第7王女ルーチェの考え
ここまでのあらすじ
コウのすごさを何とか娘たちに伝えたいボルティスは、コウの戦いを見せるが娘たちの反応はいまいちだった。
その為ボルティスは規則を破る手に出る。
「では話そう、ここからは他言無用だ。あのコウと言う人物だが約1年前にクエスの弟子になったことは知っているな?」
「はい、そう聞いています」
「はい、噂程度ですが耳に入れています」
さすがに2人共貴族なのでこれくらいの情報は耳に入れていた。
クエスはもともと有名人なので、彼女が動けば話題になり否が応でも耳に入って来る。
さらに言えばクエスはギラフェット家の一門に属しているので、上級貴族の一員としてはその情報を完全に無視するわけにはいかない。
ただ今回の弟子の件はあくまで知っているだけであり、2人共自分たちがどうこう動くような情報だとは思っていなかった。
「そのコウはクエスの弟子になった時に魔法使いになった。この情報はクエスは明言していないが状況から言って間違いない」
「はぁ・・えっ?」
一瞬2人ともそうですかとスルーしそうになったがすぐに気がつく。
「その、つまりコウはあれでまだ1年目という事ですか?」
「えっ、嘘でしょ。あの強さで1年目だなんて・・お父様本当ですか?いくらなんでもありえません」
ルーチェが先にボルティスに問いただすと、ルルカも聞き間違えじゃないとわかったのか父に強く問いただす。
「誓いの印を行って実の娘に嘘をばら撒くような無意味なことを私がすると思うか?正直言って私も信じ難いがほぼ間違いない」
「私てっきり10年くらいのそこそこ熟練した者かと思って・・」
「そ、それでは、コウは将来クエス様のような強さに・・なりうることも?」
「まぁ、そうなる可能性は高いだろう。我が一門の宝と言っても過言じゃあるまい」
ボルティスはため息を強く吐きながらルーチェの問いに答えた。
その話を聞いてルルカはつい先ほどまでの自分の行動を心から悔いた。
あの場で彼に自分への興味を持たせておけば、次期国王の座がルルカの元に舞い込んできたはずだったからだ。
優秀な自分と優秀な彼で子を成す、それはルルカにとってはまさに国王の座を確実とする最高のプランだ。
だが、知らなかったとはいえ、それをみすみす見逃してしまった。
これは兄と後継争いをしているルルカにとっては痛恨の極みだった。
「お父様、あのおと・・いえ、彼とは次はいつ会えるのでしょうか?何か、約束とか、予定とか、ないのですか?」
部下がいる前では決してこういう醜態は晒さないのだが、信頼できるものの前ではつい必死にすがってくるルルカを可愛らしく思うものの
せめてこれを機に、人の価値を見切るのにもう少し慎重になってくれればとボルティスは思う。
今までは、ほとんど悪い方に出る事はない隠れた欠点だったのでボルティスも注意しにくかったのだが
今回のミスは注意するまでもなく、ルルカにはとても効いたようだった。
だがその可愛い娘にせがまれたところで、ボルティスには今すぐ何とかしてあげられる手はない。
コウがルルカを避けた時に見せたクエスの表情がすべてを物語っていた。
「そもそもクエスがコウをあまり外に出さんからな。今のところ次の予定も何もない」
「そ、そんな・・でしたら、こちらから挨拶に伺うというのはどうでしょうか?」
「無駄だ。既にクエスにこっちの意図がばれているからな。そうそう会わせるつもりはないだろう」
がっくりとうなだれるルルカに対してルーチェは少し落ち着いていた。
明らかにコウはルルカよりはルーチェに好感を持っていたようだったので、リードした余裕があるのだろうか。
黙っているルーチェをボルティスは不思議に思いながらも尋ねた。
「ルーチェは先程は悪くないという感想だったな。どうだ、もし次のチャンスがあればもう少し押せるか?」
「はい、お父様がそれを希望するならやります。ですけど、まだ顔見知り程度の関係ですので」
ルーチェはあまりがっついた様子はなく、淡々と答える。
「そう言われればそうだな。だが、彼の実力が世に出ればライバルは一気に増えるだろう。悠長なことは言ってられないぞ」
ボルティスの一言にルーチェは返答に困り黙ってしまう。
ルーチェは落ち着いているように見えたが、内心はどうしていいのかわからず呆然としていた。
