七話 不可解な点
魔物には普通の生き物にはない特性がある。
それは、「人間を見たら襲いかかる」というものである。
肉食や草食に関係なく、自分が死なない程度にという条件付きで命を狙ってくるのだ。
「グルルゥ・・・」
脱力狼達は、俺のことを、単なる獲物という認識から危険度を上げたらしい。
もとにいた一匹に加え、あとから来たのが五匹。少なすぎる。まだ隠れているやつもいるだろう。
ざっと見たところどれも耳は白い。ボスはいない。
生きることを優先すれば、手に負えない敵だと思わせればいい。
討伐を優先すれば、最低でもボスを仕留めなければいけない。
依頼には、ボスを含めた三匹以上の討伐と一体の頭部を持ってくることが成功条件と書いてあった。
命令を出す存在がいなくなり、うまく狩りをできなるらしい。
そしてそのまま群れごとなくなってしまう事もあるんだとか。
今回の依頼は脱力狼の全滅よりも牙の研究が優先らしいので、ここにいる脱力狼をすべて倒す必要はない。
よし、決めた。
「依頼を優先しよう。まずボスが出るまでにこいつ等を仕留める」
『もう何も言わない、任せる』
「任せろ」
早々にラウニは何か言うのを諦めたらしい。
最初の脱力狼が先走って襲ってきた。斧を構える。
すると斧を警戒するように視線が斧に集中し、姿勢を低くした。このまま振りおろしても避けられるだろう。
なので、視覚の外から思いっきり顎を蹴りあげた。
そいつは警戒していなかった下からの一撃に思いっきりのけぞった。
「らぁっ!」
俺の狩りの方法は、もともと奇襲からの一撃で仕留めてきた事が多い。
教えてくれる人もまともな道具も無かったから我流なのは仕方ない。
がら空きになった腹に一撃必殺とばかりに全力で斧を横に薙ぐ。肋骨を粉砕し、腹を裂く感触が手に伝わる。これでこいつは動けないだろう。
まずは一匹、フルスイングの勢いでそのまま振り向く。思った通りこのやりとりの隙をつこうと二匹が迫ってきてた。
挟み撃ちになるのを防ぐべく、まず小柄なほうを仕留めにかかる。
ぶつかりに行くような勢いで走り出す俺に、そいつは驚き踏みとどまろうとするが、勢いを殺しきれない。
そこで下から喉を狙って素早く切り上げる。
そいつはかろうじてかわしてきたが、狙い通りに大きく体制を崩した。
今回はその大きい隙を逃さない。斧を両手で握り、薪割りよろしく脳天めがけて振り下ろした。二匹目。
そして横に飛びのいた。一拍置いて今までいた場所にもう片方の脱力狼が飛びかかっている。
唾液に濡れて光る鋭い犬歯を剥き出しにしていた。
さて。
「〈気力操作〉の実験その三だ。実践にもなったけど」
魔力もエネルギーの一つだ、エネルギーの操作ができるのなら、おそらく体内の魔力も操れるだろう。
ならば、運動に使う魔力を増やせば当然身体能力も跳ね上がると思った。
体中の魔力を腕に集めながら、脱力狼に切りかかった。
恐ろしいほどに腕が軽い、一匹目同様に力の限りを尽くし横に薙ぐ。
結果、実践に移したことを後悔した。
脱力狼の肩にあたると、空を切ったかと錯覚するほどに手ごたえなく振りぬいた。
肩の周りが原型をとどめていない脱力狼はきりもみしながら飛んで行った。
だが、後悔した理由は自分の肩周りにある。というか腕に、だ。
「いってえええぇぇぇぁああ!!!」
『ばかあああぁぁぁもぉぉお!!!』
一匹目の時とは比べ物にならない、自分では出せるはずのなかった力が出た。
横薙ぎの勢いで肩から手首に至るまでの関節が限界を超えてねじれる。あらぬ方向を向いている。
まさかここまで強化されるなんて思わなかった。
しかも魔力を流した場所が焼けるように痛い。本来送られるはずのない量の魔力を短期間で無理に送ったせいだろう。
それだけじゃない。信じられない事に文字通り体中の魔力を本当に使ってしまった。
つまり、ろくに動けない。皮肉にも脱力狼のに噛まれるのと同じ結果になった。
やばい。待って。
冗談抜きでやばい!
やばい。やばいやばいやばい!
