コウとマナの関係14
ここまでのあらすじ
マナとコウの願い事を賭けた練習試合は、コウの勝ちで終わった。
果たしてうまく成し遂げられただろうか。
コウは氷の心を解除して、まっすぐマナを見つめる。
解除したのは、ここから先は冷静に言葉を投げかけるのではなく、思いを込めてマナを自分の元へ引きずり込む必要があったからだ。
今回実行したのはマナに全てを吐き出させつつ、全てを手放した状態の彼女に感情的に訴えるプランだ。
マナの不審な行動がわかってから、ボサツ師匠に言われたようにコウは必死になってマナを説得する方法を考えた。
ただ彼女が命令を受けそれを忠実に行動している以上、たとえ情報を流していることを知っていると伝えそれを許した上で説得したとしても応じないだろうと考えていた。
それに応じるくらいなら、初めから情報を流すことをためらうだろうし、止めて欲しいみたいな素振りを見せるはずだからだ。
だが彼女は必死に情報を流し続けその結果を待ち続けていたことから、ただ説得するというプランは諦めざるを得なかった。
コウは手をこまねいたまましばらく様子を見るしかなかったが、時間が経つにつれなぜかマナが追い込まれつつある状況に着目する。
それなら、すべてを吐き出させた上でそれを無駄だと悟らせ、何もかも諦めさせた挙句、自分の側に引き入れる方法で行くことを決断した。
マナが自分を好意的に見ているという状況もそう決断した一因になった。
ややゲスな発想ともいえるが、それだけコウも必死だった。
そう考えながらマナの目的を見極める為に観察を続けていると、どうも自分を殺そうとしているようだったので
今回のような練習試合の形式に持ち込み、マナが勝つための奥の手をすべて潰しつつ、何もかもなくした彼女を受け止めようと考えた。
ただ、今コウの目の前にいるマナは、全てなくしたというよりすべてをやり遂げて満足したような顔をしている。
これはこれで目的通りと言えなくもないが、この状況で何を満足しているのかコウには理解できなかった。
だがここまで来てしまった以上、マナの満足感はもう問題じゃない。
ここからは何としてもマナを説得するしかないんだ、そんな思いを込め属性を風に変えるとコウは型を組み始める。
それをマナは受け入れるようにただ黙って見ていた。
そしてコウの心を込めた<癒しの風>が発動する。
お互いの小さなかすり傷が少しずつ薄れていき、疲労感が抜けて気持ちも少し落ち着いていく。
そしてついにコウが話し始めた。
「マナ、俺が勝ったんだから俺の願い事を聞いてもらうよ」
「うん、いいよ」
素直に受け入れるその言葉を聞いてコウは思いを込めてマナに告げた。
「マナ、俺の・・弟子になってくれ」
◆◇◆◇
少し時間を戻し・・
外野のアルディオスたちは2人の戦いを観察し続けていた。
今回の仕事は対象である彼が死亡するのを防ぐことだったが、その対象であるコウの実力もある程度把握できた今
隊長のアルディオス以外は容易にあの場には踏み込めないことを皆が思い知らされていた。
以前見た時よりもより精練された動きを見せるマナ。
いくら有利属性とはいえ、その攻撃を物ともしない対象。
いざという時戦いを止めろと言われているが、この2人を止めるとなると命がけになる可能性もある。
全員がある程度の覚悟をしなきゃいけないという緊張感に包まれた。
「ふぅ、これなら悪党を護衛している傭兵を殺す方が気が楽だな」
「そうですね。あの2人を止めるとなるとかなり危険度が高そうです。こちらは2人共殺してはいけない状況ですし」
隊長と副隊長が映像を見ながら悩んでいるさなか
「ぐぅ、いけっ、ダメかっ」
1人だけ呟くように応援している者がいるが、彼も含め皆がマナの消耗具合からみてこの戦いもそう長くは続かないと考えていた。
「ちょ、ヤバイ」
小声でこらえながら叫ぶドンギュオの反応と共に、1隊全員に緊張が走る。
