八話 シルリスと赤腕
自称勇者のシルリス視点です。
「---なんなら寝て待ってていいよ。おぶって帰ってやるから」
「あはは、楽しみにしてるよ」
男の人の差し出してくれた紙を受け取りながら笑って冗談を返した。最初は警戒してたけど、思ったより悪い人じゃなさそうだ。
あのサンドイッチを吸うように食べていた太った人は違う依頼を探しに行った。
『いいのか?助けてもらわんで』
「自分のペースで進みたいからね。一人のが動きやすいって言ったのは嘘じゃないよ、クラウン」
小声で、ウエストバックにぶら下げたメリケンサックに話しかける。持ってさえいれば話してることが伝わるらしい。
このメリケンサックが神器登録で選んだ僕の神器だ。担当の神の名前はクラウンと言うらしい。
家にあったのを勝手に持ってきてしまったのは反省してる。
さて、赤腕はこの国の東門を出て正面に見える山にいるらしい。
「今日も勇者として頑張ろうか」
それが僕に与えられた役目だから。
* * *
あの太った人からもらった紙には、ギルドの受付の人に聞いたこと以上に詳しい情報が書いてあった。
赤腕がいる元盗賊たちのアジトの中がどうなってるかとか、どんな戦い方をするかだとか、まるで実際に戦った人に直接聞いたみたいに細かい。
今歩いてる道もそう、盗賊の人が実際に使ってた、近くて安全な道らしい。
他にも出会ったら危険な魔物の注意点なんかも書いてあり、その情報の多さからギルドに提出することも考えた。
「まあ、赤腕に関してはその必要もなくなるけどね」
僕が赤腕を討つから。
決してうぬぼれているとかそんなつもりはないが、第五級の依頼の魔物なら勝ったことがある。
デザイア王国で赤腕に勝てる可能性が高く、すぐ動ける数少ない人物だ。
だから助けたいと思った。
ふいに、魔物の気配がした。安全だとは書いてあるが、必ず魔物が出ないというわけではないらしい。
『わかっているな?』
「わかっているさ」
バッグからメリケンサックを外し、指を通しながら、音がする方に目を向けた。
スキルによって感覚が鋭くなっているので、薄暗い山道の中でも、遠くからその正体がわかった。
さっそくあの太った人の紙が役に立った。
岩熊、名前通りの見た目と、見た目通りの頑丈さを誇る熊の魔物。
その太い腕からなる攻撃は大木でも簡単に粉々にするらしいが、自身の重さゆえに足が遅いので、出会ったら逃げるが吉。らしいが、
『逃げる必要も別にない。山から下りたら危険だ、倒そう』
「わかった」
細い木をなぎ倒しながら向ってくる岩熊を、ひるまず待ち受ける。
二メートルほどに距離が縮まり、僕の腰ぐらい太い腕を力任せに叩きつけてくる。
なるほど、この勢いなら当たってしまえば一発で挽肉が出来上がるだろう。
だが当たればだ、こんな攻撃に当たる要素がない。
でか過ぎる予備動作の間に距離を詰めて、おもいっきり右ストレートをたたき込む。ヒビすらできなかったが、強い衝撃を受けた岩熊がうめき声を上げた。
こんな頑丈な相手を全力で殴ったら、こっちの手が砕けそうなものだが、全く痛みすら感じていない。
それもそのはず、僕には〈五感強化〉〈身体能力超上昇〉〈無敵鉄拳〉という三つのスキルがあるからだ。
前のスキル二つはそのままなので説明を省くが、〈無敵鉄拳〉は名前からは想像できない効果がある。
簡単に言うと、どんなものをどんなに強く殴ったり蹴ったりしても全くその反動が腕や足に来ないというものだ。
鉄拳だけじゃないじゃんとか、無敵ではなくない?とかは思ったが、とても助かるスキルだ。
まあさすがに炎や酸などは防げないけど
だから岩熊は敵じゃない。
どんなに堅くても、限界が来るまで殴ればいいだけだ。相手の攻撃なんてこちらの動体視力からしたら何千回打たれようとかすりもしないだろう。
