魔物討伐戦15
ここまでのあらすじ
クエス、そしてコウの活躍により死者を出すことなく魔物討伐が完了した。
そして討伐完了の祝いとして宴が開かれた。
俺は早速料理を取りに行き、その後をマナとシーラが付いて行く。
どれから手を付けようかと眺めていると、近くにいた女性から声をかけられた。
「どちらになさいますか?」
女性のスタッフが尋ねてくるので1つ料理を選ぶと、皿に小分けに取ってくれて渡してくれる。
笑顔で丁寧に対応してもらい、なんか偉くなった気分になれる。
エニメットとの食事も気楽で楽しいが、たまにはこういうのも貴族気分を味わえて悪くない。
普段ならちょっと臆したかもしれないが、今日は活躍したこともあってちょっとだけ偉そうにしてもいいんじゃないかと思ってしまう。
「せっかくなので色々と食べてみましょう。師匠は今日のヒーローなんですから、遠慮しては損ですよ」
「別にヒーローとかじゃないって。この中の誰でもあれくらい倒せてたよ」
シーラがそばに来てアドバイスをするので俺がさらに2品ほど選ぶと、スタッフが綺麗に分けて皿の上に乗せてくれる。
その横ではマナが早速食べ物を口にしていた。
今回は立食パーティーの中でも、戦闘終了後の宴会なのでいつもよりマナーが緩いそうだ。
大したものを口にすることもできないまま戦いっぱなしでかなり腹が減っていたこともあり、俺たちは次々と料理に手を付けて行った。
さすがにお偉いさんばかりが出席しているだけあって、並んでいる料理はどれもこれも美味しいものばかりだ。
まぁ、一部には好みの分かれるようなものもあったが、そこはちゃんとスタッフが取る前に教えてくれる。
まさに至れり尽くせりだった。
「おっ、今夜のヒーローは楽しんでるねぇ」
そう声をかけられ振り向くとトマクが『よっ』と軽く手を上げる。
戦闘終了後だけあって、彼もかなりラフな格好だ。
「お久しぶりです、トマク様」
とっさに皿をテーブルの端に置いて頭を下げる。
「おいおい、今回の功労者に頭下げさせたら周りからひんしゅく買うからやめてくれって」
笑いながらトマクは手に持っていた皿の上の肉を口に入れた。
ちなみに道具は使っておらず、魔力で肉を動かして口へ放り込んでいる。
これは器用と言っていいのか、それとも行儀が悪いと言っていいのか・・。
「皆で魔物を殲滅したので功労者は全員ですよ。それに、ここにいる人なら全員岩角の狼は倒せるでしょうし、ただ俺たちが運よく出会えただけです」
「なに、運も実力の内さ。あんまり謙遜しすぎると嫌味だと受け止められるぜ」
トマクの一言に俺は苦笑いするしかなかった。
「ところで・・ちょっと聞いていいかな?」
「はい」
俺が答えるとマナとシーラも興味を持ったのか少し近づいてくる。
「うちのお嬢さんたちだけど、コウはどう思っているんだい?」
「あー・・」
ここはすぐに光栄だとか無難な答えを示すべきなんだろうが、とっさの質問に思わず本音が漏れ出てしまう。
ポーカーフェイスとかは苦手なんだよな、俺。
「あはは、やっぱそうか。特にルルカお嬢様は苦手っぽいもんな」
「いや、まぁ、そういうわけでは・・」
俺が答える横でマナとシーラがちょっとうれしそうにしている。
あのね、ここ喜ぶところじゃないと思うんだけど。
「やっぱ最初だろ。あの方の態度はいつものことなんだけどきつかったもんな」
「うーん、まぁ、そういう厳しい方だとは思ってたんですけど・・その後は急に態度が変わって戸惑っているというか」
「あっはははは。まぁ、そりゃそうだよな」
俺は肯定するわけにもいかず、否定することも出来ず誤魔化し笑いでその場をやり過ごすしかなかった。
そんな時遠くからトマクを呼ぶ声が聞こえる。
「あら、そこにいたのね。あの方は見つけてくれました?」
丁度俺がトマクの体の陰に隠れる形になっていたので、声の主はどうやらこっちには気づいてないようだ。
まぁ、声の主はルルカ様で今はあまり話したくない気分なんだけど・・これは逃げられそうにないな。
「あぁ、今ちょうど雑談していたところです。遠巻きに見ている人が多いので手短にどうぞ。じゃないと周りから睨まれますよ」
「あら、こんなところにいらしたんですね。今回はお手柄、おめでとうございます」
さすがに上の人間には逆らうわけにいかないようで、トマクは無慈悲に俺をルルカに差し出した。
そんなトマクに礼を言うこともなく、すぐに笑顔でこっちに話しかけてくる。
ある程度長期戦を覚悟して、俺はルルカに営業スマイルを向ける。
「ありがとうございます。ですが今回は偶然倒せたまでです。まだまだ未熟さを痛感させられました」
