コウとマナの関係3
ここまでのあらすじ
コウがクエスの元で実験に付き合っている間、マナはコウがまだ2年目で才能にあふれる人物だと知ってしまう。
それをきっかけに急に潜入偵察の立場を自覚したマナは、どう対応すべきか悩むことになった。
マナが庭に出て瞑想をしようと思ったら、シーラが先客でいて昼間にやっていた型の組み換えを練習していた。
さっきまで色々と考えていたことが思い浮かび、今話すとぼろが出そうだと思ったマナは少し離れた場所に行き瞑想を始める。
それに気づいたシーラだったが、さっきから少し様子がおかしかったこともあり、無理には触れずそっとしておくことにした。
そんな微妙な状況のまま1時間ほど練習をしていると、建物内からエニメットの声が聞こえた。
それにすぐに反応してシーラが練習を止めてマナに声をかける。
「ねぇ、師匠が帰ってきたみたい。様子を見に行かない?」
そう言われてマナはさすがにここで断るのは変だと思われかねないので、仕方なく黙ったまま頷いた。
シーラは困惑した表情を見せたが、ここで色々と尋ねても仕方ないのでそのままマナの手を取って大部屋へと向かった。
大部屋に入るとコウとエニメットが話していた。
シーラが隣で頭を下げた後、コウの帰宅を喜んでかけよっていったが、マナはコウを目の前にして混乱し何と言えばいいのかわからなかった。
もちろんマナもコウが無事に帰ってきて嬉しかった。
それは対象が無事だったからではなく、弟子として師匠の無事が純粋に嬉しかった。
だが、どうしてもマナの頭からコウが危険な人物であるという認識が消えない。
そんな思いを抱えて何か言いたくても言えず、マナはただコウを見つめるしかなかった。
「うん?マナ・・大丈夫か?」
必死に考えている最中にとっさにコウに声をかけられ、マナは驚いて体がびくっと反応する。
そして何か言わなきゃ、と思うも頭の中が整理できないまま返事をしてしまった。
「お、お疲れ様でした。師匠」
「お、おぅ」
コウの微妙な返事を聞いて失敗したと思い、マナは恥ずかしくなる。
とにかくさっきの言葉は何かの間違いですと言いたかったが、ますます慌てるマナにはそんな返しをする思考の余力すらなくなっていた。
ただ今そのことを突っ込むのは待って欲しいと師匠に向けて手を前に出し震わせるが精一杯だった。
そんな中シーラがフォローを入れてくれてくれコウも納得したようで、マナもほっと一息つくことができた。
「すみません。師匠にはそんなすごい素質があるって知らなかったんで。なんか緊張しちゃって・・」
「まぁ、すごいと言っても今はそうでもないからそんなに気にしないでよ」
「で、ですよね。ただちょっと、これからはますます勝てなくなるのかなんて思うと、悔しいなーと思っちゃったりして」
とりあえず何とかこの場をやり過ごせたので、マナはほっと一安心する。
他から見れば明らかに不自然なマナの態度だったが、当の本人は何とか誤魔化せたかなと思ってしまうくらい判断力が落ちていた。
その後コウが早く寝るように言ったので、シーラとマナも自分たちの部屋に戻ることにする。
部屋の前でマナが軽くシーラに手を振ると、シーラが心配そうに見つめてきた。
「マナ、ごめんね。今日はなんか余計なことを言ってしまったみたいで」
「えっ?いや、全然大丈夫だって。ほら、私って目標が大きくなるほど燃えるタイプだから」
すっかり落ち着いたのでマナはいつもの態度でシーラに笑ってみせる。
それを見たシーラは安心したのか軽く手を振って自室へと入っていった。
部屋に戻ったマナはコウについて再び考え始める。
コウは実力があるだけじゃなく、ちゃんとマナが型のズレを修正できるまで根気良く付き合ってくれるし、的確で丁寧で優しい師匠だ。
少なくとも今まで見てきた排除・修正をすべきクズタイプの師匠ではない。
今の状態ならば何の害もなく、親密になれば自分たちにも協力してくれそうな可能性すらある。
ただそれはコウが普通の実力者であれば、今が10年目くらいの者であれば、そう言った対応で済む話だった。
だがコウは才能がありすぎるのだ。
『才能がありすぎる者は万が一敵に回れば多大なリスクと化す。
更にそういう存在はこの連合に不要な争いの種をまく存在にもなりうるわ』
以前フラウーがマナに言った言葉だった。
その言葉と偵察すべき相手が尊敬する師匠という状況が、そして今のマナでは敵わない為に対処できずただ連絡し対応を待つことしかできないという状況が
マナの思考をどんどん悪い方へ悪い方へと加速させていった。
「あぁ、なんで・・なんで師匠が・・そんな才能を持っているんだろう・・」