マナが地面に叩きつけられ、さらに魔法の追撃が発動し地面にめり込みながら苦しそうにする。
咄嗟にアルディオスが視線をやり、フィルフィーがドンギュオを抑え込む。
「頼む、頼むよ。行かせてくれ。これじゃマナちゃんが死んじまうって」
「ダメに決まっているでしょ」
副隊長も加勢し2人で抑え込んでいると、今度はマナが魔法銃から発動させた雷牙がコウの体に直撃する。
思わず動こうとするメリシアを今度は隊長のアルディオスが止めた。
「落ち着け、今のは致命傷ではない」
そう言っているうちに対象がどうにか立ち上がる姿を確認する。
そしてすぐに彼は攻撃へと移るが、マナは余力がないのか倒れたまま動こうとしない。
空中に飛びあがり勢いよく蹴りをかますのを見て、我慢できなくなったドンギュオは抑えられたまま絶叫する。
「おい、やめろー!」
だが直前にフィルフィーが<静寂の結界>を張ることで、何とか声が外に漏れることを防いだ。
「ばかっ、あんたここで叫んじゃダメでしょ」
「頼む行かせてくれ、あれじゃマナが死んじゃう・・」
半泣きでドンギュオが訴えるが、ふと映像を見るとマナの体が氷で固定され、剣が突き刺さっている姿が見えた。
それを見たドンギュオは思わず怒りで我を忘れ魔力を展開し始めたが、それを見たアルディオスがとっさにのど付近を突いた挙句、頭に一撃を入れて気絶させる。
「た、助かりました」
「構わん、それより少し距離を取るぞ」
「これ以上の観察はよろしいんですか?」
副隊長の問いに隊長として簡素に答える。
「対象は無事だ。仕事はもう終わりだろう」
そう言うと1隊全員はさらに数十m対象から距離を取るべく移動した。
気絶したドンギュオは隊長に抱えられたまま移動させられた。
◆◇◆◇
コウのお願いを聞いたマナがきょとんとする。
どう反応していいのかわからなかったからだ。
それを見たコウはもう一度思いを込め、左手で自分の胸を抑えながら願い事を言う。
「マナ・・俺の、弟子になってほしいんだ」
2度も同じことを言われたが、何と返していいのかわからないマナは戸惑いながら返答する。
「えっと・・、師匠?その、私は・・そりゃ、師匠を殺そうとはしたけど・・私は師匠の弟子のつもりですよ」
自分の気持ちが伝わっているのか不安になりながら、マナは一語一語コウの表情を見ながら話す。
だがコウの表情は真剣なままだったので、マナはさらに言葉を続ける。
「変だと思われるかもしれないけど、私は、師匠の弟子であることを誇りに思ってますよ。師匠の弟子をやめたくないし・・ほら、これだって私の宝物だから」
そう言ってマナはお腹のあたりに師弟関係証明書を取り出した。
師匠と弟子が互いに持ち合ている証明書だ。
それを宝物だと強調して、マナは自分の気持ちを伝えようとする。
今のマナにとってコウの弟子であることは誇りだった。
欠点はだいぶ修正され上手くなった自覚はあるし、そうなるまで一緒になって練習してくれたのは師匠であるコウに他ならない。
ただマナは仕事としてコウを放置するわけにはいかなかっただけで、決してコウ本人に負の感情を抱いてはいなかった。
そしてその尊敬する師匠と命のやり取りをした真剣な戦い自体が、マナにとってかけがえのない宝物だった。
人によってはおかしな話に聞こえるが、マナが仕事と感情は別にすべきという世界に生きてきた故の考えである。
そこまで黙って聞いていたコウが彼女の思いを聞き口を開く。
「そうだね、確かに俺とマナは師弟関係だよ。でも、それはあくまで世間的に示したものだろ。
俺は本当の意味でマナと師弟関係になりたいんだ」
「本当の?」
「ああ。互いに何よりも大切で、優先すべき存在に、なりたいんだ。
俺は何があってもマナを手放したくない。俺がどんなことをしても傍にいて欲しい。そして俺はマナがどんなことをしても許して受け止める。そんな関係に」
その話をマナは黙って聞いている。
