新居の見学へ 師としての意気込み
ここまでのあらすじ
クエスとボサツの弟子として歩んできたコウ、色々なことがありました。
それからあっという間に月日が経ち、俺がルーデンリア王国の貴族街に住むまで後5日となった。
最近の修行はほとんどが、実技ではこれからやることになる修行の指導の仕方を学び、座学では基本的なルールを学んでいる。
基礎知識のない俺にはとても大切な内容だったが、正直言うともっと師匠たちと実戦訓練をやりあいたかったなぁ。
俺にはこの世界、特に貴族社会の常識が欠け過ぎているのでやむを得ないのはわかっているんだけど。
朝、食事を終えるといつもの座学で今日は何を覚えさせられるのかと思って待機していると、座学が始まる直前にクエス師匠が扉を開けて大部屋に入ってきた。
「お、いたわね。今日はちょっと予定変更していくところがあるのよ」
クエス師匠の十八番、突然のお誘いだ。
「え、座学中止ですか?」
「まぁ、そういうことになるわ」
表情は平静を保ちながらも俺は心の中で『よしっ』とガッツポーズをする。
「最近の座学は師匠としての立場や心得を学んでばかりで退屈だったでしょ?」
えっ!?今はどう考えても心を読まれた感じはなかったはず・・
だが完全に図星だったので動揺を抑えきれない状態で俺は否定する。
「い、いえ、色々と知らないことだらけでしたので、勉強に、なってますよ」
上手く誤魔化したつもりだったが、詰まりまくる俺の返答にクエス師匠はふふっと笑い出したかと思うと、ふふふっ、あははははと笑いを堪えきれなくなっていた。
どこかツボるようなところがあったのかと聞いてみたかったが、やぶ蛇なので少し拗ねつつ師匠を見る。
「ごめん、ごめん。ここまでわかりやすい返答をされると思わなかったのよ」
そういいながらも師匠はまだ少し笑っていた。
「それでね、今日はちょっと早い気もするけどコウに完成間近の道場を見てもらおうと思って誘いに来たのよ」
道場!?俺が指導する場所はそういう呼ばれ方をするのか。俺はちょっと恥ずかしくなる。
俺の道場のイメージは、板張りの床で正拳突きをしながら師匠と弟子が汗をかいて床の間には掛け軸が飾ってある、そんな感じだ。
そんな道場の主となり弟子を指導とか、考えるとちょっと恥ずかしくなる。
俺の指導もクエス師匠やボサツ師匠のいる今の環境のように、厳しくも楽しい環境にしたいと思っているが
道場といわれると・・なんかかなり違うものになりそうな気がする。
「完成間近って、今はどこまで出来ているんですか?」
「魔道具の搬入が一部遅れているわね。でも内観は完全に出来ているし、ひとまず先にコウには見せておこうと思ってね」
そういわれてどんな内観かなとさっきの道場のイメージを思い出しつつも少しわくわくしてきた。
一応、週に1~2度は師匠たちが来て俺が怠けていないか指導すると言われているので、俺が終始指導する立場に立つわけではない予定だが
この道場は、俺が師匠として働く職場・・いや、俺がむしろ経営者としてやって行く職場みたいなものだ。
そりゃ年齢から言えば高校卒業だし働く者もいる年頃だが、いきなり経営者のような立場ってのはさすがにハードルが高過ぎると思う。
いかん、どんどん不安になってきた。
「おーい、コウ聞いてる?」
師匠の声に俺は我に返る。
ただ道場を見に行くだけなのにド緊張してしまって俺はどうするんだ。
「だ、大丈夫です」
「ぜんぜん大丈夫に見えないんだけど・・今行っても弟子はいないんだから新しく住むことになった家の見学くらいの気持ちで見に行けばいいのよ」
なるほど、と言いたかったがそれはそれでわくわくしつつも緊張するシチュエーションじゃないだろうか。
「は、はい」
「もぅ、とにかく私とボサツとコウの3人だけで見に行くから・・あぁ、あと現地に案内役兼コウが住んだときの世話係になる侍女もいるわね」
「侍女、ですか?」
「えぇ、今回はコウが好きないわゆるメイドさんスタイルよ。面識がある子を選んでおいたわ。私たちが数日間魔物討伐でここを空けた時に置いた子よ」
「あぁ、あの時の侍女ですか」
つい一月ほど前だったか、師匠たちがどうしても魔物討伐に行かなければ行けなくなってこの隠れ家を空けたとき
食事や身の回りの世話などを一手に引き受ける侍女を1人置いてくれた。
その侍女は、まぁなんと言うか、仕事できます系のメイドさん風で面識がないはずの俺の言った事も不満一つ言わず対応してくれた。
確かに出来るメイドさんだったが・・あまり愛想はよくなく、どことなく淡々とした雰囲気を感じさせる女性だったなぁ。
確か名前は、エニメットとかいったっけな。
「ん?不満だった?彼女なら忠実だし色々な事に対応できそうだから適任だと思ったんだけど」
まぁ、メイドさんなんだし、色々と身の回りの世話をしてくれる人は必要なのもわかるし、メイドは俺の好みではあるのでいいかと思う。
・・ん?俺がメイド好きだってクエス師匠に話したっけ?
