、色々頂けると嬉しいです。

特に感想は、内容見るまでびくびくだけど…やっぱりうれしいw では。

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