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異世界からのスカウト ~光と闇の狭間に立つ英雄~  作者: 城下雪美
5章 貴族への階段(190話~255話)
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都市長のお仕事9

ここまでのあらすじ


夕食でコウが賄賂を受け取ったことを話し、ひとまず衝突は避けられた。


コウたちが出ていったあと、エニメットが片づけをはじめる。


残された4人は席に座り料理をつまみながら誰が話し始めるかを待つという、微妙な空気に包まれた。

メイネアスとネミエスが時々開いた皿を片付けるエニメットを視線の隅で確認する。


彼女はコウ専属の侍女なので、ここで話した内容がコウに筒抜けになるのは間違いない。

伝わるとまずいことを話すわけではないが、伝わり方によっては誤解を招きかねないので、皆がどうしても慎重になってしまう。


この状況で話し始めていいものか困っていると、おおよその状況を察しメルボンドが仕方なく口を開いた。


「今回の都市長様はなかなかの変人のようで、皆もかなり困っているようですね」


この状況を楽しんでいるかのように、メルボンドは少し笑顔を見せながら語る。

助役である彼が一番コウに振り回される立場にもかかわらず余裕を見せるので、ここにいる皆が彼との経験の差を感じた。


「賄賂をもっとよこすよう指示をする逆パターンの都市長様に比べたら、比較的楽だとは言えますけど」


メイネアスは時々エニメットに視線を向けながらも淡々と語った。


金を得ることにうるさい都市長の場合は、文句はたいてい金を渡してくる相手ではなく、財政などを担当する部下に向かって言う。

そういった話を何度か聞いたことのあるのか、彼女にはコウは楽な相手としか見えなかった。


「まいった。あまり欲張らないで下さいと注意する役目を負っていたはずなのに…調子狂う、ホントに」


「私も師匠の行動がちゃんと予測できていれば、皆さんにお伝えできていたのですが…」


ネミエスが困惑した気持ちをそのまま吐露したので、シーラも力になれず申し訳なく思う。


「師匠はお金にあまり固執しないとわかっていたのですが、まさかこういう行動に出るとは思わなくて」


「シーラにそう聞いていたからこっちも気を遣って、賄賂は少なめに2%ぐらいでって感じで見積もりを進めていたけど。

 はぁ、まさかその分値引きしちゃうなんて。せめて事前に私と相談してくれていたら」


「ごめんなさい。エニメットから費用をけちる雰囲気があることは聞いていたんだけど、まさか自分あての挨拶金まで財政に回すとは思ってなくて」


シーラの言葉を聞き、エニメットも片付けの手を止め申し訳なさそうに頭を下げる。


コウのような人物の感覚からしたら『今回の取引はいくらくらい抜けそうだ』なんて頭の片隅にもない発想だが

実際にはこういうことを言う人物が貴族の中に多いのも事実なのだ。


「構わないでしょう。これは誰かが謝るような結果ではないはずです。あぁ、さすがに先方には謝っておかなければなりませんね。

 うちの都市長が賄賂を断ったようで申し訳ない、と」


メルボンドの言葉に全員が軽く笑う。

雰囲気が変わったところでメルボンド話も切り替えた。


「それで修正後の税収予測はどうです?家賃の収入はこのままだとそこそこのものになりそうですが」


「はい、それは私から。今まであった個人への税55%を師匠が望んでいる10%程にした場合ですが

 住宅の家賃が月収の30%ほどを目安に設定されるので、多くの住民が家を借りた場合は収入に大きな差はなく、減収の影響は限定的なものになりそうです」


手元に資料を用意していないので、概略だけを簡単に説明するシーラ。


「しかし大半の平民に家を用意するのは今のペースでは難しいんじゃないの?」


「家族用よりは少し安くする予定ですが、個人向け用の集合住宅も今設計を進めていますし、何より師匠がやる気なので…。それに1年半後の住宅普及が、今家のない市民の3割程度にとどまっても

 他の収入を加味して余裕をもって達成できる試算が出ています。多くの市民が収入増になっている点が大きいです」


「となると魔石部門の稼ぎも頑張っておかないとね。あとで試算に使った条件を資料で渡してもらえない?

