初日の夜、そして翌朝
ここまでのあらすじ
相談の為コウの部屋へ来たシーラは夜の相手に誘われたと判断し行動したが
コウのヘタレっぷりから何事もなくその場は終わった。
シーラはコウへの相談を終え部屋を逃げるように出ると、顔を赤らめたまま大部屋を通り抜け急いで自分の部屋へと戻る。
すぐに鍵をかけ、<沈音>の効果が発動し部屋の外へ音が漏れないようになると、そのままベッドへうつ伏せになった。
「もーぅ、もうもうもーう!師匠って信じられない。あれだけ私が勇気を出してチャンスを生かして行動したのにー!」
シーラは軽くこぶしを握り、うつ伏せのまま枕の左右をだんだんと叩き続ける。
「ボサツ姉様には師匠は女性経験が薄いから押せば簡単に落とせると聞いていたのに・・動揺しながら理性保つとか信じられない。
私だって初めてなりに頑張ったのに・・」
そう言って枕をつかみながら起き上がると、ヘッドボードに向かって枕を投げつける。
さらに魔法で枕を自分手に引き寄せ、再びベッドボードに向かって投げつけるのを何回か繰り返した。
「はぁ、はぁ、はぁ・・」
やり場のない怒りと全力空振りした恥ずかしさから枕を投げまくったので、シーラは少し息切れし気持ちも落ち着いてきた。
少し落ち着いたからかさっきの状況をよくよく思い出してみると
少なくとも脱ぐときにコウは自分をがん見していたし、止める時もかなり恥ずかしそうにしつつも自分をちょこちょこ見ていた。
「ひょっとしてもう一押しだったのかなぁ・・でもすぐにまた迫ったらもはや痴女よね。
私もあせりすぎかなぁ。今は真面目に師匠の教えを受けながら距離を縮めたほうがいいかも・・よし」
と言いつつもすぐにコウと再び会うのはさすがに恥ずかったので、シーラは部屋から出ることができずしばらくベッドに伏すことにした。
◆◇
一方俺は少し落ち着きを取り戻して部屋の外へ出る。
シーラがいないか周囲を確認しながら俺は部屋を出て大部屋をこっそりと覗いた。
エニメットもすでに今日の仕事を終えたようで、大部屋には誰もいなかった。
ほっとして一息つこうと大部屋のソファーに座ろうとしたが、ここはほとんどの部屋に行くための通り道。
ここでのんびりしていたらすぐにシーラに会う可能性が高い。
さすがに今すぐ出会ってしまうとまださっきの感じが残っているので、挙動不審な態度をとるかダメ押しをくらって理性が飛びかねないので
このままここでくつろぐかなり危険だと思い庭に向かうことにした。
「はぁ、エニメットがいればシーラに会っても色々とブレーキが効いてこじれないと思ったんだけどな」
そうぼやきつつ自分の情けなさを反省しながら、額に手を当て悩みつつ俺は庭へと向かった。
既に夜21時を過ぎ、深夜まであと4時間しかないはずなのに外は早朝を過ぎた朝くらい明るい。
ここルーデンリアは光の連合の盟主国であり、光属性の影響が最も強いと言われている国なので夜も外はほとんど明るいままだ。
最も暗くなる深夜の25時でも少し暗くなるだけで、そこそこ遠くまで見えるくらいには明るい。
こんな夜まで明るい光景が続くのは、ルーデンリアの中心地からそこそこ離れた特別区域にある『光の塔』の影響らしい。
俺はこの道場から簡単に外に出るわけにはいかない存在なので、直接見に行くことはできないが
その塔は周辺含めて聖地とされていて立ち入り禁止エリアらしく、遠くからしか見ることはできないし中には入れないそうだ。
なお、光の塔周辺は真夜中でも昼間と変わらない明るさを保っているらしく、光属性使いの信仰対象となっている。
その塔はこの国が、いやこの連合が光属性を重視するの理由の1つでもあるらしい。
「光の塔か、一度は見に行ってみたいな」
と言いつつ庭へ出ると、マナが胡坐を組んだまま魔力を周囲に展開し維持していた。
マナは昼間の様子からこういった基礎練習が嫌いっぽかったので、その意外な行動に俺は驚いた。
