ルーチェ様のご来訪1
ここまでのあらすじ
マナが本当の意味でコウの弟子となり、3人1組で戦う訓練を続けていた。
ここはボルティスを当主とするギラフェット家の首都にあるメルベックリヌ城内。
その一室で執務をこなしている女性がいた。
彼女の名はルーチェ・ギラフェット、この国の第7王女。
以前コウがルトスに勝ち、トマクにまで勝った戦いの後コウと親しく接した王女である。
彼女は書類に目を通してサインをすると、近くに積んであった書類の束の上にその紙を乗せた。
「終わりました、っと。ベルルーシア、この書類をルルフェリのところまで持って行ってもらえませんか」
「わかりました」
そう言うと侍女のベルルーシアはその書類を受け取り簡単に確認すると部屋から出て行った。
侍女が部屋から出て行くと、ルーチェは大きなため息をつく。
「はぁぁ。お父様のせいで全然チャンスが来ないじゃない。忘れ去られていたらどうするの~」
右手を軽く握りしめ、悔しそうにつぶやきながら机に伏す。
ルーチェはこの国のトップであり連合内でも最高に地位にある当主ボルティスの娘である。
彼女はコウと出会い親しくなって関係を作ることができれば、この家の中でも軽んじられることが無くなり強い影響力が持てると思っていた。
そのためにコウの弟子になることを父であるボルティスに志願したが、その目的をクエスにあっさり見抜かれて拒否される。
ならば、弟子がダメなら父の代わりに道場に視察に行くことでコウと親しくなるきっかけを作ろうと提案し、父から了承された。
そして道場を訪ねる日を楽しみにしていた。
しかし、その父が急遽他の当主たちと集団で道場を視察したころから、連続で視察するわけにもいかず
こうして半年もただ仕事をこなしながら視察の日をただ待つだけの日々を過ごす羽目になっていた。
「お父様、まさか動いてないってことはないよね。いつになったら・・」
机に伏してぼやき続けていたルーチェだったが、扉をノックされてすぐに起き上がり姿勢を整える。
こんな姿を見られたら兄弟どころか侍女にですら注意されかねないからだ。
「ルーチェ様ご報告が」
先ほど書類を持っていったルーチェ専属の侍女ベルルーシアの声が聞こえる。
「どうぞ」
そう声をかけると、扉を開き頭を下げ侍女が入って来る。
「それで、報告とは何ですか?」
「こちらを渡すように言われてきました」
そう言って手渡してきたのは、ギラフェット家の家紋で封をされた封筒だった。
おそらくボルティスが発行したものだと思い、ルーチェはペーパーナイフを取り出して急いで開封した。
『アイリーシア家の許可が下りた。明後日朝から監査の名目でコウの道場に入ることができる。表向きの仕事はあくまでコウの実力を測ることだ。 以上』
手紙を取って満面の笑みを浮かべるルーチェ。
侍女はそれを不思議そうに見ていた。
「ベルルーシア、明後日出かけますから服を一緒に選んでもらえない?」
「はい」
主人の願いに素直にうなづく侍女だったが、ただ出かけると言ってもどんな用なのかわからないと選びようがない。
内容をすっぽぬいて話すあたり、ずいぶんと浮かれているのでよほど楽しみなことなんだなと思いつつルーチェに尋ねてみた。
「すみません、どのような目的の外出なのでしょうか?」
これから先のことを思い浮かべて嬉しそうにしていたルーチェだったが、声をかけられ少し気を落ち着かせ答える。
「あぁ、ごめんなさい。ずっと待っていたとある方へやっと会いに行けることになって」
「そうでしたか」
平静な態度で了承したが、ベルルーシアは内心相当驚いていた。
主人に対してそう思うのは不遜かもしれないが、正直言ってルーチェは便利屋止まりの存在だ。
実務に関しては何でもそれなりにこなせるので、人員に穴が開いた場合は助かる存在なのだが
今までの扱いから達観しているのか、既定の幅以上に出しゃばるまねはせず、主任として何かを任せたところで発展性のある人物じゃない。
そんな扱いに慣れているからか普段から人当たりの良い笑顔は見せるが、喜びを爆発させるようなことは見たことが無かった。
だが今は完全に浮かれているとしか思えない言動だ。
これはおそらく異性案件だとベルルーシアは考えるが、ルーチェは仮にも国王様の直系。