もしかしてあの時のメイドにそういう目で見られたと報告されたとか!?
また知らないうちに俺の好みを把握されたことを、抗議したくても出来ないもやもやとした気分を俺は師匠にぶつける
「ん?どうしたの」
「師匠、いったいいつ俺の好みを把握したんですか」
クエス師匠は軽く悩んだふりをすると
「さぁ?」
とおどけて答える。
まさにぐぬぬといった状況だったが、それ以上自爆しないためにも俺は口を閉ざした。
俺の心境を理解したのか、それとも勝ったと思っているのか師匠は嬉しそうにしている。
その時扉が開きボサツ師匠が出てくる。
「くーちゃん、コウへの説明は終わりました?そろそろ行きましょうか」
「そうね、コウも準備はいいかしら」
「はい、もちろんです」
上手く話が流れたことを喜びながら、俺は5日後に住むことになる新居見学へと向かった。
いつものアイリーシア商会を経由して飛んだ先は見慣れない場所だった。
通常の転移門とは違い十数名の兵士たちがここを警備していた。
クエス師匠が気楽そうに手を振ると、それに気づいたここの警備の責任者が慌てて駆け寄り転移門を囲んでいた3重の魔法障壁の一部が開放された。
「お待ちしておりました、クエス様、ボサツ様、そしてこちらがコウ様でよろしいでしょうか」
「ええ、合ってるわよ」
「失礼しました。お姿まで極秘なもので事前に把握できず。それでは案内させますので」
全ての障壁が開放され、ここの警備隊長デュックリンが兵士4名を選別し先導させる。
それを師匠と俺は後ろから付いて行った。
ここは明らかに建物の内部だが、床は全面白い板のようなものでできている。
歩いていると石や金属の感触ではなく木に近い気がするが、ペンキで塗ったみたいに真っ白で木目調は見えない。
壁は両側とも白く、天井は黄色で統一されている。
壁と床の接線部分は空間属性の色である銀色に塗られていた。
少し歩いていると時々うっすらと魔力反応のある部分を感じる。
緊急時に発動させるトラップらしく、様々な場所に仕掛けてあるそうだがクエス師匠は詳細は教えてくれなかった。
1度階段を1フロア分のぼり更にまっすぐ進むと兵士が4人立っていてその先が壁になっている場所にたどり着いた。
行き止まりの場所を兵士4人が守っているなんて変だなと思っていると、案内していた兵士たちはここまでらしく戻っていき
逆にクエス師匠は壁へ向かって進み、壁から1mの距離にまで近づいた。
クエス師匠より俺たち側にいる兵士4人はクエス師匠の方を決して振り向かずこちら側をただ見つめて立っている。
「ボサツ、コウ、早くこっちへきてくれない?」
クエス師匠が呼ぶので俺はボサツ師匠と駆け足で先行したクエス師匠の所まで向かった。
呼ばれてきたものの、目の前にあるのは上下にピンクと青色で模様が描かれている白い壁だけだ。
「2人も私に続いて『自分の名』と『入る』という言葉を言ってね」
そうクエス師匠が話すと
「クエス、入場するわ」
とそこそこ大きな声でクエス師匠が宣言した。
「ボサツ、入場します」
「コウ、入場します」
俺もよくわからないまま宣言する。
すると目の前の行き止まりの白い壁がスーっと消えていき、目の前には白い玉砂利が敷かれた場所が現れた。
その光景に俺が驚いていると、白い玉砂利を押しのけるように磨かれた石のタイルがいくつもせり上がってきて奥の方にある同じく石でできた通路へと繋がっていった。
「すっ、すげぇ・・」
「はぁ、クエスはすぐに面白そうなギミックを入れ込みますね」
「そんなこと言わないでよ、コウの記憶から少し採用した部分もあるんだから。特にこの白い石は歩くとかなり大きい音が立つのよ。
もちろん魔法で音を増幅させる効果付きよ」
クエス師匠は先に行くと俺たちを案内するように目の前に現れた石のタイルで出来た通路を歩いていく。
一見灰色の金属に見える石タイルの通路だが縁がわずかに銀色に光っている。
空を見上げると青空が見えるのでここは間違いなく外だった。
さっきとはずいぶん違う光景になったので俺が驚きながらクエス師匠に付いて行くと、いつの間にか目の前にメイドさんに近い格好の侍女エニメットが立っていた。
エニメットは深々と頭を下げる。
