都市長のお仕事2
ここまでのあらすじ
朝食で多くの重鎮たちと対するが何とかやり過ごしたコウ。
いよいよ実務が始まる。
コウはマナとシーラ、食料と林業のアドバイザーであるガラドリアと彼女の部下、それに100名ほどの林業担当、それを護衛する兵士20名を連れて壁外の森へと向かう。
都市の外での作業は魔物に遭遇することがあるので、護衛の兵士が同行することになる。
ちなみにシーラは財政部門の補助の仕事が与えられているが、今回は見知った人手がいるとありがたいということでコウが借りて連れてきた。
作業員は全員この都市の住人で、普段から林業に携わっている者たちだ。
植林用の苗木はある程度この都市にも用意されていたが、コウの想定では全く足りないので既に別の都市に受注して取り寄せている。
ガラドリアを先頭にした集団が門を出てから1kmほど歩くと、視線の先に木材用の木々が植えてある林が見える。
右側の一帯は植林してまだ日が浅いのか、背丈は小さく木材が取れる大きさじゃない。
「これは左側から伐採していっていいんだよな?」
「そうですね、十分に育った左側から切り倒していきましょう。右側はまだまだ成長途中ですし」
薄々分かってはいたものの念のために聞いたコウだが、ガラドリアはコウがどこまで理解しているか測りかねているので丁寧に答える。
「それじゃ植林はどのあたりから始めるべきだろう」
「うちなら先ほどの成長途中のあの右側のエリア手前を地拵えしますけど」
「地拵えがいるのか…なるほど。それじゃ作業員80程をそっちに回そうか。周囲警戒のための兵士20名も全員向こうに回しておこう」
ただ苗木を地面に植えていけばいいとゲーム内の知識で思っていたコウは一つ賢くなった。
某箱庭ゲームでは葉っぱから出てくる苗木を置いておけばすぐ木に成長するが、現実は一手間かけないといけない。
「兵士全員ですか…こっちの護衛はどうするのです?」
「はーい、私がきっちり警戒しておきまーす」
マナの答えにひとまずはお手並み拝見しておくかとガラドリアも了承し、2手に分かれて作業が始まった。
「それじゃ、まずは俺がバンバン木を切っていくので切株の処理とかお願いするよ。上手くいくかなぁ…」
コウは少し楽しそうに魔法を準備し始める。
「えっ、見学じゃなくて都市長様がやるんですか?」
残った20名の作業員とガラドリアが驚いていたが、コウはそれに気が付くことなくさっさと魔法を発動させる。
威力を調整し発動させた<風刃>で根元をスパッと切り裂く。
だが威力が強すぎたようで、他の木の根元も傷ついてしまった。
「これでも強すぎたかぁ」
傷ついた他の木を見てコウは軽く頭を痛める。
「ここは距離を調整した方が早くないですか?」
シーラがコウの魔法の結果を見て提案するが、短距離しか発動しない風刃を作るのは面倒らしくその提案は却下された。
「確かに今の方法だと木の太さによって威力を変えないといけないのは難点だけど、距離数mしか飛ばない風刃はかなり型をいじらないと出来なさそうなんだよね。
だから威力をとにかく減らそうと思ってさ」
「なかなかうまくいきませんね」
「元々遠距離の相手に攻撃する魔法だからなぁ。いっぺんに切ってもいいけど、慣れない時にいくつもの木が同時に倒れてきたら対処ができず事故が起きかねないし」
作業員たちは全員魔法が使えない素体なので、いくつもの木が同時倒れてきた場合カバーが間に合わないと大事故につながりかねない。
そのため最初は慎重に作業をする必要があった。
とりあえず切り終えた木の上の方を<加圧弾>で押すと木が倒れてきて、それを地面付近に作った<受け壁>で受け止める。
木が傾き勢いよく倒れてきて周囲は慌てるが、コウは倒れた時の衝撃が思った以上に強くて慌てていた。
「結構な勢いで倒れてくるなぁ。受け壁はがっつり魔力を込めておかないとダメそう」
ぼやきながら、木が乗るサイズの大きな風の板を作り、その風の板に効果を持続させる魔道具を付け、切り倒した木を乗せた風の板を動かす。
「ふぅ~、これで1本か。なかなかいい訓練になるかもなぁ。あっ、シーラは悪いけど予定通りその板について行って、木材がちゃんと向こうまで届くか確認して」