集中していたので声をかけようか悩んで立ったまま様子を見ていると、マナが気が付いたのだろうこっちを見てきた。
「あっ、師匠。今から庭で練習ですか?だったら是非見学させてください」
マナは嬉しそうにこちらを見つめる。
自由なところはまさに猫みたいなのに、時々見せる忠義なところは犬っぽいんだよなぁ。
マナのいまいち掴みづらい性格に困惑しながらも、練習試合のことを言ってこないのを不思議に思う。
が、今からガチで1戦やると明日に響きそうなのでそのことには突っ込まず返答した。
「まぁ、気分転換に軽く練習しようとは思ってたけど、マナはそのまま続けてもいいんだよ?」
「うーん、でも今は師匠との差を明確に理解する方が大事だと思うんですよ」
マナは立ち上がって俺に近づきながらそう答えた。
格好は朝から変わっていないが、よく見ると動きやすそうな靴を履いている。
いつごろから庭で練習していたのかは知らないが、軽く汗もかいているし今さっき始めたというわけではなさそうだ。
なら、中断させても構わないかと思い、俺はマナの言い分を承諾した。
「まぁ、構わないよ。休憩がてら見ててもいいけど・・そんな面白いものじゃないと思うよ?」
「いや、きっと私には面白いものですよ。私のことは気にせず全力でやってください」
気にせず全力にって、別に弟子に隠すものでもないんだけどと思いながら俺は準備を始める。
庭の練習システムを起動させ、魔法観測システムを作動させる。
これで俺のベストの状態の魔法と今から使う魔法の発動速度や効率度合を自動で比較してくれる。
これは魔道具でもできる事だが、動きながら行う場合はこのシステムの方が正確性が高い。
次に100mほど先に目標となる魔法障壁をランダムで配置するシステムを起動。
全ての準備が完了したところで、俺は訓練メニューを選んで空中に表示された開始のパネルを押す。
これで準備完了と言わんばかりに俺は周囲に魔力を展開し始めた。
「おぉ、やっぱり私とは濃度も形も違うなぁ」
そんなマナのぼやきを聞き流すと俺は魔力の放出を止め訓練を開始した。
今いる場所から約10mくらいの範囲に足元が光る場所が現れ、そこへ移動すると同時に奥に見えるターゲットの障壁へ魔法を放つ。
足元の光が消えればそこへ移動しながら再び魔法を放つ。
移動中や止まっているときに時々攻撃魔法を模した映像が俺のほうへと飛んでくるが、俺はそれを回避しつつ攻撃を放つ。
使っている魔法は<風の槍>、<風刃>、大き目のターゲットには<風の百矢>と言った感じだ。
出現する魔法障壁の強さを瞬時に判定して、魔法の威力を強めたり数を増やしたりと対応しながら、実戦っぽい訓練が行えるこのシステム。
隠れ家にいた時は師匠相手に手伝ってもらいながらやっていたが、この道場では魔力を使ってここまで再現できているのが素晴らしい。
10分ほど続き、一連の訓練が終わる。
移動速度、攻撃を当てた受けた回数などからスコアが表示される。
昨日試しにやってみた結果とほとんど変わらなかった。
「まぁ、こんなものか」
俺はそこそこ満足そうにしながら背伸びをすると、縁側にはエニメットとシーラが座っていた。
いつからかわからないが、どうやら俺の練習を見ていたらしい。
と、気がつくとマナが俺の側に来ている。
そして、そのまますぐに腕に捕まり引っ張りながらわがままを言い出した。
「私もそれ、やりたい!やりたい」
「いや、気持ちはわかるけどまずマナの魔法の基礎データを取ってからじゃないと結果も出ないし、こっちの指導の指針も立たないからさ」
「だったら今からデータとって下さい。そしてすぐやってみたい。面白そうだもん」
「うーん」
俺は困った顔をしてマナを見るが、マナは諦める気はないらしく、わくわくしながら俺を見つめ返す。
これが男だったらダメだとびしっと言えたと思うが、可愛い子だとどうしても強く出れない。
