幕間:コウと侍女、2人の2日間②
前回アイリーシア家から選ばれた侍女、エニメット。
彼女がコウの世話をすることになる。
場面は変わり、ここは隠れ家。
今日は師匠達が遠征で魔物討伐を行うために出発する日だ。
遠征と言っても明後日には帰って来るらしいので、俺はその間黙々と鍛錬に励むようにと言われている。
転移門があるから毎日でも帰ってこれるじゃんと思うかもしれないが、そんな簡単な話じゃない。
転移門は新規設置するにも数時間はかかる代物らしく、移動しながらの魔物討伐ではわざわざ設置なんてしないそうだ。
他にも転移時に万が一魔物を巻き込むと転移先で大騒ぎになる可能性があるし
そもそもここは秘密の場所だから、ごく一部の場所からしか転移できないようにしてあり、魔物討伐中は容易に帰ってこれる場所じゃない。
ちなみにいない間は、師匠たちの部屋とボサツ師匠の実験室はロックされているので入らないようにと言われた。
そんなところに俺は入るつもりなんてないんだけどな・・。
クエス師匠とボサツ師匠が朝食を終えると、直ぐにこの大部屋でアイテムボックスにある荷物を全部出して道具の最終点検をしていた。
見た感じ武器や俺がいつも使っている魔力回復薬、よくわからない魔道具にあれは携帯食だろうか、色々なものが床に置かれている。
俺が見ていても邪魔になるだけかなと思い、定位置の部屋の隅で胡坐を組んで目を閉じ瞑想を始める。
しばらくして師匠たちが動く音がしたのでせめて出発を見送ろうと目を開けたら、師匠たちが見知らぬ少女を連れていた。
服装は濃いめの青のワンピースに肩や胸辺りからワンピースのすそまで伸びているロングエプロン、長袖でカフス部分は白に銀のラインが1本入っている。
スカートのすそにも銀のラインが1本入っていることから、間違いなくアイリーシア家に仕える人間を連れてきたことがわかる。
その少女は見た目から言って間違いなくお手伝いさん、といった感じだった。
多分俺が一人だと心配で師匠たちが連れてきてくれたのだろう。
見た感じ可愛いし、しっかりしていそうなので個人的に不満はほとんどなかった。
強いて言うなら頭飾りのホワイトブリムがないのが、かなり残念だったが。
じっくり観察しすぎたのか、師匠たちがニヤニヤした目で俺を見ていることに気が付いた。
「な、なんですか師匠」
「ん?別に~」
「コウはこういうのが好みですか」
朝からなかなかきついツッコミを入れられてしまった。
「いいから紹介してくださいよ」
俺はごにょごにょと言いにくそうにしながら、師匠に話しを進めるよう促す。
師匠達は軽く笑うと紹介を始めた。
「この子は私たちがいない2日間コウの世話役になるわ。コウの好きに使っていいわよ」
「えっ、すきっ、って」
俺は動揺して思わず詰まってしまう。
「あはは、動揺し過ぎよ。でも本当に自由に使っていいわよ。何でも従うように命令してあるから。
でも魔法の才能はあまり高くないので、魔法の練習相手として使うには今のコウには物足りないと思うからお勧めはしないけど」
「コウ、料理は彼女に任せて大丈夫ですよ」
「あ、はい。わかりました」
俺がそう返事すると師匠たちはすぐに転移門で出発していった。
俺とお手伝いさんである侍女が残されたこの大部屋で、俺はどうしていいのかわからずとりあえず目をそらしていると、その侍女は俺の視界に入ってきて軽く頭を下げる。
「エニメットと申します。料理と掃除はお任せください。他に必要なことがあればお申し付けください」
さすがに丁寧にあいさつされては俺も返さざるを得なかった。
「コウといいます。よろしくお願いいたします」
俺も軽く頭を下げるとエニメットはびっくりしていた。
なぜびっくりしているのか戸惑っていると、落ち着いたのかエニメットが冷静に指摘してくれる。
「私はコウ様にお仕えし、身の回りの世話をする為に配属された者です。ですので頭を下げられる必要はありません」
あぁ、そう言うことか。
師匠とは結構気楽な関係でやってきたけど、考えてみれば俺も準貴族で貴族の一種ではあるわけだ。
こういった侍女に対して接する時にはそれに合った態度が必要なのだろう。
正直言うと面倒くさいが、彼女とこれから2日間やっていく以上、そういったものから目を背けるわけにはいかなそうだ。
「わかった」
俺が一言で答えると、その答え方でよかったのだろう、エニメットは礼をして俺の前を離れて台所の方へ行き食材を確認していた。
その様子を見て俺も手伝おうかと思ったけど、さっきのことからして手伝うのは悪手かもしれない。
しょうがないので外でいつもの練習を行うことにする。