だから、殴る。避ける。蹴る。
殴って、殴って、避けて、蹴って、殴って、蹴って、避けて、殴って、殴って殴って殴って殴って避けて蹴って蹴って割って殴って砕いて殴って蹴って蹴って壊して殴って殴って殴って――――――
痛みを知らない魔物は、避けることも知らないまま砕け散った。
* * *
「ちょっと疲れたな」
『何を言う、これからじゃないか』
「二十分近くも本気で動けば疲れもするよ」
道を歩きながらクラウンと話す。
だんだん人が通った跡が目立つようになった。つまりかなりアジトに近付いている。
最初のほうの道は目立たないように盗賊たちがごまかしていたんだろう。
『気を抜くなよ。どこで待ってるか分からないんだからな』
「わかってるって。僕の目にも鼻にも耳にもまだ見つかってないよ」
そこは自信を持って言える。
ただ、魔物はいない、というだけで、血と、何かが焦げたようなにおいが微かにするようになってる。
ここまでくればもう地図はいらないな。
足跡をたどって、木々の間を歩き続ける。
巨大な木の根っこを跨ぎながらクラウンに報告する。
「間違いないよ、アジトはこのあたりにゃぁあっ!!??」
非常事態に反応できず、頭が真っ白になる。
びっくりした!びっくりした!何が起きた!?
歩いていると急に足場が無くなって踏むものを失った体が自由落下を始める。
これは罠!?どこまで落ちる!?受身はとれる高さ!?
と、一瞬の間にした思考はすべて無駄になった。前のめりになって無様に顔を木の根に叩きつけるだけで済んだ。
跨いだ先は階段になっていて、思ったより低くなっていたのが、根っこのせいで見えなくなってた。
そう、根っこのせい、油断してないもん。
『……気を抜くなと言ったばかりだが?』
「根っこのせいにさせてください」
後生ですから。
ま、まあ、ともかくアジトは見つかった。
* * *
アジトの中は入口こそ狭かったが、奥に広がっており、いくつもの部屋に分けられていた。
床は地面がむき出しになってはいたが、所々絨毯が敷いてある。
入る前は洞窟の中は暗くなっていると思ったが、たいまつが置いてあって明るかった。
そう、たいまつが燃えている。何日も前に盗賊はすべて逃げだしているのにも関わらず。
そして血の匂いが強い部屋のドアを開ける。
いた。明らかに人間じゃない。
そいつは部屋の中で、何をするわけでもなく椅子に腰をかけ、上体を机に投げ出している。
腕を除き、全身毛におおわれていて、犬のような顔をしている。
毛の生えていない両腕は金属を感じさせる冷たそうな質感が伝わってくる。
そして右手には鉤爪が付いてる。左手にはないそれは、もし体に引っかかったら肉をえぐって持っていくだろう。
ただ腕は赤くない、闇に溶け込むような黒い色をしている。
だが、ここまで危険を感じさせる魔物が何体もいたらたまったもんじゃない。
そして、情報では知ってたが、その魔物の一番の危険な部分というものを改めて感じた。
それは、
「ん?なんだァ、また人間が来たのか?」
―――赤腕は、言葉を使うほど頭が良い。
たいまつを換えたのもこの魔物が自分でやったんだろう。
「しかも一人かァ?舐められてんのか」
「いや、本気で挑みに来たよ」
両手を胸の前に構えて、名乗った。
「勇者、シルリス・フェヴェストリス。君を倒しに来た」
それを聞くと赤腕は僅かに口角を上げた。不思議に思ったのはその表情が安堵を表しているようだったからだろう。
「こいつはすげェ。あいにく俺には名乗るような名前はなくてな、最近呼ばれる名前を使わせてもらう」
椅子から立ち上がった魔物は、名乗りを返した。
「赤腕だ。殺しに来い、俺もそうする」
戦いが始まった。