正式な弟子になれました
ここまでのあらすじ
マナは慣れ親しんだ1隊との別れも済ませ、翌朝には帰ることになった。
時間を1日ほどさかのぼり、朝マナが出て行った道場ではコウとシーラが修行を始める。
表面上は普段通りの2人だったが内心は落ち着かないのか、練習もいつもよりミスが目立つ。
「ふぅ、まいったな。やっぱり平静ではいられないか」
「仕方ありませんよ。こんな状況なんですから」
軽くため息をするコウだったが、気持ちを整理して顔を上げる。
「よし、考え方を変えよう。こういう状況でも普段通りの力が発揮できるようになる訓練としては最適だ。さぁ、頑張ろう」
「はい」
コウに言われシーラも気持ちを強く持ち気合いを入れなおす。
そうして心半分ここにあらずのまま時間は過ぎて行った。
夕刻、4人席のテーブルに3人が座って食事をする。
コウの正面であるマナの席が空いていたが、コウの意向で椅子は片付けられていない。
シーラは気になるものの、さすがにどうしようもなく隣の定位置で食事をしていた。
皆マナの件が気になってしかないが、そのことは言い出しにくく黙ったままの食事が続く。
そのまま食事は終わり、エニメットが片づけを始めるとコウがぽつりとつぶやいた。
「マナは、無事だよな。戻って来るよな」
そんな確信は誰にもなく答えようのない問いかけだったが、意を決してシーラがコウのそばまで近づいた。
「師匠がボサツ姉様にも支援をお願いしたじゃないですか。大丈夫ですよ。マナを信じましょう」
「・・ああ」
力なくこたえるコウに対してエニメットも片付けの手を止め話しかける。
「コウ様、今日はお早めにお休みください。マナさんが戻ってきたらすぐにお呼びしますから」
「いや、半日も経ったんだし、問題なければそろそろ戻ってくる頃だから起きておくよ」
コウも力なく主張するが、エニメットもここは譲らない。
「お気持ちはわかりますが、辛そうな体調でマナさんを迎えては逆に心配をかけてしまいます」
「ううっ・・わかった。少し冷静にならないとな。休んでくるから、マナが来たら即行で呼びに来てくれ」
「はい、お任せください」
そう言われてしぶしぶコウは自室へと戻っていく。
それをシーラとエニメットは笑顔で見送った。
「行きましたね、成功するとは思いませんでした」
「今のコウ様は判断能力が落ちていますから。それでは予定通りでよろしいですか?私だけが起きていても構わないのですが」
申し訳ななそうにエニメットがシーラを見つめる。
コウの侍女であり、サポート役でもある彼女の立場から言えば、彼女1人でマナを待つのは当然の役目だ。
だが、コウを呼びに行く役をやりたいことからシーラも交代で待機することを提案していた。
ちなみに朝食の用意があるという理由を挙げて、マナが帰ってくる可能性の高い早朝にかけての時間帯の待機を自分に
マナが帰ってこなさそうな真夜中の待機をエニメットに押し付けている。
エニメットはお手伝いの立場である以上、シーラに朝食の件を言われたら抵抗するのは厳しかった。
特にシーラの言った『マナが戻ってきた時にはいつもの食事で迎えてあげたい』の一言はかなり強力だった。
普段は少し奥手でこんな行動をとるシーラじゃないが、ここだけは女の戦いとして譲りたくない場面だったのだ。
「それでは私も軽く練習した後、早めに寝させてもらいます。あ、そうだ。マナが帰ってきたらちゃんと私も呼んでくださいね」
「もちろんです」
「私がいるときに返ってきたら、ちゃんとエニメットも呼びに行きますから」
エニメットは一瞬頷こうとしたが慌てて止める。
「いえ、私は門に人が来ると自動で連絡が来る魔道具を持っていますので大丈夫です。シーラさんはそのままコウ様だけを呼びに行ってください」
その言葉に納得してシーラは外へと向かい軽く自主練に励むと、エニメットは早めに朝食の下準備を始めながらマナを待つことにした。
◆◇◆◇
一方のマナは宴会を終えた翌日の早朝、私物を全てアイテムボックスへと入れ、長い間慣れ親しんだフラウーの執務室への通路を歩く。
これまでの事への感謝の気持ちと、新しい人生を歩むことへの期待を込めて。
この時間帯はフラウーも起きたかどうかの頃で執務室にいることはほとんどないが
せめて手紙を直接受け取る場所に置きにいこうと思って執務室へと向かっていた。
執務室の目の前には報告書を入れる場所があり、そこならば他の者の手に触れることが無い。
ちなみにフラウーが寝起きする私生活エリアは、マナと言えども事前に許可をもらっていないと入ることができない。
彼女はルーデンリア4大王家のうちの一つの直系の者であり、次期女王候補の1人でもあるため、仕事以外では結構厳しく接触が管理されている。
マナは廊下を歩き続けてフラウーの執務室の前にたどり着くと、そこには既に兵士が2名立っていた。
