当主らのアポなし訪問決定
ここまでのあらすじ
コウが弟子へ指導中、突然クエスがやってきてコウと試合をし、コウを叩きのめした。
◆◇
試合を終えるとクエス師匠はすぐに帰ると言ってきた。
俺はせっかくだから昼飯でもと思っていたのだが、さすがに立場上暇ではないのだろう。
実は俺の弟子に軽く指導をしてもらって足りない部分を指摘してもらえれば、とも思っていたのだがそこは師として俺がやるべきことだろう。
そんな事を考えているうちに弟子たちがやってくる。
「師匠御疲れ様でした。見ごたえがありました」
「御疲れ様です。とても参考になりました」
マナとシーラが真剣な表情で俺をねぎらってくれる。
可愛い子2人が寄ってきて労ってくれるとか、まるでハーレムみたいな状況に俺はすごく嬉しくて幸せな気分になった。
と少しにやけているとさっき師匠にどつかれた腹部に痛みが走る。
「あたた・・。あ、それでクエス師匠はちょっと忙しいらしくもう戻るので、2人には申し訳ないけど直接指導してもらう機会はまた今度になるよ」
俺はちょっと申し訳ない気持ちだったが、2人は真剣なまなざしでうなずいてくれた。
さっきの試合がよほど刺激になったのだろうか?弟子たちからは俺がただぼこられただけにしか見えないと思うんだが・・。
「それじゃ、早いけど私は行くわね。2人ともコウはなかなか出来る奴だからちゃんと言う事聞いてあげてね」
そういうと師匠は軽く手を振ってさっさとアイリーシア家の建物のほうへと行ってしまった。
ほんの30分もないくらいのドタバタスケジュールの訪問だったが、弟子たちは真剣な表情になるし
何か掴める事があったのなら今回の師匠の来襲は良かったのかもしれない。
「それじゃ、ちょっとエニメットに師匠が帰ったこと伝えてくるので、いたた・・」
俺が左腹部を押さえて痛みをこらえていると、シーラが心配そうに俺に声をかけてくる。
「師匠、そのまま朝は少しお休みになっていてください。調子を整えて午後からまたご指導お願いします」
「そう?それじゃちょっとシーラの言葉に甘えようかな」
そう言って俺はここ数日やっている魔力操作の練習メニューを続けるように伝えると
<癒しの水>を使って打撲痕の上にスライムみたいな水の塊をくっつけつつ、おとなしく道場へと戻っていった。
実際くらった部分が痛かったのは事実だが、指導するには特に問題ない程度の負傷だった。
だが、弟子の前であっけなくクエス師匠にやられたことがちょっと恥ずかしくて、一旦気を取り直しに道場へ戻りたかった事もあり
シーラの言葉に乗っかる事にしたのだ。
「うーん、結構あっさりとやられちゃったな。いいところを見せようと焦りすぎたかなぁ」
ぼやきながら道場へと戻り、大部屋にいたエニメットに昼食はいつも通りの時間でいいとを伝えると
癒しの水を維持しながら、自室で痛みが完全に引くまで治療を続ける事にした。
昼食を経て午後の修行に入ると、2人はより限界を目指してといった感じで昨日よりいつもよりさらに気合いが入っていた。
さすがに頑張り過ぎじゃないかとちょっと心配になったので、飛ばし過ぎて明日に疲れが残らないように注意する。
そうやって1日が終わり、翌日、さらに翌日と充実した日々が過ぎて行った。
◆◇◆◇◆◇
コウが弟子を指導し始めて10日ほど経った頃。
場所はルーデンリア光国の城内の1エリアにある厳重な警備が敷かれている会議室。
2月毎に1度定期的に行われる、連合内のトップが集まる会議が開催されていた。
各門閥の当主とルーデンリアの女王が一堂に会し、近況報告や重大事項の周知を行う重要な場だ。
この場での一番重要な話題はもちろん、常時対立し光の連合に被害をもたらしてくる闇の国の動向だ。
その動向に関しては何か大きな動きがある場合は議題の一番最初に、目立った動きがない場合は議題の一番最後に報告が行われる事が定例化している。
今回も特に問題があるような動きは見られなかったため、議題は税収や食料関連、中立地帯や闇の国との境界部分での出来事
魔物の活動状況や大きな討伐のスケジュール等が順次報告され、最後に闇の国の動向報告が行われることとなった。
各当主から上がった報告をルーデンリアの役人がまとめた資料を女王が読み上げる。
「ここ2ヶ月の闇の国の動向だけど、中立地帯への干渉は特にみられず、隣接している境界付近から観察した相手の都市の兵士は2都市とも微増。
