シーラの日記(4章まで)
シーラをもう少しピックアップしようと思って、かなり書き慣れない視点ですが書いてみました。
私の名前はシーラ・メルティアールル
中級貴族であるメルティアールル家に生まれた国王の娘、いわゆる本家直系の王女。
王女と言われれば、ずいぶんよい立場に生まれたと他の人からは羨ましがられること多いですが、実際はそうではありません。
その立場であるが故、私のような魔法の才能がいまいちな者まできちんと順位付けがなされてしまうのです。
そしてその評価は国王の代が変わるまでずっとつき纏うものになるのです。
評価として順位をつけられている以上、兄弟同士で仲がいい環境にはなりにくく
継承順位の無い分家の子たちがとても羨ましく感じたのを覚えています。
とはいえ私の兄弟は他国の王子や王女と違って、順位に関してそこまで醜いいがみ合いはありませんでした。
私の兄弟にはとても優秀な姉がいて、周囲の誰もが悩むことなく彼女が王の座を継ぐべきだと思っていたので
結果的に継承順位はほとんど意味をなさず、少々屈辱な飾り程度の扱いでした。
その優秀な姉とは、ボサツ・メルティアールル、光の連合を支える3つの柱の一つである三光で、私の誇りとも呼べる存在です。
かなりマイペースな性格をしていますが、自分の実力を鼻にかけることはなく誰にでも優しく接し
様々な研究で私たちの家の発展に寄与しておきながら、家に特別な見返りを求めない見習うべき存在なのです。
まだ私が中級魔法学校に入った15歳のころでした。
家に戻るとボサツ姉様が戻ってきていたので私は思わず声をかけました。
「ボサツ姉様、戻られていたんですね」
「あら、シーラですね。久しぶりです。今は中級魔法学校に通っている頃ですか?」
「うん。今日は週末なので戻ってきているんだけど、普段は向こうの寮で頑張っています」
私は大好きな姉様に精一杯アピールした。
「シーラが頑張っているのであれば、私も頑張らないといけないです」
「お姉様はいつも私の何倍も頑張っているよ」
「ふふ、ありがとう。でもシーラ、私のことはお姉さんでいいです。私たちは同じ立場の姉妹なんですから」
「でも…みんなボサツ姉様のことは次期国王なんだからそう呼んでいた方がいいって…」
シーラにとって別格の存在であったボサツは、周りから言われたからではなく納得した上で『お姉様』と呼んでいた。
私にとっては兄弟の中でもボサツ姉様は特別な存在だった。
「いいんです、シーラ。私は普通の姉として呼ばれた方がうれしいのです」
そう言われ私は戸惑いながら、口にする。
「お、おねえさん……」
「ボサツ姉さん、でいいですよ」
ボサツ姉様はそう言って笑顔を見せて私に手を振って去っていった。
継承5位ということで大して使えないレッテルを貼られた存在の私を、同じ兄弟として見てくれていたことがとてもうれしくて
私はそれから姉のボサツの前では『ボサツ姉さん』と言うようにし、いない所や心の中では敬意を込めて『ボサツ姉様』と呼ぶようにしている。
ちなみに他の継承順位が上の兄弟からは、様付けを基本とされていたのでこの時のことは今でもすごく印象に残っている。
その後、私は無事にルーデンリア上級魔法学校へと入学した。
努力した結果といっていいのか50人中32位での入学で在学中も何とか中位を維持できた。
貴族のご子息ご息女がご用達の最高魔法学府であるルーデンリア上級魔法学校は、一生に一度、魔法使いになってから6年目の年にしか挑戦できない制限がある。
つまりここは選ばれし者しか入学できない学校なのだ。
逆に言えば、貴族に生まれてここに合格できないということは
その年の同世代上位50位に入れていないという証左になってしまうので、一生付きまとう重要な学歴になる。
ルーデンリア上級魔法学校卒ではないというだけで、政略結婚にすら使えないと言われるほどなのだ。
その学校の2年目、卒業を間近に控えた頃、シーラはクラスの友人に話しかけられた。
「ねぇ、卒業したらシーラは何かやる事決まってるの?」