ベッドの上で頭を抱えながら、マナは小さく呟く。
「不自然だけど、明日また外に出て報告書を出さないと。。そう、友好的に接しろとか、味方に引き入れろとか、そんな命令さえ来れば・・」
マナはそう願うが、願うということはつまりそのような命令は来ないだろうと思っているということだ。
もしそうなったとき、自分はその光景をただ平然と見ていることができるだろうか。
そんな不安と葛藤を抱えたまま、マナはなかなか寝付けずに色々なことを考え続けて一夜を過ごした。
朝になるが、マナはあまり眠ることができず疲れた様子で大部屋へと入ってきた。
当然ながら今日は何としても外へ出て、フラウーへの報告を出さなければならない。
少し真剣な顔つきで、マナはエニメットに尋ねた。
「ねぇ、今日も朝からちょっとだけ外へ出ていい?」
そんな疲れた様子のマナを少し心配そうにエニメットは見て、その後魔道具をチェックする。
確認すると黄色にランプが光っていたため、エニメットは申し訳なさそうにマナを見た。
「すみません。今は他の人がいるみたいでちょっと外に出るのは難しそうです。時間か日を改めてもらえませんか?」
「うーん、しょうがないか。わかった、気分転換はまた今度にするね」
そう言うと疲れた様子でふらふらとソファーの方へと向かい座る。
昨日の様子から今日の様子、2日連続外へ出たいという、いくつかの状況が重なりかなり不安に思ったエニメットが
朝食の準備する手を止めソファーにいるマナの所に向かった。
そばまで来てソファーに座るマナを見ると、少しやつれているように見える。
「大丈夫ですか、マナさん。なんだかかなり辛そうに見えますよ」
「えっ、うそ・・そんなことないと思うんだけど・・ちょっと悩んじゃったのが問題かな。心配かけてごめんね」
無理して明るく振舞おうとするマナだったが、他から見れば痛々しく見えるだけだった。
エニメットも対応に困ったが、自分ではどうすることも出来ないと思い仕方なく再び朝食の準備へと戻っていった。
コウが庭から戻ってくると、エニメットはすぐにコウにマナの様子を詳しく伝える。
それを聞いたコウは心配になり、すぐにソファーに座っているマナの元へ向かった。
「大丈夫なのか、マナ?」
「あ、師匠。おはようございます。ちょっと悪く見えるみたいだけど、大丈夫だって」
言葉はいつもとあまり変わらないが明らかに抑揚が低く、とてもじゃないがいつもの調子には見えなかった。
「マナ、夜も自室で修行をしていたのか?今日は少し休んだ方がいいと思うぞ」
「ん~、でもそれだと私が置いて行かれちゃうよ・・」
「いやいや、その調子でやったら身につくものも身につかないって。休むことだって大事なことなんだから」
「え~、嫌です。休んだらもっと師匠に追いつけなくなる。私が師匠に追いつかなきゃ・・」
そこまで言ったところでマナは自分がまずいことを口走っていると気付き、慌てて話すをの止めた。
それに気づいたのか気づかなかったのか、コウは心配そうにしながらマナに話しかける。
「わかった。じゃ、俺も今日は修行をしない。今日はみんなでゆっくり休むことにしよう。それならマナが1人だけ離されることはないだろ」
その言葉にマナはさらに表情を暗くした。
それを見たコウがますます慌て始めたので、マナは何とかぎこちないながらも笑顔になるとコウに深く頭を下げる。
「本当にごめんなさい」
「いいんだって、俺とマナは師匠と弟子だろ。師弟は共に歩まなきゃ。
それに初日に言っただろ。俺はみんなと一緒に強くなろうってさ。だからマナを置いて行ったりなんかしないよ」
それを聞いてマナは涙ぐむ。
マナが置いて行かれて困るのは、これ以上実力差が広がると自分がコウを抑える役目すら出来なくなるからだ。
なのにコウからは強く心配されるので、マナの心は激しくかき乱される。
偵察をやらなきゃいけない自分の立場とコウの優しさを裏切り続けるべきか疑問視する心が葛藤を引き起こしていた。
その様子をコウはかなり辛そうな表情で見ていたが、エニメットが言葉に出さず動作で食事の準備が終わったことをコウに示すと
軽く息を吐いてコウはマナの手を取った。
「食事は食べれそう?」
「うん、エニメットの食事は美味しいから・・」
そう言ってマナはコウに連れられ立ち上がり、いつもの席へとついた。
朝食を食べ終わり、コウはマナの部屋まで付き添う。
その場でしっかり休むように伝えると、何かあったら大体は大部屋にいるからいつでも来るようにと告げて戻っていった。
マナは何度もうなずき何度も謝って、コウが見えなくなってから部屋へと入る。
「はぁ、報告しなかったらこのままでいられるかな・・でもそれは偵察の仕事として失格だよね。
