シーラとマナ、そしてエニメットの立ち位置
ここまでのあらすじ
コウとマナとシーラが連携して戦えるよう、クエスが訓練を始める。
3人をぼこぼこにした後、クエスはコウの問題点を指摘した。
コウとの話を終え、クエスは次にシーラとマナのところへ向かう。
今回の問題はコウだけにあるわけではない。むしろ彼女たちの方が問題の割合が大きいとクエスは見ていた。
クエスがコウと話している間も、シーラは2人分の回復を使い続けていたのでかなり疲れた様子だ。
一方のマナはサポートもままならず、守りたい師を守ることも出来ず完敗した現状にただショックを受けていた。
「やっ、2人とも。傷の具合はどう?」
クエスは軽く声をかけるが、2人の反応は鈍い。
少し遅れてシーラが振り向いて答える。
「あっ。な、なんとか動ける程度には・・応急処置をしているところです」
クエスの問いかけにシーラは少し恐れを感じながら答える。
先ほどまで自分たちをぼこぼこにした相手だから、無理もない反応だった。
「傷は大丈夫です。でも・・自分の弱さを嫌って程理解させられた」
続くマナは笑う気力も残っていないのか、抜け殻のような表情でクエスに答える。
この様子を見てクエスはコウの判断も間違いじゃないかもしれないなと思った。
考えてみればコウは以前の生活、立場、いろいろなものを全て投げ捨ててこっちに来たから、ある程度追い込んでも死ぬ気でくらいついてきたのかもしれない。
もちろんクエス自身もそうだったからやってこれた。
だがこの子たちは戻れる場所があるので、あまり追い込みすぎるとただ折れてしまうだけの可能性もある。
コウはその辺を感じ取っていたんじゃないかと思うと、さっきは言いすぎたなとクエスは反省した。
だからと言って甘やかすつもりはない。
この子たちにはコウを守ってもらう存在になってもらわなければ困るのだ。
クエスもボサツも今は結構自由にやっているが、闇の国との戦争が始まればそうそう自由には動けなくなる。
そうなればコウを任せられるのはチームとしてそばにいるこの2人になるのだから。
「最初は仕方ないわ。それより2人共気がついてる?さっきの戦い、コウがあなたたちのサポートにかかりっきりになっていたこと」
クエスに言われて2人は黙ってうなずく。
自覚があるならそう傷つかないだろうと踏んでクエスは話を続ける。
「コウはこの中でもマナより攻撃力があると私は見ているわ。もちろん相手の属性にもよるけど。
そんなコウをあなたたちのサポートに回らせていては、強敵相手だと厳しくなるわよ」
「それはわかっています」
シーラの返答にマナもただ悔しそうに頷く。
問題点を挙げても平気かと思っていたが思ったより反応が悪く、2人ともさらにショックを受けたようだった。
それでもクエスはさらに切り込んでいく。
問題点は早い段階で洗いざらいにしておいた方がいいからだ。
「それと2人とも、コウのサポートに気が回りすぎている気がしたんだけど」
それを言われた2人は思わずクエスから視線を外した。
どうやらこれは図星だったようなので、クエスはそこをさらに突っ込むことにする。
「サポートは悪くないわよ。でも注意力や魔力を過剰にコウに向けていては、リソースを無駄にしていると言わざるを得ないわ」
もう2人は黙ってうなずくことしかしていない。
自覚はしているが改善する気配はない。しかもどうやら後ろめたい部分がある
その2点を前提として、クエスはなぜ2人がコウに過剰に労力を割いているかを考える。
シーラは実戦経験も少なくサポートだし大目に見れる点もあるが、マナはチームの戦闘にもかなり慣れているはずなのになぜ無駄な行動をとるのか。
そしてクエスはある結論へとたどり着いた。
「うーん、ひょっとして・・コウへのポイント稼ぎ?」
ちょっと意地悪そうに言うクエスに2人は反論もせず答えない。
(あれま、こんなことになっていたとは思わなかったわ)
クエスは内心結構驚いた。だが、驚いてばかりもいられない。
彼女たちにはコウをしっかり守ってもらわなければならないので、色恋沙汰で総合力を落としてもらっては困るのだ。
クエスはコウに後で文句言われそうだなと思いながら、コウの趣味や気持ちについて勝手に語ることにした。
「はぁ。そう言うことなら教えておくわ。コウはね・・」
コウの趣味嗜好を頭の中を覗いて理解しているクエスは、あれやこれやと本人の許可もなく話し始める。
最初はそんなこと聞くわけにはいかないと思った2人だったが、クエスがペラペラと話し続けるため思わず聞き入ってしまった。
「えっ、そうなんですか・・」
「うーん、嬉しいような寂しいような~」
クエスが饒舌に語りだし場が一気に明るくなって盛り上がる。
