コウとマナの関係4
ここまでのあらすじ
マナはコウのことを悩みすぎて疲れ切った様子を見せる。
コウは心配になりマナを休ませると、今後どうすればいいか考える為師匠たちを尋ねることにした。
隠れ家に飛んで俺はすぐに大部屋に入る。
相変らず片付いていてあまり生活感がないが、昨日の今日だし2人の内どちらかは居ると思いたい。
そのまま師匠の部屋の前に向かうと、扉をノックしたが反応がない。
昨日行ったの実験室は師匠の部屋の奥にあったので、作業に夢中になっていたら聞こえないかもしれない。
かといって勝手に師匠の部屋の扉を開けるのは抵抗があった。
まぁ、そもそもロックがかかっている可能性が高いのだが。
俺は1分程扉の前で待ってみたが師匠が来ることもなく、困って仕方なく扉に手をかける。
「あれ、鍵がかかってない・・」
引き戸を横にスライドすると目の前にボサツ師匠がいた。
「えっ、ええ!?」
「やっと開けてくれました。別に遠慮しなくてもいいのですよ」
「いや、いたのなら開けてくださいよ」
俺の困った様子を見てボサツ師匠は笑っていたので、これ以上扉の件は話しても意味がな意と思いさっさと本題に入る。
「師匠、相談したい事があります」
「そうですか。でしたら立ち話ではなく、部屋の中でゆっくりと聞くことにします」
そう言ってボサツ師匠は俺を自室へと招きいれてくれた。
この間はクエス師匠に急いで連れながら通り過ぎただけなのでよく見ていなかったが、師匠の部屋はなかなか可愛らしい。
ピンクの絨毯が床一面に広がっており、小物や化粧台など女性らしい物が所々に並んでいる。
よく見ると部屋はカーテンのような簡単な仕切りがされていて、向こう側の部屋とは壁で仕切られてはいなかった。
俺がきょろきょろと見回していると、ボサツ師匠がこたつ机みたいな背の低いテーブルを出してきたので、そのまま師匠の対面に座る。
俺が改めて頭を下げると、師匠は軽く微笑んだ。
「それで、相談とはどのようなものですか?」
「その、実は弟子のマナの事についてなのですが・・」
「彼女ですか。明るくていい子みたいでしたが、何かありました?」
ボサツ師匠は今まで何度か道場に来ていて、その時は俺だけでなくマナやシーラにも軽く指導をしてくれていた。
そのため2人の面識は十分にある。
「それが、どうやらマナがうちの情報をよそへ流している可能性が高いとわかって」
「それで?」
師匠は驚くことなくその続きを聞くので、やはりある程度把握しているのではないかと思いつつ先ほどまでの皆の考えと俺の考えを伝えた。
特に俺は『師匠たちが把握していて対処がされていないのなら、問題ないということなのでスパイじゃない』と考えている事を強調した。
それを聞いた師匠は少し考え始める。
やはり自分の考えは甘いのだろうか、もしかして厳しいことを言われるのだろうか、そう考えながら俺は師匠の返答を待った。
「そうですね。コウの考えは少し甘いと思いますが、状況を整理した上でそう判断したのならある程度冷静に見れているとも言えます。
それでコウは、彼女をどうしたいのですか?」
答えを求めに来たら思いがけない質問で返されたので俺は悩んだ。
どうしたいと聞かれても、どのような状況なのかによって対応は変わる。
当然ながらスパイと断定され師匠にまで不利益が及ぶのであれば、このまま放置と言うわけにはいかない。
特に問題がないのであれば、もちろん穏便に済ませてシーラたちも説得したい。
その判断材料が欲しくて師匠の元まで来たのに、それもないままこの場でどうしたいとは言えるはずがない。
「その、師匠。言いにくいのですが・・マナがやっていることが問題あるかないかで対応は変えるべきだと思っています。
なので、今はまだ判断する事ができません」
「う~ん、どうやらコウには私の言葉が正確には伝わっていないようです。もう一度言います。
コウは彼女をどうしたいのですか?」
優しい言葉だったが、どこか少し怒りを秘めたかのような声の強さを感じた。
どうしたい、つまり俺のわがままはどの程度かと言う事なのだろうか?
少し悩んだ後、俺は迷いながらも本音を伝えた。
「俺は・・出来るだけマナがこのまま弟子として俺の元にいて欲しいです」
その言葉にボサツ師匠はにっこりと笑った。
「少し話が変わりますが、コウは今あの場の責任者です。なのであの場で起きた事をどう処するかもコウの自由と言えます」
「えっ、いやいや、さすがに師匠に迷惑をかけているのなら、何の対処もせずに俺のわがままを通すわけには・・」
「コウの言いたい事はわかりますが、そのような対応をしていてはコウについて来る者もいつかは去ってしまいます。
コウはあの場では権力者なのです。一般の者のようにルールを守って、ルール通りに対処すればいいだろうと言う態度ではダメです。
時には自分がルールだと言えるようにならなければいけません」
・・えっ、マジ?