ちなみにここ3回とも微増報告なので半年続いているわね。とはいえ目立つ動きは無し」
「また微増かと思っている方もいるでしょうが、油断はしないで欲しいですね」
闇の国と隣接する都市を支配する中級貴族を配下に持つ、住民支配派のレディ・ポンキビーンは女王の方を見ることなく全体に話しかけるように警告する。
「今の様子じゃここ1年は、まぁ、大丈夫かと」
同じく隣接する都市を支配する中級貴族を持つ中立派のメルティア・シヴィエットは、少し楽観的な意見を言いながら
配布された資料を軽く読み流すとさっさと資料を机の上に置いた。
「じゃ、こっちも少し見た目を増やして圧をかけているところなのかな?」
中立派のシザーズ・リオンハーツはレディとメルティアを見ながら軽い調子で尋ねた。
「内部には増員をかけてる」
「同じです」
2人ともシザーズの質問に簡単に答えた。
現状、闇の国の都市と隣接する2都市とも外部に見える部分では増員は行っておらず、内部に駐留する兵士だけを少し増やして対応していた。
いざとなれば転移門で援軍は送れるし、少し誘いこんで相手の兵士を削りたいという思惑もあるからだ。
ちなみに隣接する都市と言っても、都市ー都市間の距離は数km~十数km離れておりその中間付近がぼやっと境界とされている。
その境界付近からこそこそと相手の都市を観察している状況だった。
「おそらく向こうもただの様子見だろうな・・1,2年はこのまま静かかもしれんが」
融和派のボルティスは何度か資料を読み返しながら、そのまま所感を述べる。
「だろうな、あいつらもさすがに馬鹿じゃない。こちらを無策とみて突っ込んでくるほど間抜けじゃないだろうさ。
むしろ今の状態から見た目の兵士を減らした時の方が警戒すべきだろうよ。誘いたいくらい戦争したいってことなんだからな」
支配派のバカス・ライノセラスもボルティスの案に賛同する。
「それじゃ、今のところはまだ様子見ということでいいかしら?」
女王の問いかけに他の当主も黙ってうなずいた。
「んじゃ、今回の確認作業もこれで終わりだな」
バカスが会議の終了を催促し
「そうね、もう帰られせてもらえると助かります」
レディがバカスの意見に続いたので、女王が他に確認事項は無いかと一度尋ねて会議は閉幕した。
中立派のルルーとメルティア、支配派のレディ、融和派のリリスがさっさと退室するが、他の者達はお互いを見ることなくある者は資料を見ながら
ある者はカップの飲み物を口に付けながら、椅子に座ったまま動こうとせず互いに何かを待っている様子が続いた。
兵士たちがその様子を見て再び扉を閉じると、さっそくバカスが話し始める。
「シザーズ、帰らなくていいのか?ここの所周辺の盗賊や魔獣の退治で忙しいと聞いているぞ?」
「嫌だなぁ、バカス。それは当主が出向いてする仕事じゃないだろ?僕はその報告を聞くのが仕事だから割と暇なのさ」
「ふぅ、いいからとっとと話を始めてもらえないか。雑談だけなら私は戻らせてもらう」
ボルティスは机の方に視線を落としながら全員に聞こえるようにぼやいた。
その時閉められた扉が開かれ、帰ったはずのリリス・レンディアートが戻ってきた。
その脇には、先ほどの会議まではいなかったメルティアールル家の家長であるミクス・メルティアールルが立っている。
彼女は背中まで伸びた金髪の長い髪と30くらいの風貌で、とても落ち着いた雰囲気が印象の人物だった。
「どうやら間に合ったようね。念のためこそこそ話をするだろうと思って彼女を呼んでおいたのよ」
リリスがどうよとばかりに笑みを浮かべると、隣に立っていたミクスは余裕のある雰囲気でゆっくりと頭を下げた。
「おいおい、そんなたいそうな話をするつもりはないんだぜ。今からするのは雑談だぞ?」
バカスがやや呆れ気味に発言するが、この状況にもどかしくなったのかカップに口をつけていた女王が音を立ててソーサーにカップを置く。
場がいったん静かになりどの当主も女王に視線を向けない。
そんな中、リリスは楽しそうに席に向かう。
「さっ、ミクスは私の隣に座りなさいね」
そう言って連れてきたミクスを案内しつつ着席した。
「こんな大事にしなくてもいいんだがな。まったく・・俺が聞きたいのはクエスの弟子の件だ。
ちゃんと約束が守られているのかどうか、ボルティスと女王に確認したかっただけだなんだぞ?」