膝を地面につき、そのまま倒れこんでしまう。
立たなきゃやばい!早く回復しなきゃやばい!今襲ってこられたらやばい!
呼吸が荒くなる。今この瞬間にでも喉に牙を立てられると思うと冷や汗が流れる。
足音が聞こえる。それは俺のすぐそばに向かって、こない。
こない?
…あれ?
足音が離れていく。襲ってくる様子はない。
理解が追いつかない。だが一つだけ、かろうじてわかったことは。
『「助かったぁ…っ」』
なんとか生き延びることができた。
* * *
ようやく立ち上がれるようになったところで、倒した三匹の脱力狼の死体を回収する。
「なっ?いけただろ?」
『ふざけんな!ドジで死にかけたじゃんかぁ!ねえ反省して!』
「わりぃわりぃ」
『もおぉぉぉお!』
魔力は体力と同じように、しばらく休めば治る。それまでの間にこの戦いで痛めた場所(主に両腕)の治療をすました。
そこそこの時間は使ったが、〈気力操作〉のおかげで腕の痛みはもうない。
疲労の回復にも使えるらしい。だいぶ使い方が分かってきた。
だがおかげでサンドイッチのエネルギーはだいぶ使ってしまった。というか。
「なんか痩せてね?」
『痩せたわね』
思ったよりもエネルギーの消費が激しく、お腹周りが少ししまった気がする。
『人間って非常時には、自分の体を分解してエネルギーを絞り出すらしーし。そういうことじゃない?』
「それもこのスキルの結果か。燃費めっちゃ悪いな。おかげで助かったけど」
ただこのままじゃあ心もとない。というわけで。
「食事タイムだ。狼食おう」
『この場で!?』
「この場で。まあ一匹だけにしとくか」
『だけ!?』
依頼に必要なのは牙だったし、そのほかの部分は別に食べてもいいと思う。
何より腹が減っているんだ。
一番小さい脱力狼を小さいナイフで解体し、今この場で食べれそうな部分を切りだしていく。
牙の部分になにか繋がっている。多分毒腺だろう。蛇みたいなんだな。
…食えるのかな?あまり無駄は出したくない。今ならまだ動けなくなっても困らないし、焼けばいけるかな。
男は度胸。食っちゃおう。
内臓とかはなんだかここで料理するのは怖いから、帰ってスーにでも頼もう。
今できるのは焼くぐらいだし。
あと、〈構造模倣〉もやってみたかったし。
あれ、待てよ?
「なあ、〈構造模倣〉って食べてない部分とか焼いた状態でもできるのか?」
『できる。そこの融通をきかせるために大きさの問題を捨てたのよ。両方やるのはちょっと難しかった』
なるほど、制限を設けてスキルが便利すぎにならないようにしてるのか。
牙とか爪とかはさすがに食べるのは難しそうだったから助かる。
話しながらも焼く準備を進める、バッグの中を探ると目当ての物を見つける。
香辛料、マッチ棒、鉄串。
雑にではあるが肉は焼ける。
うちの妹は準備に余念がない。
『あんたもスースちゃんも何考えてるの?』
「食う事最優先かな」
『はぁ…』
燃料になりそうなものをそこら辺から集めて燃やし、火力を調整しながら串に肉を刺していった。5本分になった。
それを火のそばの地面に刺して立てる。
「にしても、なんで逃げて行ったんだろうな?」
『相当危険に見えたんじゃないの?最後の一撃が』
「でも情報と違うんだよなあ。ボスらしい奴も見ていないし、結局伏兵も見当たらなかったし」
最後に攻めてくれば危なかっただろうに。それに統率もうまく取れていなかったように思える。
肉汁が地面に作るシミが大きくなる頃、一本を引き抜く。
肉の焼けるいい匂いがあたりに広がる。串焼き肉を一口かじってみる。
その場で調理したため雑味や匂いまでは上手く料理できなかったが、火はしっかり通っている。また少し胡椒を振りかけて味を調えて完成した。
鉄串なので熱くなっている持ち手には布を巻いてある。
「いただきますっと」
『よだれ垂れそう…じゃなくって!他の魔物寄ってこないの?』
「だいじょうぶ。ここ脱力狼の縄張りだから他の魔物は怖がって寄ってこないよ。その脱力狼はさっき追い払ったし」
串焼きをほおばりながら、〈構造模倣〉を試してみる。食事中だから牙じゃなくて爪を生や…そうとした。
「あだだだだあぁっ!」
『今度は何よもおぉ!』
指先に激痛が走った。
具体的に言うと爪が無理やり持ち上がり、はがれそうになったところで止めた。
「痛い…爪がすっごい痛い…」
『馬鹿じゃないの!?爪があるところに爪生やそうとするなんて!』
「作り変えるって言うから、こう切り替わるみたいになるかと…」
『違う違う。たとえば、皮膚って新しい皮膚が下から出てくるとき古い皮膚が垢になるじゃない?そういうサイクルを速めて、細胞を入れ替えていくのよ。
だから爪生やすならもとの爪を押しのけるみたいになる』
「先に言えよ畜生ぉ!」
何の拷問かと思ったわ!