「あれ?という事はフラウー様はもういるんだ」
マナ呟きながら執務室の扉の前までくる。
「もう来てるんですか?」
「マナさんが来られたら通すように言われています、どうぞ」
そう言って兵士たちが扉を開けた。
中ではフラウーが机に向かいマナを見ることなく、相変わらず書類と格闘している。
マナはそれを見て申し訳なさそうに入ると、手紙をそっと大きな執務用机の端に置いた。
手紙が置かれたのに気づきさすがに相手しようと思ったのか、フラウーは手を止めてマナを見る。
「あら、おはよう。早く出発するとは思っていたけど、もう行くのね」
「おはようございます。はい、もう行きます。今まで、本当に、ありがとうございました」
いつもと違い一語一語思いを込めて話し、きっちりした姿勢から頭を深く下げるマナ。
それをフラウーは優しい笑顔で見つめていた。
「頑張りなさい」
その一言にマナはうなずくと再び頭を下げて出て行った。
それを見届けたフラウーは椅子の背もたれに寄り掛かりうれしそうにしていた。
「さて、ボサツを呼んで逐一状況を教えてもらえるよう言っておかないとね。子離れできないって言われるかしら。ふふっ」
こうしてマナは正式にコウの弟子として生きていくことになった。
フラウーのいる建物から転移門で街中へと出るとすぐにマナは道場へと向かう。
焦らすためにと言われて仕方なく1泊したものの、今は出来るだけ師匠を心配させまいと走って向かっていた。
魔法を使って爆発し吹っ飛びながら進めば早いが、それをやると間違いなく兵士がやって来るので、さすがにその手は使えない。
ただ走っていても貴族街や占有地では珍しい光景なので、所々にいる兵士には注目されてしまう。
が、そんなことは気にしていられないとマナは走り続け、道場の門のところまでたどり着いた。
すぐに戻ってきたとアピールしようと門を叩こうとするが、思わずその手を止める。
1日空いただけとはいえ感動の再会の場面だ。
息を切らしたまま言葉が途切れ途切れになっては格好つかないので、マナは立ち止まり息を整える。
そして門を2度叩いた。
その時中では、来客を知らせるためのエニメットのが持つ魔道具がテーブルの上で光りだし音が鳴る。
「マナが帰ってきた!」
シーラはすぐに反応すると慌てて椅子から立ち上がり、すぐに師匠の部屋へと走っていく。
その様子を見て朝食の用意の手を止めたエニメットは魔道具に触れ状況を確認する。
【対象人数1人 魔力パターン:マナ】
「あ、本当にマナさんだ。良かった・・これでコウ様も元気を取り戻してくれる」
確認を終えると彼女はすぐに朝食の準備へと戻った。
コウの元へと向かったシーラはすぐに扉を叩きながらマナが来たことを告げる。
それを聞いたコウはすぐに部屋から飛び出してきた。
「マナか?」
「はい」
それだけを話すとすぐに2人で大部屋へと向かう。
部屋に入ってきた2人を見て、エニメットは今外にいるのは間違いなくマナだと告げて朝食の準備へと戻る。
コウはうれしそうに外門の方へと向かい、それを追いかけるようにシーラが続いた。
内門を開いてすぐに閉じると外門を開ける。
そこにはマナが笑顔で立っていた。
マナがいるのを見てコウは心から安堵した。
息を整え落ち着くとコウは笑顔で話しかける。
「マナ、無事か?怪我はないか?」
「大丈夫、怪我一つ負ってないよ。それより、これからは師匠の元が私の居場所になりますのでよろしくお願いします」
マナはそう言って頭を下げると、コウはそれを見て1歩1歩近づいていく。
頭を上げるとコウが目の前まで近づいていたので、マナはびっくりして少し後ずさる。
「えっ、えっ?師匠、どう・・」
マナが何か言おうとしたのを遮るように、コウはさらに近づいてマナを抱きしめる。
マナは思ったより強い力で抱きしめられて戸惑いを隠せない。
「良かった。本当に良かった。マナが無事に戻ってきてくれた。良かった・・」
涙目になりながら強く抱きしめ続けるコウの思いを理解して、マナは力を抜きコウの両腕に身を任せる。
これが焦らせた分の効果なのかと思いつつも、わざと1日開けたことにマナはちょっと罪悪感を覚えた。
だが、それと同時に求められる幸せもたっぷりと味わえて最高の幸せを味わえた。
シーラも最初はマナが戻ってきたのを見て感激して喜んでいたが、コウがあまりに長く抱きしめているのを見てちょっと不満そうにする。
それに気づき、マナがちょっと困った表情を見せるとシーラも軽くため息をついて困ったね、と言わんばかりの表情で返した。
それからすぐに門の中へと入り、入り口で念のため本人チェックをした後、大部屋でエニメットとも再会のあいさつを交わす。
エニメットも思った以上に喜んでいて、マナはここを自分の居場所にして本当に良かったと思った。