「クエス様、ボサツ様、並びにここの主となるコウ様。ようこそおいで下さいました」
丁寧なあいさつに俺も思わず軽く会釈を返そうとするが、即エニメットに留められる。
「いけません、コウ様。私は数日後にはコウ様に仕える身ですから頭を下げられる身分ではありません」
仕方なく俺が少しうなづくようにしてにっこり笑うとエニメットは満足したのか頭を再び下げる。
以前会った時にも思ったことだが、この子は動作が非常に丁寧で綺麗だ。
それなりに所作を鍛えられてきた優秀なメイドなのだろう。
あぁ、侍女だっけ。でもホワイトブリムあるしなぁ・・やっぱりメイドだよな。
「どう?エニメット。新しい職場のことは一通り覚えられた?」
「はい、クエス様。あまり見ないギミックなどもありましたがもう全て記憶しております。
コウ様がこちらへ正式に来られるまでには内容も含めて完ぺきに理解しておきます」
「よろしく頼むわね、エニメット。あなたに私の大切な弟子を預けることにもなるんだから」
「はい、重大な役割だと十分に認識しております。お任せください」
そんなちょっとした堅苦しいやり取りの後、俺たちはエニメットに案内されてこの道場内の施設を見て回った。
まず外から入ってこれる入り口は2重扉になっていて、外からは簡単に中が見れないようになっている。
更に入口から道場内のメインの建物までは真っ直ぐ進むと一度右へそしてまた真っ直ぐ進む構図になっていて、たとえ2枚扉が開いていたとしても外からは建物の外観がちょっと見える程度になっている。
こういう部分もこれを隠すための工夫なのだろうか。
ちなみにさっき通ってきたところは既に壁になっている。
あの部分は俺や師匠達、他にはごく一部の人たちだけが通れる仕様になっているらしく、壁に近づいた人物を声と魔力で特定する仕組みになっているそうだ。
入口は入ってすぐに玄関。靴を脱ぐ仕様になっている。
ここは隠れ家と同じだし、日本とも同じなのでとても助かる。
ちなみに隠れ家は以前から靴を脱ぐ仕様になっていたらしいが、貴族たちが住んでいる城なんかは基本靴を履いて動き回るようになっている。
何で隠れ家は普段の生活とは違った仕様になっているのかはクエス師匠でもわからないらしい。
師匠達は気楽になれるからむしろ気に入っているらしいが。
道場に話しを戻すと、玄関からは1つ部屋を挟んで大部屋になっている。
ここはかなり広い部屋でオープンキッチンも併設してあり、まるで隠れ家の大部屋と似た感じの雰囲気だ。
ただ隠れ家の時の大部屋の2倍程の広さになっていて、なんでこんなに大きい部屋にしてあるのかが疑問だったけど。
他にも弟子用の個人部屋が10部屋。
これは間仕切りを使うと精霊の契約儀式にも使える部屋になっていて、今のところは4部屋分しか家具は置かれていない。
弟子はちゃんと見繕っているから大丈夫だとボサツ師匠は言っていたが、4人もいるのだろうか。
初心者の俺に大人数相手させるのは、正直勘弁してほしい。
他にも治療用の部屋と併設してある治療カプセル置き部屋、道具置き場に、魔法書を置くための図書室、研修室、メイド用の部屋、もちろんトイレも複数個所設置してあった。
メイド用の部屋が全部で8つあるのはどういうことなのか師匠に聞いたが
この施設はコウだけがずっと使うとも限らないからね、と師匠にうまくはぐらかされた。
ちなみに地下もあり、戦闘シミュレーション部屋というものもあったがここは大型の魔道具が置かれる予定だそうだ。
そう言えば俺の部屋もちゃんとあったんだが、5部屋とかなり広くてどうしたものかと思わされた。
まぁ、一通りの家具が設置済みなのはありがたかったが、沢山の部屋に一人だと持て余すとしか思えない。
偉いからって部屋を多くすればいいわけじゃないと思うんだけど。
そう言えばベッドが置かれている部屋がなぜか2部屋あったな。
最初は意味が分からなくて師匠に尋ねようと思ったが、嫌な予感がしたのでスルーした。
俺が聞いてこなかったからか、師匠が側におきたい子に1部屋与えておく事もできるなんて事を説明していたが、それは聞かなかったことにしよう。
そう言えば俺の部屋の1つに隠れ家にはなかったお風呂が設置してあるのはありがたかった。