「私?特に決まってないかな」
「そうなんだぁ。私はうちの家が治めてる都市の都市長の手伝いをやる予定なんだよねぇ」
それを聞き私は将来が決まっているのは国からやる事を求められていて羨ましかった。
だって私には何の通知も来ていないのだから。
大した実力もない国王のご息女というのは、適当な軍の部隊に放り込むわけにもいかず、色々と役職を悩ませる存在になる。
私はこの先どうなるんだろうと思っていると、別の友達から声をかけられる。
「シーラは王女だからね。帰ったら急に素敵な人を紹介されたりするんじゃない?」
「えぇ、さすがにそれはないと思うよ。私は継承5位だし、せいぜい横や下の繋がりを保つための政略結婚とかじゃないかな」
「夢がないなぁ、シーラは。ただの政略結婚と思ったら意外にイケメンで優秀な人と言う展開もあるかもよ」
「ないない~」
自嘲気味に否定したが、これまで特に期待されたこともない立場なので、私はせいぜい政略結婚にしか使えないと自分でも思っている。
ただ周りにしてみればそれが羨ましいらしく、冗談交じりにちょっと嫉妬された。
私から見れば、役割を与えられ頑張れるみんなの方が羨ましいのに。
「お互いないものねだりなのかもしれないね」
「そうだねぇ~」
そう笑い合いながらお互いに将来を夢見て、学校を卒業した。
その後、貴族のパーティーなどには参加するものの、特にお見合いをすることもなく、浮いた話もなく、シーラは首都にある城内で財政管理を手伝いつつ
時には兄弟と共に魔法の訓練をしながら時が過ぎ、5年ほど経った時だった。
突然姉のボサツに呼び出されて普段使われていないボサツの部屋を訪ねる。
「ボサツ姉さん、何か御用でしょうか?」
「えぇ、まだ正式に決まってはいないのですがシーラにお願いがあります」
そこで言われたのは1月後になるが、コウという男の弟子になってほしいということだった。
突然の話に私はすぐに状況を理解できなかった。
私だってメルティアールル家直系の端くれ。
魔法の習う際、この国の優秀な使い手に指導してもらうため期間限定で弟子入りしたことはある。
だが、今回のは期間限定ではなかった。
その上、この国を離れてその男の元に飛び込めと言うものだった。
事実上の政略結婚と言ってもいい状況だ。
ただ政略結婚は覚悟していたことだし、尊敬するボサツ姉様からお願いされたことなら断るつもりもなかったが
さすがに下級の、しかも準貴族相手となれば、そのまま黙って受け入れるのは耐え難い。
「姉さん、私を……この人に…あてがうの?」
「うーん…」
思わず不満を漏らしてしまった私に、肯定も否定もせず申し訳なさそうな表情になるボサツ姉様。
私の尊敬し自慢でもある姉様にそういう顔をされると、それ以上は強く反論できなくなる。
「とりあえず弟子として彼の元にいて欲しいのです。結婚とか、そういうのは確定ではなく、会った後で合わないと思えば数年後には師弟関係の解消も視野に入れます」
「……わかり、ました。考えさせてください」
もしかして私に何か期待されて充てられた役割なのかもしれない。素直に受けていたらもっと期待の言葉をかけられていたかもしれない。
そう思ったが、その場ではどうしても首を縦には振れなかった。
その後すぐに兄やボサツ姉様以外の姉に相談してみたが、しっかりと手をまわされていたのか、私に存在価値を見出してくれていないのか
力になってくれるどころか相談すらまともに聞いてもらえないことが多く、なし崩し的に私はコウという男の弟子となることになった。
しかも彼をうちの家に引き込むことを目標として。
最初に今の師匠と会った時の印象は『優しそうだけど頼りなさそう』それだけだった。
ただこれは貴族の中では珍しいタイプだ。
貴族の中にも一見そういうタイプはいるが、それなりの教育を受けているからか、そういう立場で育ってきたからか
節々に自分の立場を上に見せよう、良く見せて評価を得ようとする行動がみられる。
だが、コウ師匠は割と自由で素を見せるタイプだった。