離れたところにいるコウは、クエスの叱咤で2人が沈んでいたと思っていたのに
急にワイワイ盛り上がり始めて訳が分からなくなる。
「はぁ、師匠は2人の扱いが上手いなぁ。いや、女性の扱いか?どちらにしても羨ましいスキルだよ」
受けた傷を治しながら盛り上がる3人を見て、仲間外れのコウはぼやくしかなかった。
しばらくすると話を終えたシーラとマナがコウの元へやって来る。
2人は少し前までの沈んだ表情じゃなく、明らかにやる気がよみがえっていた。
「師匠、すみませんでした。過剰に師匠をケアするあまり全体が見れてませんでした」
「私もごめん。師匠の方を集中してばかりで自分のケアすら怠ってた。私たちへのサポートは最低限で大丈夫だから」
「えっ、あっ・・ああ」
いきなりそんなことを言われて、コウは驚きながらもとりあえず了解する。
クエスが説得したのは状況から間違いないが、いったいどうやったのコウには見当もつかなかった。
「これは訓練なんだから死ぬわけじゃないし、師匠のサポート無しでもやってみせるから」
「私も大丈夫です。師匠は可能な限り攻撃に集中してください。その間に一光様の攻撃を見極められるよう頑張りますから」
「あぁ・・わかった」
経緯はよくわからないが、さすがのコウも弟子にここまで言われたら納得せざるを得ない。
そして意識を切り替えた上で、昼までクエスとの1対3の訓練を続けた。
昼食も一緒にとってクエスは14時ごろまで訓練に付き合った。
そして今後も交代制でクエスとボサツが交互に来ることを告げるとすぐに去っていった。
ただし、その報告を聞いたのは疲れ果てたコウ1人のみ。
マナは昼一番の戦いであちこち大きなダメージを受けてダウン。
シーラは本日最後の一戦で集中力が切れたのかクエスの一撃をもろにくらってダウンしてしまう。
ちなみにマナは1日ちょい、シーラに至っては2日以上治療にかかると表示された状態でカプセルの中で眠っている。
帰り際にクエスが「これは3台目のカプセルも必要ね」と困った様子でつぶやいていて、コウも肝が冷える思いをした。
戦闘訓練を終えたコウは精神もすり減って疲れ切っていたので、いつもはマナが占領しているソファーに横になる。
そんな中、道場内のあちこちを掃除して回っていたエニメットが、コウが大部屋にいるのを見つけて近寄る。
「コウ様、特訓は終わったんでしょうか?」
「うん?あぁ。一応終わった」
不意を突かれたのか、少し反応が遅れながら天井を見たままだるそうに答えるコウ。
疲れ切っていた上に、あの場面では助けるべきだったかどうかといろいろ考え続けてていたので、あまり彼女に意識を割いていなかった。
逆に言えばそれだけ気を使う必要がないと感じ始めていて、コウが主人という立場に慣れたともいえる。
「お疲れさまでした。それで、あのぅ、本日の夕食は・・」
「あぁ、そうだな。2人とも1日以上カプセル送りだから明日の昼までは俺とエニメットの2人分でいいよ」
「いちにち・・以上ですか」
ちょっとした怪我とかなら数時間で回復するカプセル行きが1日以上といわれエニメットは驚く。
アイリーシア家でも上の者たちがこういった実践訓練をしていたのを聞いたことがあるが
せいぜい数時間で治療できる傷にとどめるのがこういった訓練での常識だったはずだ。
「まぁ、シーラに至っては2日超えの時間が表示されていたから後で確認しておいてくれ。
食事の時間とかずらせるのなら2時間くらいはずらしても構わないから」
そう言いながら一向に動こうとしないコウ。
それを見てエニメットは心配になる。
「コウ様の傷は大丈夫なのですか?」
「あぁ、カプセル2つしかないしたぶん手加減してもらったから。一応自分で治療しているけどね」
よく見ると体のあちこちが膨らんだりしているし、手には薄く水が付着し穏やかに明滅を繰り返しながら傷をいやしている。
すぐに気が付かなかった自分を反省し、エニメットは声をかけた。
「コウ様、私も治療をお手伝いたします」
そう言って彼女は<光の保護布>の型を組み始める。
「すまん、助かるよ。エニメットには世話になりっぱなしだな、ほんと」
「それが私の仕事ですから」
ちょっとうれしそうに答える彼女を見て、コウは言いたかったことを引っ込め笑顔で答えた。
夕食も当然2人っきりだった。
普段は4人である程度にぎやかな食卓になるのだが、今日は2人なので静かな時間が過ぎる。
エニメットは何か話をして盛り上げたいと思ってはいたが、侍女という立場上、気軽に世間話をするわけにもいかない。
コウはコウでいろいろと考えているのか、時々食事の手が止まり数秒悩んでからまた手を動かし始める。
せっかく2人だけになったチャンスなので何か話をと思いながらも、なかなか話しだすきっかけもなく困っていたエニメットにコウが突然話しかけてきた。