先ほどトマクに謙遜しすぎと注意されたばかりだが、この人に功績をアピールすると余計に話を盛り上げかねられないので、無難にやり過ごそうとする。
こちらをよいしょする話題を探している相手にわざわざネタを提供する必要はない。
一応言っておくが、別にルルカ様は言うほど嫌いな存在ではない。
見た目も美人だし能力も高いらしいし、将来上級貴族の当主となる可能性の高い継承第2位という超優良物件だ。
だが、そんな将来性とか地位とか貴族のことをよくわかっていない俺には興味がないものだし
あのガン無視されて話す時間がもったいないという態度をとられたあげく、後日急にすり寄って来るのを経験した以上、どうしても好意を抱けない。
しかしこの身の変わりよう、本当に何があったのやら・・。
そんなことを考えているとルルカはさらにうれしそうに話しかけてくる。
「いえいえ、岩角の狼と言えば私でも大けがを負いかねない相手ですわ。さすがと言わざるをえません」
「そう言っていただけるとは光栄です」
とにかく営業スマイルと返しにくい短的な言葉で会話が長続きしないよう立ち回る。
だがルルカは少し残念そうにすると軽く会釈をした。
「それでは、わたくしは他にも用がありますので失礼いたします」
そう言ってルルカはあっけなく俺の前から去っていく。
長時間拘束されそうだと思って警戒していたが、あっさりといなくなり思わず肩の力が抜ける。
それを見たトマクが笑いをこらえていた。
コウはただ訳が分からず戸惑うしかなかったが、大人しくルルカが引き下がったのはトマクがクエスからの伝言をちゃんと伝えていたからだ。
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祝勝会の始まる前、トマクは急いで自分たちのテントへ向かい、ルルカに話があると言って2人だけでテントを出た。
大事な話と言って連れ出したものの、すでにルルカは不機嫌そうだ。
「ルルカ様。すみませんがこれから行われる打ち上げでは、コウにあまり近づくのは避けてもらえないでしょうか?」
「トマクは何を言っているの。私にはここが一番のチャンスなのよ。何、私の狙いをぶち壊したいの?誰の差し金?」
トマクの言葉に腹を立ててルルカはまくしたてる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。一光様に言われたんですって」
「はぁ?そりゃ一光様は私を遠ざけようとするに決まっているじゃない」
あ、自覚はあるのかとトマクは思ってしまった。
この話をすれば噛みつかれることは想定済みだったが、思ったよりもルルカの抵抗が強い。
だが大事なことなのでトマクはルルカの言葉を割ってでも伝えようとする。
「聞いてください。ルルカ様がもし打ち上げでずっとコウに張り付けば彼の価値が世間に知れ渡るのですよ」
「それが何よ」
「世間に知れ渡ればライバルが増えるって・・ごほっ、ごほっ」
襟元を掴んでいたルルカがそれを聞いて思わず手を放す。
激しく揺さぶられたトマクはなんとか息を整え襟元も整えた。
「それは・・まずいわ」
「ええ、だから程よく会話して去る方がいいと思うんですよ。彼にもしつこい印象が薄まっていいですって」
ルルカはその場で黙って考える。
「考慮しておくわ。でもしつこいは余計よ」
そう言ってルルカは去っていった。
少し腹を立てていたが、納得しているようにも見えトマクはほっとした。
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そんなことがあったので、ルルカもここは早々に去らざるを得なかったのだ。
ルルカがすぐに去ってくれてほっとしていると、その後にすぐルーチェがやって来る。
「コウ、本日はお疲れ様でした」
「いえ、ルーチェ様もお疲れ様です」
ルーチェはこれまでに何度も話していることもあって、俺とどうやればうまくキャッチボールできるかだいぶわかっているようだ。
これはこれで楽しいのだが、反面、油断したところを突かれそうで気が抜けない。
前に1度やられて以来道場に通い詰めになっている件は、周りに散々ツッコミをくらっているんだし、これ以上は隙を見せるわけにはいかない。
そう考えると彼女はルルカより危険な相手だ。
「でもさすがですね。コウが岩角の狼を倒してしまうなんて」
「いえ、弟子がかなりサポートしてくれたので。あくまで3人での成果だと思ってます」
「常に弟子思いで、コウのお弟子さんたちはうらやましいですね」
さすがはルーチェ、うまいところを突いてくる。
俺を褒められる分にはのらりくらりとかわすことも出来なくはないが、弟子の方へ話を振られると今の俺では話を逸らすのも難しい。