引っ張ったりくっついたりするマナに、俺はだんだんとやらせてもいいかなと思ってしまう。
「そうだなぁ、本当はもう少し基礎を安定させてからにしたかったけど」
「そのときはまたデータを取り直せばいいでしょ?だから、お願いします」
結局マナのお願いに俺は押し切られて了解してしまった。
マナの喜ぶ姿を見たのかシーラも縁側からそのまま裸足でやってきてお願いしてくる。
「その、師匠。私もデータ登録お願いします。さっきのやつ、私も、やってみたいです」
ちょっと前のハプニングがあったからか、少し恥ずかしそうにお願いするシーラを見て、こっちも了解せざるを得なかった。
これはあくまでけん制用の魔法の練習だと言う事を説明しつつ、マナとシーラにそれぞれベースとなる魔法を
正確性を高めたものと、素早く組んだもので10回ずつ使わせてデータを登録した。
シーラは最初こそ少しよそよそしかったが、すぐに朝と変わらない雰囲気になってくれたので俺は内心ほっとした。
と同時に、俺もしっかりと理性を保たなきゃと思わされた。
いつまでも俺が一方的に悶々としているのでは、情けなさすぎるからな。
さっきのことはいったん無かった事にしておくべきだろう。
その後登録したデータを元に2人も同じ訓練メニューをやってみたが
慣れてないこともあり相当難しかったのか、いまいちな結果に少し凹んでいた。
マナは俺とのスコア差を見て凹みつつそのまま自分の部屋へと戻っていった。
途中でエニメットもいなくなっており、2人きりになった状況でシーラが俺に話しかけてくる。
「この練習はすごいですね。今まで周囲を守ってもらいながら強めの固定砲台として魔法を放つ事ばかり考えていたけど
これが師匠並みに出来れば、護衛無しでも前線や中距離で相手を撹乱したり、味方を支援しながら戦えますね」
「そうだね。それが目的の練習だし、もちろん1対1にも使える練習だよ。というか、こういうの上級魔法学校ではやらないの?」
「やらないことはないんですけど・・1対1にならないとこんな練習必要ないと思っていたので、上位の接近戦がやりたい人しか熱心に練習しませんね」
「なるほどね。でもここに来たからには、ある程度慣れてもらうからね」
「はい」
自然な笑顔で返すシーラに思わず俺はドキッとしたが、とっさに<氷の心>を使って冷静になる。
さっきヘマやらかしたのにまた続けてやらかすようでは、もはや弁明の余地もなくなるからだ。
クエス師匠にはホイホイと氷の心を使うんじゃないと口酸っぱく言われ続けていたが
ここは師匠としての立場を守るためだ、やむを得ない状況だと・・たぶん言えるだろう。
そんな冷静になった俺と目線が合って、シーラが避けられないと判断したのか俺を見て話しかけてくる。
「さっきは本当にすみませんでした」
俺との距離が近くてさっきのことをスルーするわけにはいかないと思ったのだろうか、軽く頭を下げて謝ってくる。
「いや、こちらが誤解させたんだから気にしないで欲しい。俺もああいったことがないよう気をつけるよ」
そんな俺の落ち着いた返事になぜか少し不満そうにしつつ、軽く頭を下げるとシーラも自分の部屋へと戻っていった。
その様子を見て俺は氷の心を解くと考え込む。
「あれ?俺って何かまずいことを言ったっけ?」
いくら考えてもシーラがなぜ少し不満そうだったのか理解できないまま、少し遅れて自室へ戻り明日に備えて寝ることにした。
今話も読んでいただき、いつもありがとうございます。
なんか最近日常パートばかり書いてないかという気がしていますが
どうも最近話を各速度が落ちているのでそのせいかもしれません。速さは直近の課題です。
次話は仕事の都合で月曜更新が出来そうにないので火曜の更新になる予定です。
また中2日の空きになりますが、よろしくお願いします。
依頼する挿絵の原案を何となーく考えていますが、シーラとマナにしようかな・・。