ルーチェ様のご来訪4
ここまでのあらすじ
コウの道場を監査のため訪れたルーチェだったが、こうとより親密になるために魔法の指導をお願いする。
エニメットはコウからの指示を受けやむを得ず対応する。
明らかに失策だと思ったが、主人の行動に対して客人の前で反論を言えば、主人に恥をかかせることになってしまうからだ。
仕方なく一旦コウたちから離れ大部屋へと戻ると、隣の建物にいる本家へ一方的に報告できる魔道具で確認を取る。
「コウ様が監査で来客中のルーチェ様を1時間ほど指導する許可を求めています」
とりあえず魔道具で報告したものの、これには返信を受け取る機能はついてない。
とはいえその場で本家の方から叱られると、それはそれで板挟みになりエニメットの心労がたまるだけなので、この時ばかりは一方的な連絡しかできないことに感謝した。
10分ほど待ってみるかと思って大部屋でそのまま待機していたら、ものの数分でクエスが大部屋にやってきた。
ちょっと不機嫌そうなクエスを見て、エニメットは心中でクエスに猛烈に謝った。
「あら、コウは?」
てっきりコウが待っているのかと思っていたクエスは、エニメットしかいない状況を見て少し苛立つ。
「入口の方でルーチェ様と雑談中です」
それを聞き軽くため息をつくクエス。
「そう、それじゃ今回は認めると伝えておいて。あと、コウには甘すぎるつけは自分で払いなさいとも伝えておきなさい」
エニメットが申し訳なく頭を下げると、それだけ言ってクエスはさっさと帰ってしまう。
エニメットはそれを見送って大きくため息をつくと、すぐにコウの元へと駆け付けた。
「お待たせしました。1時間の指導だけなら構わないと許可が下り・・」
コウとルーチェが雑談しているところにエニメットが急に割り込んで話してしまい、やばいと思って口を手で隠す。
だが、2人ともさほど気にしていないようで笑顔でエニメットの方を振り向いた。
「ありがとうエニメット」
「ありがとうございます」
2人が優しく返してくれたので、エニメットは助かったと思いながら頭を下げた。
コウがルーチェを連れて庭へと戻り少し指導をすることを話すと、2人の弟子は不満そうにしつつも了承した。
ルーチェを指導するとなるとマナとシーラは必然的に自主練になるので、不満が出るのは当然の流れだった。
もちろん別の意味でも不満が出ていたのだが、その点にコウは気が付かない。
1時間程度の指導ということで、コウは基本的な部分を見せてもらい改善点を提案する。
型をいじったりするのはこの道場での秘匿事項に当たるのでアドバイスできないが、型の早作りなどは助言できる範囲だった。
ルーチェはシーラと似た感じで固定砲台のような魔法の使い方だったので、その点はコウもやりやすかったと言える。
「ルーチェ様くっつき過ぎでは?」
「ししょー、離れないと型の全体が見えないと思うんだけどー」
シーラとマナが近くで自主練しつつ小声で愚痴って来るが、ルーチェは真剣にコウの指導に従っているのか、彼女たちの愚痴は耳に届いていないようだった。
コウは振り返ってちょっとむっとした顔を見せるが、弟子たちは不満そうな表情で顔をそむける。
ひょっとして自分が悪いのかと思いながらも、コウは弟子たちの不満をスルーしてルーチェに付っきりになるしかなかった。
(お偉いさん相手なんだし仕方がないだろ)
コウは心の中で愚痴るも、その気持ちを誰も理解してくれる者は誰もいなかった。
1時間ほどして、キリがいいところでコウが声をかけると、ルーチェもこれ以上は無理かと諦め服に付いた土ぼこりを払う。
「今日はどうもありがとう。教えていただいた点、家で練習してきますね」
「短い時間でたいした力になれずすみません」
コウは社交辞令で腰低くあいさつをするが、ルーチェは満足したのか嬉しそうに首を横に振った。
その後コウがルーチェを外門まで案内しようとするが、これ以上訓練の邪魔をするわけにはいかないとルーチェはやんわりと断る。
仕方がないので、コウはその言葉に甘えエニメットを呼んで外門まで案内させることにした。
これで片付いたかとコウが肩の力を抜いた時だった。
少し離れたところでルーチェが振り返り、大きな声でコウに向かって話しかける。
「また暫くしたら、練習の成果を見せますので指導をお願いしますね~」
ルーチェがうれしそうにそう言うと、コウの返事など聞くつもりはないといわんばかりにそのまま庭を出て行った。
「えっ、いや、マジ?ちょっと待ってよ・・」
コウが慌てて反論しようとするが、既にルーチェは視界から消え去っておりその言葉は届かない。
「あーぁ、師匠。どーするんですか?」
「師匠は本当に甘すぎると思います。こちらから口実を作ってどうするのですか」
「いや・・だってさ・・」
コウも必死に言い訳をしようとするが、弟子たちは冷たい目でコウを見つめている。
「ごめん、本当に申し訳ない」
コウはその視線に耐え切れず弟子たちに謝罪した。
「はぁ、先が思いやられます」
「これじゃ、師匠の周りに何人女性が増えるかわからないよ・・」
何で俺の周りの話になるんだ?と思いながらも、コウはただただ弟子たちに謝るしかなかった。
もともと今回の監査が入る前に、弟子たちが秘匿事項の確認とともにコウを狙う女性が来た場合の対処を考えていたのだ。
だがコウはそんな人が監査に来るわけないと高をくくってスルーしており、その油断から完全にルーチェにやられてしまった。