ちなみにエニメットが大きく喜んだのは、マナが帰ってきてうれしいということもあるが
コウがこれでやっといつもの調子を取り戻すだろうという部分に喜んでいたのが大きかったのだが。
そしてまた道場での平穏な日々が始まった。
◇◆◇◆
マナが戻ってきてから翌日の夕方。
俺が自室に戻ると前回の同様のクエス師匠からの呼び出しのメモが置いてある。
『マナの件が片付いたのでまた実験を再開するから、明日朝から来れそうならきて頂戴。以上』
それを見てため息をつきながらメモを手に取る。
「まぁ、待っててくれたのならその分頑張らないとな。といってもあれ結構やばいんだよなぁ」
正直に言うと、思い出しただけで少し背筋が寒くなる。
なんせ、何か自分がなくなっていく感覚がしてやばいと思ったらすでに気絶していたんだ。
本音を言えばより安全に配慮するといわれたところで正直気が進まない。
だが、師匠たちにはとてもお世話になっているのも事実。
なんせ、マナの件では師匠たちがいなくて俺1人だったら何一つ動けなかった。
アドバイスをしてくれ、サポートを表裏でやってくれたおかげで、マナがまた俺のそばにいれるようになったんだ。
だったらこの借りっぱなしの恩を少しはここで返さないわけにはいかない。
「しょうがないっか。戻ってきてすぐに悪いけどマナとシーラには、また自主練になると伝えておこう」
弟子とメイド1人を抱えハーレムっぽい生活を送れているのも師匠のおかげ。
そう自分に言い聞かせて明日のことを伝えるために、弟子たちを探しに部屋を出た。
シーラは大部屋にいたのですぐに明日の件を話しておいた。
すぐにすごく心配そうな顔をされたが、大丈夫だと何度も言い聞かせた。
弟子たちにも心配をかけているのは申し訳ないが、ただ飯食らいな上、世話になりっぱなしというわけにはいかないんだ。
悪いが理解して欲しい。これがここでの生活という恩恵に対して支払うべき労働なのだ。
どうやらそばにいたエニメットにも聞こえたらしく、俺に珍しく抗議してくる。
「どのようなことをやっているのかは存じ上げませんが、前回倒れたと聞いたのでとても心配なのです」
「いや、まぁ、あれは最初だったから実験の加減が分からなかったんだよ」
「コウ様が行かれるのであれば私からは反対とは申し上げられませんが、せめて威力を加減するよう申し出てください。でないとコウ様が・・」
「わかった、わかった。それは言ってみるから心配しないで」
よく見ると魔法書を読んでいるシーラが聞き耳を立てているらしく、エニメットの意見に何度か小さくうなずいている。
やっぱり先ほどの言葉だけじゃ、安心してもらえなかったらしい。
「シーラにも心配かけてすまないが、加減とか師匠と相談してみるから。な、そんなに不安そうにしないでくれ」
俺の言葉に少し不満そうにしながらもうなずくシーラ。
これは明日ぐらいは倒れない程度で実験をお願いしないと、次の実験には絶対についていくといわれかねないな。
おおよその雰囲気を察して師匠に相談するかと思いつつ、マナのいる庭へと向かった。
庭に出て型を練習中のマナに声をかける。
「マナ、ちょっと悪いんだけど明日朝からまた師匠のところでテストに付き合うから、明日は自主練でいいかな?」
「えぇ~」
さっそく不満の一声が出る。
「いや、マナの件で2ヶ月ほどごたごたしていただろ?だから延び延びになっていたんだよ」
痛いところを突かれたと思ったのか、マナからの不満が弱くなる。
実際はどうだったか知らないが、マナをうまく納得させるにはこの方法がベストだろう。
「本当にすまない。だが、師匠にお世話になった分断るわけにもいかないしさ」
「うっう~ん。いいですけど怪我とか気を付けてくださいよ。前回は大騒ぎだったんだし」
「あぁ、シーラたちにも釘を刺されたしわかってるって」
俺が笑顔で大丈夫をアピールするが、さらにマナが念を押してくる。
「私は師匠がいなくなったら行くところ無くなるんだから、絶対無事にですよ。明後日は朝から、いや明日の夜からは指導再開してくださいね」
不満そうに口をとがらせながらも、ちゃんと心配してくれている雰囲気を感じさせられる。
マナらしい抗議の仕方だと思い、俺は笑顔で了解しながらまた屋敷へと戻った。
今話も読んでいただきありがとうございます。更新少し遅くなりすみません。
なんだか短い話をくっつけたみたいな内容になっています。
長々と書くのもいまいち、バッサリ切るのも味気ない、の結果です。うーん。
次話からは短めのイベントが数話始まる予定です。
ブクマや、感想、色々頂けるととてもうれしいです。
気を付けていますが、誤字脱字見逃していたらご指摘ください。
では次話は11/20(水)更新予定です。
修正履歴
19/11/20 本文最後の「ながら」被りを修正。