彼女にとっては偶然拾った石が宝石の原石ですと言われたのと同じで、どうしていいかわからない状態だった。
そんな中、ルルカがある懸念を思い出す。
「お父様、そう言えば今年魔法使いになった者に精霊の御子がいました。確か、女性だったはずです。
どこの家の者かは忘れましたがとても才能があるらしく、将来はクエス様やボサツ様と並ぶ光の連合の主力となる人物だと期待されていると聞きましたわ」
その話を聞きボルティスも今年の精霊の御子が女性だったことを思い出し、これは深刻な問題だと受け止めた。
そんな優秀な王女がいるのなら、家としては当然将来の王女の相手には優秀なものを見繕いたいはずだ。
となればコウは格好のターゲットになりかねない。
「そうだった、確かオクトフェスト家の第1王女だったか・・。女性であることは失念していたな・・まずいな。
その者達に知られては準貴族で後ろ盾の薄いコウを確実に狙ってくるだろう」
それを聞いてルーチェも猶予がないことを知り前に出る。
一番最初に触れたのは自分なんだ、そんな思いが心のどこかにあったからだ。
「次はもっと関係を近づけてみせますので、コウと会う機会があるのでしたらぜひ教えてください」
「あぁ。やれるだけやってみるといい」
「私だって、今回の印象を挽回して見せます」
「そうだな、期待しているぞ」
ひとまずルルカとルーチェがやる気を出したようなのでボルティスは少しだけほっとする。
もちろんその程度で気を抜くつもりはない。
コウを手に入れるのに自分たちは思ったほど有利な位置にいないことに気づき、ボルティスは強く唇をかみしめる。
とはいえクエスに必要以上に警戒させるのは愚策なので、とにかく今はクエスのコウ秘匿作戦にもっと協力するべきだと心に留めた。
世間に情報が伝わらなければ、その分だけ自分たちが有利になる。
今はそこだけがボルティスにとっての有利な点だった。
「とりあえず話は以上だ。ただし悪目立ちを避けるためにも、許可なくクエスやコウ本人に直接会いに行くのは禁止しておくぞ、いいな」
「わ、わかりました」
「はい」
ルルカは苦々しく思いながら、ルーチェは少し笑顔で答えた。
そして2人は部屋から出て行った。
部屋から出たルーチェは自室へと戻ろうと歩いていたが、頭の中は先ほどの話でいっぱいだった。
話を聞いて時間が経ったからか、少し落ち着けたこともあり今回の状況を歩きながら整理する。
今回の話を聞いて、ルーチェにとってコウは天から舞い降りた天使様、いや精霊様のような存在だった。
ルーチェは魔法の能力だけ見ても後継争いからは早々に脱落。
脱落すれば後は貴族としての生活だったが、ルーチェ本人に魔法以外でも光るものは見当たらないこともあり
無難な役職について兄や姉たちにプレッシャーを受けつつも、上級貴族の貴族として手堅い人生を送るつもりだった。
手堅い人生と言っても、言うなれば予備人材を生み出すおまけ的な存在になるので少々良い婿が迎えられればギラフェット家に残留。
そうでなければ他家との友好を図るための政略結婚というのが行きつく先なのはルーチェだって理解している。
今日、この日、この時まではそれでいいと思っていた。
だが今、コウという稀に見る存在に出会えたことでルーチェの人生は大きく変わろうとしていた。
もしルーチェがコウと結婚し子をなすことで非常に優秀な子を授かれば、将来的にその者を当主にしたいと思う勢力が多くなる。
基本的に直系でつながっているのが各貴族の長であり、国の国王になるので、その優秀な子を継がせたいと思えばルーチェが中継ぎのような当主になる事だってあり得るのだ。
国王になれば当然、兄や姉に命令されるような窮屈な立場ではなくなるし、国王の座をさっさと子供に渡して引退した後は悠々自適の日々。
この夢に手が届くともなれば、もはや控えめな性格のルーチェと言えどもコウを手に入れるために動かざるを得なかった。
「コウ・・あの方はそこそこ控えめで特に偉そうな感じもなかったし、悪くない雰囲気の人だったわよね」
ルーチェは自室へ向かって歩きながら呟く。
「何とかもう一度ルルカ姉さんより先にお会いして・・少しでも心をつかむチャンスがないでしょうか・・こんなチャンス2度とないはず、なんとかして・・」