俺が真っ先に思ったことはそれだった。
それっていけ好かない権力者と同じじゃないか、と。
清廉潔白な人格者こそ人がついてくるんじゃないかと思っていた俺には結構衝撃的な一言だった。
俺が驚いた顔をしていると師匠は更に言葉を重ねる。
「例えばコウが問題を起こした場合、コウは私たちに相談しますか?」
「はい・・でも罰を逃れたいと言うわけではなくて、大事にならないようにという意味で相談します」
「ふふっ、そこはコウらしいです。では私たちがどんな小さなことでもルール上ダメな行為なら一切助けない性格だとわかっていたらコウは相談しますか?」
「・・しないかも・・しれません」
「そうです。ならばそのままコウが突っ走り問題が大きくなる可能性もありますし
結果的に助けられない状況まで問題がこじれる可能性もあります。私たちが助けたいと思っているのにです」
「・・・」
「そのためにもコウにとって師である私たちは、コウがどんな事をしようとも基本的には味方になります。
だからこそコウは頼ってくれますし、結果問題を最小限に出来る可能性も高くなります」
「それは・・いいことなのでしょうか?」
「そうですね、世間的にはいいことだとは限りません。ですが基本的なスタンスは守ると言う態度でないとなかなか信頼は得られないと思います。
もちろん問題がとても大きければ別です。かばいだてするのが難しい事もあります。
でも、そんな時でも、私たちはコウを守ってあげたい。そう思っているからこそ私たちは常にコウの味方をするのです。
だからこそコウも私たちをこうやって頼ってくれるのでしょう?」
それを聞いて俺は悩むと同時に、自分の気持ちに真っ直ぐ向き合えた気がした。
どんな時でも守ろうとすることが、部下を持つときには大事なのだろうか?
少々ルールを歪めてでも守り続けることは必要なことと言えるのだろうか?
確かに今まで師匠はいろんな場面で俺を守ってくれていた。多分無茶もしていると思う。
だからこそ俺にとって師匠はどんな時でも頼れる存在だと思っている。
これはゆるぎない事実だ。
軍隊では規則こそが一番と聞いたことがあるけど、師弟関係は軍隊の上下関係とは違うのかもしれない。
親しい関係ならルールよりも大事にすべき。それも一理あるのかもしれない。
俺にとってマナは大切な1番弟子だ。
叶う事なら、今回のトラブルを解決し以前のような関係に戻りたい。
たとえ強引な手が必要だったとしても・・。
「俺も・・マナはとてもいい子だから・・これからも側にいて欲しいと思っています」
俺が迷いながらもそう言うと師匠の表情が和らいだ。
部下の為、弟子のためにわがままを通す事、それがリーダーとして正しい立ち位置なのか。
疑問は残ったが、師匠の言う『大切なものはどんなことをしても守る』と言う気概は確かに必要だと思わされた。
と言う事は俺の聞き方が間違っていたのだろう。
俺は改めてボサツ師匠に尋ねた。
「師匠、俺の弟子であるマナにスパイ疑惑が上がっていますが、マナは俺の大切な弟子であり、失いたくないんです。
何か対応策はないでしょうか?力添えをお願いします」
真剣な目つきのまま俺は頭を下げて、再び師匠の目を見る。
ボサツ師匠は嬉しそうにしていた。
「一応言っておきますが、全てを守ろうとしても難しい事がほとんどです。その場合はちゃんと取捨選択をしないといけませんよ」
「はい、わかっているつもりです」
「それでマナのことですね。まず予め言っておくと、情報を他に伝えているのは確かですが、問題はありません」
俺はその言葉を聞いてほっとした。
ここが問題ありならば、対応がかなり広範囲になる可能性もあり、俺がどうあがこうとも無理な気がしていたからだ。
もちろん今の気持ちとしては、そうだったとしてもマナを守るつもりだったが。
「ですが、このまま彼女を放置しておいて良いと言うわけではないです。何らかの対応は必要です。
彼女はある人に命じられコウの情報を探っています。そこまではコウも何となく把握していますね?」
俺は黙ってうなずいた。
「でしたらそれを止めさせない限り、本当の意味で彼女はコウの弟子になったとはいえません。
一応最悪のケースまで行ったとしても、彼女が死ぬ事が無いようにサポートはします。ただ、その場合は彼女はコウの前から消えるでしょう。
これはコウの師弟の問題です。他への悪影響が薄いのなら、ここはコウ自身が対処すべき問題です」
「つまり俺の師匠としての仕事、と言う事ですね」