 その試算を上回れるよう、ハース魔動機械のパミルには設置を急いでもらうよう交渉しておくから。2%分の賄賂見込みも消えたんだし」


シーラの説明にネミエスもやる気を見せる。


「なかなか珍しタイプの都市長様ですが、われわれがしっかりと支えていきましょう。目標達成こそが我々の使命であり、それに対して頑張る都市長様を助けるのが私たちの仕事です」


「そうね、工作機械類や人員など、必要な費用があればすぐにこっちに言って。特に予定を前倒しにできるならすぐにお金は出すよう都市長様に説明するわ」


メルボンドの言葉にメイネアスも自分ができる範囲で全力を尽くすことを宣言する。

コウの頑張りに答えるようにコウを支えるメンバーもやる気を出しているのを見て、片付けで動き回っているエニメットも笑顔になる。


「そうなんだけど、想定していた人物像よりちょっとどころか大幅に外れていて調子狂う」


場がまとまったと思いきや、すぐにネミエスから愚痴が出た。

今日のコウの行動が思ったよりも彼女に心の傷を負わせていたようだ。


「ガラドリアも同じようなことを言っていましたね。都市長様が前に出過ぎていて、動かすはずの自分が逆に振り回されていると」


「あー、それそれ。本当にそんな感じ。ねぇ、シーラ。都市長様って前からあんな感じなの?」


ネミエスの問いにシーラは今までのことを思い出してみる。

1年ほど子弟として過ごした間、楽しかった思い出が多くて今のコウの突っ走り具合にピンとこなかったが、マナの一件を思い出しネミエスの言ってることが理解できた。


そう言えばあの時もコウは独自で突っ走っている雰囲気があった。

物事の重大性と弟子という立場から口を挿むのはと思っていたが、考えてみればコウは単独で突っ走るきらいがあると言える。


上に立つ者がぐいぐいと引っ張っていくというのは、決して悪いことではない。

経験や実力がある者が他を引っ張っていくのは、むしろ頼もしさすら感じるからだ。


が、コウの場合はそれとは少し違う。

やる気や方向性は悪くないが、単独で進みすぎて周りが付いて行けずに少し空回りしている感じだ。


このままだとあまり良くないかもと思い、シーラはそのことをコウに話してみようと思った。


「前に1度ありました。その時は良い結果になったんですが、確かに危ういとは思うので機を見て師匠に話してみます」


少し困っている様子のシーラを見て、ネミエスは彼女に嫌な役を押し付けてしまったと思ったが

こういう敏感な問題は親しい者から指摘された方がいいと思い、自らその役を買って出るのやめておいた。


一転して重苦しい雰囲気になり、エニメットも思わず片付けの手が止まる。

そんな中、助役であるメルボンドが話し始めた。


「まぁ、ネミエスの言うことも一理ありますね。とはいえ、我々の役目は都市長様の教育ではなく都市長様を支えることではありませんか?」


彼の言葉に反論できないのか、ネミエスは黙ってしまう。


「シーラにはそれとなく話してもらえると助かりますが、我々は都市長様が暴君であれ無能であれ、目標達成まで導くのが仕事です。

 あの方が偉そうにしないからといって、こちらが度を超えた対応をとるのは間違いだと思いますよ」


「メルボンドも少し責めすぎではないですか?愚痴も言えなくなる状況が続くと、いつか破綻をきたすかと」


「そうですね、言い過ぎました。今度の都市長様は柔軟な方なので、期待しつつもある程度合わせていきましょう」


メイネアスの言葉に反省したのか、メルボンドは表現を緩め話し合いを締めた。

ある程度理解したのか、ネミエスはそれ以上は何も言わず部屋を出る。


メルボンドは悩んでいるシーラに軽くアドバイスをするとネミエスの後を追い出ていった。

そして皆が出ていったあと、エニメットは待機していた他の侍女を呼び部屋をきれいに片づけた。




マナとの戦闘訓練を終えた後、コウは自室に戻って執務用の机に向かう。

机の上で3つに分けられている書類を見て、軽くため息をつくとコウは予算にかかわる申請書を手に取った。


人員の増加を求めたり、新たな機材の購入を求める書類に目を通して、問題ないものに許可を出す。


許可を出すやり方はハンコではなく、承認欄の枠に手を当て魔力を流す。

そうすると枠が薄緑色になり、承認のマークが表示される。


ちなみにこの書類は、事前にエニメットが時間をかけて分別している。


1つは、コウがあまり詳細に確認せずとも承認した方がいいタイプの申請書。

2つ目はよく確認すべき内容が含まれている申請書。

3つ目は進捗と報告、そして今後の予定を簡単にまとめたものだ。


3つ目の報告書はメルボンドが項目ごとにまとめてあり、その下には各所からの報告が添付してあるが、コウはそこまでは目を通していない。