「わかりました。門の近くまで来たら風の板を動かして、都市内の作業場まで運びますね。城壁にぶつけないよう気をつけます」
「そこは頼むね。都市長が初日から外壁を壊したとなると、大事件になっちゃうし」
シーラは笑いながら話し軽く頭を下げると、風の板の上に乗ってゆっくりと運ばれていく木の後を歩いてついていく。
「よし、こんな感じでやっていこうと思っているけど、どうだろう?」
他の場所で事前に伐採の練習をやっていたおかげで上手くいったので、ちょっと自信ありげにアピールするコウ。
その様子とは裏腹に、ガラドリアは困っていた。
「いや……都市長、様?」
「ん、どうした?」
「このようなことにそんな魔力を使われて…よろしいのですか」
都市にいる貴族たちの最大の役目は都市を守ることだ。
そのためには当然魔力が必要になるので、こういった雑務で魔力を消費すること自体、普通の貴族は行わない。
それに作業で魔力を使い過ぎて魔力が少なくなれば、魔法使いは体が魔素体であることを除いて素体の者と大して変わらなくなってしまう。
いくら優秀な護衛がいたとしても、魔物がいる都市の外で自分の身を護るための魔力を大っぴらに消費するというのは愚かな行為とも言える。
だがコウはそんなことまったく気にしていなかった。
「この方が効率良くない?護衛はちゃんといるし、この都市はすぐに攻め込まれる場所でもないしさ。魔物に対する防衛も優秀なマナがいるしな」
普通の貴族ならそれもそうかと納得するところだがだが、コウはまだまだやる気を見せる。
ここまで言われたらガラドリアも好きにやらせるしかない。
仮にも都市内で頂点の地位である都市長の希望だ。
最悪自分も護衛にまわるしかないと説得を諦める。
「今は市民のために家を用意するのが、この都市の最優先事項なんだから。そのために全力を尽くさないと」
そう言ってコウが次の木を切り出した時、都市の外門付近から青色の煙が上がった。
「おぉ、ちゃんと城門内まで木を運べたみたいだ。よっし、次行くぞ」
上手く行ったことで更にやる気がわいたのか、コウは1つ1つ木を切って倒しては風の板で運び始める。
コウが1人で伐採から運搬までをやり切ってしまうので、残った作業員20名が何をやればいいか戸惑っていた。
それに気がついたコウは指示を出す。
「残った切り株の処理を任せていい?俺はできるだけ切る方に集中したいので」
「は、はいっ。任せてください」
指示を受け、作業員たちは慌てて切り株の処理にまわりだした。
ただ想定していたよりも数倍順調に作業が進んでいるのを見て、ガラドリアは新たな問題に気がつく。
切り出した木材を建材用に加工する人員は、素体の者が100名ほどで木を切り出し、それをコウが運んだ状況で考慮した人数しか用意していない。
つまりこのペースで切り出したところで加工の処理が追い付かず、あまり意味がないのだ。
そんなことを気にしていないコウは、上手くいっているようなので、1本、また1本と切り倒しては風の板で運び出す。
途中から葉っぱが付いた先端分は要らないことに気が付いて、上の葉が多い部分もここで切り落とすように切り替えた。
作業時の音につられてか、魔法を使った時に残る魔力につられてか、時折魔物が単体でやってくるが
風の狼や光のウサギなど小型の弱いタイプしかおらず、ほとんどをマナが、残りを周囲で護衛している兵士たちが片付けていった。
「今ので狼3匹目やったよ~」
マナがうれしそうに声を上げると、コウはそのまま頼むと言わんばかりに軽く左手を上げた。
こうやって魔法を使って対処していけば様々な作業が早く済むので、だったら魔法使いである傭兵たちに作業をやらせればいいのだが
いざ彼らを使おうとすると安く引き受けてくれるものがなかなかおらず、経費が掛かりすぎるために傭兵はあまり使われない。
さらに言えば彼らも魔法使いなりのプライドがあるので、単純作業を依頼しても快く引き受けてくれる者は少ないのだ。
だからといって貴族たちがこうやって外に出て作業することもないので、コウのように魔法で作業をするのはなかなか見られない光景である。
「こっちの切り株は処理できた。次はそっちだ」
「こっちも終わったぞ、そこを掘り起こせ」
作業員たちも声を上げて与えられた仕事をこなす。