そんな状況に気が付いたのか、マナが俺の腕に抱き着いてくる。
「私たちと師匠は最高のパートナーだからね」
あっ、こういうのにはルーチェもちょっとむっとするらしい。
マナとルーチェがバチバチと睨み合っている中、横から作戦会議の場に居た人がやってきた。
「やぁ、女性方と談笑中に悪いね。融和派の部隊を率いてたユリオン・レンディアートだ、よろしく」
手を出してきたので俺も手を出し握手する。もちろん魔力は抑え込んで実力は測られないようにする。
しかしこの女同士の睨み合いの中にさわやかに割り込んでくるなんて、この人なかなかできるな。
「始めまして、コウ・アイリーシアです」
「いやぁ、あの一光様の弟子だと聞いていたからどんなぶっ飛んだキャラを見せてくれるかと思ったら、案外普通で驚かされたよ」
「ご期待に沿えず申し訳ありません」
苦笑いしながら答えると、ユリオンも笑っていた。
「ユリオン、今は私が・・」
「まぁまぁ、ルーチェお嬢さん。彼の前で怒鳴ると印象悪くなるよ」
ルーチェははっとしてすぐに口を閉じるが、してやられたのに気が付いたのか顔をしかめる。
俺もこれくらい上手く流せればなと思ったが、それは所詮ないものねだりでしかない。
「いやぁ、今日の活躍はこちらとしても助かったよ。これからも期待しているからね」
そう言うとユリオンはあっけなく去っていった。
と、すぐ後ろに気配を感じ、その相手から離れるようにしながら振り向く。
「おっ、気づくとはやるねぇ」
俺を指さして笑っているのは作戦会議にもいたリヒト・ポンキビーン。
クエス師匠にも軽い言動で接していた勢い任せな感じの人だ。
「始めまして、コウ・アイリーシアです」
「おぅ、これはこれは。丁寧に挨拶されちまったな、リヒトだぜ」
どうやらこの人は上の人だけではなくどんな相手にもこの調子のようだ。
こういう人って何言いだすかわからなくて、ちょっと苦手なんだよな。
「それでどうだったよ、大物。楽勝だった?」
「いえ、かなり強敵で・・皆で協力して戦えたので何とか倒すせました」
「へぇ、そうか。じゃ、俺と1戦やってみないか?」
「・・えっ?」
話の飛び方に俺は訳が分からず固まってしまう。
そもそもここは宴、というか打ち上げだったはず。
なのに何でここで戦いを始めないといけないんだ。
一瞬そういう娯楽も開催されるのかと思ったが、マナとシーラが不快そうにしていることからそうではないらしい。
この人、思った以上にやばい人だったわ。
そもそも戦闘続きでかなり疲れているので、これがなかったら即帰って食事を済ませすぐにでも大の字で寝転がりたい気分なのに
今からこんな強そうな人を相手に1戦だなんてマジで勘弁してほしい。
「やっぱできるやつの実力は確認しておきたいじゃん」
諦めるつもりのないリヒトがそう言った瞬間、目の前にボサツ師匠が現れた。
あまりに予想外のことを言われて呆けていたとはいえ、感じとれないほど急に目の前に現れた師匠に俺は少し後ずさる。
「あら、祝いの席で活躍した新人をいびるとは感心できないです」
「おっと。いやぁ、ちょっと試すくらいいいんじゃね?どうせ周りも気になっているぜ」
それを聞いたボサツ師匠は少し引きつった笑顔を見せる。
クエス師匠と喧嘩した時に1度だけ見たが、あれはそこそこ怒っている時のものだ。
ちょっとこの場から離れたくなったが、俺の件でごたついている以上知らぬふりをして逃げるわけにもいかない。
「では、コウも強敵との戦いでボロボロですし、リヒトも先に私と戦ってボロボロにされた後にコウと戦うことにしましょう」
「んっ……い、いやぁ、確かに祝いの席だったな。わりぃわりぃ」
さすがに形勢不利だと悟ったのか、軽い調子で謝りながらリヒトは去っていく。
めったに怒らないボサツ師匠だが、その分怒っているときはマジで怖いので彼が立ち去るのも無理はない。
「五月蠅いのはどかしておきました。せっかくなので弟子たちとゆっくり楽しんでおくといいです」
そう言ってボサツ師匠はいつもの笑顔で去っていく。
気が付くと師匠の怒りを間近にしたからかルーチェもいなくなっていた。
あと声をかけようかと思って近くまで来ていたと思われる人たちも少し距離を置いてくれている。
こんなにボサツ師匠にありがたみを感じたのは初めてかもしれない。
次話で4章メインのお話が終わりになります。長かった……(自分が書いているんですけどね)
今話も読んでいただきありがとうございます。
ブクマ・感想・誤字指摘などなど、色々頂けると嬉しいです。
過去の分はなかなか見直す暇が無いので、最初のころの誤字指摘も本当に助かっています。
では、次話は2/3(月)更新となります。
まさか2月まで4章が続くとは思わなかったな…。