この世界では浄化系の魔法で体がすぐに綺麗になるのでお風呂の意義は薄いんだけど、そうはいってもやはりお風呂は日本人の心。
総木製の湯舟はなかなかの贅沢な出来だ。
クエス師匠に希望を聞かれていたので、お願いした甲斐があったというわけだ。
庭というか魔法や実戦訓練をする外のスペースも隠れ家より広くなっていて思わず見とれてしまうほどだった。
外壁と建物の間にあるその訓練スペースは200m程、奥行きも400mはあると思われる。
かなりの遠距離からの攻撃も練習できる素晴らしい場所に嬉しくなると同時に、俺がここで指導することになると思うと緊張感が沸き上がって来る。
「俺、ここで誰かに教えることになるんですよね」
緊張による不安から思わず弱音が出てしまう。
「まぁ、私たちも週1~2で来るからそんなに不安にならなくても大丈夫よ」
「弟子に教えることで学べることもあります。無駄に緊張せず力を抜いていいんですよ」
「気が付いたら弟子とイチャイチャしているだけになっててもいいのよ」
「それは少しだけ問題があります」
いつの間にか話が別の方へと進んで行ってたので慌てて師匠達の妄言を止めに入る。
そう言えば俺の近くにいるこのメイドのエニメットは全く反応を示さない。
見た目は悪くないどころかむしろ満足なんだけど、この反応の薄さはこれから一緒に暮らす存在としてはちょっときついかもしれない。
前に数日一緒にいた時はもう少し色々と話してくれたのに、もしかして師匠たちがいるからだろうか?
俺がじろじろと見ていたせいか、エニメットは俺を見返して首をかしげる。
なんか気まずくなって俺はすぐに視線をそらしたがエニメットは1歩俺の方に近づいてきた。
「何か疑問点でもございましたか?」
「あ、いや。今日のエニメットは説明するところ以外はずいぶん無口だなと思ってさ」
「・・んっ、それはですね・・クエス様がいらっしゃるからです。私が所属しているアイリーシア家の最高権力者のお一人ですから。
クエス様ならいつでも私を解雇することも出来ます。そんな御方の前でぼろが出ないように極力黙っているのです」
あぁ、そっか。
俺にとってはクエス様は師匠であり、しかも気楽に接することができる相手だが
エニメットにとってはお偉いさんになるのか。
これは俺も気が回っていなかった。
「その、ごめん」
「いえ、気になさらないでください。それよりクエス様相手に気楽に接されているコウ様を見て、コウ様の立場を理解できました」
「いや、俺ってただのおまけ準貴族だから」
おれがそう説明するもののエニメットは硬い態度を崩さず、それ以上は無駄話はしなかった。
なんだか師匠としての生活に不安要素が増えた気がした。
この後、この3mほどの高さのある外壁が占有地の境界になっていることや、実は庭の練習場は外からは見えないように視覚妨害してあるなど
いくつかの補足説明をエニメットやクエス師匠に受けて、大体の紹介が終わったということで帰ることとなった。
いよいよ数日後には俺が師となって弟子を指導することになるのか。
随分と豪華な指導施設を見せられたからか、かなり不安が大きくなる。
あのまま日本に居て就職したとしたら、やはりこんな不安な気持ちになったのだろうか。
だが考えてみれば今の俺は師匠の引いたレールの上で独り立ちするに過ぎない。
むしろ独り立ちと言えるかどうかも怪しい部分がある。
だったら弱気になっていてはなおさら情けない話だ。
外の見えない入り口の内門を見て俺は強く息を吐いて気合いを入れなおす。
「なるようになる。とにかく頑張ってやってみる。困ったら師匠に頼る」
自分に言い聞かせるように俺は声に出した。
少し離れたところにいたボサツとクエスはコウの様子を微笑ましく見守り、しばらくしてからコウに話しかけ3人で隠れ家へと戻った。
これで3章は最後になります。
が、せっかく書いているので今話にも登場した『エニメットとコウの2人での生活』の話も
この後おまけとして載せようかと思っています。
いいからはよ4章に行け、といわれそうなきもしますが・・汗
ここまで読んでいただきありがとうございます。これからも頑張て書いていきますので
よろしくお願いいたします。
修正履歴
19/08/22 石タイルの色説明が変だったので修正