国を揺るがすほどの重要な存在ではないが、どこの誰ともわからぬ男のところへホイホイと遊びに行かせられる存在でもないはずだ。
ルーチェの専属として彼女のために異性にアピールできる服装を選べばいいのか、国のため彼女の浮かれ具合を抑える服装を提案すべきか
ベルルーシアは悩んでなかなか答えが出せない。
そんなことを侍女が悩んでいるうちに、ルーチェはさっさと自分用の服が置いてある衣装部屋、いわゆるウォークインクローゼットへと入っていく。
それに気づいて侍女もあわてて後を追った。
先に入ったルーチェは色々と服を物色していたが、男性受けがある程度よさそうなものと
家のマークがあしらわれた正装に近いものと悩んでいた。
侍女はその様子を見ていたが、面識のある男に気に入られたいのならわざわざ家紋をアピールして地位を見せつけなくてもいいはずだ。
とはいえこの様子から知らない者のところに行くとも思えない。
仕方なくベルルーシアはルーチェに尋ねてみた。
「お相手はどのような方なのですか?相手によって服装も変わりますので」
「うーん・・」
ルーチェは少し言葉に詰まったが真剣な顔つきになり小声で話し始めた。
「これは秘密なので誰にも言わないでね」
「わ、わかりました」
「会いに行くのは一度お会いしたことのある方なの。名目はその人の仕事ぶりの視察なんだけど、私としてはこの会えるチャンスに彼の興味を引きたい。
ただあくまで視察だから攻め過ぎた服装はダメだと思うのよね」
侍女は思わずなんだその男はと思ってしまう。
仕事のついでにしか会えないなんて、明らかに普通の相手じゃない。
貴族という特権階級者は仕事に追われるほど忙しい日々を過ごすことは少ない。
また転移門も自由に使えるし、普通の貴族相手なら家から止められない限り全く会えないというのはあまり聞く話ではない。
ルーチェのずいぶんな浮かれ具合から、てっきり相手はかなり立場の良い人だと思っていた侍女は肩透かしを食らった。
むしろ少し心配になってきたので、侍女はルーチェに相手のことを詳しく尋ねる。
「貴族の方なのですか?」
「んー、言ってしまえば下級の準貴族なんだけど」
「ええっ!?いやっ、その、お嬢様は・・」
あまりに驚く侍女を見て仕方ないかとルーチェは思った。
同じ特権階級に含まれるとは言え、身分差で言えば頂点グループと底くらい差がある。
ルーチェから見れば下級の準貴など取るに足らない程度の存在のはずだからだ。
実際、姉のルルカはその地位の差から出会ってすぐに見限っていた。
その為コウからの印象が悪くなってしまい、ルーチェにチャンスが回ってきたのだが。
「まぁ、そんな悪い人じゃないから。多分貴族にまでなるだろうと言われている人なんだし」
「そ、そうですか・・」
なんとかフォローするルーチェだったが、侍女はちょっとショックが強かったようで少し顔が青ざめている。
だが、これは無理もないことだ。
万が一ルーチェがその男のところに嫁ぐことになれば、当然専属の侍女も同行する。
そうなれば上級貴族から下級貴族への侍女になるので格落ちが確定だからだ。
もう少しちゃんと説明したいルーチェだったが、コウに関することは現段階ではあまり大っぴらにできないので
申し訳ないと思いつつその程度の説明に留めるしかなかった。
「そ、それでね・・ちょっと上の立場として最近の様子を見に行くって感じなんだけど」
「はぁ、それは・・仕事の進行具合という事でしょうか?」
「んー、一応それに近いかな」
「それでしたらあまりくだけた格好は難しいかもしれません。家紋は肩についているけど目立たないこちらとかどうでしょう。
スカートで足元は女性らしさが出ますし控えめながらアピールは可能です」
「やっぱりそうよね。んー」
普段はさほど服装に気を使わないルーチェだが、今回は相当気合が入っているのか
侍女ベルルーシアのアドバイスをいつもと違ってすんなり受け入れず、なかなか決断を下さない。
結局ルーチェは1時間ほど侍女と共に、あーでもないこーでもないと服を選び続けることとなった。
服を選び終え、自分の部屋の仕事部屋へと戻り椅子に座ると、ルーチェは再び侍女に相談して来た。
「ねぇ、やっぱり手土産も必要よね?」