姉様から言われていた礼節の指導も驚くほど素直に受け入れ、むしろこっちが戸惑うほどだった。
「師匠、そこは手の位置が違いますよ」
「あっ、ごめん。これ、でいいのかな?」
「はい、それであってます。師匠…その、なんかこれじゃどっちが師匠なのかわからないですね…」
戸惑いながらどうしたらいいものかと私が聞くと
「いやいや、今はシーラが先生なんだから今の調子で厳しく言って構わないよ」
「うぅ、私はこういうのを覚えるの無理ぃ」
横で泣き言をいうマナにはちょっと困ったが、師匠の素直な態度には私も戸惑うしかなかった。
この世界での地位、いわゆる順位付けはかなり厳しいものがあり、上の者が下の者に教わるときも偉そうに教えを受けるのが普通だ。
だからと言って魔法の指導の時に師匠が私に厳しくしてお返しすることもない。
おかげで礼節の指導の時は逆に罪悪感がわくほどになっていた。
だけど、それと同時に私は自分でも意識しないうちにどんどん師匠の側にいたいと思うようになっていた。
そして師匠の役に立てるようになりたいとも思うようになっていた。
さらに同じ弟子のマナがライバル宣言してくるものだから、このまま負けてはいられないと考え
師匠がおいしそうに食事をするのを思い出して料理に挑戦することにした。
とはいえ私は料理に挑戦したことなんかない。
今までの人生では食事は侍女が運んでくるもので、作るのは専門の料理人の仕事だった。
でもマナには料理なんてできそうにないし、戦場では小隊の野営などで案外役に立つスキルだし、この時思いつく範囲でマナに勝てそうなのはこれしかなかったのだ。
「お願い、エニメット。私に料理の仕方を教えて」
頼れるのは彼女だけ。彼女も師匠を狙うライバルには違いないけど、ただ単に料理に興味があるということでお願いする。
「か、構いませんけど…シーラさんは料理の経験あるのですか?」
「えっ、と……ない、です」
「分かりました。一から教えますので朝早く起きてくださいね」
エニメットにはシーラの狙いはバレバレだったが、それでも彼女は快く受け入れた。
貴族様が料理をしたいと言い出すのは前代未聞で面白そうだったし、主人であるコウの反応も見たかったからだ。
あくまで自分に腕に追いつかれることはないという自信があってこその快諾だったのだが。
その後もこっそりと料理を手伝いながらエニメットの技術を盗んでいった。
そんな時、魔物討伐の話が舞い込んできた。
今まで練習してきた成果を師匠に見せるチャンスという期待と、ミスが死に繋がりかねないという不安を抱えたまま師匠たちと戦場へ向かう。
結果的にマナも私も師匠をサポートするなど活躍を見せられたけど、師匠の活躍は想像以上だった。
思っていた以上に強かった師匠を見て、これからも私がサポートしていけるのかちょっとだけ不安になる。
討伐を終え自分たちのテントへ戻ると、相当疲れたのだろうか師匠はすぐに寝てしまった。
私がもっといいサポートを出来ていれば、師匠の負担を減らせたかもしれない。
そう思って師匠を見ているとマナも寝ている師匠を見ていてそれに気が付きお互い目が合った。
「私、道場に戻ったらもっと修行頑張るから。鍛えないとこのままだといつか足手まといになって師匠に置いて行かれる」
雰囲気に流されたのか何なのか、自然に自分の決意をそのまま言葉に出してしまった。
「シーラは今回よくやれてたよ。私は…経験も十分にあったはずなのに必要以上に師匠に気を使いすぎちゃった。
一光様との修行で慣れていたつもりだったのに」
マナはもっと余裕があるのかと思っていたけど、私よりも無力感を感じていたようだった。
実力だけで言えばマナが私より上なのに。
「2人で頑張りましょう」
「うん、私たちがいないと、ってくらいにならなきゃ」
マナの前向きな言葉に落ち込んでいた気分も少しすっきりした。
こういうところ、私は負けてるな。その分もっと師匠を支えられる存在にならないと。
寝ている師匠を見ながら思わず笑みがこぼれると、それを見られていたのかボサツ姉様から声をかけられる。