「僕も気になっていたんだけどね。とはいえこっちで勝手に探り出すと誰かの虎の尾を踏みかねないからねぇ」
バカスとシザーズの問いにボルティスはスッと軽く右腕を上げた。
「いいかな。こちらから言えることは、約束どおりクエスの弟子は数日前からルーデンリアに居住している。それくらいだ」
「へぇ~、何か引っかかる言い方だけど、ひとまず約束は守られていると言う事か」
シザーズは嬉しそうにしながら薄目でボルティスを見る。
だがボルティスは怪しんでいるアピールをしてくるシザーズを相手にしない。
その様子を見たバカスは、今度は女王に尋ねた。
「女王、今ボルティスが言った事は間違いないのか?」
「ええ、間違いないわよ。彼がこのルーデンリアの貴族街に住んでいることはこちらも間接的にだけど確認しているわ」
女王のインシーは不満そうにしながらもコウがいることを認めた。
事態を把握していないバカスとシザーズは女王が不満をあらわにしながら認めた事に疑問を覚える。
そして配下から詳しくは聞いていないリリスも女王の態度を不思議そうにしていた。
「女王、どうしてそんなに不満そうなの?例の弟子もちゃんと住んで約束を守っているならいいじゃない」
リリスも問いかけるが女王は視線を合わせようとしない。
「別にいいでしょ?そろそろ雑談もいいかしら、約束が守られた事は確認できたのでしょうから。私は忙しいのよ」
「ふーむ。何でもいいが女王よ、クエスと対立するなと先代から言われているのだろう」
バカスは少し怪訝そうに女王に指摘する。
「対立はしてないわ。譲歩もしてるしそれなりに上手くやっているわよ」
バカスの一言で少し険悪な雰囲気になってきたのか、会話が止まり場が沈黙する。
これではいけないと思ったのか、シザーズはその沈黙の中にボールを投げ込んだ。
「そうだな、せっかくだから確認がてら今からその弟子のところに挨拶に行くのはどうだろう?」
「ほぅ」
「いいわね~」
バカスとリリスはにやりと笑って賛同した。
「待て、それは出来ない。正確にはリリスは面会可能だろうがな」
ボルティスは誰を見ることなく話し出し、終わると女王をチラッと見る。
女王は表情を変え、自分に振るなよとかなり不満をあらわにした。
「へぇ、それはどういうこと・・」
「だろうとおもったよ」
シザーズの反応をバカスが大声でかき消す。
シザーズはバカスの対応に少しむっとしたが、すぐに笑顔になってバカスのほうを見て説明を催促した。
リリスに至ってはこの場を楽しんでいるかのように笑顔を保っている。
「どうせクエスの事だ、俺の意図に気づいたかまでは知らんが、簡単に面会できないように対策を打ったんだろ」
「そうよ。わかってるのならこんな大釈迦な話し合いにしないで欲しいわ」
「ふん、ギャラリーが勝手に集まってきただけだろう?」
バカスと女王がやり取りをしている中、リリスは隣にいたミクス・メルティアールルに状況を尋ね、それを見たシザーズも近寄って話を聞いていた。
結局誰かが明確に説明することなく、ここにいる全員がおおよその状況を察する事となった。
もういいかと思ったのか、女王は席を立つ。
それを見たバカスがくらいつくように質問を投げかける。
「最後に1つ確認だ、クエスの弟子だがそいつはこの連合にとって使える駒なのか?」
「知らないわよ私は」
バカスの質問に女王は関わりたくないと言わんばかり吐き捨てて退出する。
それを見たボルティスが仕方なく女王の代わりに答える。
「あぁ、私が確認している。それなりに有効な駒になるだろう」
「ふん、ならいいさ」
女王の態度に呆れていたバカスだったが、ボルティスの言葉を信用したのか、そう言ってバカスは女王のあとを追うように退出していった。
「なら私は、この後例の道場を見学に行こうかな。ミクスもついて来てくれるわよね」
「わかりました。同行させて頂きます」
「おいおい、止めておけ。師匠である2人を変に刺激するだけだぞ」
ボルティスはリリスを止めるが、リリスは笑って答えた。
「ならば貴方も一緒に行きません?責任者の長として一度は見に行っておいた方がよいでしょう?」
その言葉にボルティスは悩んだ。
確かにリリスの主張も最もだったが、ボルティスとしては自分の代理で娘を行かせる予定にしている。
もちろんコウとの接触を図り、より親密になる機会を与える為だ。