「なぁ。エニメットは確か俺の護衛という仕事もあるんだよな?」
「えっ、はっ、はい。何かあったときは全力でコウ様をお守りするのも仕事のうちです」
それを聞き少し考えると、コウは彼女に1つ提案をしてきた。
「どうだろう、エニメットもある程度戦闘訓練をしては。もちろんマナたちみたいにカプセル行きはダメだけど。
毎日楽しみにしている食事の質がガタ落ちしてしまうからね」
コウはちょっと冗談交じりに提案するが、エニメットはどう反応していいのかわからなかった。
エニメットは侍女の中でも魔法が使える侍女で、いわゆる貴族の側付になれる存在だったが所詮は非戦闘員。
仕える貴族と連携をとって一緒に戦うなんてできるはずがない。
実力的にはその辺の中級魔法学校出の新人兵士と大して変わらず、使える魔法は防御や回復系のみだった。
アイリーシア家は過去のことから、一応こういった侍女・近侍たちには一定の訓練をさせていたが
主人との実力差が埋まるはずもなく、結果、侍女や近侍に最終的に求められたのは命を懸けた使い捨ての盾としての役目である。
その辺は妾にでもならない限り変わらない立場なので、コウの何気ない提案にどう反応すればいいのかわからなかったのだ。
(ただの侍女ではなく、もっと役に立つ存在を求められている?それともこの方は戦えることが妾としての最低条件?)
返答できず困っている様子を見て、コウはそこまで困るようなことを言っただろうかと思いながら言葉を付け加えた。
「いや、エニメットが強化盾やさっきのような治療を使えるのは知っているんだけど
それでもいざという時は身を呈して戦うしかないわけだろ?」
「は、はい。それが役目ですから・・。それに最近はいろいろと教えてもらっていますので最初の一発のけん制くらいは」
「まぁ、そうだけど。やっぱりいざという時はあっちなら任せられるかなって感じになっててもらいたいんだよね」
正直そんなことを言われても自分には、そんな気持ちだったがコウの何気ない次の言葉に彼女の意識が変わる。
「俺としてはやっぱりエニメットにそばにいて欲しいんだよね。だからうちのエニメットはちょっと違うんだよ。
連携ができるんだから替えは利かない、なんて形になればなぁと思ってさ」
コウは彼女以外の侍女に変えられるが漠然と不安で、なんとなくそう言っただけだったが
その一言にエニメットはスイッチが入った。
侍女にとって側にいて欲しいと仕える相手から言われるのはとても光栄なことだ。
こうなればそうそう他の侍女に取って代わられることもなく、不安のない安定した生活が待っている。
せっかく側付きになれたと喜んでいても、仕える貴族に合わないと思われればすぐ入れ替えられる。
だからこそコウに何げなく言われた『いて欲しい』の一言はエニメットにとってうれしいものだった。
さらにコウはかなりフランクでとっつきにくい貴族ではないので、エニメットとしてはぜひと言いたくなる状況だ。
ただ、コウに気に入られたからといって、彼女の魔法の才能が乏しい現実は変わらない。
そもそも才能が有れば多くの者は侍女をせずに兵士になって出世を目指すのが一般的だ。
侍女よりははるかに危険な仕事ではあるが、その分兵士の方が貰いがいい。
それに侍女も兵士も国にとって貴族にとって使い捨ての駒であることは同じなので、どうせなるなら兵士の方がいいという者も多いのだ。
ただ自分に実力がないことはわかっているとはいえ、こんなチャンスを自ら手放すなんてありえない。
そんな思いでエニメットはコウの気持ちに答えた。
「その、そこまで言っていただけるのは侍女としてとても光栄です。それで・・もしお役に立てそうなら、戦闘訓練をお願いできればと」
「おぉ、本当に?」
「あっ、はい。ですが私はそんなに魔法の才能がないので」
「いいって、いいって。やるだけやってみよう。いざという時、訓練してるのとしてないのじゃ大違いなんだから」
エニメットとしては不安でいっぱいだったが、コウが勧めることと自分の安定を考えると覚悟を決め選ぶしかなかった。
それに喜ぶコウの姿を見て、ちょっとだけ自分も嬉しくなった。
ただ1時間後にはすぐに安易に飛びつきすぎたと後悔することになるのだが。
今話も読んでいただきありがとうございまっす。
今話ものほほん?回です。次話から次のミニ話しですが、あと少しエニメットとの話が残ってて……どうしよう。
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では次話は12/05(木)更新予定です。年内までは最低3日1回更新をやっていきます。(できれば来年も)