「師匠、訓練再開しよ」
「私たちが勝ったら、今日は3人で一緒に寝る事にしますから」
「えっ、いやそれはいくらなんでも・・」
「問答無用です」
「うん」
シーラの案にマナまで乗っかり有無を言わさず詰め寄ってくる。
何でそうなるんだと思いながらコウはしぶしぶ了承し戦闘訓練を再開した。
結果、心の乱れから集中できないコウは見事に2人に負けてしまった。
その後夕食ではエニメットに向かってマナが今日のことを話しだす。
「エニメット聞いてよ。師匠はこの環境に飽き足らず、ついには通い妻まで作ったんだよ」
「えっ、えっ!?」
いきなりのぶっこみ発言にエニメットはどんな反応をしていいのかわからず戸惑うばかり。
思わずご飯を吹き出しそうになったコウはすぐに反論する。
「おい、通い妻じゃないだろ。俺はちょっと魔法の指導をしただけだって」
「数か月後には夜の指導も、なんてことにならないようにしてください」
シーラも厳しい視線と言葉でコウを追い詰める。
「いや、なるわけないって。相手は上級貴族の王女様なんだよ?」
それを聞いてマナが呆れた顔になる。
「はぁ、師匠が自分が美味しい餌だとここまで自覚してない人だったなんて・・」
それを聞いたシーラは頷き、エニメットも隣に座るコウを少し申し訳なさそうに見ながら頷いた。
結局コウは寝る時まで隣にいるマナとシーラから針の筵に座らせ続けられ、昼間の自分の行動を猛省せざるを得なかった。
◇◆◇◆
コウの道場を後にしたルーチェは占有地エリアの出口まで来ると、周囲を見渡し約束通り待機している護衛たちを見つけた。
「皆さんいますね。それでは戻りましょう」
笑顔で声をかけるルーチェ。
護衛の兵士たちはそのご機嫌具合に気づくことなく、先導し歩き始める。
歩きながら疑問に思ったのか、護衛の1人がルーチェにふと尋ねた。
「ルーチェ様、本日はこのような場所に何の御用だったのでしょうか?」
「最初に説明しましたが、それは今日来たことも含めて秘密という条件です」
「すっ、すみません」
護衛たちもなかなか来ることができないルーデンリアの貴族街で買い物ができて満足なのか
それ以上ルーチェに聞こうとはしなかった。
メルベックリヌ城へと戻るとルーチェはすぐに父ボルティスへと報告に向かった。
ボルティスは資料を見ながらルルフェリと相談していたところだったが
ルーチェの姿を見るとルルフェリをすぐに退席させる。
ルルフェリは特に何も言わずに一礼すると部屋を出ていった。
そしてルーチェはルルフェリがさっきまで座っていた椅子とは違う椅子に腰掛ける。
「どうだった。その様子を見る限りなかなかの結果だったようだな」
「はい、お父様。まず今のコウの実力ですが、既に私よりも強いと思われます。
1年前とは明らかに違うと感じさせるところがまだ2年目である何よりの証拠だと言えます」
「そうか、やはりか。それでどうだ、彼の興味を少しは引けたか?」
父に尋ねられルーチェは少し答えに迷った。
興味を引けたと明言できるわけではないが、それなりの好意を持たれている状態を維持したと言えるとは思っている。
だが、最後はやや強引な手を使ったのでその点はマイナスだろうと感じていた。
とは言え、あの手を使わなかったら次コウの元へ行く理由は監査だけになってしまい、訪問できるのがまた半年以上先になってしまう。
この場合、会えないのは少し嫌われる以上の悪手、仕方のない一手だったとルーチェは考えていた。
「少しは・・引けたと思います。ですが、ちょっと強引な手を使ってしまって」
落ち着いて手堅い手を打つルーチェにしては珍しいなとボルティスは思った。
普段の仕事ぶりから言って、兄弟の中でも強引とは一番縁遠い存在のはずだからだ。
逆に言えばルーチェにもそういう功を焦ることがあるのだとわかり、これはこれで収穫だなとも考えボルティスはうれしくなる。
「わかった、それなら次もルーチェに行ってもらうことにする」
「はい、ありがとうございます。それでなのですが、実は魔法指導の約束を強引に取ってきまして」
「ほぅ、やるな。それならばルーチェ側でタイミングを見て私に申請するといい。クエスとの交渉はこちらでやっておく」
「はいっ」
満面の笑みを浮かべルーチェは一礼して部屋から出て行く。
入れ替わりで入ってくるルルフェリはルーチェの珍しい笑顔に驚き、去っていく彼女の後姿を見つめていた。
一体何事かと思い思案するルルフェリにボルティスは声をかける。
「珍しいか?まぁ、あれにもちゃんと欲があったということだ」
「はぁ」
ルーチェはそつなく仕事をこなせるもののあまり向上心のない人物なので、意外とはいえそんな彼女が欲を持ったところで大して影響もなく
すぐに興味を失ったのか、ルルフェリは先ほどの仕事の話の続きに入った。
ちなみにルーチェは自室に戻ると、侍女のベルルーシアに話せない部分を端折った今日の午前中の体験談をニヤニヤしながら何度も続け
内容が全く分からない侍女は「良かったですねぇ」をただ連発するしかない災難な1日になった。
今話も無事アップできました。
読んでいただきありがとうございます。
感想やブクマなど頂ければ嬉しいです。誤字脱字も見つけたらご指摘いただけると助かります。
次話は12/20(金)更新予定です。仕事が忙しい年末ですが・・まぁ大丈夫でしょう。
次話からは4章最後のお話(になる予定)です。