コウは向こうに切り倒した木材が届くペースも考えながら作業をこなし、お昼までに100本ほど切り倒した。
切り株の処理はまだ30個ほどだが、作業員たちがある程度砕いて運び出しており結構な山ができている。
「よし、いったんこの辺にしよう」
コウは都市内の木材加工所に行ってたシーラがこちらに戻ってくるのを感じ、皆に声をかけた。
植林作業をやっていた者たちも手を休めて合流する。
「師匠、そろそろお昼にするんですかー」
「あぁ、ちょうど一息入れようと思っていたところだったよ」
コウたちが作業を止めたのを見て、マナは周囲の警備を兵士たちに任せてコウの元へと戻って来る。
こちらへ向かっていたシーラもちょうどいいタイミングで到着した。
シーラは魔道具でテーブル代わりの風の板を出し、作業員100名とガラドリアの分の簡単な食事をアイテムボックスから出した。
風の板をテーブル代わりにして食べるのが贅沢だと感じたのか、ちょっと感動しつつ作業員たちは地面に座り込んで食べ物を口に運ぶ。
ちなみにコウたちの分は、出発前にエニメットから受け取ったおにぎりとお茶をコウが持ってきている。
「ちゃんと全員分ありますから、安心してくださーい」
シーラが周囲を警戒している兵士たちに告げると、兵士たちも皆うれしそうにしていた。
昼食を終えマナが周囲を警戒していた兵士たちと交代するが、兵士たちは急いで食事を済ませる。
悲しいかな兵士たちの立場上、貴族の方々を待たせたままゆっくりと食事するわけにはいかないからだ。
その間、コウはシーラとガラドリアを交えてこれからの予定を話し合う。
「どう、向こうの様子は」
「じゃんじゃん運ばれてくるので戸惑っていましたけど、ひとまず作業に移ってます。途中から葉の部分が切り落とされていてよろこんでいました」
「やっぱ丸太状にしないと不便だよなぁ。気づいてよかったよ」
2人は楽しそうに話すが、ガラドリアにとっては向こうの進捗状況が不安だった。
木材の伐採と加工、それに食料生産周りが彼女の担当だ。
コウがいくら予定外にじゃんじゃん木を切り倒して運んでいるとはいえ、その後の作業がつかえているとなれば彼女に責任がある。
都市長の作業ペースを確認していない彼女が悪い、となるのが一般的だ。
少々理不尽な話だが、貴族社会においてはそういったことは日常茶飯事である。
「そ、その…向こうの作業は、順調に進んで…いませんよね?」
恐る恐るガラドリアはシーラに尋ねる。
役職ではシーラは同じか少し下の立場となるが、彼女はコウの弟子であるが故、ガラドリアにとっては同列だが口の利き方は注意しないといけない、みたいなややこしい相手だ。
「はい。いっぱい木材が届いちゃってかなり慌ててましたけど…メルボンドさんがこのペースだとどれくらい人が必要か聞いていましたし
それに合わせて人を募集するらしいので大丈夫ですよ」
「申し訳ない、準備や配慮が足らず…」
自分の落ち度だと認めたうえでコウに謝罪するが、本人はまったく気にしていない。
「いやいや、俺自身どれくらいのペースで切り出しと運搬ができるかわからなかったから言わなかったんだし。気にしなくていいよ」
そう言ってコウは再びシーラと相談を続ける。
メルティアールル家から食料・木材関連の専門として、大事な案件だから全力でコウをサポートするように言われて派遣されたが
自分の見積もりが思ったよりも甘かったと彼女は反省した。
まぁ、ボサツから『素人を都市長にするのでサポートしてやって欲しい』とだけ言われていたので
彼女も所詮は大した経験のないお坊っちゃん貴族を神輿として担ぐだけかと考えていたのだが。
「ここまで行動的だったとは想定外だ…。食料関連では後れを取らないよう立ち回らないと…」
次は失敗しないようにと決意し、コウとシーラの雑談も聞き逃さないよう注意を払うようにした。
今話も読んでいただきありがとうございます。
前回は誤字脱字が多すぎました。すみません。
気を付けてはいますが、誤字脱字がありましたら伍していただけると助かります。
評価やブクマも新たにいただけて嬉しいです。ありがとうございます。
次話は3/31(火)更新予定です。
皆様、体調にはお気を付けください。 では。