あぁ・・もう無理。今は考えたくない」
一晩中考え続けた内容をまた考えたところで結論は出ないと悟ったのか、ふらふらとした足取りでそのままベッドへと倒れ込み
何も考えないで済む世界へと逃げ込むように、深い眠りへとついた。
◆◇◆◇
俺はマナを部屋まで送って大部屋へと戻ると、マナがどうしてあんな状態になっているのか
昨日の様子などをシーラとエニメットに尋ね情報を整理することにした。
「なるほど。俺が今魔法使いになって2年目ということを知ってからあの調子なのか」
「はい、それで最初はマナが師匠に勝てなくなることにショックを受けたんだと思っていましたが
今日の様子を見ているとなんか違う気がします」
マナの態度の急変にシーラは困惑しながら説明してくれた。
エニメットはシーラの話を聞いて色々と考えているようだったが、考えがまとまらないのか
昨日の様子を簡単に話してくれた後はずっと厳しい表情で黙っている。
俺はそんなエニメットに視線をやりつつもシーラと会話を続ける。
「いくらマナが負けず嫌いだと言っても、俺に勝てそうにないとわかったからってあの態度は変じゃないか。他に事情があるのは間違いないと思う」
「ですけど、どんな事情が・・。普通師匠がすごい人だとわかったら弟子としては嬉しいはずなんですけど」
色々とシーラと相談してみるが、マナの様子の急変に関しては予測すらつかなかった。
そんな時、エニメットが真剣な表情で俺に話しかけてくる。
「コウ様、少しよろしいでしょうか」
「ん?何か思いついた?」
「あ、その、シーラさんにはあまりお耳に入れない方がいい内容かと思いまして」
俺はシーラを見て『何か見当つく?』と首をかしげたが、シーラもわからないのか首をかしげ返した。
「えっと、できれば全員で情報は共有しておきたいんだけど、絶対にシーラに話せない内容なの?」
「いえ、決してそこまでではないのですが・・」
「シーラもマナも、そしてエニメットも俺にとっては兄弟や家族みたいなものだから、出来るだけ隠し事は避けたいんだよ。
もちろん本当の兄弟でも隠したいことは大なり小なりあるんだから、全部つまびらかにする必要はないと思うけどね」
それを聞いたエニメットは少し悩んだ後、この場で話してくれることにした。
その隣で少しシーラが落ち込んでいたのがわけわからなかったが、ここはとにかく話を聞きたいのでスルーしておく。
「今から話すことはあくまで推定の話ですので、そのことだけはあらかじめご理解ください」
その言葉に俺とシーラは黙ってうなずく。
「ありがとうございます。ちなみにこの話はボサツ様に、必要に迫られるまでは話さなくていいと言われていたので特に話していませんでした」
そう前置きをして、彼女はマナの不審な行動について教えてくれた。
「まず、今のところマナさんは3回外門を開け外に出ています。といっても事前に許可は求めてきますし、門に面する通りで軽く羽を伸ばす程度だそうです」
「えっ、マナは外に出ていたのですか?」
「はい。基本的に外出禁止ですが、アイリーシア占有地近辺の他の占有地から監視の目がないエリアなら出てもいいと言われてましたので・・一応許可していました」
シーラは驚いていたが俺には納得できる判断だった。
あまり他の目に触れないようにとは言われていたが、その程度なら許可も出るだろうというくらいにしか思わなかったからだ。
「この件に関しては隣にある本拠地にその都度連絡しています。といっても向こうからの返事は聞けない魔道具で、ですが」
「それで、その行動が何か怪しいと?」
「はい。以前の3回は大体1月間隔で外に出ていたのですが、今日の朝は前日外に出たにもかかわらず、慌てて外に出たいと言われました。
ですが、ちょうど周囲で何かあったのかこの門が見える位置に人がいたようで、時間か日を改めて欲しいと伝えましたが・・」
「うーん、つまり俺のことを聞いて急ぎ行動したということか」
「そうとしか思えません」
「え?まさかそれじゃ、マナがスパイとして情報を流しているのですか?」
シーラが慌てて尋ねたが、断定はできないからかエニメットは肯定はしなかった。
が否定もしないところを見ると、エニメットとしては大方はそれで間違いないと判断しているのだろう。
俺もその状況だけで判断すれば、確実にスパイだと思っただろう。
だが、その状況なら師匠たちが黙って見ているはずがない。
なのに師匠たちはエニメットから外に出ている連絡をもらって、その行動をたぶん確認しているにもかかわらずそれを放置している。
これはいったいどういうことなのだろうか?