「それは・・状況にもよりますが、仕事の進捗状況を確認しつつ上手く進行していたらお渡しする、という形なら可能ではないでしょうか」
「そうね、それなら渡しても自然よね。だったら何を渡そう・・個人的なものだとさすがに不自然かなぁ」
だんだん独り言のようにぼやきながら考えるルーチェ。
侍女のベルルーシアも何とかアドバイスしたかったが、いかんせんその対象との関係性がわからなくては何も言いようがない。
しかもルーチェは仕事の様子を見に行くというものの、仕事と言ったって色々ある。
せめて相手がどんな状況なのか分かればと思い侍女はルーチェに尋ねた。
「その方はどのようなお仕事をされているのですか?」
「んー、ざっくり言うと部下を鍛えているって感じかな」
「んんっ!?」
思わず本音が出そうになるのを必死に食い止め、表情を落ち着かせるベルルーシア。
部下や兵士の指導をしている準貴族など、まさに出世コースから一番遠い存在だからだ。
その為思わず騙されていませんかと言いたくなったが、この浮かれっぷりの時に言い出せば自分の立場が危うくなるのは目に見えている。
「ん?」
「いえ、それなら人数も多いでしょうし手土産は難しいかと思います」
「人数かぁ、確かそんなにはいなかったはず・・数人のはずだけど」
どうも思ったものとは違っていたようで、侍女はほっとしつつ複数人が摘まめる簡単な食べ物を勧める。
ルーチェはどうやら個人的なものを渡したかったみたいだが、そういう場で渡すと露骨すぎて周囲からは悪評を受けかねない。
そんなアドバイスをして何とかルーチェを説得し終え、個人的なものを渡すことを防いだ。
侍女としてはなんとか仲が深まるのを抑えられて、内心ほっとした。
後は何を持っていくかで2人は意見を出し合い、再び1時間ほどあーでもないこーでもないと相談し続けた。
ルーチェの所で本日の仕事を終え、自室へと戻るベルルーシア。
自分の将来にもかかわるので他の者に相談したかったが、国王であるボルティスが許可した案件らしく
今更自分のような侍女1人が異議を唱えたところで変わるものでもない。
無力感からため息交じりに廊下を歩いていると、正面からルルカ王女が歩いてくるのが見える。
正直言って一番会いたくない相手だが、今はそんなことは言っていられない。
ベルルーシアはすぐに廊下の隅へと移動して道を開け、頭を下げたままルルカが通り過ぎるのを待つ。
後ろに近侍と侍女を1名ずつ連れて堂々と廊下を進むルルカ。
ルルカ王女の目にも入らないようなルーチェに仕えている自分は、以前は気にもされていなかったのだが
最近はなぜかルーチェのことが気になるらしく、会うたびに様子を訪ねてくる。
その上、質問してくるくせに特に変わりがないと答えると不機嫌そうにする。
それがベルルーシアにとってはすごく嫌なことだった。
だからと言って無視できるはずもなく、ベルルーシアはこの時間にここを通った自分を恨みながら待機する。
そのまま廊下の隅で黙って頭を下げていたが、やはり気が付いたらしくルルカがいつものように尋ねてきた。
「あら、あなた。どう?最近ルーチェに変わったことはなかった?」
名前すら覚える気はないらしく、いつも呼び方は『あなた』だ。
これでも継承第2位の王族様でありその辺の貴族とは一段格が違うので、主人のルーチェに間接的に抗議することも出来ない。
自分はあんたのスパイではないと思いつつ、ベルルーシアは頭を下げたまま答える。
「いえ、特に変わったことはありません」
「そう。時間の無駄だったわね」
そう言って去っていった。
横目でだいぶ先まで行ったことを確認すると、頭を上げてほっと一息をつき再び自室へと戻ろうとする。
ぐちぐち言われなかったということは、今日のルルカ様は機嫌がよかったのだろう。
一瞬、さっきのルーチェの話を話しておけばどうなったのだろうと考えたが、主人が秘密といったことをばらせばさすがに専属の地位も危うい。
「専属というのも楽じゃないわ」
そう言ってベルルーシアは自分の部屋へと入っていった。
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次話は12/11(水)更新予定です。
では。