「じゃあ牙を生やすと歯が抜けるのか?」
『抜けるわね。それも無理やり』
「怖くてできねえじゃねえか!」
『毛皮とかなら多分痛くないわよ?』
そう言われて、左手に少しだけ狼の毛を生やしてみる。
なんか腕がもぞもぞして、垢みたいなのが少し出た後、ごわっとした毛皮に変わった。
だからなんだよ。やってみたけどだからなんだよ。
このスキルはもっと使い方を考えなきゃいけないことが分かった。
実験も切り上げて、今日は赤腕のところを見に行ったら帰ろう。
「ごちそうさん。よし。帰るか」
『はやい…。あ、依頼は?ボス倒してないから終わってないっしょ?』
「明日でいいよ。次はもっと準備してくる」
というわけで余った肉は片づける。
「…?なんだこれ?」
バッグの中に畳んで入れてあった大きめの布袋に入れようとして、変なことに気付いた。
大きいほうの脱力狼の耳に、黒い毛が混じっている。他の二匹の耳は根元まで白いのに、だ。
それと戦っているときには気付かなかったが、つけた覚えのない切り傷。
そして、毛皮が焦げている部分がある。
この山で火を使える相手は一体しか思いつかない。
「まさか…」
わかってきた。ここまでくれば誰でも予想はつく。
統率がとれていない理由。
数が少ない理由。
ボスを倒していないのに逃げた理由。
焦げた跡や、耳。
「多分、こいつが新しくボスになったんだ」
『え?耳は…』
「毛が生え換わっている途中なんだろう」
おそらく狩りをしようとして返り討ちに遭い、ボスを含む何匹も死んだんだろう。
ボスが変わり、うまく統率がとれなかった結果、あそこまで群れが小さくなった。
どこかの冒険者がボスを倒したという可能性は低いな。そうだったら報告ぐらいあってもいいし、この依頼はその時点で終わっている。
「---ボスを、この群れを壊滅に追い込んだのは赤腕だ」
シルリスが危険だ。
* * *
『ねえ帰るんじゃないの?血相変えて走り出しちゃって』
「状況が変わった。赤腕は俺たちが思ったよりも危険だ」
〈気力操作〉でほんの少し魔力を多めに使い、疲労回復にエネルギーを使い続けながら山道を走り続ける。
間に合うならば、この情報を伝えて、止めるなり、出直させるなりさせたい。
『なんで危険なのよ?むしろ戦った後なら赤腕も弱ってるんじゃないの?』
「もしそうだとしてもあそこまで毛が生え変わるまで経ってるなら回復もしてるだろ。
それに、一回噛まれたらアウトの相手だぞ?つまり無傷で第五級に勝ってるってことだ。赤腕は第五級よりも上ってことになる」
もちろん可能性の話だが、一番高い可能性はそれだろう。
むしろ考えすぎであったり、ついた頃にはシルリスが勝ってましたとか、そうであってほしい。
だが、脱力狼に切り傷まであるなら近づかれた上で完封したことになる。
そんな相手に一人で立ち向かうなんて無謀もいいところだ。
メリケンサックだぞあいつ!
もちろん勝てないと決まったわけではないが、危険度は跳ね上がる。難しいだろう。
『ねえ間に合うの?』
「出来るだけの努力はするよ!」
助けられるなら助けたいのは当然だろう。
もとは赤腕に向かって歩いてたんだ。そこまで遠くないはずだ。
山道なら俺のが慣れてるはずだ。
追いつけなくないはずだ。
---もし手遅れだったら?
---もしとっくに戦闘が始まってたら?
---もしあの勇者の少女が死んでたら?
いや、考えていても仕方がない。
今は走ることに集中する。生きててくれてると信じて。