そうつぶやきながら歩いていると妙案が浮かんだので、ルーチェはすぐにきびすを返してボルティスの元へと向かった。
さっきまでいた部屋に急いで戻ると、立ち去った時と同じように入口にはメグロと近衛兵が立っていた。
メグロが立っているということはボルティスはまだ中にいるはず、ルーチェはそう思いメグロに声をかける。
「すみません、メグロさん。お父様はまだ中にいらっしゃいますか?」
「ええ、ボルティス様は中にいらっしゃいますが。ルーチェ様、何か御用ですか?」
「はい、急ぎ相談したいことがあって」
メグロはそれを聞きルーチェをその場で少し待たせると一度部屋の中へ入っていった。
残された近衛兵2人は周囲を警戒しつつメグロの代わりに扉を守る。
20秒ほどでメグロが中から出てきて、入室が許可されたルーチェは中に1人で入った。
「どうしたルーチェ、先ほどは何事もなく解散したはずだが」
「すみませんお父様、少し思いついたことがあり何とかお願いできないかと思いまして」
「ほぅ、ルーチェからとは珍しいな。それでなんだ。さっきのコウの件か」
状況から考えれば当たり前の事だったが、父ボルティスに自分の思惑を簡単に見透かされてルーチェは緊張した。
だが、ここで引くわけにはいかないと自分に言い聞かせボルティスにお願いする。
「お父様、コウは師になると聞いたのですが本当でしょうか?」
「ああ、そうだ。だがお前たちには説明しなかったはずだが」
「メグロが私たちを案内する間に聞きました。そこでお願いがあります。私をコウの弟子に推薦して欲しいのです」
娘の申し出に思わずボルティスは返事に詰まる。
師と弟子の関係は色々な形があるが、基本的には気軽な関係ではない。
親子のような関係もあれば、かなり厳しい主従関係に近いものもある。
貴族が絡む師弟関係はあくまで期間限定のものがほとんどになるが
今回のようなコウが主となっている情報秘匿性の高い道場に通うとなれば、情報流出を避ける点からほぼ住み込みになるだろう。
師の指示に逆らいにくい弟子の立場に自分の娘を置くのは、ボルティスとしてはこの状況だとしても了承し難かった。
しかも相手は下級貴族の準貴族、対して自分の娘は上級貴族の貴族であり直系の子、普通は断固拒否するのが当たり前の状況だ。
「一応言っておくが注目度だけは異常に高いコウの道場へ弟子入りとなると、情報秘匿の点からも間違いなく住み込みになるぞ」
「構いません。この家の為、私の将来の為、コウの側に居れるのならそれもありだと思っています」
「本当にわかっているのか?この家を離れて向こうへ嫁ぐ形になる場合もあるんだぞ」
ボルティスのその言葉にルーチェ葉少し言葉を詰まらせる。
「は、はい。それは・・理解しています」
「上級の貴族が下級の準貴族に嫁ぐとかほとんど前代未聞だぞ」
「それでも、一門に彼をつなぎとめる役目は果たせます。できればそうならないように・・ひ、引き込むつもりで・・」
失敗した時でも財政潤沢なアイリーシア家に嫁ぐなら悪くないかと思っていたが
改めて父であるボルティスにその厳しい現実を突き付けられてルーチェは言葉が震えてしまう。
その様子を見たボルティスは自分が焦るあまりに娘を追い詰め過ぎたかと反省した。
ボルティスにとってルーチェは出来がいいとは言えないものの、そこがまた愛情をかけたくなる点でもあった。
「わかった。クエスにはダメ元で条件甘めに弟子にしてもらえないか話をもっていってみる。だが返答は期待するなよ。
多分クエスもその辺は、私に話しを持ってきた時点で想定しているだろうからな」
「は、はい。ありがとうございます、お父様」
そう言うと意を決して乗り込んだ割にビビってしまった自分が情けなかったのだろうか
ルーチェはうつむいたまま部屋を出て、急いで自室へと駆け出して行った。
「私も少しあせりすぎたか・・。ルーチェを追い込んでしまうとは」
ボルティスはしばらく反省した後、気を取り直してメグロを連れて通常の仕事へと戻っていった。
今話も読んでいただきありがとうございます。
ここの所遅くて申し訳ありません。
ちょっと書くペースが落ちていることもありますが、ちょっと別の理由もあったり・・。
それでも最低3日に1話は死守します。
次話は水か木辺りにでも。。