俺も簡単な食事は作れるようになっていたのだが、レパートリーが少なく2日も持たないので
だったらということで彼女が呼ばれた、そう考えておくことにする。
庭に出て簡単に瞑想を済ませた後、型を素早く作る練習を続ける。
師匠と実戦練習②をやるようになって思ったことは、型作りの速さで消耗度合いがかなり違ってくるということだ。
相手より1秒早く型を作れれば、その分精霊の魔力チャージを待つことができ魔力が節約できる。
逆に遅いと相手の攻撃に間に合わせるために、精霊の魔力チャージと並行して自分の魔力をぶっこまないといけなくなる。
1回1回の魔力消費はそこまで大きな差がつかなくても、数回けん制し合っているうちに魔力消費にかなりの差が出てしまう。
けん制で膠着状態が続くと、もはや型を組むのが遅い方はじわりじわりと必要以上に魔力を削られていき、なぶり殺しに近い感覚を味合わされるのだ。
「まだだ、まだ、もっと早く」
型を完成させては霧散させ、再び型を作り直す。
師匠達が魔法を使ってくる時に散々見せられた型組の速さが脳裏に焼き付き、それが俺の遠い目標となっていた。
もちろん早く出来たところで型が雑だと全く意味がない。
その辺は近くに置いている魔道具が、型の精度を測定し点数で評価してくれるので助かっている。
ちなみに基準は俺が落ち着いて正確に型を作った時の高精度のやつだ。
早さを優先するとどうしても型がずれるので、そこは場の状況に合わせて使い分けるしかない。
もう2時間くらい黙々と練習しただろうか、かなり疲れたので魔力回復薬GM2を一気に飲み干すと大の字になって地面に寝転ぶ。
「あぁ、回復が染み渡るなぁ~」
半目で空を見上げたまま魔力回復の心地よさに浸っていると、玄関が開く音がした。
頭だけ動かくして確認すると、エニメットが出てきていたので俺はこの格好ではまずいかと思って起き上がる。
「えっと、エニメットさんどうしました?」
言い終えた瞬間しまったと思ったがもう遅かった。
エニメットの表情が呆れてるというか怒っているというか、微妙な表情をしている。
「さんは不要です。私は今日と明日、あなたの世話をする侍女なのです。準貴族として立場をもう少し考慮していただかないと困ります」
「ごめん。それでどうしたの?昼食の準備ができたとか?」
「はい、準備はほぼ終わっています・・その、コウ様はかなり魔法が得意なのですね。
部屋から見ていたのですが、かなりの速さで型を組んでいることに驚かされました」
「そ、そう?いつも師匠たちと練習していると、とてもじゃないけど自分の型組が早いとは思えないんだけど・・」
師匠もそれなりに褒めてはくれるけど、ここまで手放しで褒められたことはなかったのでかなり照れ臭かった。
「それは、さすがに相手が三光様と一光様であるクエス様ですから。でもコウ様も本当に素晴らしいですよ」
「う、うん、そっかな。ありがとう。そう、そうだ準備できてるって話だし昼食にしよう」
様付け&褒められに耐性の無かった俺は、何とか話をずらそうと昼食の方へと逃げてしまった。
大部屋に入るとテーブルに皿があり、その上に魔法で作られたドーム型の障壁が貼ってあった。
埃が混入しないためにお皿にカバーをかけるやり方は知ってはいたが、魔法障壁でそれをやっているのを見たのは初めてでなかなか斬新な光景だった。
「こういうのって一般的な保護の仕方なの?」
「いえ、普通は木製や金属製の蓋なんかを使う場合が多いですが、あいにくここには蓋に使えるものがなかったので」
ああ、やっぱり一般的なやり方じゃなかったのね。
まぁ、半年以上ここにいる俺でも出来上がった料理を保護する道具は見たことが無い。
だとしたら、これはこれで妥当な対応かな。
早速席について障壁を解除してもらいサラダに手を付ける。
特に気にせず一口食べたが、かなり美味しい。
師匠の時よりも明らかに味付けが丁寧で美味しかった。
もちろん師匠たちの作る食べ慣れた味の方が安心感はあるが、それとは違うこの美味しさは師匠達の家庭の味と違い、ちょっと高級な外食の味って感じだ。
「おいしいね、料理の腕はかなりいい方なの?」
「悪くはないつもりですが、私からは何とも・・すみません」
きっちりと距離感を保ちつつ仕事しているなと思わされる返答に少しもどかしさを感じるものの
美味しい食事はやる気が出るのでエニメットは結構ありがたい存在だなと思った。
俺が褒めたからなのか、少し気分よさそうに他2品を俺の目の前に持ってくる。
台所の状態から見て多分これで全部なのだろうけど、エニメットは席に座ろうとはしない。
「座らないの?どうせなら一緒に食事しない?」
「いえ、私は残ったものをいただきますのでコウ様は遠慮なくお食べください」