「ええ。貴方が掴むべき信頼を私たちが本腰を入れて対応しては意味がありません」
ボサツ師匠の言葉に俺は今始めて師としての責任ある立場を実感した気がした。
俺が今の厳しい状況を覚悟を持って受け止めていると、ボサツ師匠が少し笑いながらアドバイスをくれる。
「もしコウが彼女の身も心も全て落としきっていたら、簡単に解決できるのですが・・」
「い、いや、さすがにそれは無理・・」
「あら、そうですか?彼女はコウの事をかなり尊敬しているようですよ」
「だ、だからと言って手は出せませんよ。そういうのは、その、正常な関係じゃなくなる・・というか、その・・」
「そうですね、今のコウには難しいかもしれません。でもそういう関係になっていれば、今回の事は簡単に解決できたかもしれませんよ?」
「いや、うーん、まぁ、そうかも・・しれませんけど・・」
なんということを言うんだと一瞬思ったが、考えてみれば師匠の言っている事は至極全うな事かもしれない。
実際俺がマナと深い関係になっていて『もう情報を流すのは止めて俺のためだけに動いて欲しい』『はい』
なんて流れになれば即効解決していたわけだし、うーんそういうのって必要なのかなぁ。
まさに夢見たハーレム状態に近づける話だが・・正直俺にそんな度胸があるとは思えない。
うーん、俺が地球にいた頃からモテモテで女性経験豊富だったらなぁ、なんて思ったが
だったら俺はこういうところに来てなかっただろうし、今更無い物ねだりをするのは止めておこう。
俺がおかしな妄想をしていると、今度はまともなアドバイスをくれる。
「すぐには彼女の問題は解決できないかもしれませんが、コウが彼女を弟子から手放したくないと言う気持ちが強くあれば
きっと解決への道が開けると思います」
うーん、話を聞いてもうマナを手放すなんてつもりは全くなかったが、あえて正解にたどり着けると言及するところを見ると
これも俺へのテストと言う事だろうか。
だけど、今回は絶対に失敗できないテストだ。
ならば俺が使える権限を、いや、使えるものを全て使ってマナが俺の側にいてくれるよう対応策をとらねばならない。
そんな俺のやる気と覚悟を目にしてか、ボサツ師匠がさらにアドバイスをくれた。
「そうですね・・ひとつだけ話しておきます。彼女はコウと少し似ていて追い詰められると突っ走る傾向があります。
そうなる前に対応するか、それを利用するかはコウにお任せします。
但し彼女に命令した人物より自分の方へ忠誠心を傾けないと、どちらにせよ難しいですよ」
「その、マナの忠誠心はどの程度なんですか?」
「うーん、そうですね・・高くもなく低くもなく、と言ったところです」
ずいぶんとマナの周辺のことを知っているなと思ったが、考えてみれば弟子を選定したのはボサツ師匠だったっけ。
明らかに手のひらの上で踊らされている気がしたが、俺が失敗すればボサツ師匠は容赦なくマナを俺から切り離す、そんな雰囲気を感じたので
俺は絶対にそんな事はさせないと思いながら師匠にお礼を言って、隠れ家を後にした。
◆◇◆◇
「ふぅ、コウはもう行った?」
コウが道場に戻った頃、クエスが実験室からボサツの部屋へと戻ってきた。
「ええ、真剣な顔つきで戻っていきましたよ」
それを聞くとクエスは手に持っていた黒いパネルをその辺に置いてボサツの近くまでやってきて座った。
「それで、コウは上手くやれそう?」
「難しいかもしれません。コウが人の心を掴む力がどれくらいあるかは未知数ですから。
ですが、このまま真面目で優しいだけの人物では薄っぺらな仲間しか出来ない可能性があります」
「それはそうね。例えマナを失ってもコウには得られるものがあるというわけか。さっちゃんもなかなか厳しいわね」
「愛情ゆえの厳しさといって欲しいです」
そういうと2人は笑い合った。
「さーて、こっちはこっちでやる事多いんだから、また数値の確認作業へと戻るわよ」
「ええ、先ほどまでくーちゃん1人に押し付けてしまいましたので、ここからは挽回します」
「期待してるわ」
そう言うと2人はコウとエリスの分離の為の装置を調整する為に再び実験室へと入っていった。
今日も更新!読んでいただきありがとうございます。
祝ブクマ100超えという事で連続更新させていただきました。
読んでくださる方にできることって、これくらいだからなぁ・・。
活動報告も色々と書いていますので、読んでいただければ幸いです。
ストックがやばいことになり追われる生活が始まりそうですが、今は嬉しいので考えないことにしますw
では、次回は9/27金曜更新します。