初日から数日は読んでいたのだが、中には媚売りのための中身のない報告書や、明らかに大げさな報告だとメルボンドに処断されたものが混ざっており

一番上のまとめられた報告書にはそう言った無駄な内容が省かれているため、コウは添付を読むのがばかばかしくなってしまった。


ちなみに念のため各報告を読んだ方がいいものは、ちゃんと付箋のようなものがついているので、それだけはチェックしている。


「ふぅ、今日は12通か。人員増加のための準備費用にそれに合わせた道具の購入か。はい、許可」


「えーと、こっちは作業員に出している昼食の提携店を追加か。まぁ、しゃーないね」


エニメットが分けていた8枚の簡易確認でよい方をささっと目を通して承認する。


「えっとこっちは…貴族街にある道の補修に費用を…ねぇ。軍用の大事な通路でもないなら、後回しでいいだろうに…」


よくこんなものをメイネアスに出すようねじ込んだなとため息をついて保留にする。

現在、予算申請の書類はメイネアスがトップになっている財政管理の部署からしかコウの元には届かない。


1週間が経ち、コウが予算をバンバン使い始めたことが知られてから、貴族たちはコウがかなりの金を持参してきたことに気がつき

あれもこれもと要望を財政管理部にねじ込み始めている。


「そう考えるとメイネアスにもかなり苦労をかけているなろうなぁ。俺ももっと頑張らないとな…んっ、これは兵士の増員計画?あー、あとあと」


そう言って1年保留と書いて保留棚へと書類を放り込む。


エニメットは予算の申請書類を分ける際、コウがどう見ても保留か否決だろうなという書類も『要確認』としてしか分類しない。


つまり否決候補という分類は存在していない。

否決や保留候補とするのは、専属侍女兼秘書としても明らかに越権行為だからだ。


ちなみにこれはメイネアスがコウの負担軽減のために、手の空いているエニメットを指導してやらせている。

エニメットが書類を分け始めた頃、コウは彼女に『こんなのは最初から否決で分けといていいよ』と言って、逆に怒られたこともあるくらいだ。


「承認・否決は都市長の最大の権限だからと師匠に言われていたけど…ぶっちゃけ、ただの面倒な仕事だよなぁ」


旧体制を一部残したまま回していることと、コウが来てからまだ日が浅いためテレダインス家側の貴族たちも手探りなことから、あれやこれやと申請が連発しており

今は余計な仕事が増えており、コウが書類を見て愚痴る時間が増えていた。


ちなみにメイネアスのところにはこの数倍の予算申請が来ており、かなりの申請を財政管理部で落としている。

それでも時々おかしな申請がコウの元に来るのは、彼女がコウの性格を見極めるために試しで回しているものがあったりするからだ。




そんな時、エニメットがお茶をもって入ってきた。


「お疲れ様です、コウ様。一息入れられませんか?」


「あぁ、もう1時間近くたったのか…ありがとう、エニメット」


コウが疲れ始めたタイミングを見計らって入ってきた彼女は、香りでコウの心が少しでも落ち着けるよう、ほのかに甘く香るお茶を静かに置く。

すでに予算の申請書はすべて片付けており、残すは報告書の確認だけとなっていた。


コウが少し肩の力を抜いたのを確認すると、エニメットは部屋の隅に黙って立っている。

持ってくるときに使った持ち運び用のお盆は、すでに彼女のアイテムボックスへと収納しているので手ぶらの状態だ。


報告書を見ながら彼女の様子を確認しコウが話しかける。


「エニメット、その辺の椅子に座ってていいよ。立っておかせるなんて、ただの貴族の見栄でしかないんだし」


「さすがにそうはいきません。ここはいつ何時、他の方が入ってくるかわからないのですから」


確かに侍女を座らせておいて都市長が仕事をしているという光景は非常によろしくない。

とはいえ、侍女を立たせておき自分の立場を引き立てるつもりのないコウは次の手を打つ。


「じゃ、仕方がない。立たせておくくらいなら、さっさとお茶でも飲み干してエニメットを解放させてあげないとな」


「えっ!?コ、コウ様…」


主人に無理やり茶を飲み干させるのか、と言わんばかりのコウの主張に負け、エニメットは仕方なく入り口から見えにくい場所に置いてある椅子に座った。


「飲み終えたら言うから、魔法書でも読んでていいぞ。今は少しでも勉強しておきたいんだろ」


「ありがとうございます」


コウはその返事にちょっとだけ笑顔になり、そのまま報告書を読み続けた。


今話も読んでいただきありがとうございます。

次話は4/21(火)更新予定です。よろしくです。


誤字脱字等ありましたら、ご指摘をいただけると助かります。

ブクマや感想等あれば、本当にうれしいです。  ではでは。

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