「シーラ、少し外の様子を見に行きましょう」
「あっ、はい」
ちょっとだけ名残惜しくなって、振り返ってもう一度師匠の寝ている顔を見る。
次はもっと師匠に楽をさせるからね、そう思いながらボサツ姉様の後を追った。
テントの外では私たちの部隊にいた補助要員の兵士たちが、魔石の質を1個1個確認しながら選別していた。
ほとんど終わっていたが、3か所の箱に分けられた魔石の数はそれぞれ山積みになっていてかなりの手間がかかっているようだった。
さすがに貴族がやる仕事ではないとはいえ、さっきまで共に戦っていた仲間なので大変だなと思う。
その作業を見つめているとボサツ姉様が話しかけてきた。
「今日は活躍できたようですね。特に岩角を倒してもらえたのでずいぶん助かりました」
「それは師匠が。私はあくまでサポートに徹しただけです」
尊敬している姉様に褒められるのはかなりうれしくて、ちょっと照れる。
もちろん倒したのは師匠だけど、私も少しは役に立てたんだとなんか自信が持てた。
「それで、コウとはどうです?」
兵士たちには聞こえないよう小声で聞いてくる。
「どうって……すごくいい人で一緒にいて楽しいです。まだそういう関係にはなれてないけど…」
それを聞いた姉様は笑顔を見せた。
「最初はかなり嫌がっていたので心配でしたが、楽しいなら何よりです」
「それは…どんな人か知らなかったし。でも、師匠を上手くこっちに引っ張らないといけないんですよね。私にできるか…」
ちょっとだけ昔を思い出し、昔の自分を叱りたい気分になる。
最初から心を開いて真っ直ぐに師匠の胸へと飛び込んでいたら、もう少し関係も進展していたかもしれない。
「確かにそう発破をかけましたが、本来はシーラの好きにしていいのです。そもそもコウが簡単に弟子に手を付けるとは思っていないです」
そう言って姉様は笑う。
今までそっちの方も頑張らなきゃと思っていたが、そうじゃないのかと思いちょっと肩の力が抜ける。
だからといって、マナに易々と負けるつもりもないので、師匠へのアプローチに気を抜くつもりもない。
あくまで家のためだけではなく、自分のために師匠との仲を深めたい、それが家のためになるのならそれでいい。
それが今の私のスタンスだ。
そこをはっきりと言っていいのか迷っていた私に、姉様はただ笑顔を見せるだけだった。
全てを知っているのからなのか、それともそんなに気にすることではないのからなのか、私にはその笑顔の意味がわからなかった。
「そう、ですね…コウはこれからもっと大変な仕事を任されると思うので、シーラはちゃんと彼を支えてあげて欲しいです」
「は、はい。もちろんです姉さん」
「今度はシーラの得意分野になると思いますので、マナより有利をとれると思います」
その一言に私の状況を思ったより理解していることを気付かされ、私は苦笑いをせざるを得なかった。
話しているうちに兵士たちが魔石を確認し終えたのか、姉様に報告しに来た。
報告を終え下がる前に、私にも礼をして帰っていく。
1日という短い作戦期間だったとはいえ、本格的な戦闘に参加したのは初めてだったので
初めて兵士から心のこもった敬意を示され、がむしゃらに自分が頑張った結果、少しは成果が出せたことを実感できた。
今度は師匠にすごく感謝されるくらい頑張らないと、そう思いながら姉様の後に続いてテントの中へと戻る。
日々の修行の積み重ねが、こうやって形になって返って来るのだから。
頑張らなきゃ、師匠のために、私自身のために。
今話も読んでいただきありがとうございます。
23時から必死に修正と加筆をし、滑り込みとなりました。申し訳ない。。
閑話と言うか、シリーズ化できるかなと思いつつシーラ視点を欠いてみました。5章も終わったら…書くかもです。
マナだけ目立つシーンがあるのは不公平ということで、やってみました。どうでしょうか?
次話は2/12(水)更新予定です。またおまけ話です。
感想や誤字の指摘、ブクマなんか頂けると嬉しいです。
では。