なのでここは断りたかったが、ここで断ってしまえば聡いリリスがこちらの意図に気づく、もしくは何か感づいて探りを入れかねない。
将来貴重な存在になるであろうコウに、優先的に接触したいボルティスにとってはこれ以上ライバルを増やしたくなかったのだ。
そして自分がどうすれば、一番有利に事を運べるかを考える。
その結果、ボルティスには断るという選択肢がないことを悟った。
「そうだな、仕方があるまい。面識のある私もいたほうが向こうも戸惑う事はないだろう」
心の中で苦々しく思いながらも、ボルティスはリリスの案を受け入れる。
「おっ、だったら僕も同行させてもらえないかな?」
これはチャンスとばかりにシザーズも絡んでくる。
「シザーズはダメだ。そもそもあの場所はアイリーシア家とメルティアールル家の合同技術の指導の場だ
我々の派閥外の者が入るとなると技術を奪いに来たととられかねん。我々の派閥にけんかを売りたいのか?」
「いやいや、落ち着いてくれよボルティス殿。中に入らずちょっとした挨拶するだけでもいいんだ。
そもそも御二人とも対象家ではなく保護の役割があるだけだろう?あぁ、そちらのミクスは違うけどね」
シザーズは優しい目でミクスを見るが、ミクスは何も語らずただ微笑むだけだった。
「悪いけど今回は遠慮されるのが懸命じゃない?」
リリスも追い討ちをかけるがシザーズはこれを逃せばチャンスはないと思い、必死にくらいつこうとする。
「まぁ、まぁ、僕が以前から融和派支持なのは知っているでしょう。次の女王選のこともあるしここは仲良く行きましょう」
「それは脅しか!」
シザーズの言葉にボルティスは低く響くような声で反応した。
次の女王選は正式な日程はまだ決定していないものの、次は融和派が推す者がなることが水面下でほぼ決まっている。
それは融和派の勝手な意志ではなく、全体の流れからほぼ決まっている事ではあるが、票数の都合からも決定するのは当然中立派の協力が必要となる。
つまり中立派のシザーズがそのことをちらつかせる事自体が、脅しと言っても過言じゃないのだ。
「いやいや、さすがにここで盤面をひっくり返すほど僕も混乱を望んじゃいないって。
ただ推す以上、中立派からも少しは事情を知っている人物がいたほうが良くないかって、提案しているだけさ。
そしてそれがたまたまここにいる僕だということだよ」
「関係ない話だ。白々しい言い訳をしないでもらおう」
「まぁ、そう言わずに」
ボルティスはルールや決め事にうるさいので、シザーズもこの反発は十分予想できていた。
だが、何かがシザーズの中で引っかかる。
極秘の技術指導をやっているとはいえ、戦闘技術だけならそのときだけは指導を中断させればいいだけだ。
たとえ施設や道具、素材なんかで方向性くらいは推測できるとしても核心に迫れるわけではない。
なのに中身を知っているボルティスが、ここまで反発してまでシザーズを遠ざけようとするのには、ひょっとして何か理由があるのかもしれない。
そう怪しむシザーズだったが、本当に隠したいのか、ただ決め事を崩すのをちらつかせ脅したのが癪に障ったのか
この場ではなかなか判断できなかった。
「ふぅ、ボルティスも落ち着きなさいよ。向こうに行っても少し挨拶をして帰るだけだし、ここは良しとしましょうよ」
リリスの発言を聞きシザーズはにっこり微笑む、がリリスもきっちりお返しをする。
「ここは譲って例の弟子にでも合わせて軽く話をさせ、さっきの失言はきっちり別の機会に返してもらえばいいのよ」
リリスの厳しい反撃にボルティスはフッと笑い、シザーズは露骨にいやそうな顔をしたが、それで話はまとまり
コウのいるアイリーシア家占有地の道場へと4人で向かう事となった。
いつもよりちょっと長めでしたが、本話もご一読いただきありがとうございます。
ちょっと話の切れ方が悪かったのは私の調整不足です。すんません。
久々当主の面々を出してみましたが、相変わらず彼らは書きにくい。
アホ担当が1人いますが普段からアホ担当ではないから・・出し抜かれ役がいないと話が固くなる。
だいぶブクマが3桁の大台に近づいてきました。
嬉しい限りです。読んでくださる皆様に感謝しつつ、感想や評価、もちろんブクマもいただければより幸いです。
次話は8/7土曜更新予定です。 では。
(最近いいペースで書けているので、個人的に嬉しい。一時期スランプ気味だったので・・)