「だけどマナは俺との師弟関係より今いる組織からの指令が優先なんだろ。俺はそれが・・嫌なんだ」
「・・」
マナは黙ったまま視線を逸らす。
それでもめげずにコウは話を続ける。
「俺はマナが欲しい。その組織から奪い取ってでもマナが欲しい。
そうじゃないと俺たちはちゃんとした師弟関係じゃないじゃないか。自慢の弟子だって言えないじゃないか。
だから俺は、その為に命をかけたんだ。マナ・・俺の願いは・・ただ一つ。俺の本当の弟子になってほしい」
言いたいこと、伝えたいことはちゃんと話せた。
コウはそう思いながらマナを見て息を荒くする。
マナは再びコウに視線を向けると弱々しく話し出す。
「師匠、今更それは難しいよ」
「そんなことはない。今日のことをシーラたちは知らないから、これは俺とマナの関係の話だ」
「私、もう・・何にも残ってないよ?師匠には殺意を向けたし、仕事は失敗だし」
「でも師弟関係は残ってるじゃないか。マナが大切にしてくれたから、俺も手放したくないから、だから残ってるんだ。だから・・」
マナが顔を横に向けて困った表情をする。
言いたいことはわかったが、ものすごく求愛されてる気分になって直視するのがちょっと恥ずかくなった。
それでもコウは黙ったまま視線を外さなかった。
ここで視線を外すと、マナがいなくなる気がしたからだ。
「その、そんなに見つめなくてもいなくなったりしないから」
「だけどもし今視線を外したうちにマナがいなくなったら、2度と会えない・・そんな気がするんだ」
「・・」
これまでの話でマナが殺しもやる危険な組織に属しているのはわかっていた。
そんな組織なら、抜けさせてくださいと言ったとして快諾してくれるわけがない。
だからコウはマナをその組織へと戻したくなかった。
「行かないでくれ、俺が守るから。俺の使えるどんな手を使ってもマナを守るから、頼むこのまま俺の元にいてくれ」
「それは・・」
「だって、相手を殺したりする組織なんだろ?そんなところに抜けさせてくれと言ったって、快諾してくれるわけないじゃないか」
そう言われてマナは答えることができなかった。
マナもコウの言う事が間違っているとは思っていないからだ。
「頼む、これからも俺の側に居て、そして本当の弟子になってくれ・・」
何度もお願いするコウに対してマナは次第に考えが変わっていく。
元々そうしたいと思ってはいたが、それはダメに決まっているとも思っていた。
だが賭けで誓った事だったし、今更戻ったところで散々な結果でしかないことから、マナの心は次第にコウの元に居たいという気持ちになっていった。
ただし、コウの言うようにそのままここに居れば、すぐにでも大きな問題が起こることは簡単に予想できる。
しかもそれがコウだけでなく、コウが大切にしているシーラたちにも被害を及ぼすことになる。
そんな状態でコウの元にいることが、本当に弟子として正しいことなのだろうか。
マナにとってそれは『否』だった。
本当の弟子になるというのなら、コウのために動けるようになるのが当たり前。
迷惑をかけるというのは論外だ。ならば、ちゃんとしたけじめが必要だとマナは考える。
自分の尊敬する師が命をかけて自分を欲しいと言ってくれ、自分もそうありたいと思っているからこそ
マナはフラウーにちゃんと話をしようと決心した。
自分の師が命をかけた説得をしてくれたのと同様に、自分も命をかけてフラウーを説得をしてみようと。
今話も読んでいただきありがとうございます。
なんか変かなと、何度も微修正していたら・・どんどん変になるという罠。
気が付けばナンバリングも14に。ここまで長くなるとは・・。
お時間があれば、ブクマに感想や評価、頂けるととてもうれしいです。
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では次話は10/27(日)更新の予定です。