うーん、こういうところでもエニメットとの距離感を感じる。
確かに貴族とその貴族に補助的に付いている侍女だから、俺と師匠のようなアットホームな関係じゃないのはわかるが
侍女をお代わりスタンバイさせて立たせたまま食う食事がおいしいと感じる程、俺はまだ貴族にかぶれたつもりはない。
言葉遣いや関係性を無理に変えようとは思わないが、食事くらいは一緒に食べたいんだけどな。
「ねぇ、エニメットも一緒に食べないか?」
「さすがにそういうわけにはいきません。私はあなたに仕えるのが仕事なのですから」
予想通りの返答だった。
だが侍女を立たせて黙々と一人で食う食事を俺は望んでいないので、ここは引くわけにはいかない。
なんせここで引いたらあと数回はこの状況が続くからだ。
これではまるで酔っ払って同じ部屋で寝ている親父を無視して、独りで食事をしていたころと大して変わらないじゃないか。
何とか楽しい食事にしようと考えていたが、考えてみれば俺の方が偉く命令できる立場なんで楽勝だと思ったが
命令じゃ多分楽しい雰囲気になることはなと思い再び考え直す。
「コウ様、お食事が止まっていますがお口に合いませんでしたか?」
考え込みすぎて気が付くと完全に手を止めてしまっていたようだ。
だが話しかけてきてくれたので、これがチャンスと思いエニメットを説得する。
「食事は美味しいよ。でもね、エニメット。やっぱり一人の食事は寂しいんだよ」
「ですが・・」
「仕える相手を寂しくさせるのは、侍女の仕事として間違っていると思わない?」
個人的には少し意地悪過ぎたかと思ったが、エニメットは顔をしかめかなり悩んだ様子で仕方なく俺の正面に席に料理を並べて座った。
少し俯き考えた様子だったが、急に俺の方を向く。
「この2日間はやむを得ず、誰もいないことを考慮してご一緒いたします。ですが・・」
「うん、ありがとう。これでもっと食事がおいしくなりそう」
俺は彼女の言葉をさえぎって笑顔で答えた。
エニメットの言い訳を聞くべきなくらいわがままを言った自覚はあるが、うん、俺の方が偉いんだしそれくらいいいだろう。
その後は早速この料理のここがおいしいとか、これはどの食材を使っているの?とかそんな話をしながら盛り上がり
気が付いたら用意してもらった食事を全部食べ切ってしまった。
やはり1人より2人で食べる食事の方がはるかに美味しく感じるし、何よりも楽しい。
エニメットも同じように感じたのか、食事が終わった後も少し機嫌良さそうに感じた。
「それじゃ俺は外で魔法の練習しておくから、何か用事があったら言いに来て」
フランクにでもちゃんと上の立場を意識して告げると、エニメットはきっちりした表情で頭を下げた。
彼女の見せる厳しめの表情は、侍女としての立場を意識したものなのかもしれない。
少し寂しい気もするが彼女の侍女としての矜持だと思えば、そこは尊重しなければならないのかもしれない。
昼からは少し練習を変える。
型を早く作る練習も大事だけど、そればかりでは飽きてしまい効率が落ちるし
なによりも早さの練習ばかりをやっているとだんだんと正確性が落ちていく。
なので次は正確性の訓練だ。
今度は自分の作ったベストの型を基準にして最低99%を目指して作る。
もちろんただ突っ立ったままでやるのではなく、動いて攻撃をかわしながらだ。
正面に魔力を様々な威力と速度で放ってくる魔道具を3体置いて、型を破壊されないようにしつつ回避や防御をしながら組み上げてる。
これまた一人で黙々とこなし続け、1時間以上経ったと思ったところで終了した。
「ふぅーっ、だいぶいい感じなってきたな」
地面に座り俺は満足げに呟く。
午前中に早作りばかりやっていたせいか、最初のころは正確性を高めるのに時間がかかったが
20分もすれば感覚を取り戻し、回避しながらも非常に正確な型を作り上げていた。
こうやって一人で練習することは今までほとんどなかったが、自分のペースでやれるので案外楽しいものだと感じた。
まぁ、師匠達と一緒に修行しているときの方がよっぽど楽しいのは否定できないけど。
少し休憩したがエニメットがやってくる様子もなく1人のままなので、今度はアイテムボックスから取り出した魔法書の型を練習する。
そんなこんなで昼の修行も問題なく終えた。
3話中の2話目です。
一応幕間なので・・ちょっと変わった日を切り取った話となっています。
(やっぱり本編に入れればよかったかなぁ)
今話も読んでいただき、恐悦至極でございます。
うーん、恐悦至極って・・日常では使う場面ほとんどないよなぁ。
では、ラストの幕間3話目は明後日には投降予定です。