俺が考え込んでいると、2人が深刻な表情で俺を見ていることに気が付いた。
「ん、えっと・・2人ともどうしたの?」
「その、師匠はマナにどんな罰を考えているのかと思いまして」
「えっ、いや、まだ罰までは考えていないけど」
「えっ、そうなんですか?」
シーラが何でと尋ねてきて、俺の答えに2人ともびっくりしている。
この状況を真剣に考えていたのがそう捉えられてしまったのかと思い、俺はちょっと反省した。
そして俺の考えが正しいか確認するためにも、2人に俺の推論を話してみた。
「いや、だってさ、もしマナがスパイでまずい相手に情報を流していたとしたら、師匠たちが絶対にそのまま傍観しているわけないよね」
「・・確かにクエス様がその状況を傍観しているとは思えないですけど・・」
「でも、クエス様も三光様もまだ気が付いてないのかも知れません」
「それは無いよ、以前からエニメットが3回も連絡しているんだし。当主様たちが来たときなんてこっちが認識する前に動いてたんだから」
「そう言われるとそうですね・・」
俺の説明に2人とも納得したのか、マナの行動は大きな問題ではない?と思い始めたようだった。
とは言え、全く問題が無いというわけではないだろう。
多分情報を流しているのは本当で、それを上手く握りつぶしているか、その情報の流れた先に問題がないのかどちらかだと思う。
その考えを伝えると、シーラは悩み始めエニメットはますます混乱したようだった。
「コウ様、それではクエス様はどうして問題をそのままにしているのでしょうか?」
「うーん、そこなんだよね・・。まぁ、俺の予感だと俺たちで解決しろという意味で放置している気がするんだけど」
「それならまずマナを問い詰めた方がいいのでしょうか?」
「いや、それもねぇ。なんだか精神的にまいっているみたいだし今追い詰めるのは悪手かなと思ってて」
「ですが、このままというのはあまり良くないと思われます。コウ様の気持ちも理解できますが・・」
その後も色々と意見を出し合って考えてみたが、結局結論は出なかった。
俺としてはマナを失いたくないという気持ちが強く、この場を何とかうまく乗り切れないかと考えていたので
早く対応した方がいいという2人の意見を素直にのむことができなかった。
もちろん早々に白黒つけた方がいいのはわかるが、マナがスパイだとしたらこちらの行動によっては下手するとこの場で戦闘になりかねない。
そうなればどんな結末を迎えたとしても、彼女がこの場からいなくなってしまうのは明白だからだ。
「ちょっと師匠のところに行って相談してみるよ。最悪自分たちで考えろと言われそうだけど、そうなったらまた考えればいいからさ。
とりあえず2人は出来るだけ今までと態度を変えずにマナと接して欲しい」
エニメットはそれに納得したが、シーラはかなり困惑していた。
まぁ、今まで2ヶ月以上一緒に楽しく過ごした相手に、疑念が生じた後も平然と今まで通り過ごせというのが難しいのはわかる。
とは言えマナは勘が鋭いところがあるから、シーラがこの調子だとすぐに気づくだろう。
そこで俺はシーラにアドバイスをした。
「今シーラはマナがスパイだと思っているから、どうしてもその疑いが顔に出てしまうんでしょ?」
俺の言葉にシーラが苦々しく頷く。
「まずその考え方を変えよう。マナは師匠たちが問題ないと判断した情報を誰かに伝えている。つまりほぼ許可されているということなんだ。
許可されている情報を誰かに伝えるのはスパイじゃない。しいて言うならスパイごっこだろう」
「えっ、いや・・師匠さすがにそれは・・」
「まぁ、その辺も今から確認してくるけど、マナがやっていることを師匠たちが把握していないということはないはずだよ」
「それは・・そう・・ですね」
「俺がマナに話してもよさそうな事を、シーラが俺に分からないようにマナに伝えても、それをスパイや告げ口とは言わないでしょ?」
「ぅん」
納得はしたようだったが小さな声で返答するシーラが少し不安だったので
俺はすぐに師匠の元に行くと告げて自室の奥から隠れ家へと飛んだ。
祝 ブックマーク100人到達となりました。皆様本当にありがとうございます。
まだ話数>>ブクマ数ですが、オッケー、オッケー、気にしないw
今回は祝ブクマ100超えという事で、お祝い更新です。(旧居の対応でいつもと時間がずれました)
ブクマ100到達の感謝として、再び挿絵を依頼中です。
そこそこ先の方の話で使う予定ですが、楽しみにしていただければと思います。
では、せっかくの到達記念という事で明日も更新します。よろしくお願いいたします。
ストックが削られ私のピンチ度が増しますが、めでたいので今日は考えない!




